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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第二十五話
しおりを挟む 宇宙暦四五二二年七月二十日 標準時間二〇三〇。
テーバイ星系のアラビス星系ジャンプポイントにスヴァローグ帝国の艦隊が現れた。情報通報艦からの情報通り、敵艦隊の数は五、艦数は約二万五千隻で、アルビオン艦隊の七個、三万五千隻に劣る。
アルビオン艦隊はアラビスJPから九十光分の位置にあり、現状の速度、最大戦速である〇・二Cでも減速時間を含めれば、敵と交戦するには八時間以上必要だ。
アルビオン艦隊の総司令官、ジークフリート・エルフィンストーン大将は現状の速度を維持したまま、アラビスJPに向かうよう命令を発した。
「全艦隊で攻撃を行う。目標はアラビスJP。ついては艦隊編成等について協議を行うため、七月二十一日〇一〇〇に作戦会議を実施する。それまでは現状を維持すること。以上」
アラビスJPに現れた帝国艦隊はステルス機雷の排除作業を行った。二時間ほどで掃宙を終えると、日付が変わったところでアラビス星系に撤退した。
「予想通りね」と戦闘指揮所の司令官シートに座る第九艦隊司令官アデル・ハース大将が呟く。
「この後の作戦会議ですが、どのような作戦が提示されると思いますか」と参謀長のセオドア・ロックウェル中将が質問する。
「どうでしょう。エルフィンストーン提督なら即座に追撃と命じられる気はしますけど……副参謀長の考えは?」
小首を傾げるような仕草で副参謀長アルフォンス・ビュイック少将に話を振る。
ビュイックは「そうですね」といつも通りの柔らかな表情でいうと、
「エルフィンストーン提督は即断即決される方ですが、猪突されることはほとんどありませんでした。今回も艦隊の再編後に追撃を命じられると思います」
「艦隊の再編? 具体的にはどういうことを考えているのかしら?」
「恐らくですが、戦闘艦と補助艦艇を分離し、戦闘艦のみでの追撃をお命じになると思います。JP付近の掃宙後に高速艦と戦艦部隊を分離し、高機動艦での追撃を命じるのではないかと」
「ありそうな話ね。首席参謀ならどうするかしら?」とハースは首席参謀であるレオノーラ・リンステッド大佐に話を振った。
「小官ならJPに機雷を敷設後、敵を待ち受けます。もし敵が追撃を予想し、再ジャンプに入れば、テーバイ星系への侵入を許すことになりますから」
「そうね」とハースは答えるものの、それ以上何も言わなかった。
指揮官シートでその会話を聞いていたクリフォード・コリングウッド大佐はその可能性は低いと考えていた。
(トンボ返りのような冒険をするだろうか? 敵が優勢ならあり得るが、我が軍が即座に追撃するか分からない状況では賭けの要素が強すぎる。帝国の目的はアルビオン艦隊の拘束。ならば、アラビス星系でも最大巡航速度で撤退しているはず。副参謀長はそのことを考えて、高機動艦部隊と戦艦部隊に再編すると考えたのだろうな……そんなことは提督も分かっておられる。これは首席参謀への配慮か……)
帝国軍が採り得る策としては三つ考えられるとクリフォードは思っていた。
一つ目はアラビス星系からマヤーク星系に撤退するため、最大巡航速度でマヤークJPに向かうことだ。
この選択肢は戦略的に合理的で、かつ安全だ。
二つ目はアラビス星系のテーバイJPで迎え撃つという策だ。
テーバイJPには当然ステルス機雷が敷設されており、五個艦隊でも七個艦隊と渡り合える可能性は高い。しかし、この策は帝国軍も大きな損害を被る可能性が高く、戦力を温存したい帝国の思惑から考えると実施される可能性は低い。
三つ目はリンステッドのいう逆侵攻の策だ。
成功すればアルビオン王国に危機感を煽ることはできるが、敵の中に艦隊が孤立する可能性がある。長大な補給路が必要な帝国軍が採るには冒険的すぎると考えている。
それに対し、アルビオン側が採り得る策は追撃と防衛、そして無視だ。
追撃の場合、アラビス星系には補助艦艇を除く全戦闘艦で突入することになる。もし、待ちうけているならそのまま戦闘に入り、敵を殲滅する。
また、敵が撤退しているなら高機動艦群による追撃を行うか、そのまま敵がマヤーク星系に撤退するのを確認した後、テーバイ星系に転進するかのいずれかとなる。
もし、高機動艦部隊を編成するならば、その指揮はハースが執る可能性が高い。他の艦隊であれば、戦艦から巡航戦艦に旗艦を変えなければならないが、第九艦隊は元々高機動艦だけで編成された艦隊であり、旗艦を変える必要がないためだ。
防衛はリンステッドが言ったアラビスJPで敵艦隊を待ち受ける作戦だ。しかし、敵が少数であり、再侵攻してくる可能性は極めて低く、時間を浪費するだけだ。エルフィンストーンの性格的にも採る可能性は低いのではないかと考えていた。
そして最後の選択肢である無視は、文字通り帝国軍を無視してキャメロットないしスパルタン星系に向かうことだ。
キャメロット星系にも既に帝国艦隊の情報は届いているはずなので、統合作戦本部からの命令が改めて届く。その命令の内容が帰還ならキャメロットへ、ヤシマ救援ならスパルタンに向かうことが合理的だ。
但し、キャメロットからの命令は早くても七月二十三日にしか届かないため、どちらに向かうかの最終的な決定は三日後以降となる。
クリフォードはそんなことを頭の片隅で考えていた。そして、アルビオン軍が採り得る最善の策は即座にヤシマに救援に向かうことだと考えていた。
(七個艦隊のうち、三個艦隊だけでも先行させれば、ヤシマで充分に戦える。キャメロットに戻らずにそのままスパルタンからヤシマに向かえば、三十日以内に到着できる。もし、ロンバルディア攻略部隊がヤシマにそのまま流れてきても、ギリギリ間に合う。ただ、今回は難しいだろうな……)
クリフォードが難しいと考えたのは、今回の作戦がテーバイ星系の防衛であり、ヤシマを含む自由星系国家連合の防衛ではないためだ。そのため、追撃するか、キャメロットに帰還するかのいずれかだと考えていた。
(統合作戦本部がヤシマに艦隊を派遣してくれればいいのだが……)
キャメロット星系には戦略予備として四個艦隊がある。その艦隊をすぐに派遣すれば充分に間に合う。しかし、現在の統合作戦本部は消極的な策を採る傾向にあり、艦隊の派遣は行われないのではないかと危惧していた。
テーバイ星系のアラビス星系ジャンプポイントにスヴァローグ帝国の艦隊が現れた。情報通報艦からの情報通り、敵艦隊の数は五、艦数は約二万五千隻で、アルビオン艦隊の七個、三万五千隻に劣る。
アルビオン艦隊はアラビスJPから九十光分の位置にあり、現状の速度、最大戦速である〇・二Cでも減速時間を含めれば、敵と交戦するには八時間以上必要だ。
アルビオン艦隊の総司令官、ジークフリート・エルフィンストーン大将は現状の速度を維持したまま、アラビスJPに向かうよう命令を発した。
「全艦隊で攻撃を行う。目標はアラビスJP。ついては艦隊編成等について協議を行うため、七月二十一日〇一〇〇に作戦会議を実施する。それまでは現状を維持すること。以上」
アラビスJPに現れた帝国艦隊はステルス機雷の排除作業を行った。二時間ほどで掃宙を終えると、日付が変わったところでアラビス星系に撤退した。
「予想通りね」と戦闘指揮所の司令官シートに座る第九艦隊司令官アデル・ハース大将が呟く。
「この後の作戦会議ですが、どのような作戦が提示されると思いますか」と参謀長のセオドア・ロックウェル中将が質問する。
「どうでしょう。エルフィンストーン提督なら即座に追撃と命じられる気はしますけど……副参謀長の考えは?」
小首を傾げるような仕草で副参謀長アルフォンス・ビュイック少将に話を振る。
ビュイックは「そうですね」といつも通りの柔らかな表情でいうと、
「エルフィンストーン提督は即断即決される方ですが、猪突されることはほとんどありませんでした。今回も艦隊の再編後に追撃を命じられると思います」
「艦隊の再編? 具体的にはどういうことを考えているのかしら?」
「恐らくですが、戦闘艦と補助艦艇を分離し、戦闘艦のみでの追撃をお命じになると思います。JP付近の掃宙後に高速艦と戦艦部隊を分離し、高機動艦での追撃を命じるのではないかと」
「ありそうな話ね。首席参謀ならどうするかしら?」とハースは首席参謀であるレオノーラ・リンステッド大佐に話を振った。
「小官ならJPに機雷を敷設後、敵を待ち受けます。もし敵が追撃を予想し、再ジャンプに入れば、テーバイ星系への侵入を許すことになりますから」
「そうね」とハースは答えるものの、それ以上何も言わなかった。
指揮官シートでその会話を聞いていたクリフォード・コリングウッド大佐はその可能性は低いと考えていた。
(トンボ返りのような冒険をするだろうか? 敵が優勢ならあり得るが、我が軍が即座に追撃するか分からない状況では賭けの要素が強すぎる。帝国の目的はアルビオン艦隊の拘束。ならば、アラビス星系でも最大巡航速度で撤退しているはず。副参謀長はそのことを考えて、高機動艦部隊と戦艦部隊に再編すると考えたのだろうな……そんなことは提督も分かっておられる。これは首席参謀への配慮か……)
帝国軍が採り得る策としては三つ考えられるとクリフォードは思っていた。
一つ目はアラビス星系からマヤーク星系に撤退するため、最大巡航速度でマヤークJPに向かうことだ。
この選択肢は戦略的に合理的で、かつ安全だ。
二つ目はアラビス星系のテーバイJPで迎え撃つという策だ。
テーバイJPには当然ステルス機雷が敷設されており、五個艦隊でも七個艦隊と渡り合える可能性は高い。しかし、この策は帝国軍も大きな損害を被る可能性が高く、戦力を温存したい帝国の思惑から考えると実施される可能性は低い。
三つ目はリンステッドのいう逆侵攻の策だ。
成功すればアルビオン王国に危機感を煽ることはできるが、敵の中に艦隊が孤立する可能性がある。長大な補給路が必要な帝国軍が採るには冒険的すぎると考えている。
それに対し、アルビオン側が採り得る策は追撃と防衛、そして無視だ。
追撃の場合、アラビス星系には補助艦艇を除く全戦闘艦で突入することになる。もし、待ちうけているならそのまま戦闘に入り、敵を殲滅する。
また、敵が撤退しているなら高機動艦群による追撃を行うか、そのまま敵がマヤーク星系に撤退するのを確認した後、テーバイ星系に転進するかのいずれかとなる。
もし、高機動艦部隊を編成するならば、その指揮はハースが執る可能性が高い。他の艦隊であれば、戦艦から巡航戦艦に旗艦を変えなければならないが、第九艦隊は元々高機動艦だけで編成された艦隊であり、旗艦を変える必要がないためだ。
防衛はリンステッドが言ったアラビスJPで敵艦隊を待ち受ける作戦だ。しかし、敵が少数であり、再侵攻してくる可能性は極めて低く、時間を浪費するだけだ。エルフィンストーンの性格的にも採る可能性は低いのではないかと考えていた。
そして最後の選択肢である無視は、文字通り帝国軍を無視してキャメロットないしスパルタン星系に向かうことだ。
キャメロット星系にも既に帝国艦隊の情報は届いているはずなので、統合作戦本部からの命令が改めて届く。その命令の内容が帰還ならキャメロットへ、ヤシマ救援ならスパルタンに向かうことが合理的だ。
但し、キャメロットからの命令は早くても七月二十三日にしか届かないため、どちらに向かうかの最終的な決定は三日後以降となる。
クリフォードはそんなことを頭の片隅で考えていた。そして、アルビオン軍が採り得る最善の策は即座にヤシマに救援に向かうことだと考えていた。
(七個艦隊のうち、三個艦隊だけでも先行させれば、ヤシマで充分に戦える。キャメロットに戻らずにそのままスパルタンからヤシマに向かえば、三十日以内に到着できる。もし、ロンバルディア攻略部隊がヤシマにそのまま流れてきても、ギリギリ間に合う。ただ、今回は難しいだろうな……)
クリフォードが難しいと考えたのは、今回の作戦がテーバイ星系の防衛であり、ヤシマを含む自由星系国家連合の防衛ではないためだ。そのため、追撃するか、キャメロットに帰還するかのいずれかだと考えていた。
(統合作戦本部がヤシマに艦隊を派遣してくれればいいのだが……)
キャメロット星系には戦略予備として四個艦隊がある。その艦隊をすぐに派遣すれば充分に間に合う。しかし、現在の統合作戦本部は消極的な策を採る傾向にあり、艦隊の派遣は行われないのではないかと危惧していた。
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