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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第三十二話
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宇宙暦四五二二年九月十一日 標準時間〇三三〇。
戦闘開始から三十分が経過した。
ヤシマ星系のチェルノボーグ星系側ジャンプポイントではアルビオン、ヤシマ、ロンバルディアの連合艦隊と帝国艦隊が死闘を繰り広げている。
濃密な機雷原と倍近い艦での待ち伏せという好条件にも関わらず、自由星系国家連合に属するロンバルディアとヤシマの艦隊が足を引っ張り、互角に近い攻防が続いている。
連合艦隊側の実質的な総司令官であるアルビオン艦隊のナイジェル・ダウランド大将は、無様に変形した艦隊陣形に心の中で自嘲する。
(何という無様な戦いだ。ロンバルディアとヤシマがこれほど使えぬとは思わなかった。特にロンバルディアは酷すぎる……しかし、そうも言っていられんな。このままでは敵がジャンプで逃げてしまう。何としてでも大きな損害を与えなければ……)
超光速航行にはさまざまな制限があるが、その一つにジャンプアウト後、一定時間経たないと再び超空間に突入できないというものがある。
標準的には一時間程度で、それより短い時間で強引に超空間に突入すると、正常なジャンプができなくなり、艦は超空間に消えてしまう。
帝国艦隊が不利な状況でも即座に撤退しなかったのはこれが理由だが、逆に言えばあと三十分耐えさえすれば、大きな損害を被ることなく、撤退できることになる。
防衛側の思惑は圧倒的な大兵力をもって帝国艦隊に大きな損害を与え、その勢いをもってダジボーグに逆侵攻し、ロンバルディアを解放するというものだ。しかし、ロンバルディア艦隊の猪突により、その戦略は無に帰そうとしていた。
側面に回り込もうとしていた第九艦隊はこの動きに完全に取り残されていた。
現状では無様に広がったロンバルディア艦隊が邪魔になり、敵の後方に回ることはおろか、上方にも下方にも簡単に回り込めない状況だった。
そこでハースは参謀たちに意見を求めた。
「この状況を何とかしなければなりません。参謀長、よい案はありませんか?」
まず、戦術家として卓越した力量を持つ参謀長のセオドア・ロックウェル中将に意見を求めた。
「ダウランド提督の手腕で何とか戦線の崩壊は食い止められたという状況です。もう一度、全艦隊で大攻勢を掛けるくらいしか思いつきませんが、ヤシマとロンバルディアに期待はできないでしょうな」
更にその横にいる副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将も同意するかのように頷いていた。
「首席参謀の意見は」とレオノーラ・リンステッド大佐に意見を求める。
「ダウランド提督が敵を上手く拘束しています。この隙に後方に回り込み、敵補助艦艇群に攻撃を仕掛けましょう」
敵艦隊後方には輸送艦などの補助艦艇があり、それらを殲滅するだけでも帝国軍の継戦能力は一気に低下し、最低限の目的は達せられる。
「回り込む時間はないわ。クリフ、あなたの意見は?」
そう言った後、リンステッドの視線を感じ、「今は緊急事態よ。権限がどうのといっていられる状況ではないわ」といって釘を刺す。
旗艦インヴィンシブル89の艦長であるクリフォードは艦の指揮に集中していたものの、すぐ後ろで行われている議論も耳に入っていた。
司令部に属していない彼は艦の指揮に集中するという理由で意見を言わないつもりでいたが、言わざるを得なくなった。
「ロンバルディア艦隊の後方からステルスミサイルでの攻撃を仕掛けてはいかがでしょうか。それに合わせて各艦隊も一斉に攻勢を仕掛けます」
「そんなことをしたら、ロンバルディア艦隊に被害が出るわ。そんな作戦できるわけがない」
リンステッドが呟くと、ロックウェルも渋々と言う感じで頷く。
「首席参謀の言う通りです。敵味方識別装置によって標的にならないとは言え、密集している艦隊の中にステルスミサイルを通過させるのは事故の危険があります」
それに対しクリフォードは首を横に振る。
「同じ艦隊であれば中央部から前衛を回避してミサイルを撃つことは珍しいことではありません。それが大規模になったと思えば大きな問題はないと考えます」
「そうね。それに奇襲効果は魅力的だわ。我が艦隊のミサイル攻撃力は王国軍一。それにステルス機雷の処理がまだ終わっていないのだから、敵に大きな混乱を与えることができるわ」
その意見にロックウェルも「確かにそうですな」と賛同する。ビュイックや他の参謀もそれならばと賛意を示した。しかし、リンステッドだけは更に反対する。
「もしロンバルディア艦隊に被害が出れば国際問題となります。その点を考慮すべきかと」
「この危機的な状況を作ったのはロンバルディアです。彼らの気質を考えれば問題にはできないでしょう」
そう言ってダウランドに通信を入れた。
「ロンバルディア艦隊の後方から攻撃を仕掛けます。グリフィーニ提督に連絡を。それからミサイルで混乱したタイミングで総攻撃の命令をお願いします」
常識的な戦術家であるダウランドだが、即座にハースの意図を理解する。
また、ロンバルディア艦隊に損害が出る可能性があるが、それは帝国の野望を打ち砕いた後に自らが負えばよいと割り切ることにし、問題にしなかった。
「了解した。こちらからも同時にミサイルを放つ。作戦開始は〇三四〇。以上だ」
ステルスミサイルの加速力は二十kG。それだけの加速力を持ってしても十光秒の距離を進むのに百八十秒掛かる。これ以上議論をしていると、攻撃の効果が出る前に敵が超光速航行で逃げてしまうため、ダウランドは司令官権限で作戦を決めた。
既に第九艦隊はロンバルディア艦隊の後方に位置しており、その時間でも問題はなかった。
■■■
標準時間〇三四〇。
アルビオン艦隊のステルスミサイル保有艦から一斉にミサイルが射出された。帝国側でもその動きを察知する。
「敵のミサイル攻撃だ。機雷の処理に合わせて適正に対処せよ」
帝国軍総司令官リューリク・カラエフ上級大将は至って常識的な命令を下した。
現状では倍する敵に対し有利に戦いを進めており、勝利は得られないものの大きな損害を被ることなく撤退できそうな見通しだ。そのため、アルビオン艦隊が最後の足掻きで少しでも損害を与えようとしていると考えたのだ。
四万基近い数のミサイルが帝国軍の前方から襲い掛かる。しかし、予め到達時間などが分かっており、帝国軍に焦りはなかった。
「敵ミサイル第一波接近中。迎撃システム作動開始……」
旗艦ウルイールの戦闘指揮所では戦術士官の冷静な声に情報士官の悲鳴が被る。
「右舷方向よりステルスミサイル多数接近! その数八千以上!」
「ロンバルディア艦隊か!」
「いえ! アルビオンの左翼艦隊です! ああ! 右翼が!」
右翼側の艦が次々とミサイルの餌食になる表示が映し出される。
更にメインスクリーンが真っ白に発光した。前方のアルビオン艦隊から一斉砲撃が加えられたのだ。
「アルビオン艦隊砲撃開始! ロンバルディア、ヤシマの各艦隊も砲撃に参加し始めました!」
カラエフは士官たちの混乱に対し「落ち着け!」と一喝すると、
「ミサイルの迎撃に集中しろ! 小型艦は回避機動を継続!」
カラエフの指揮で司令部は落ち着きを取り戻したものの、艦隊全体の混乱は容易には収まらない。
ダジボーグ艦隊司令官ユーリ・メトネル上級大将が一方的に通信を送ってきた。
「我がダジボーグ艦隊が敵を引き付けます。その間にスヴァローグ艦隊は撤退準備を。皇帝陛下のことをお願いします」
そして、すぐに「ヤシマ艦隊を殲滅する! 突撃!」と叫ぶと通信が切れた。
残された形のカラエフは「メトネル提督」と呟くものの、即座に命令を発した。
「ダジボーグ艦隊が撤退までの時間を稼ぐ! 我々は防御に徹するのだ!」
メトネルはここで無為にスヴァローグ艦隊を失えば、未だに不安定な帝都スヴァローグ星系に動揺が起き、敬愛する皇帝の政治基盤が危ぶむと考えた。
そのため、麾下の艦隊でスヴァローグ艦隊を逃がし、カラエフに恩を売ることで皇帝を守ろうと思い立つ。
この時帝国艦隊は連合艦隊側からの激しい攻勢を受け、一万隻近くが損害を受けていた。しかし、左翼にあったダジボーグ艦隊がヤシマ艦隊に襲い掛かったことで、再び連合艦隊側の足並みが乱れる。
そして、戦線は再び膠着した。
戦闘開始から三十分が経過した。
ヤシマ星系のチェルノボーグ星系側ジャンプポイントではアルビオン、ヤシマ、ロンバルディアの連合艦隊と帝国艦隊が死闘を繰り広げている。
濃密な機雷原と倍近い艦での待ち伏せという好条件にも関わらず、自由星系国家連合に属するロンバルディアとヤシマの艦隊が足を引っ張り、互角に近い攻防が続いている。
連合艦隊側の実質的な総司令官であるアルビオン艦隊のナイジェル・ダウランド大将は、無様に変形した艦隊陣形に心の中で自嘲する。
(何という無様な戦いだ。ロンバルディアとヤシマがこれほど使えぬとは思わなかった。特にロンバルディアは酷すぎる……しかし、そうも言っていられんな。このままでは敵がジャンプで逃げてしまう。何としてでも大きな損害を与えなければ……)
超光速航行にはさまざまな制限があるが、その一つにジャンプアウト後、一定時間経たないと再び超空間に突入できないというものがある。
標準的には一時間程度で、それより短い時間で強引に超空間に突入すると、正常なジャンプができなくなり、艦は超空間に消えてしまう。
帝国艦隊が不利な状況でも即座に撤退しなかったのはこれが理由だが、逆に言えばあと三十分耐えさえすれば、大きな損害を被ることなく、撤退できることになる。
防衛側の思惑は圧倒的な大兵力をもって帝国艦隊に大きな損害を与え、その勢いをもってダジボーグに逆侵攻し、ロンバルディアを解放するというものだ。しかし、ロンバルディア艦隊の猪突により、その戦略は無に帰そうとしていた。
側面に回り込もうとしていた第九艦隊はこの動きに完全に取り残されていた。
現状では無様に広がったロンバルディア艦隊が邪魔になり、敵の後方に回ることはおろか、上方にも下方にも簡単に回り込めない状況だった。
そこでハースは参謀たちに意見を求めた。
「この状況を何とかしなければなりません。参謀長、よい案はありませんか?」
まず、戦術家として卓越した力量を持つ参謀長のセオドア・ロックウェル中将に意見を求めた。
「ダウランド提督の手腕で何とか戦線の崩壊は食い止められたという状況です。もう一度、全艦隊で大攻勢を掛けるくらいしか思いつきませんが、ヤシマとロンバルディアに期待はできないでしょうな」
更にその横にいる副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将も同意するかのように頷いていた。
「首席参謀の意見は」とレオノーラ・リンステッド大佐に意見を求める。
「ダウランド提督が敵を上手く拘束しています。この隙に後方に回り込み、敵補助艦艇群に攻撃を仕掛けましょう」
敵艦隊後方には輸送艦などの補助艦艇があり、それらを殲滅するだけでも帝国軍の継戦能力は一気に低下し、最低限の目的は達せられる。
「回り込む時間はないわ。クリフ、あなたの意見は?」
そう言った後、リンステッドの視線を感じ、「今は緊急事態よ。権限がどうのといっていられる状況ではないわ」といって釘を刺す。
旗艦インヴィンシブル89の艦長であるクリフォードは艦の指揮に集中していたものの、すぐ後ろで行われている議論も耳に入っていた。
司令部に属していない彼は艦の指揮に集中するという理由で意見を言わないつもりでいたが、言わざるを得なくなった。
「ロンバルディア艦隊の後方からステルスミサイルでの攻撃を仕掛けてはいかがでしょうか。それに合わせて各艦隊も一斉に攻勢を仕掛けます」
「そんなことをしたら、ロンバルディア艦隊に被害が出るわ。そんな作戦できるわけがない」
リンステッドが呟くと、ロックウェルも渋々と言う感じで頷く。
「首席参謀の言う通りです。敵味方識別装置によって標的にならないとは言え、密集している艦隊の中にステルスミサイルを通過させるのは事故の危険があります」
それに対しクリフォードは首を横に振る。
「同じ艦隊であれば中央部から前衛を回避してミサイルを撃つことは珍しいことではありません。それが大規模になったと思えば大きな問題はないと考えます」
「そうね。それに奇襲効果は魅力的だわ。我が艦隊のミサイル攻撃力は王国軍一。それにステルス機雷の処理がまだ終わっていないのだから、敵に大きな混乱を与えることができるわ」
その意見にロックウェルも「確かにそうですな」と賛同する。ビュイックや他の参謀もそれならばと賛意を示した。しかし、リンステッドだけは更に反対する。
「もしロンバルディア艦隊に被害が出れば国際問題となります。その点を考慮すべきかと」
「この危機的な状況を作ったのはロンバルディアです。彼らの気質を考えれば問題にはできないでしょう」
そう言ってダウランドに通信を入れた。
「ロンバルディア艦隊の後方から攻撃を仕掛けます。グリフィーニ提督に連絡を。それからミサイルで混乱したタイミングで総攻撃の命令をお願いします」
常識的な戦術家であるダウランドだが、即座にハースの意図を理解する。
また、ロンバルディア艦隊に損害が出る可能性があるが、それは帝国の野望を打ち砕いた後に自らが負えばよいと割り切ることにし、問題にしなかった。
「了解した。こちらからも同時にミサイルを放つ。作戦開始は〇三四〇。以上だ」
ステルスミサイルの加速力は二十kG。それだけの加速力を持ってしても十光秒の距離を進むのに百八十秒掛かる。これ以上議論をしていると、攻撃の効果が出る前に敵が超光速航行で逃げてしまうため、ダウランドは司令官権限で作戦を決めた。
既に第九艦隊はロンバルディア艦隊の後方に位置しており、その時間でも問題はなかった。
■■■
標準時間〇三四〇。
アルビオン艦隊のステルスミサイル保有艦から一斉にミサイルが射出された。帝国側でもその動きを察知する。
「敵のミサイル攻撃だ。機雷の処理に合わせて適正に対処せよ」
帝国軍総司令官リューリク・カラエフ上級大将は至って常識的な命令を下した。
現状では倍する敵に対し有利に戦いを進めており、勝利は得られないものの大きな損害を被ることなく撤退できそうな見通しだ。そのため、アルビオン艦隊が最後の足掻きで少しでも損害を与えようとしていると考えたのだ。
四万基近い数のミサイルが帝国軍の前方から襲い掛かる。しかし、予め到達時間などが分かっており、帝国軍に焦りはなかった。
「敵ミサイル第一波接近中。迎撃システム作動開始……」
旗艦ウルイールの戦闘指揮所では戦術士官の冷静な声に情報士官の悲鳴が被る。
「右舷方向よりステルスミサイル多数接近! その数八千以上!」
「ロンバルディア艦隊か!」
「いえ! アルビオンの左翼艦隊です! ああ! 右翼が!」
右翼側の艦が次々とミサイルの餌食になる表示が映し出される。
更にメインスクリーンが真っ白に発光した。前方のアルビオン艦隊から一斉砲撃が加えられたのだ。
「アルビオン艦隊砲撃開始! ロンバルディア、ヤシマの各艦隊も砲撃に参加し始めました!」
カラエフは士官たちの混乱に対し「落ち着け!」と一喝すると、
「ミサイルの迎撃に集中しろ! 小型艦は回避機動を継続!」
カラエフの指揮で司令部は落ち着きを取り戻したものの、艦隊全体の混乱は容易には収まらない。
ダジボーグ艦隊司令官ユーリ・メトネル上級大将が一方的に通信を送ってきた。
「我がダジボーグ艦隊が敵を引き付けます。その間にスヴァローグ艦隊は撤退準備を。皇帝陛下のことをお願いします」
そして、すぐに「ヤシマ艦隊を殲滅する! 突撃!」と叫ぶと通信が切れた。
残された形のカラエフは「メトネル提督」と呟くものの、即座に命令を発した。
「ダジボーグ艦隊が撤退までの時間を稼ぐ! 我々は防御に徹するのだ!」
メトネルはここで無為にスヴァローグ艦隊を失えば、未だに不安定な帝都スヴァローグ星系に動揺が起き、敬愛する皇帝の政治基盤が危ぶむと考えた。
そのため、麾下の艦隊でスヴァローグ艦隊を逃がし、カラエフに恩を売ることで皇帝を守ろうと思い立つ。
この時帝国艦隊は連合艦隊側からの激しい攻勢を受け、一万隻近くが損害を受けていた。しかし、左翼にあったダジボーグ艦隊がヤシマ艦隊に襲い掛かったことで、再び連合艦隊側の足並みが乱れる。
そして、戦線は再び膠着した。
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