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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第十七話
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宇宙暦四五二二年五月三十日
スヴァローグ帝国のダジボーグ星系に六万五千隻、十三個もの艦隊が集結した。更にその艦隊を運用するための補給部隊も続々と集まり、ダジボーグ星系は帝国の艦船で溢れ返っている。
この状況を目の当たりにしたヤシマの商人たちは、祖国に帰還しようと最大加速で逃げ出した。しかし、加速力に劣る商船は帝国軍の艦艇に次々と拿捕されていく。
そんな中、三十万トン級の小型商船“恵比寿丸”は艦隊集結の混乱に乗じ、脱出に成功した。
恵比寿丸は積荷が希少金属であり軽量だったことに加え、追加の積み荷を探す前であったことから、最大積載質量に比して充分に小さく、商船とは思えぬ加速力を出せたことが幸いした。
六月十二日、恵比寿丸はヴァロータ星系を経て、ヤシマが実効支配するチェルノボーグ星系に到着した。そこで船長のニシノミヤは悲鳴に近い声音で、防衛艦隊の情報通報艦にダジボーグの状況を報告する。
「……ダジボーグに帝国艦隊の大艦隊が集まっている! 戻るまでにうちの船の人工知能で解析したが、戦闘艦だけで六万近い数だ……奴らは戦争を起こす気だ。何とかしないと、ヤシマがヤバいことになるぞ……」
六月十七日、その情報がヤシマに届いた。
報告を受けたヤシマ政府は驚愕こそしなかったものの、来るべき時が来たと恐怖を覚える。
その情報はヤシマに派遣されているアルビオン艦隊にも即座に転送された。
艦隊の総司令官、キャメロット第二艦隊司令官であるナイジェル・ダウランド大将はキャメロットに向けて情報連絡艦を急行させた。
恵比寿丸がヤシマに辿り着けたのは帝国が故意に見逃したためだ。
ダジボーグに大艦隊が集結していると知れば、アルビオンは自国の防衛に注力せざるを得ない。
狙いがロンバルディアとヤシマであると分かっていても、政治家や国民は隣国より自国を守ることを求める。世論を無視して出兵することはアルビオンでは難しく、その操作に時間が掛かると考えたためだ。
ダウランドはヤシマ防衛艦隊司令長官であるサブロウ・オオサワ大将に面談を申し込んだ。
オオサワはすぐにそれを了承し、会談がセットされる。
ダウランドは銀色の髪に鷲鼻、細身の体つきと巧妙な戦術から、“銀狐”と呼ばれている。怜悧な官僚という印象が強い参謀型の将だが、決断力がある良将で、アルビオン政府から全権を任されていた。
一方のオオサワはつやの無い皮膚と深いしわにより、五十代半ばという実年齢より十歳は老けて見える冴えない男だ。
彼は四年前のゾンファ侵攻の際には病を患っていた。そのため、多くの軍人や政府関係者が次々と暗殺や投獄される中、ゾンファの特殊機関に捕えられることなく生き延びることができた。風貌は病の名残だった。
病を患ったことが幸運だったかは微妙だが、タカマガハラ会戦で戦死することなく生き延び、現在のヤシマで唯一艦隊を託すことができる将官と言われている。
防衛艦隊には病が癒えた二年前に現役に復帰した。
彼は首相であるタロウ・サイトウの元上官だったが、面倒見がいいオオサワと豪胆なサイトウは互いに尊敬し合う関係で、サイトウはオオサワに全幅の信頼を置いている。
ダウランドとオオサワの会談は形式的なあいさつの後、すぐに本題に入った。
「早速だが、貴国の方針をお聞かせいただきたい」とダウランドが切り出す。
「我が国の方針は言うまでもありません。独立を守り抜く、これに尽きます」
オオサワの答えにダウランドは満足げに頷いた。
「では、対帝国戦略について協議しましょう。我がアルビオン王国は貴国に対し、援助を惜しみません。先に送りだした通報艦によって、ヤシマ星系への増派の必要性を訴える上申書を送っております……」
ダウランドは恵比寿丸が得た情報と共に、最低でも三個艦隊程度の増派が必要であるという上申書を送った。また、ロンバルディア連合に対する戦略の再確認も行っている。
「……恐らくですが、帝国の第一目標はロンバルディア連合でしょう。あの星系を抑えることにより、シャーリア法国とラメリク・ラティーヌ共和国の戦力を事実上無力化することが可能ですから」
「そうですな」とオオサワは頷く。
「このままいけば、ロンバルディアは一時的に帝国の軍門に下ることになるでしょう。ですが、我が国は帝国の膨張を認めません。その点はご安心ください」
ダウランドの言葉にオオサワは「そのお言葉は大変心強い」と言って微笑むが、すぐに表情を引き締める。
「我が国もゾンファ共和国の侵略の時のような無様な姿は見せぬつもりです。しかし、問題があるとすればロンバルディア政府でしょう。貴国の提案通り、艦隊を温存する決断をしてくれるかどうか……」
スヴァローグ帝国の侵攻があった際、ロンバルディア連合艦隊は抵抗することなく、ラメリク・ラティーヌ共和国に撤退し、政府は無抵抗のまま降伏する戦略を提案していた。
これは各個撃破によって戦力を消耗しないための作戦だが、祖国を見捨てて逃げるという行為を実行しない可能性があった。
「その点は我々も同じ懸念を持っています。ですが、最悪でも四個艦隊は脱出してもらわなければ自由星系国家連合自体が崩壊しかねません。ロンバルディア政府と軍が賢明なる決断を行ってくれると信じるほかないでしょう」
「そうですな。では、今後の計画は事前の検討通りということでよろしいですかな?」
「問題ありません。ヤシマはこの情報をもって戦時体制に移行します。まず、チェルノボーグ星系とガルダ星系に情報通報艦を派遣し帝国軍の動きをいち早く把握するように努めます。現在再建中の第四艦隊は五日後までに組織として正式に立ち上げ……」
それまでヤシマには三個艦隊しか存在しなかった。
しかし、造船能力のすべてを防衛艦隊増強に集中した結果、更に一個艦隊分の艦船が就航可能となっていた。ただ、艦はあるものの、それを動かす将兵が不足していた。
これは四年前に防衛艦隊の将兵の多くが戦死し熟練者が激減した結果であり、艦隊という組織を立ち上げることができずにいた。
今でもどの艦も定員を満たしておらず、この状況で更に一個艦隊を組織することは非常に困難だが、それでも少しでも戦力を増強しなければヤシマの独立は保てないと政府関係者は危機感を抱いていた。
だからといって徴兵制を導入することはない。艦隊を動かす兵士は熟練技術者であり、技術を持たない一般人を徴兵しても意味がないためだ。
また、民間船の乗組員の徴用も行われていない。これについてはアルビオン王国から提案があったが、貿易立国であるヤシマにとって商船の乗組員を徴用することは自らの国力を落とすことに直結する。そのため、慎重な対応に終始していた。
政府も無策ではなく、防衛軍の待遇を上げることや、祖国防衛の意義を訴えることなどで若者の採用を増やしている。今まで防衛軍をこき下ろしていた巨大メディアグループ、KYニューズが大きく力を落したことから、ほとんど妨害を受けていない。
「我が方との指揮命令系統の統一についても政府の承認をお願いします。オオサワ提督の指揮下に我らが入ることは問題ありませんが、法的な根拠は押さえておくべきかと……」
当初、ダウランドを含め、アルビオン王国軍の将官たちはヤシマ防衛軍の指揮官の能力に疑問を持っていた。
しかし、オオサワが司令長官となってからはその高い見識と強いリーダーシップに敬意を抱いている。
また、アルビオン軍の参謀が連絡官としてヤシマ防衛軍の司令部に常駐するなど、ヤシマとアルビオンの協力体制はゾンファの侵攻以前とは比べ物にならないほど緊密となっていた。
「その点はご安心ください。我々も貴国の良き友人でありたいと思っております。その友人に迷惑をかけぬよう、最大限のことはさせていただくつもりです」
二人の将の話し合いは短時間で終わった。既に多くの時間を割いて様々なケースの検討がなされており、どのプランを使うかの最終的な確認を行うだけだったためだ。
オオサワとの会談を終えたダウランドは今後の方針を確認するため、ヤシマに派遣されている艦隊司令官と参謀長を自らの旗艦であるアイアン・デューク09に集めた。
スヴァローグ帝国のダジボーグ星系に六万五千隻、十三個もの艦隊が集結した。更にその艦隊を運用するための補給部隊も続々と集まり、ダジボーグ星系は帝国の艦船で溢れ返っている。
この状況を目の当たりにしたヤシマの商人たちは、祖国に帰還しようと最大加速で逃げ出した。しかし、加速力に劣る商船は帝国軍の艦艇に次々と拿捕されていく。
そんな中、三十万トン級の小型商船“恵比寿丸”は艦隊集結の混乱に乗じ、脱出に成功した。
恵比寿丸は積荷が希少金属であり軽量だったことに加え、追加の積み荷を探す前であったことから、最大積載質量に比して充分に小さく、商船とは思えぬ加速力を出せたことが幸いした。
六月十二日、恵比寿丸はヴァロータ星系を経て、ヤシマが実効支配するチェルノボーグ星系に到着した。そこで船長のニシノミヤは悲鳴に近い声音で、防衛艦隊の情報通報艦にダジボーグの状況を報告する。
「……ダジボーグに帝国艦隊の大艦隊が集まっている! 戻るまでにうちの船の人工知能で解析したが、戦闘艦だけで六万近い数だ……奴らは戦争を起こす気だ。何とかしないと、ヤシマがヤバいことになるぞ……」
六月十七日、その情報がヤシマに届いた。
報告を受けたヤシマ政府は驚愕こそしなかったものの、来るべき時が来たと恐怖を覚える。
その情報はヤシマに派遣されているアルビオン艦隊にも即座に転送された。
艦隊の総司令官、キャメロット第二艦隊司令官であるナイジェル・ダウランド大将はキャメロットに向けて情報連絡艦を急行させた。
恵比寿丸がヤシマに辿り着けたのは帝国が故意に見逃したためだ。
ダジボーグに大艦隊が集結していると知れば、アルビオンは自国の防衛に注力せざるを得ない。
狙いがロンバルディアとヤシマであると分かっていても、政治家や国民は隣国より自国を守ることを求める。世論を無視して出兵することはアルビオンでは難しく、その操作に時間が掛かると考えたためだ。
ダウランドはヤシマ防衛艦隊司令長官であるサブロウ・オオサワ大将に面談を申し込んだ。
オオサワはすぐにそれを了承し、会談がセットされる。
ダウランドは銀色の髪に鷲鼻、細身の体つきと巧妙な戦術から、“銀狐”と呼ばれている。怜悧な官僚という印象が強い参謀型の将だが、決断力がある良将で、アルビオン政府から全権を任されていた。
一方のオオサワはつやの無い皮膚と深いしわにより、五十代半ばという実年齢より十歳は老けて見える冴えない男だ。
彼は四年前のゾンファ侵攻の際には病を患っていた。そのため、多くの軍人や政府関係者が次々と暗殺や投獄される中、ゾンファの特殊機関に捕えられることなく生き延びることができた。風貌は病の名残だった。
病を患ったことが幸運だったかは微妙だが、タカマガハラ会戦で戦死することなく生き延び、現在のヤシマで唯一艦隊を託すことができる将官と言われている。
防衛艦隊には病が癒えた二年前に現役に復帰した。
彼は首相であるタロウ・サイトウの元上官だったが、面倒見がいいオオサワと豪胆なサイトウは互いに尊敬し合う関係で、サイトウはオオサワに全幅の信頼を置いている。
ダウランドとオオサワの会談は形式的なあいさつの後、すぐに本題に入った。
「早速だが、貴国の方針をお聞かせいただきたい」とダウランドが切り出す。
「我が国の方針は言うまでもありません。独立を守り抜く、これに尽きます」
オオサワの答えにダウランドは満足げに頷いた。
「では、対帝国戦略について協議しましょう。我がアルビオン王国は貴国に対し、援助を惜しみません。先に送りだした通報艦によって、ヤシマ星系への増派の必要性を訴える上申書を送っております……」
ダウランドは恵比寿丸が得た情報と共に、最低でも三個艦隊程度の増派が必要であるという上申書を送った。また、ロンバルディア連合に対する戦略の再確認も行っている。
「……恐らくですが、帝国の第一目標はロンバルディア連合でしょう。あの星系を抑えることにより、シャーリア法国とラメリク・ラティーヌ共和国の戦力を事実上無力化することが可能ですから」
「そうですな」とオオサワは頷く。
「このままいけば、ロンバルディアは一時的に帝国の軍門に下ることになるでしょう。ですが、我が国は帝国の膨張を認めません。その点はご安心ください」
ダウランドの言葉にオオサワは「そのお言葉は大変心強い」と言って微笑むが、すぐに表情を引き締める。
「我が国もゾンファ共和国の侵略の時のような無様な姿は見せぬつもりです。しかし、問題があるとすればロンバルディア政府でしょう。貴国の提案通り、艦隊を温存する決断をしてくれるかどうか……」
スヴァローグ帝国の侵攻があった際、ロンバルディア連合艦隊は抵抗することなく、ラメリク・ラティーヌ共和国に撤退し、政府は無抵抗のまま降伏する戦略を提案していた。
これは各個撃破によって戦力を消耗しないための作戦だが、祖国を見捨てて逃げるという行為を実行しない可能性があった。
「その点は我々も同じ懸念を持っています。ですが、最悪でも四個艦隊は脱出してもらわなければ自由星系国家連合自体が崩壊しかねません。ロンバルディア政府と軍が賢明なる決断を行ってくれると信じるほかないでしょう」
「そうですな。では、今後の計画は事前の検討通りということでよろしいですかな?」
「問題ありません。ヤシマはこの情報をもって戦時体制に移行します。まず、チェルノボーグ星系とガルダ星系に情報通報艦を派遣し帝国軍の動きをいち早く把握するように努めます。現在再建中の第四艦隊は五日後までに組織として正式に立ち上げ……」
それまでヤシマには三個艦隊しか存在しなかった。
しかし、造船能力のすべてを防衛艦隊増強に集中した結果、更に一個艦隊分の艦船が就航可能となっていた。ただ、艦はあるものの、それを動かす将兵が不足していた。
これは四年前に防衛艦隊の将兵の多くが戦死し熟練者が激減した結果であり、艦隊という組織を立ち上げることができずにいた。
今でもどの艦も定員を満たしておらず、この状況で更に一個艦隊を組織することは非常に困難だが、それでも少しでも戦力を増強しなければヤシマの独立は保てないと政府関係者は危機感を抱いていた。
だからといって徴兵制を導入することはない。艦隊を動かす兵士は熟練技術者であり、技術を持たない一般人を徴兵しても意味がないためだ。
また、民間船の乗組員の徴用も行われていない。これについてはアルビオン王国から提案があったが、貿易立国であるヤシマにとって商船の乗組員を徴用することは自らの国力を落とすことに直結する。そのため、慎重な対応に終始していた。
政府も無策ではなく、防衛軍の待遇を上げることや、祖国防衛の意義を訴えることなどで若者の採用を増やしている。今まで防衛軍をこき下ろしていた巨大メディアグループ、KYニューズが大きく力を落したことから、ほとんど妨害を受けていない。
「我が方との指揮命令系統の統一についても政府の承認をお願いします。オオサワ提督の指揮下に我らが入ることは問題ありませんが、法的な根拠は押さえておくべきかと……」
当初、ダウランドを含め、アルビオン王国軍の将官たちはヤシマ防衛軍の指揮官の能力に疑問を持っていた。
しかし、オオサワが司令長官となってからはその高い見識と強いリーダーシップに敬意を抱いている。
また、アルビオン軍の参謀が連絡官としてヤシマ防衛軍の司令部に常駐するなど、ヤシマとアルビオンの協力体制はゾンファの侵攻以前とは比べ物にならないほど緊密となっていた。
「その点はご安心ください。我々も貴国の良き友人でありたいと思っております。その友人に迷惑をかけぬよう、最大限のことはさせていただくつもりです」
二人の将の話し合いは短時間で終わった。既に多くの時間を割いて様々なケースの検討がなされており、どのプランを使うかの最終的な確認を行うだけだったためだ。
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