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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第二十三話
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宇宙暦四五二二年七月十三日 標準時間一二〇〇。
キャメロット第九艦隊を含むテーバイ星系派遣艦隊は超空間に突入した。
四日後の七月十七日、派遣艦隊とすれ違う形で、キャメロット星系に重大な情報が飛び込んできた。
テーバイ星系の先、緩衝宙域であるマヤーク星系において哨戒艦隊が帝国の大艦隊と接触したという情報だった。
帝国軍の数は五個艦隊、約二万五千隻。
想定される中では最少で、テーバイ派遣艦隊で充分に対処できる。その事実に統合作戦本部の責任者、マクシミリアン・ギーソン副本部長を始め、キャメロットに残る軍人は安堵する。
特に作戦を立案した作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将は自らの判断が正しかったことを内心で自賛していた。
(予想通りね。後はエルフィンストーン提督が敵を撃破してくれれば何も問題はないわ。それとも先手を打ってヤシマに増援を送った方がいいかしら。アテナから二個艦隊が戻れば、戦略予備をヤシマに投入しても問題ないはず……でも、過信は禁物ね。帝国も無策で来たわけではないのだから……)
ゴールドスミスはそう考え、ギーソンにその旨を伝える。
「帝国軍を撃破した後にヤシマに艦隊を派遣する方がよいでしょう。あり得ないこととは思いますが、帝国がどのような隠し玉を持っているか分かりませんので」
「しかし、それではダウランド提督の申し出を無視することになる。もし万が一ヤシマが陥落したら、私の責任問題に発展しかねん」
ヤシマ派遣艦隊の総司令官、第二艦隊司令官ナイジェル・ダウランド大将からは、帝国艦隊に対抗するため、艦隊の増派を求める上申書が届いていた。
「その点は問題ございません。五個艦隊がテーバイに向かっているということはダジボーグには最大でも八個艦隊しか残っていないのです。帝国の兵站能力から考えれば、あと二個艦隊を動かすことが限界でしょう。我が国が艦隊を派遣しているヤシマに対し、いきなり攻め込むリスクを帝国が冒すとは思えません」
「なるほど。確かに我が軍なら決戦を避けて時間を稼ぐことは可能だ。帝国もそのことを考慮するだろう……そうであるなら帝国がヤシマではなく、ロンバルディアに向かうと考えるのは合理的だ……そういうことか?」
「おっしゃる通りです。では、この方針で問題ありませんね」
ギーソンは「うむ」と大きく頷き、艦隊の派遣を見送る決定を行った。
■■■
テーバイ星系に向かったアルビオン艦隊は、七月十九日二二〇〇にジャンプアウトした。総司令官のエルフィンストーンは星系で警戒に当たっている哨戒艦隊からマヤーク星系に帝国艦隊が侵入したという報告を受ける。
「……帝国艦隊はアラビス星系に侵入し、本星系には最短で二十五時間後、七月二十日一九〇〇にアラビスJPにジャンプアウトすると考えられます……」
キャメロットJPからアラビスJPまでは約三百五十光分。星系内最大巡航速度の〇・二Cでは三十時間以上掛かる。
理論上の話だが、艦の損傷にある程度目を瞑り、星系内での限界速度である〇・三Cまで加速した場合は二十時間三十分で到着できる。
その場合、多くの艦が損傷を受け、応急補修中に敵が現れる可能性が高い。また、加速度の違いから艦隊陣形が大きく崩れ、艦隊の再編を行わなければならないだろう。
敵はジャンプ前に万全の体制を整え、更に光速の制限を受けずに攻撃が可能だ。ただでさえ不利な条件であるのに、更にハンデを負うことになり、数の優位を生かしきれない恐れがあった。
「帝国艦隊をアラビスJPで迎え撃つことは厳しいということか」
エルフィンストーンは参謀長のウィルフレッド・フォークナー中将にそう言ったものの、敵に自由に動かれるリスクを考慮し、アラビスJPに向かうよう命じた。
しかし、敵の数が自軍より劣ることから、無理な速度ではなく、常識的な最大巡航速度での移動だった。
クリフォードは艦の指揮を執りながら、エルフィンストーンの命令について考えていた。
(敵がどのタイミングで現れるかは分からないが、主導権を握るために少しでも近づいておく方がいい。運が良ければJPに展開することも可能なのだから。一切逡巡しないところは“烈風”の名に恥じないな……)
指揮官用コンソールを操作しながら、艦隊の航路を確認する。
(直進するとして、最速で敵が現れるとすると、アラビスJPまで約九十光分の位置か。時刻は七月二十日二〇三〇……敵艦隊が現れた直後に減速するとして……この辺りに展開するはずだな……)
航法長のギルバート・デッカー中佐に対し、
「航法長、すまないが二十二時間後に敵艦隊を視認するとして、そこから一旦減速し、第五惑星に向かうパターンの航路の計算をやってくれないか」
「了解しました、艦長」と答え、すぐに計算を始めるものの、なぜその計算が必要なのか疑問を口にする。
「その計算の意味を教えていただけないでしょうか?」
「恐らくだが、司令部からその計算を依頼されるはずだ。我々がアラビスJPに展開する前に敵が現れるとなれば、敵がどこに向かおうとするか確認する必要がある。キャメロットJPならその場で迎え撃てばいいし、留まるならアラビスJPにそのまま向かえばいい。問題はスパルタンJPに向かうケースだ。この場合はヘラクレスの軌道に沿って追撃するよう命令が来るはずだ。できれば敵の出現のタイミングを変えた数パターンで計算してくれると助かる」
アラビスJPに現れた敵艦隊が採り得る選択肢は三つあるとクリフォードは考えていた。
一つ目はジャンプアウト後にアルビオン艦隊が優勢であると認識し、そのままアラビス星系に退却するケースだ。これが最も可能性が高いとクリフォードは考えている。この場合、アルビオン艦隊はそのまま進み続けるか、キャメロットJPに向かうだけであり、面倒な航路設定は不要だ。
二つ目のケースはキャメロット星系に向かうというものだが、この場合もアルビオン艦隊に向かってくるだけなので、敵に合わせて減速するだけで済む。このケースは何らかの策略がない限り現実的ではないとも考えていた。
三つ目のケースはスパルタンJPに向かうケースだ。これはアルビオン艦隊を誘引するための行動だが、アルビオン艦隊はアラビスJPから敵が離れたところで追撃に入ることが望ましい。その場合、ヘラクレスの軌道に沿う形で追撃することになる。
ただ、このケースも敵に何らかの策略がない限り、採る可能性は低いと考えていた。
(常識的に考えればアラビスに戻る。私ならアラビスに罠を仕掛けて誘い込むように見せる……)
クリフォードの予想通り、司令部から航路計算のチェック依頼がきた。その依頼に即座に対応したことで、艦隊の航法を司る運用参謀が驚く。
「既に計算してあったとは……提督から指示でもあったのか?」
その問いにデッカーは「いや、艦長の命令だよ」と笑いながら答えるが、内心ではクリフォードの先を読む能力に感嘆していた。
(さすがは艦長だな。提督が何を考えているのかきちんと理解している……私には到底無理な話だ。一瞬でも嫉妬した自分が恥ずかしい……)
彼はクリフォードが着任してきた当時、自分は指揮官に推薦されなかったのに年下の彼が旗艦艦長になったことに嫉妬した。しかし、ストイックなまでの仕事ぶりに今では尊敬の念を抱いている。
「十五パターンのシミュレート結果を出しておいた。参考にしてくれ」
そう言って通信を切った。
キャメロット第九艦隊を含むテーバイ星系派遣艦隊は超空間に突入した。
四日後の七月十七日、派遣艦隊とすれ違う形で、キャメロット星系に重大な情報が飛び込んできた。
テーバイ星系の先、緩衝宙域であるマヤーク星系において哨戒艦隊が帝国の大艦隊と接触したという情報だった。
帝国軍の数は五個艦隊、約二万五千隻。
想定される中では最少で、テーバイ派遣艦隊で充分に対処できる。その事実に統合作戦本部の責任者、マクシミリアン・ギーソン副本部長を始め、キャメロットに残る軍人は安堵する。
特に作戦を立案した作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将は自らの判断が正しかったことを内心で自賛していた。
(予想通りね。後はエルフィンストーン提督が敵を撃破してくれれば何も問題はないわ。それとも先手を打ってヤシマに増援を送った方がいいかしら。アテナから二個艦隊が戻れば、戦略予備をヤシマに投入しても問題ないはず……でも、過信は禁物ね。帝国も無策で来たわけではないのだから……)
ゴールドスミスはそう考え、ギーソンにその旨を伝える。
「帝国軍を撃破した後にヤシマに艦隊を派遣する方がよいでしょう。あり得ないこととは思いますが、帝国がどのような隠し玉を持っているか分かりませんので」
「しかし、それではダウランド提督の申し出を無視することになる。もし万が一ヤシマが陥落したら、私の責任問題に発展しかねん」
ヤシマ派遣艦隊の総司令官、第二艦隊司令官ナイジェル・ダウランド大将からは、帝国艦隊に対抗するため、艦隊の増派を求める上申書が届いていた。
「その点は問題ございません。五個艦隊がテーバイに向かっているということはダジボーグには最大でも八個艦隊しか残っていないのです。帝国の兵站能力から考えれば、あと二個艦隊を動かすことが限界でしょう。我が国が艦隊を派遣しているヤシマに対し、いきなり攻め込むリスクを帝国が冒すとは思えません」
「なるほど。確かに我が軍なら決戦を避けて時間を稼ぐことは可能だ。帝国もそのことを考慮するだろう……そうであるなら帝国がヤシマではなく、ロンバルディアに向かうと考えるのは合理的だ……そういうことか?」
「おっしゃる通りです。では、この方針で問題ありませんね」
ギーソンは「うむ」と大きく頷き、艦隊の派遣を見送る決定を行った。
■■■
テーバイ星系に向かったアルビオン艦隊は、七月十九日二二〇〇にジャンプアウトした。総司令官のエルフィンストーンは星系で警戒に当たっている哨戒艦隊からマヤーク星系に帝国艦隊が侵入したという報告を受ける。
「……帝国艦隊はアラビス星系に侵入し、本星系には最短で二十五時間後、七月二十日一九〇〇にアラビスJPにジャンプアウトすると考えられます……」
キャメロットJPからアラビスJPまでは約三百五十光分。星系内最大巡航速度の〇・二Cでは三十時間以上掛かる。
理論上の話だが、艦の損傷にある程度目を瞑り、星系内での限界速度である〇・三Cまで加速した場合は二十時間三十分で到着できる。
その場合、多くの艦が損傷を受け、応急補修中に敵が現れる可能性が高い。また、加速度の違いから艦隊陣形が大きく崩れ、艦隊の再編を行わなければならないだろう。
敵はジャンプ前に万全の体制を整え、更に光速の制限を受けずに攻撃が可能だ。ただでさえ不利な条件であるのに、更にハンデを負うことになり、数の優位を生かしきれない恐れがあった。
「帝国艦隊をアラビスJPで迎え撃つことは厳しいということか」
エルフィンストーンは参謀長のウィルフレッド・フォークナー中将にそう言ったものの、敵に自由に動かれるリスクを考慮し、アラビスJPに向かうよう命じた。
しかし、敵の数が自軍より劣ることから、無理な速度ではなく、常識的な最大巡航速度での移動だった。
クリフォードは艦の指揮を執りながら、エルフィンストーンの命令について考えていた。
(敵がどのタイミングで現れるかは分からないが、主導権を握るために少しでも近づいておく方がいい。運が良ければJPに展開することも可能なのだから。一切逡巡しないところは“烈風”の名に恥じないな……)
指揮官用コンソールを操作しながら、艦隊の航路を確認する。
(直進するとして、最速で敵が現れるとすると、アラビスJPまで約九十光分の位置か。時刻は七月二十日二〇三〇……敵艦隊が現れた直後に減速するとして……この辺りに展開するはずだな……)
航法長のギルバート・デッカー中佐に対し、
「航法長、すまないが二十二時間後に敵艦隊を視認するとして、そこから一旦減速し、第五惑星に向かうパターンの航路の計算をやってくれないか」
「了解しました、艦長」と答え、すぐに計算を始めるものの、なぜその計算が必要なのか疑問を口にする。
「その計算の意味を教えていただけないでしょうか?」
「恐らくだが、司令部からその計算を依頼されるはずだ。我々がアラビスJPに展開する前に敵が現れるとなれば、敵がどこに向かおうとするか確認する必要がある。キャメロットJPならその場で迎え撃てばいいし、留まるならアラビスJPにそのまま向かえばいい。問題はスパルタンJPに向かうケースだ。この場合はヘラクレスの軌道に沿って追撃するよう命令が来るはずだ。できれば敵の出現のタイミングを変えた数パターンで計算してくれると助かる」
アラビスJPに現れた敵艦隊が採り得る選択肢は三つあるとクリフォードは考えていた。
一つ目はジャンプアウト後にアルビオン艦隊が優勢であると認識し、そのままアラビス星系に退却するケースだ。これが最も可能性が高いとクリフォードは考えている。この場合、アルビオン艦隊はそのまま進み続けるか、キャメロットJPに向かうだけであり、面倒な航路設定は不要だ。
二つ目のケースはキャメロット星系に向かうというものだが、この場合もアルビオン艦隊に向かってくるだけなので、敵に合わせて減速するだけで済む。このケースは何らかの策略がない限り現実的ではないとも考えていた。
三つ目のケースはスパルタンJPに向かうケースだ。これはアルビオン艦隊を誘引するための行動だが、アルビオン艦隊はアラビスJPから敵が離れたところで追撃に入ることが望ましい。その場合、ヘラクレスの軌道に沿う形で追撃することになる。
ただ、このケースも敵に何らかの策略がない限り、採る可能性は低いと考えていた。
(常識的に考えればアラビスに戻る。私ならアラビスに罠を仕掛けて誘い込むように見せる……)
クリフォードの予想通り、司令部から航路計算のチェック依頼がきた。その依頼に即座に対応したことで、艦隊の航法を司る運用参謀が驚く。
「既に計算してあったとは……提督から指示でもあったのか?」
その問いにデッカーは「いや、艦長の命令だよ」と笑いながら答えるが、内心ではクリフォードの先を読む能力に感嘆していた。
(さすがは艦長だな。提督が何を考えているのかきちんと理解している……私には到底無理な話だ。一瞬でも嫉妬した自分が恥ずかしい……)
彼はクリフォードが着任してきた当時、自分は指揮官に推薦されなかったのに年下の彼が旗艦艦長になったことに嫉妬した。しかし、ストイックなまでの仕事ぶりに今では尊敬の念を抱いている。
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