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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」

第四十六話

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 宇宙暦SE四五二二年十月十一日。



 アルビオン王国及び自由星系国家連合フリースターズユニオンの連合艦隊はダジボーグ星系のヴァロータ星系側ジャンプポイントJP付近に留まり続けている。

 ここにはヤシマ艦隊に守られた補給艦や工作艦などの補助艦艇が多数あり、第五惑星サタナー周辺での戦闘で傷ついた艦の応急補修を行っていた。
 また、この待機期間を利用し、艦を脱出した友軍将兵や帝国軍捕虜の回収も行っている。

 その帝国軍の捕虜だが、連合艦隊幹部が想定していた以上に多かった。
 その理由を調べてみると、戦闘開始直前に帝国艦隊の司令官リューリク・カラエフ上級大将が人命最優先で脱出するよう命令していたことが判明した。

 更にカラエフがそのような命令を行ったのは皇帝アレクサンドル二十二世の命令であったことも分かった。

 皇帝は連合艦隊が脱出した帝国軍人の救出を行うと信じており、敗北したとしても自らの戦力を回復させるために、少しでも人的資源を残しておきたかった。

 更に自らの直属ではないスヴァローグ艦隊の将兵に対し、使い捨てにしないという姿勢を見せることで、同じスヴァローグ人であるカラエフの信頼を得ようとした。

 そして、それは成功した。
 カラエフは自らの策を無条件で受け入れる度量を見せ、更に同胞を見捨てなかった皇帝に対し、忠誠を誓ったのだ。

 このことは皇帝アレクサンドルの今後の行動に大きな影響を与えることになる。

■■■

 アルビオン第九艦隊旗艦インヴィンシブル89はダジボーグ会戦で大きく損傷した。
 左舷側の武装であるカロネードとミサイル発射管は全数が破壊され、外殻装甲にも多くの亀裂が生じていた。

 それだけではなく、巡航戦艦の命ともいえる通常空間航行機関NSDも損傷し、更にセンサー類に大きなダメージを受け、戦闘艦としての能力は三割以下にまで低下していた。

 艦隊の工作艦による必死の補修作業でNSDの修理は完了し、装甲板の応急補修を終えた。しかし、艤装類の換装までは手が回らず、左舷側の攻撃力はほぼ皆無の状態のままだった。

 艦長であるクリフォード・コリングウッド大佐は艦の補修作業を指揮しながら、負傷兵たちを見舞った。

「諸君らの働きでインヴィンシブルは生き延びることができた。今一度、感謝の言葉を捧げたい……今は療養に専念し、回復に努めてほしい」

 インヴィンシブルは大きな損傷を受けたが、奇跡的に戦死者を出していない。
 しかし、これは戦闘を回避した結果ではなかった。インヴィンシブルは常に最も激しい戦場にあり続け、会戦の最後まで戦闘を継続した。更に多くの敵艦を葬る戦果を上げている。

 戦死者を出さなかったのは船外活動用防護服ハードシェルの着用を義務付けたことと、クリフォードと副長であるジェーン・キャラハン中佐の的確な指揮があったことが大きい。

 ハードシェルはパワードスーツと呼ばれる装甲服であり、耐衝撃性と放射線防護能力を持っている。そのため、爆発の衝撃や強いガンマ線に曝されても即死を免れたのだ。

 また、クリフォードとキャラハンはダメージコントロールに際し、明確な優先順位を定めていた。

 今回の場合、防御能力を維持する防御スクリーン、質量-熱量変換装置MEC、そして主機である対消滅炉リアクターがそれに当たる。

 そのいずれもが艦の中心部にあり、危険な外殻部に部下を送り込まずに済み、それが人的被害の減少に繋がった。

 もし、攻撃力を優先し、最外殻にある兵装類の補修を指示していたならば、多くの戦死者を出していたことだろう。

 応急補修を終えた後、クリフォードはキャラハンを労った。

「副長がいてくれて助かった。君がいなければ艦は行動不能に陥ったはずだ」

「過分なお言葉ですわ。私は本分を尽くしたにすぎません。それに部下たちのがんばりがあったからこそ最後まで戦い抜けたと思っています」

「そうだな。私はいい部下を持って幸せだよ」

 そんな会話をしながら笑いあったが、帝国領内にいるため、すぐに任務に戻っていった。

■■■

 帝国軍はサタナー周辺での戦闘の後、有人惑星ナグラーダ周辺に撤退し、軍事衛星群と連携して迎え撃つ決意を見せた。

 しかし、稼動可能な戦闘艦は二万隻を割り込み、連合艦隊の三分の一以下に過ぎない。大型軍事衛星の支援があったとしても長距離ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けることで、連合艦隊が勝利する可能性は高いと見られていた。

 それでも連合艦隊は攻撃しなかった。
 一部には徹底的に叩くべきという意見もあったが、総司令官であるアルビオン艦隊のジークフリード・エルフィンストーン大将は無理に降伏させる必要性を感じておらず、反対の姿勢を見せた。

「軍事衛星群は五個艦隊に匹敵する。残存艦隊と連携されれば大きな損害を受ける。我々の目的はロンバルディアの解放なのだ。敵に焦りを生じさせ、ロンバルディアに居座る藩王ニコライ率いるストリボーグ艦隊を引き返させねばならん。そのことを考えれば、無理に攻撃を仕掛ける必要はない」

 エルフィンストーンが言うように最終的な勝利のためには、ロンバルディア星系に居座る帝国艦隊を引き返させる必要があった。

 ヤシマからロンバルディアを経由してダジボーグに到着するには最短でも三十日程度掛かる。

 最短のケースでは本日中に到着すると考えられ、実際に三日前に帝国の情報通報艦が現れ、通信が送られている。

 暗号文の完全な解読はできなかったものの、各国の情報機関の分析では、ストリボーグ艦隊が早期に戻ってくると見ていた。


 連合艦隊側も無為に時間を過ごしていたわけではなかった。
 艦隊に同行しているヤシマ政府の首相タロウ・サイトウからダジボーグにいる皇帝アレクサンドル二十二世に向け、交渉の席に着くよう通信を送っていたのだ。

「今回の不法なロンバルディア星系占領に対し、即時解放とロンバルディア連合政府及び国民への補償を求めるものである。また、自由星系国家連合フリースターズユニオン及びアルビオン王国は銀河帝国による戦闘行為によって受けた損害に対し、謝罪と補償を求めるものである。本要求に対し、十月八日までに正式な回答を求める」

 しかし、皇帝はそれに応えなかった。
 一つにはロンバルディア方面艦隊が戻れば艦数としてはほぼ互角になること、時間が経てばスヴァローグからの増援と合流できるためだ。

 これだけが理由なら交渉により時間を稼ぐという方法も採れることができた。しかし、もう一つの理由により交渉の席に着けなかったのだ。

 それは皇帝自身が交渉の場に出るということは負けを認めることになり、この後に始まるであろうストリボーグ藩王ニコライ十五世との政争に不利になる。

(あと十日もすればスヴァローグから二個艦隊が到着するはずだ。それにニコライは強欲だが、愚かではない。ダジボーグを失えばストリボーグも危険になることは理解している。ならば、ニコライの艦隊は最短の時間で戻ってくる。そうなれば我が方が圧倒的に有利になるのだ……)

 しかし、ナグラーダとイデアール星系JPでは距離が離れすぎ、各個撃破の可能性がある。そのことも皇帝は理解していたが、彼はくらい考えを持っていた。

(アルビオンがニコライの艦隊を叩いてくれるなら、それはそれでよい。アルビオンは領土に興味はなく、自由星系国家連合FSUも戦争という選択肢は採らぬのだから。艦隊を失ったことは痛恨の極みだが、帝国国内の安定という点ではストリボーグ艦隊を叩いてくれる方が助かる……)

 アレクサンドルはあわよくば政敵であるニコライを連合艦隊に処分させようと考えていたのだ。
 しかし、そのことはおくびにも出さず、未だに勝利を諦めていないという姿勢を見せた。

「ニコライ殿の艦隊が戻れば、互角以上に戦える。今は敵に動く隙を与えないよう守りを固めることが重要である」

 カラエフは交渉による早期の戦争の終結を願うものの、ニコライの艦隊が戻ることで勝機が訪れるというアレクサンドルの言葉を受け入れた。

(確かに陛下のおっしゃる通りだ。しかし、ニコライ閣下の艦隊と合流することは至難の業だ。各個撃破の絶好の機会を与えることになるのではないか……)

 そのことをアレクサンドルに問うと、

「FSUもアルビオンもニコライ殿の艦隊を攻撃することはあるまい。これ以上損害を増やすことを望まぬからな」

「なぜでしょうか?」とカラエフは疑問を呈した。

「いずれもこのダジボーグ星系を欲してはおらぬのだ。もし、欲しておるなら、今頃全力で攻撃を受け、我らは全滅しておる」

 アレクサンドルは自嘲気味に言ったが、それは現実のものとなった。


 カラエフが疑問に感じたことは連合艦隊内でも議論になっていた。
 ロンバルディア艦隊の主戦派は祖国を占領したストリボーグ艦隊を殲滅すべしと主張した。しかし、アルビオン第九艦隊のアデル・ハース大将がそれに反対している。

 ハースはこれ以上戦死者を出すことは、自国の安全保障上の問題となるだけでなく、国家財政の悪化を招くと考えていた。実際、これまでの戦闘によってアルビオン艦隊だけでも二十万人近い戦死傷者を出している。

 これだけの数の傷痍軍人や戦没者遺族に対し、年金を支払うことで大きな財政負担になることは分かっていた。

 また、先のゾンファ共和国との戦争でも多くの戦死・戦傷者を出しており、無駄な戦闘で更にそれを増やすことは考えられなかった。

 そして、重要なことはここダジボーグ星系を含む帝国領を占領するメリットがないことだ。

 帝国は長く続いた内戦によって開発が遅れており、基本的に貧しい。更にダジボーグ星系はエネルギー供給プラントを破壊されており、そのインフラ整備だけでも多大な投資が必要となる。

 そんな投資をするより豊かなキャメロット星系を発展させた方が遥かに有意義だ。

 また、ハースはアレクサンドルがニコライの戦力を減らしたいと考えていることに気づいていた。

 しかし、ハースはその考えをあえて話すことなく、同胞の命という点で説得しようとした。これは好戦的になっているロンバルディア人に帝国内での内戦の話をすれば、介入しようと考えることを危惧したためだ。

「ストリボーグ艦隊にロンバルディア人の捕虜がいる可能性があります。もし、攻撃を仕掛けた後に捕虜を盾に停戦交渉を迫られたら我々の方が圧倒的に不利になります。ですので、ストリボーグ艦隊が戻ってきたら交渉によって人質を解放させるべきでしょう」

「帝国が人質を取っているなら、交渉にもならないのではないか。奴らは脅してくるだけだ。それならば、確実に敵にダメージを与え、優位に立っておくべきだと思うのだが」

 それに対し、ハースは毅然とした態度で答えた。

「敵が人質を使って脅してくるなら、我々も脅し返せばよいのです。ナグラーダに向けて質量兵器を撃ち込むと脅せばストリボーグ藩王も屈せざるを得ないでしょう。現状では我々が制宙権を握っています。この状況で完全には防げないと分かるでしょうから」

 そういうものの、その脅しを行うつもりはなかった。交渉するなら、ニコライがアレクサンドルに対して有利になるように仕向ける方法を採るつもりでいたためだ。

 ヤシマの将官が発言していたロンバルディア将官に嫌味を言った。

「貴艦隊が追撃していれば、今頃ナグラーダは我々の手に落ちていたのではないかな。今更勇ましいことを言われても信用しかねる」

 言われた側はその嫌味に青筋を立て、反論しようとした。しかし、ハースがやんわりと間に入る。

「グリフィーニ提督の判断は妥当でしたわ。敵の補助艦艇群の動きは異常でしたから。私の考えに過ぎませんが、あの補助艦艇には罠が仕掛けられていたと思います。恐らくステルス機雷が隠されていたのではないかと……」

 実際、ハースの言葉通りの状況であった。

 補助艦艇群には多数のステルスミサイルと機雷が配置されていた。接近してきた敵に対し、格納庫から直接ミサイルを発射し、奇襲を掛け、更に接近してきた敵に対しては自爆攻撃を掛けることも視野に入っていたのだ。

 但し、その証拠はなく、補助艦艇の動きの悪さと帝国艦隊の動きからその可能性が高いとされたに過ぎない。

 しかし、戦略家として有名なハースの言葉には一定以上の重みがあり、ヤシマの将官もそれ以上何も言わなかった。

 ハースの仲裁により、ロンバルディアの将官も矛を納め、連合艦隊はニコライの艦隊に手を出さないことで決着した。
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