アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」

第四十一話

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 宇宙暦SE四五二二年十月一日 標準時間一三一〇。



 キャメロット第九艦隊旗艦インヴィンシブル89は艦隊の最前線で、スヴァローグ帝国艦隊と激闘を繰り広げている。

 帝国艦隊からのミサイル攻撃により、インヴィンシブルは直撃こそ免れたものの、至近距離で爆発したミサイルにより、大きく損傷した。

 また、運悪く戦闘指揮所CICの横での爆発であったため、その衝撃を受け、艦隊司令官アデル・ハース大将と参謀長セオドア・ロックウェル中将が意識を失った。

 運よく気絶を免れた首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐がハースの介抱を行っている。

「ご無事ですか、提督!」

 その声に反応したのか、ハースがゆっくりと目を開く。

「じょ、状況は……」

 その言葉に副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将が「運悪く旗艦近傍でミサイルが爆発しただけです。艦隊に大きな被害は出ていません」と答える。

 ハースは「ありがとう」といって司令官シートに座り直す。そして、コンソールを操作しながら、参謀長をちらりと見る。
 ロックウェルは頭を打ったのか未だに意識が戻っていない。

「副参謀長は艦隊の各戦隊に現状を維持するよう指示を出して。首席参謀、あなたが私に助言しなさい。これから敵艦隊の後方を突っ切ります。攻撃のタイミングを計るのです」

 リンステッドは驚くが、「了解しました、提督アイ・アイ・マム」と答え、参謀用コンソールを操作し始めた。

「クリフ、旗艦はまだ戦えるわね」

はい、提督イエス・マム。ミサイル発射管が一つ使えなくなりましたが、主砲とカロネードは健在です」

「よろしい」とハースはいい、ニコリと笑う。

「敵に引導を渡します! ダジボーグ艦隊に向けてステルスミサイルを、スヴァローグ艦隊の横を抜ける時にカロネードを撃ち込みます。リンステッド大佐、指示を頼みますよ」

 リンステッドはそれまでのわだかまりを忘れ、敵との距離と速度から敵に最もダメージを与えるための最適解を探していた。

(ダジボーグ艦隊にはここで……こっちはこれでいいわ。問題はスヴァローグ艦隊に接近する時よ。相手は近接戦闘を苦手としているから、後退しようとするはず……)

 ハースはリンステッドに任せると、艦隊の状況を確認していく。

(二十パーセント以上が損傷を受けているけど、この状況なら上出来よ。問題は敵艦隊の横を通り抜けた後にどこに向かうか。ロンバルディア艦隊と合流するか、それとも敵の補助艦艇に向かうか……相手の司令官は常識的な人物のようだから、補助艦艇に向かうのは読まれているはず。恐らくあちらにもステルス機雷が隠されているわ。なら、ロンバルディア艦隊と合流して半包囲で敵に出血を強いた方がいい……)

 そのことをビュイックに告げ、運用参謀に艦隊の針路と加速のタイミングを計算するよう命じた。

■■■

 第九艦隊が帝国艦隊の後方を窺おうとしている時、アルビオン艦隊本隊は正面にいるダジボーグ艦隊と砲火を交えていた。

 総司令官でもある第一艦隊司令官のジークフリート・エルフィンストーン大将はダジボーグ艦隊の思った以上に堅い守りと遠距離からのステルス機雷による濃密なミサイル攻撃に手を焼いていた。

「敵は僅か二個艦隊。数で圧倒できるはずだ!」

 その言葉に総参謀長のウィルフレッド・フォークナー中将が異論を唱える。

「ダジボーグ艦隊は第五惑星サタナーのリングを上手く使っています。数で押すことは難しいかと……」

 フォークナーの言う通り、ダジボーグ艦隊はサタナーのリングに浮かぶ小惑星や岩塊を巧みに利用して戦っていた。

 リングにある岩塊や氷塊は直径数百メートルのものがほとんどだが、それでも大型戦艦を隠すことも可能だ。

 この戦法はダジボーグ艦隊の得意とするもので、内戦の時に何度も用いられており、勇将エルフィンストーンをもってしても容易に崩せないでいる。

「敵左舷から回り込むか、あるいはこのまま乱戦に持ち込むしか、突破は難しいでしょう」

 しかし、フォークナーの提案はどちらもすぐに実施できるものではなかった。
 前進するにしても迂回するにしても、ステルス機雷と小型艦による特攻的な攻撃で出血を強いられる。

 また、スヴァローグ艦隊も戦線を縮小し、防御重視の隊形で攻撃を加えてくる。幸いなことに第九艦隊に対応するため、一個艦隊が離れたことから圧力自体は強くないが、それでも執拗に攻撃してくるため、少なくない被害を出していた。

「我々は敵に圧力を掛け続け、ハース提督とロンバルディア艦隊に期待した方がよろしいかと」

 エルフィンストーンはその消極的な策に難色を示す。

「遠距離で撃ち合っているロンバルディア艦隊はともかく、第九艦隊は敵中に入り込もうとしているのだ。我らが圧力を掛けるだけでは大きな被害が出る」

「しかし、それで勝利を逃しては本末転倒です。確実な勝利のために最善の手を打つべきでしょう」

 フォークナーは意図的に第九艦隊を見捨てようとしたわけではないが、積極的に支援しようともしなかった。

「第九艦隊を失えば敵に抵抗の時間を与えることになる。敵が動かざるを得なくなるような手は……」

「第十艦隊のヘイルウッド提督から通信です」という副官の言葉に遮られる。

 ジョアン・ヘイルウッド大将は司令官の中で最年長の五十七歳。白髪で深い皺は更に老齢に見えるが、その眼光は鋭い。
 長い軍歴だけでなく、その堅実な指揮からエルフィンストーンも一目置く提督だ。

「忙しいところ申し訳ない。この状況を何とかせねばならんと思ったのでな」

「それは私も同じ思いですが……」と言い掛けたところでヘイルウッドがそれを遮る。

「時間が惜しいので、単刀直入に言わせてもらう。ロンバルディアの艦隊に少し強引に突いてもらってはどうか」

「確かにそうですが、ロンバルディア艦隊が狙われたら……」

「敵はタイミングを見て撤退を狙っておるはず。恐らく別の罠を用意しておるのであろうが……であるなら、ロンバルディア艦隊側に向かうことはないのではないかな」

「なるほど。では、それを少しアレンジさせて頂き、エネルギー供給プラントを破壊しにいくように見せかけて星系防衛隊を攻撃させましょう」

「それがよい。敵も一枚岩ではない。簡単にはプラントを放棄できんだろう」とヘイルウッドは言い、通信を切った。

 ヘイルウッドが一枚岩ではないといった理由は、帝国艦隊の構成にある。

 ダジボーグ人が主体のダジボーグ艦隊と星系防衛隊は自分たちの今後のことを考え、プラントを守りたいと考える。

 しかし、スヴァローグ艦隊は帝国の勝利もしくは敵により多くの損害を与えることを指向する可能性が高い。その間隙を突けば、帝国艦隊が分裂する可能性があると考えたのだ。

 エルフィンストーンはすぐに命令を下す。

「ロンバルディア艦隊のグリフィーニ提督に目標を星系防衛隊に切り替えるよう伝えよ。その際、エネルギー供給プラントを攻撃するように見せかけ、敵を引き摺りだすのだ。我らもプラントを攻撃するように見せて敵の焦りを誘うぞ!」

 エネルギー供給プラント周辺には艦隊戦に参加できないスループや監視艇など五百隻ほどが配置されていた。
 それらは遠距離からのミサイル攻撃からプラントを守る任務を帯びていた。

 流れ弾程度なら充分に防ぐことができるが、大艦隊から本格的に攻撃を受ければ対応しきれない程度しか配備されていなかった。

 エルフィンストーンの命令を受け、アルビオン艦隊は二つのプラントに数千発のミサイルを叩き込む。過剰すぎる攻撃だが、エルフィンストーンは本気を見せる必要があると考えたのだ。

■■■

 殺到するミサイルに帝国軍のスループや監視艇の指揮官は「撃ち落せ!」とヒステリックに叫ぶが、専門部隊でもなく付け焼刃的な連携であり、あっという間に二つのプラントが爆散した。

 ここにきて帝国軍の司令官カラエフも選択を迫られることになるが、彼は残りのプラントも放棄するつもりであり、エルフィンストーンの思惑に乗らなかった。
 しかし、ロンバルディア艦隊が前に出てきたことから撤退のタイミングを計り始める。

(ロンバルディアまで出てきたか……もう少し敵に損害を与えてからナグラーダに下がった方がよいな。そのためには敵の高機動艦隊を何とかせねばならん……)

 カラエフが考えるように要塞衛星のあるナグラーダ周辺に撤退するには第九艦隊の存在が邪魔だった。

(補助艦艇に向かえばよいのだが、恐らく罠の存在に気づいている。だとすれば、あの艦隊を潰した後に下がるしかあるまい……)

 カラエフは補助艦艇群にステルス機雷と多数のミサイルを隠すという罠を用意していた。
 補助艦艇に近づいたところで、輸送艦に積んであるステルスミサイルを強引に発射し、攻撃するつもりだったのだ。そのため、補助艦艇は最初から破棄するつもりだった。

 ダジボーグ艦隊の司令官からプラント防衛の具申が来る。

「このままではプラントが破壊されてしまいます!」

「ここで艦隊を損なえば、星系ごと失うことになる。プラントを放棄することは皇帝陛下のご裁可を頂いておる」

 作戦前に確認してあったのだ。

「それよりも敵高機動艦隊を何としてでも叩き潰すのだ。奴らを逃がせば我らに勝利はなくなる」

 ダジボーグ会戦は第二幕が始まろうとしていた。
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