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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第三十六話
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宇宙暦四五二二年九月二十六日
ヤシマ星系のチェルノボーグ星系側ジャンプポイントで敗北したスヴァローグ帝国艦隊はボロボロの状態でダジボーグ星系に帰還した。
侵攻作戦開始時、四万隻を超えていた艦隊は二万九千隻を割り込んでいる。また、多くの艦が損傷し、まともな艦隊陣形すら構成できないほどだった。
指揮官のリューリク・カラエフ上級大将は無事に帰還できたことを心の中で喜ぶが、無残な艦隊の姿を目にすると、今回の作戦失敗について何度も悔やんだ。
(敵が一枚も二枚も上手だったが、もう少しやりようがあったのではないか……)
脱落しそうになる味方艦を叱咤しながら、彼は撤退の時を思い出していた。
(メトネル提督が犠牲になってくれなければ、更に多くの艦を失っていただろう。ダジボーグの軍人とはいえ、尊敬に値する人物だった……)
カラエフはスヴァローグ星系出身で、スヴァローグ艦隊の司令官だ。ユーリ・メトネル上級大将はダジボーグ艦隊の指揮官であり、僅か数年前まで殺し合っていた相手だ。
それでも主君である皇帝アレクサンドルのためとはいえ、メトネルが命を張ってスヴァローグ艦隊を脱出させたことに感謝している。そして、あれほどの人物を心酔させる皇帝に興味を持った。
(といっても今回の敗戦の責任をとって処刑される身。どのような人物であろうと関係ないか……)
自嘲気味にそう考えるが、すぐに有人惑星ナグラーダにある司令部に通信を送った。
「……敵は十八個艦隊に及ぶ大兵力を擁し、チェルノボーグ星系側JPに十五個艦隊を展開。濃密なステルス機雷原の中、我が艦隊は倍する敵に対し善戦したものの、捲土重来を期し転進した……本会戦においてダジボーグ艦隊のユーリ・メトネル上級大将が未帰還となっている。ダジボーグ艦隊によれば、旗艦ガヴィリイールの爆発を確認したとのこと……我が艦隊はナグラーダに帰投する……」
百光分以上の距離があるため、返信は返ってこない。カラエフは意気消沈する将兵を励ますため、戦闘指揮所に立ち続けた。
皇帝アレクサンドル二十二世はヴァロータJPに現れた艦隊の姿に自らの策が失敗だったと即座に悟る。しかし、そのことは一切顔に出さず、淡々と命令を下していく。
しかし、カラエフからの通信が入ると、玉座から立ち上がり、手に持っていた豪華な錫杖を取り落とした。
「メトネルが戦死しただと……」
アレクサンドルはそれだけ呟くと玉座に崩れ落ちるように座る。
そして、側近にこう語った。
「メトネルは我が剣にして盾。二個艦隊を失ったことも痛いが、それ以上に彼を失った損失は大きい……」
普段冷徹な皇帝が力なく呟いた姿に側近は驚いたと記録されている。
ダジボーグ星系の有人惑星ナグラーダに到着したカラエフは皇帝に謁見する。
「此度の敗北の責任は臣にあります。いかような処分も甘んじて受ける所存でございますが、不利な状況で善戦した将兵に対してはご配慮いただければ幸いに存じます」
頭を深く垂れ、一度も顔を上げなかった。
それに対し、アレクサンドルは玉座を降りてカラエフの下に向かう。そして、彼の肩に手を置き、
「責任はすべて余にある。卿は待ち受ける二倍の敵に対し損害を与え、艦隊を連れ帰ってくれた。メトネルは卿に帝国の行く末を託したのであろう。余に思うところはあると思うが、この国難に共に立ち向かおうではないか」
アレクサンドルの性格を知る家臣たちはその行動に驚きを隠せなかった。カラエフに対し怒りをぶつけ、そのまま処刑を命じると思う者が大半だったのだ。
実際、アレクサンドルも内心では怒りに打ち震えていた。しかし、言葉にしたように国難という認識がそれを押し留めた。
アルビオン王国艦隊を中心とする大艦隊がダジボーグを目指すことは充分に考えられる中、優秀な指揮官であるカラエフを処分することは自らの手足を切り落とすことになると考えた。
アレクサンドルはカラエフを立たせると、
「カラエフの艦隊を迎え撃ったということは奴らがダジボーグに向かうことは充分にあり得る。その上でいかにして迎え撃つべきか、忌憚のない意見を求める」
複数の将官から、敵軍をナグラーダまで引き込み、要塞や軍事衛星による防御施設を活用することで時間を稼ぎ、ロンバルディアから戻ってくるニコライ十五世率いるロンバルディア方面艦隊を待つという戦略が提示される。
それに対し、カラエフは別の策を提示した。
「それではサタナーにあるエネルギー供給プラントが破壊されてしまいます。彼の施設を失えば、ダジボーグは長期に渡って機能不全になることは必定。また、ニコライ藩王閣下がどのタイミングで戻られるか分からぬ状況において、持久戦がよい選択肢とは思えません」
「ではどうせよというのか」とアレクサンドルが問うと、恭しく頭を下げ、「私に策がございます」と自信に満ちた顔で説明を始めた。
説明を聞き終えたアレクサンドルはそれまでの沈痛な表情を緩め、
「見事な策である! 提督にすべてを任せる」
カラエフはそれに無言で頭を下げると、すぐに準備に向かった。
残されたアレクサンドルは思った以上にカラエフが使えることに驚きを禁じえなかった。
(確かに無能な男ではなかったが、あれほどの知略を秘めているとはな。前皇帝が使いこなせていなかったことは僥倖だった。もし、あの力を十全に使われていたら、未だに内戦は続いていたはずだ……)
そして、決意を新たにする。
(この戦いに勝ち、あの者を我が配下に加える。メトネルを失った今、優秀な将は必要だ。それに上手くいけば未だに反抗的なスヴァローグ軍も我が剣となろう……)
自らの力の源泉であるダジボーグ艦隊を大きく損なっただけでなく、ニコライのストリボーグ艦隊が無傷ということで再び内戦が起きてもおかしくないとすら考えていた。
そんな時、カラエフが思った以上に理性的で上手く扱えば信頼を勝ち取れる可能性が出てきた。
(今はカラエフにすべてを託す。勝てればよし。負ければ余もそれまでの男だったということ……)
ある種の開き直りだが、アレクサンドルはこの状況にある種の清々しさすら感じていた。
帝国軍は連合艦隊を迎え撃つため、カラエフの献じた策に従い、全軍を挙げて準備に邁進していく。
ヤシマ星系のチェルノボーグ星系側ジャンプポイントで敗北したスヴァローグ帝国艦隊はボロボロの状態でダジボーグ星系に帰還した。
侵攻作戦開始時、四万隻を超えていた艦隊は二万九千隻を割り込んでいる。また、多くの艦が損傷し、まともな艦隊陣形すら構成できないほどだった。
指揮官のリューリク・カラエフ上級大将は無事に帰還できたことを心の中で喜ぶが、無残な艦隊の姿を目にすると、今回の作戦失敗について何度も悔やんだ。
(敵が一枚も二枚も上手だったが、もう少しやりようがあったのではないか……)
脱落しそうになる味方艦を叱咤しながら、彼は撤退の時を思い出していた。
(メトネル提督が犠牲になってくれなければ、更に多くの艦を失っていただろう。ダジボーグの軍人とはいえ、尊敬に値する人物だった……)
カラエフはスヴァローグ星系出身で、スヴァローグ艦隊の司令官だ。ユーリ・メトネル上級大将はダジボーグ艦隊の指揮官であり、僅か数年前まで殺し合っていた相手だ。
それでも主君である皇帝アレクサンドルのためとはいえ、メトネルが命を張ってスヴァローグ艦隊を脱出させたことに感謝している。そして、あれほどの人物を心酔させる皇帝に興味を持った。
(といっても今回の敗戦の責任をとって処刑される身。どのような人物であろうと関係ないか……)
自嘲気味にそう考えるが、すぐに有人惑星ナグラーダにある司令部に通信を送った。
「……敵は十八個艦隊に及ぶ大兵力を擁し、チェルノボーグ星系側JPに十五個艦隊を展開。濃密なステルス機雷原の中、我が艦隊は倍する敵に対し善戦したものの、捲土重来を期し転進した……本会戦においてダジボーグ艦隊のユーリ・メトネル上級大将が未帰還となっている。ダジボーグ艦隊によれば、旗艦ガヴィリイールの爆発を確認したとのこと……我が艦隊はナグラーダに帰投する……」
百光分以上の距離があるため、返信は返ってこない。カラエフは意気消沈する将兵を励ますため、戦闘指揮所に立ち続けた。
皇帝アレクサンドル二十二世はヴァロータJPに現れた艦隊の姿に自らの策が失敗だったと即座に悟る。しかし、そのことは一切顔に出さず、淡々と命令を下していく。
しかし、カラエフからの通信が入ると、玉座から立ち上がり、手に持っていた豪華な錫杖を取り落とした。
「メトネルが戦死しただと……」
アレクサンドルはそれだけ呟くと玉座に崩れ落ちるように座る。
そして、側近にこう語った。
「メトネルは我が剣にして盾。二個艦隊を失ったことも痛いが、それ以上に彼を失った損失は大きい……」
普段冷徹な皇帝が力なく呟いた姿に側近は驚いたと記録されている。
ダジボーグ星系の有人惑星ナグラーダに到着したカラエフは皇帝に謁見する。
「此度の敗北の責任は臣にあります。いかような処分も甘んじて受ける所存でございますが、不利な状況で善戦した将兵に対してはご配慮いただければ幸いに存じます」
頭を深く垂れ、一度も顔を上げなかった。
それに対し、アレクサンドルは玉座を降りてカラエフの下に向かう。そして、彼の肩に手を置き、
「責任はすべて余にある。卿は待ち受ける二倍の敵に対し損害を与え、艦隊を連れ帰ってくれた。メトネルは卿に帝国の行く末を託したのであろう。余に思うところはあると思うが、この国難に共に立ち向かおうではないか」
アレクサンドルの性格を知る家臣たちはその行動に驚きを隠せなかった。カラエフに対し怒りをぶつけ、そのまま処刑を命じると思う者が大半だったのだ。
実際、アレクサンドルも内心では怒りに打ち震えていた。しかし、言葉にしたように国難という認識がそれを押し留めた。
アルビオン王国艦隊を中心とする大艦隊がダジボーグを目指すことは充分に考えられる中、優秀な指揮官であるカラエフを処分することは自らの手足を切り落とすことになると考えた。
アレクサンドルはカラエフを立たせると、
「カラエフの艦隊を迎え撃ったということは奴らがダジボーグに向かうことは充分にあり得る。その上でいかにして迎え撃つべきか、忌憚のない意見を求める」
複数の将官から、敵軍をナグラーダまで引き込み、要塞や軍事衛星による防御施設を活用することで時間を稼ぎ、ロンバルディアから戻ってくるニコライ十五世率いるロンバルディア方面艦隊を待つという戦略が提示される。
それに対し、カラエフは別の策を提示した。
「それではサタナーにあるエネルギー供給プラントが破壊されてしまいます。彼の施設を失えば、ダジボーグは長期に渡って機能不全になることは必定。また、ニコライ藩王閣下がどのタイミングで戻られるか分からぬ状況において、持久戦がよい選択肢とは思えません」
「ではどうせよというのか」とアレクサンドルが問うと、恭しく頭を下げ、「私に策がございます」と自信に満ちた顔で説明を始めた。
説明を聞き終えたアレクサンドルはそれまでの沈痛な表情を緩め、
「見事な策である! 提督にすべてを任せる」
カラエフはそれに無言で頭を下げると、すぐに準備に向かった。
残されたアレクサンドルは思った以上にカラエフが使えることに驚きを禁じえなかった。
(確かに無能な男ではなかったが、あれほどの知略を秘めているとはな。前皇帝が使いこなせていなかったことは僥倖だった。もし、あの力を十全に使われていたら、未だに内戦は続いていたはずだ……)
そして、決意を新たにする。
(この戦いに勝ち、あの者を我が配下に加える。メトネルを失った今、優秀な将は必要だ。それに上手くいけば未だに反抗的なスヴァローグ軍も我が剣となろう……)
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そんな時、カラエフが思った以上に理性的で上手く扱えば信頼を勝ち取れる可能性が出てきた。
(今はカラエフにすべてを託す。勝てればよし。負ければ余もそれまでの男だったということ……)
ある種の開き直りだが、アレクサンドルはこの状況にある種の清々しさすら感じていた。
帝国軍は連合艦隊を迎え撃つため、カラエフの献じた策に従い、全軍を挙げて準備に邁進していく。
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