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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第二十二話
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旗艦インヴィンシブル89に戻ったアデル・ハース大将はクリフォードを呼び出した。
簡単に会議での決定事項を説明した後、第九艦隊がテーバイ星系に向かうため、準備を行うよう命じた。
「……我が艦隊はテーバイ星系に向かいます。旗艦を万全な状態にしておいてちょうだい」
「了解しました、提督」ときれいな敬礼と共に答える。
話は終わったと思い、出ていこうとしたクリフォードに対し、ハースが声を掛ける。
「忙しくなるのは分かるのだけど、少しだけ話を聞かせてほしいわ」
「話ですか?」
「ええ、今回の帝国の思惑について、あなたの意見を聞きたいのだけど。もちろん、私見で結構よ」
クリフォードは“私見”と断言されたことから、艦長の裁量を超えるという理由が使えず、意見を言わざるを得なくなった。
「帝国の思惑は我が軍の艦隊を拘束することにあると考えます。もし帝国が大艦隊を派遣しても戦わずして撤退することでしょう。我が国と戦って消耗するつもりはないでしょうから。恐らく主目標はロンバルディアです。ロンバルディアを占領した後、ヤシマに侵攻し、占領という流れを考えているのではないかと」
「私もそう思うわ。では我が軍はどう行動したらいいと思うのかしら?」
「九個艦隊でダジボーグに向かいます。そうすれば、ロンバルディアは無理でもヤシマは守り切れるのでしょう」
彼が考えたのは帝国の領土であるダジボーグが脅威に晒されていると“思わせる”ことだった。
ダジボーグはロンバルディア、ヤシマだけでなく、スヴァローグ、ストリボーグ、そしてアルビオン王国とも繋がる車輪の軸のような星系で、ここを占領されることは帝国にとって大きな痛手となる。
また、現皇帝アレクサンドル二十二世の出身地でもあり、心情的にも守らざるを得ない。
「そうね。ダジボーグを占領すれば、ロンバルディアも放棄するしかないわ。これが一番合理的な考えなのよ……」
最後は独り言のように呟いていた。
「ありがとう、艦長。助かったわ」
クリフォードは敬礼してから司令官室を退出した。
司令官室を出たところで首席参謀であるレオノーラ・リンステッド大佐とすれ違う。
「提督に何か用だったのかしら?」
「艦隊が出撃することになったので準備をするよう命じられました」
それだけ答え、立ち去ろうとした。
「それだけかしら? 艦長の権限を逸脱して献策したのでは?」
「個人的な話はしましたが、それが何か」
それだけ言うとその場から立ち去った。
残されたリンステッドは憎しみを込めた目で彼の後姿を見つめる。
(提督に気に入られようとしていることは知っているのよ。必ず尻尾を掴んで破滅させてやる……)
そう考えた後、司令官室に向かった。
ハースはリンステッドの訪問に驚いたものの、「何か用かしら?」と笑みを浮かべる。
「司令部として、我が艦隊の今後の方針について会議を開く必要があるのではないかと思い確認に参りました」
「会議は超空間に入ってから行うつもりよ。今は艦隊の出港準備を優先してもらえるかしら」
「了解しました、提督」と答えるものの、
「コリングウッド艦長とどのようなことを協議されたのですか? 艦長は今後の方針について意見を求められたと言っていましたが」と鎌を掛ける。
ハースはクリフォードがそんなことを軽々しく言うはずはないと思い、
「本当にコリングウッド艦長がそんなことを言っていたのかしら? まさかと思うけど、故意に間違った情報を流そうとしているのではないでしょうね?」
リンステッドは言い当てられたことに動揺し、
「そ、そのようなことは……艦長がそう言っていたので……」
「コリングウッド艦長がありもしないことを言うはずがありません。あなたが勘違いをしただけなら許せますが、有能な士官を不当に貶めるようなことをするのであれば、相応の覚悟を持つことね」
「はい、提督。私の勘違いだったようです。失礼しました」
そう言って逃げるように司令官室を後にした。
ハースはリンステッドが退出した後、大きくため息を吐く。
(ゴールドスミス少将から何を言われたのかは知らないけど、艦隊の和を乱すようなことは許せないわ。もしかしたら、フォークナー中将も噛んでいるのかもしれないけど……一応気を付けておいた方がよさそうね……)
戦闘指揮所に入ったクリフォードは出港の準備に忙殺される。
インヴィンシブル89は第三惑星ランスロットの衛星軌道にある軍事要塞アロンダイトに入港しており、司令官であるハースが戻り次第、出港しなければならないからだ。
「出港は二〇〇〇を予定している……機関長は主機関の調整状況を直ちに報告せよ。副長は主計長の報告結果の確認を急げ。航法長、テーバイJPまでの航路計算結果は承認した。航路設定後、再チェックを頼む……」
彼には自分の艦以外にも艦隊内の艦長から届く依頼や情報を捌く必要があった。指揮官用コンソールを見ながら、その加速度的に増える情報に目眩を起こしそうになる。
(レナウンの防御スクリーンの制御が不安定だと……一系統あれば超光速航行中に調整できるはずだな……ネルソンは消耗品の受領が遅れているようだ。これは港湾司令部に直談判せねば……)
その様子をリンステッドは参謀用シートから冷ややかに見つめていた。
艦隊司令部にも各戦隊司令部からの要請が来ているのだが、副参謀長アルフォンス・ビュイック少将と各主任参謀が処理していくため、彼女は暇を持て余していた。
本来なら首席参謀であるリンステッドにも仕事があり多忙なはずだった。しかし、昨年八月のシミュレーション訓練から司令部内ですら浮いた存在となり、完全に居場所を失っている。
これはハースや参謀長セオドア・ロックウェル中将らが主導したことではなく、彼女自身の協調性の無さが原因だった。
リンステッドは事あるごとに首席参謀としての権力を用いて、部下たちを自らの思い通りに動かそうとしたが、その行為により参謀たちの反感を買った。そのため、参謀たちは人当たりのよい副参謀長に従うようになっていった。
彼女自身も自らの落ち度であると気づいていたが、プライドの高い彼女は自らが正しいと思いこむことによって精神を守ろうとした。そのため、クリフォードが自分を陥れているという妄想を事実として捉えるようになった。
(この男がいなければ、こんな理不尽な思いをすることはなかった。提督のお気に入りであっても軍の秩序をないがしろにすることは許されない。必ずその証拠を見つけ出し、軍から追い出してみせる……)
この妄想はハースの予想通り、ゴールドスミスによって示唆されたものだった。
ゴールドスミスは、一度はリンステッドを見限ったものの、捨て駒にはちょうど良いと考え直した。
クリフォードを陥れることによってノースブルックの人気を落とし、自らの政界進出の手土産とする。そのために精神的に参っていたリンステッドを利用しようとした。
リンステッドはゴールドスミスに自らの後任に推薦すると示唆され、その甘い罠に自らはまっていった。
リンステッドの憎しみを込めた視線にクリフォードは気づくことはなく、尽きることのない任務に全力で当たっていく。
既に旗艦艦長として一年近い時間を過ごし、更に高慢な首席参謀の鼻を折ったことから、自らの部下だけでなく、同僚である艦長たちとも良好な関係を築いている。
また、リンステッド以外の司令部の参謀たちとも親密とまではいかないものの、一定の敬意をもって接することができるようになっていた。
参謀たちのリンステッドへの当てつけという面が強いが、それ以上にクリフォードの努力によるところが大きい。
彼はハースとの関係を誇示することなく、参謀たちの立場を慮り、ハースに問われる場合もできる限り参謀たちのいる前で答えるようにした。
これは参謀たちに隠れて提督に献策しているのではないことを示すために行ったことだが、参謀たちはクリフォードの意見を聞くにつれ、彼の見識が予想以上であると認めざるを得なくなる。
そのことがリンステッドの怒りを更に増大させていた。
簡単に会議での決定事項を説明した後、第九艦隊がテーバイ星系に向かうため、準備を行うよう命じた。
「……我が艦隊はテーバイ星系に向かいます。旗艦を万全な状態にしておいてちょうだい」
「了解しました、提督」ときれいな敬礼と共に答える。
話は終わったと思い、出ていこうとしたクリフォードに対し、ハースが声を掛ける。
「忙しくなるのは分かるのだけど、少しだけ話を聞かせてほしいわ」
「話ですか?」
「ええ、今回の帝国の思惑について、あなたの意見を聞きたいのだけど。もちろん、私見で結構よ」
クリフォードは“私見”と断言されたことから、艦長の裁量を超えるという理由が使えず、意見を言わざるを得なくなった。
「帝国の思惑は我が軍の艦隊を拘束することにあると考えます。もし帝国が大艦隊を派遣しても戦わずして撤退することでしょう。我が国と戦って消耗するつもりはないでしょうから。恐らく主目標はロンバルディアです。ロンバルディアを占領した後、ヤシマに侵攻し、占領という流れを考えているのではないかと」
「私もそう思うわ。では我が軍はどう行動したらいいと思うのかしら?」
「九個艦隊でダジボーグに向かいます。そうすれば、ロンバルディアは無理でもヤシマは守り切れるのでしょう」
彼が考えたのは帝国の領土であるダジボーグが脅威に晒されていると“思わせる”ことだった。
ダジボーグはロンバルディア、ヤシマだけでなく、スヴァローグ、ストリボーグ、そしてアルビオン王国とも繋がる車輪の軸のような星系で、ここを占領されることは帝国にとって大きな痛手となる。
また、現皇帝アレクサンドル二十二世の出身地でもあり、心情的にも守らざるを得ない。
「そうね。ダジボーグを占領すれば、ロンバルディアも放棄するしかないわ。これが一番合理的な考えなのよ……」
最後は独り言のように呟いていた。
「ありがとう、艦長。助かったわ」
クリフォードは敬礼してから司令官室を退出した。
司令官室を出たところで首席参謀であるレオノーラ・リンステッド大佐とすれ違う。
「提督に何か用だったのかしら?」
「艦隊が出撃することになったので準備をするよう命じられました」
それだけ答え、立ち去ろうとした。
「それだけかしら? 艦長の権限を逸脱して献策したのでは?」
「個人的な話はしましたが、それが何か」
それだけ言うとその場から立ち去った。
残されたリンステッドは憎しみを込めた目で彼の後姿を見つめる。
(提督に気に入られようとしていることは知っているのよ。必ず尻尾を掴んで破滅させてやる……)
そう考えた後、司令官室に向かった。
ハースはリンステッドの訪問に驚いたものの、「何か用かしら?」と笑みを浮かべる。
「司令部として、我が艦隊の今後の方針について会議を開く必要があるのではないかと思い確認に参りました」
「会議は超空間に入ってから行うつもりよ。今は艦隊の出港準備を優先してもらえるかしら」
「了解しました、提督」と答えるものの、
「コリングウッド艦長とどのようなことを協議されたのですか? 艦長は今後の方針について意見を求められたと言っていましたが」と鎌を掛ける。
ハースはクリフォードがそんなことを軽々しく言うはずはないと思い、
「本当にコリングウッド艦長がそんなことを言っていたのかしら? まさかと思うけど、故意に間違った情報を流そうとしているのではないでしょうね?」
リンステッドは言い当てられたことに動揺し、
「そ、そのようなことは……艦長がそう言っていたので……」
「コリングウッド艦長がありもしないことを言うはずがありません。あなたが勘違いをしただけなら許せますが、有能な士官を不当に貶めるようなことをするのであれば、相応の覚悟を持つことね」
「はい、提督。私の勘違いだったようです。失礼しました」
そう言って逃げるように司令官室を後にした。
ハースはリンステッドが退出した後、大きくため息を吐く。
(ゴールドスミス少将から何を言われたのかは知らないけど、艦隊の和を乱すようなことは許せないわ。もしかしたら、フォークナー中将も噛んでいるのかもしれないけど……一応気を付けておいた方がよさそうね……)
戦闘指揮所に入ったクリフォードは出港の準備に忙殺される。
インヴィンシブル89は第三惑星ランスロットの衛星軌道にある軍事要塞アロンダイトに入港しており、司令官であるハースが戻り次第、出港しなければならないからだ。
「出港は二〇〇〇を予定している……機関長は主機関の調整状況を直ちに報告せよ。副長は主計長の報告結果の確認を急げ。航法長、テーバイJPまでの航路計算結果は承認した。航路設定後、再チェックを頼む……」
彼には自分の艦以外にも艦隊内の艦長から届く依頼や情報を捌く必要があった。指揮官用コンソールを見ながら、その加速度的に増える情報に目眩を起こしそうになる。
(レナウンの防御スクリーンの制御が不安定だと……一系統あれば超光速航行中に調整できるはずだな……ネルソンは消耗品の受領が遅れているようだ。これは港湾司令部に直談判せねば……)
その様子をリンステッドは参謀用シートから冷ややかに見つめていた。
艦隊司令部にも各戦隊司令部からの要請が来ているのだが、副参謀長アルフォンス・ビュイック少将と各主任参謀が処理していくため、彼女は暇を持て余していた。
本来なら首席参謀であるリンステッドにも仕事があり多忙なはずだった。しかし、昨年八月のシミュレーション訓練から司令部内ですら浮いた存在となり、完全に居場所を失っている。
これはハースや参謀長セオドア・ロックウェル中将らが主導したことではなく、彼女自身の協調性の無さが原因だった。
リンステッドは事あるごとに首席参謀としての権力を用いて、部下たちを自らの思い通りに動かそうとしたが、その行為により参謀たちの反感を買った。そのため、参謀たちは人当たりのよい副参謀長に従うようになっていった。
彼女自身も自らの落ち度であると気づいていたが、プライドの高い彼女は自らが正しいと思いこむことによって精神を守ろうとした。そのため、クリフォードが自分を陥れているという妄想を事実として捉えるようになった。
(この男がいなければ、こんな理不尽な思いをすることはなかった。提督のお気に入りであっても軍の秩序をないがしろにすることは許されない。必ずその証拠を見つけ出し、軍から追い出してみせる……)
この妄想はハースの予想通り、ゴールドスミスによって示唆されたものだった。
ゴールドスミスは、一度はリンステッドを見限ったものの、捨て駒にはちょうど良いと考え直した。
クリフォードを陥れることによってノースブルックの人気を落とし、自らの政界進出の手土産とする。そのために精神的に参っていたリンステッドを利用しようとした。
リンステッドはゴールドスミスに自らの後任に推薦すると示唆され、その甘い罠に自らはまっていった。
リンステッドの憎しみを込めた視線にクリフォードは気づくことはなく、尽きることのない任務に全力で当たっていく。
既に旗艦艦長として一年近い時間を過ごし、更に高慢な首席参謀の鼻を折ったことから、自らの部下だけでなく、同僚である艦長たちとも良好な関係を築いている。
また、リンステッド以外の司令部の参謀たちとも親密とまではいかないものの、一定の敬意をもって接することができるようになっていた。
参謀たちのリンステッドへの当てつけという面が強いが、それ以上にクリフォードの努力によるところが大きい。
彼はハースとの関係を誇示することなく、参謀たちの立場を慮り、ハースに問われる場合もできる限り参謀たちのいる前で答えるようにした。
これは参謀たちに隠れて提督に献策しているのではないことを示すために行ったことだが、参謀たちはクリフォードの意見を聞くにつれ、彼の見識が予想以上であると認めざるを得なくなる。
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