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第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第十五話
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宇宙暦四五二二年五月一日(帝国暦三七二二年五月一日)
スヴァローグ帝国の帝都スヴァローグ。
帝都にある皇宮の謁見の間では金色を多くあしらった煌びやかな軍服風の衣装をまとった皇帝アレクサンドル二十二世が玉座に座っている。
アレクサンドルは今年四十七歳になるが、豊かな金色の髪と鍛えられた引き締まった肉体、そして自信に溢れた表情から三十代半ばにしか見えない。
彼の前には臣下たちが並んで立ち、その先には大型のスクリーンが設置されている。そこに映し出されているものはペルセウス腕の星系図と各国の国力および兵力を示す数字だった。
この謁見の間では自由星系国家連合への侵攻作戦に関する朝議が行われていたのだ。
帝国の悲願は自由星系国家連合の工業国家ヤシマと食糧生産能力が高いロンバルディア連合を無傷で併合することだ。
アルビオン王国やゾンファ共和国に技術力で後れを取っている帝国にとって、ヤシマの技術力は喉から手が出るほど欲しいものだった。
他国からスヴァローグ帝国と呼ばれる“銀河帝国”はスヴァローグ、ストリボーグ、ダジボーグの三つの星系で構成される。
帝都があるスヴァローグを皇帝が支配し、残りのストリボーグとダジボーグには“藩王”と呼ばれる支配者が君臨し、皇帝に臣従することで帝国を形成する。
つまり帝国は強力な中央集権国家ではなく、三つの王国の連合国家と言えるのだ。
これは三つの星系の国民性が微妙に異なることが大きな原因だ。
地球のあるオリオン腕より、ここペルセウス腕に進出した直後、移民船団は三つに分散した。
これは同じスラブ系と言いつつも歴史や文化が異なっていたことから、長期間の航宙で軋轢が生じたためだ。
そして、三つに分かれた移民団はほぼ同時期に居住可能な星系をそれぞれ発見する。
不幸なことに入植した惑星はいずれも地球化が完全ではなく、入植初期には多くの困難に直面した。そのため、各星系では自らが生きていくことに必死で、他の星系と交流する余裕はほとんどなかった。
このことがスヴァローグ帝国の国民性に大きな影響を与えた。
数百年単位で交流が行われなかったことにより、同胞という意識を醸成することができなかったのだ。
もし、アルビオン王国のように本星系であるアルビオンから植民星系であるキャメロットに進出したのであれば、同胞という意識は持ち続けられたかもしれない。
但し、帝国人に共通する国民性として猜疑心が強いということがある。
このため、他の星系の者を容易に信用しないということも一つにまとまれない要因の一つと言えるだろう。
同じ星系の同胞のみが信じられるという意識は、合理的な考えの持ち主である皇帝アレクサンドルですら排除し得ないでいる。
だからといって、帝国の歴史においては強力な皇帝が中央集権体制を構築したことがなかったわけではなかった。
圧倒的なカリスマ性を持った指導者が現れ、真の“銀河帝国”の再興を目指して統一国家となったこともあった。また、強力な武力を背景に藩王国を解体しようとした皇帝もいた。
実際、アレクサンドルもそれらの皇帝と同じく、藩王の力を弱め、強力な体制を作ることを考えている。
アレクサンドルは元ダジボーグ星系の藩王であったが、今ではスヴァローグとダジボーグの二つの星系を支配している。
しかし、内戦によって皇帝にのし上がったアレクサンドルはスヴァローグ星系を完全に掌握しているとは言い難く、権力基盤は決して盤石なものではなかった。
また、共に前皇帝と戦ったストリボーグを支配する藩王、ニコライ十五世とは主従というより同盟に近い関係であった。アレクサンドルはニコライを警戒するものの、内戦のリスクを考え、排除しきれずにいる。
そのため、外征によって自らの力を示し、ニコライに付け入る隙を与えない必要があった。
一方のニコライだが、彼は三星系で最も力の弱いダジボーグの藩王であったアレクサンドルが、自分を利用して皇帝の座についたことに納得していなかった。本来であれば自分がその椅子に座っていると思っており、いつかその座を奪うと心に誓っている。
軍より提出された侵攻作戦案はアレクサンドルの考えに沿ったものだった。
大兵力でロンバルディアを併合した後、その勢いをもってヤシマに侵攻するという大胆なもので、今行われている朝議はそれを臣下に知らしめるためのセレモニーに過ぎない。
黒を基調とした軍服を纏った参謀が、その作戦案を説明していく。
「本作戦は二つの段階に分け、自由星系国家連合と称する烏合の衆からロンバルディア星系とヤシマ星系を奪取することを目的としております。参加する艦隊はスヴァローグより六、ストリボーグより七、ダジボーグより三の計十六個艦隊、補助艦艇を含め、八万一千二百十隻、陸戦部隊を含む兵員数は約九百五万人、正確な記録が残っている限りでは帝国史上最大の作戦となります……」
そこで参加者からため息に似た声が漏れる。
長きにわたり内戦に明け暮れていたため、ここ数十年ではこの作戦の三分の一程度の規模の作戦しか行われていなかった。
しかし、“帝国史上最大”という表現は誇張がある。第一帝政時代にはこれ以上の規模の作戦は数多くあるためだ。
そのことを参謀も知っているため、“正確な記録が残っている限り”と付けている。
参謀の説明が作戦の具体的な部分に差し掛かる。
「……第一段階として、スヴァローグ艦隊五個はアルビオン王国のキャメロット星系を目標とします。しかしながら、攻略が目的ではなく、あくまでアルビオンの介入を防ぐ陽動です。キャメロット方面艦隊と呼称し、総司令官はリューリク・カラエフ上級大将閣下、副司令官に……キャメロット方面艦隊はテーバイ星系もしくはアラビス星系にてアルビオン艦隊と接触、決戦を回避しつつ敵を誘いこむようにダジボーグ方面に転進します……」
カラエフは参謀の説明を無表情で聞きながら、内心では苦々しい思いをしていた。
彼は生粋のスヴァローグ人であり、簒奪という手段で帝位についたアレクサンドルに忠誠を誓っているわけではない。また、スヴァローグ艦隊が決戦の場ではなく、陽動に使われることにも忸怩たる思いをしている。
彼が苦々しい思いをしている間にも参謀の説明が続いていた。
「……そして、第一段階の主力としまして、ニコライ藩王閣下にストリボーグ艦隊七個、スヴァローグ艦隊一個の計八個艦隊を率いていただきます。本艦隊をロンバルディア方面艦隊と呼称し、ロンバルディア星系に侵攻、敵艦隊を殲滅します……」
そこでニコライが話に割り込んだ。
「我がストリボーグ艦隊のすべてを投入し、強力な敵と雌雄を決するのだ。当然、ロンバルディアはストリボーグの植民地ということでよいのだな」
その問いに参謀ではなく、アレクサンドルが答える。
「その認識でよい。ニコライ殿にはロンバルディア方面艦隊の総司令官として自由に采配を振るってもらうつもりだ。もちろん我が帝国の戦略には従ってもらうがな」
「つまり、ロンバルディアでの行動はある程度、私の自由になると考えてよいのですな……陛下」
取ってつけたような「陛下」という尊称にアレクサンドルはピクリと眉を動かすが、すぐににこやかな笑みを浮かべ、「その通りだよ」と答える。
「了解した。では、そのことを皇帝陛下の詔書としていただけないか」
「問題ない。後ほど渡そう」とアレクサンドルがいうと、ニコライは小さく頷いた後、参謀に向かって「では、話を続けてくれ」と命じた。
そのやりとりにアレクサンドルの臣下たちは眉を潜め、ニコライの臣下たちは笑みを浮かべている。
ニコライはアレクサンドルが強く出られないことを承知の上で主導権を握っているように見せたのだ。
アレクサンドルはそのことに気づいていたが、特に咎めることなく、参謀に先を促すよう小さく頷いた。
「コホン」という咳払いの後、参謀は説明を再開した。
「ロンバルディアを併合した後は速やかに防御体制を確立していただきます。また、キャメロット方面艦隊はアルビオン艦隊と接触後、ダジボーグに転進しますが、アルビオン王国が守りを固めざるを得ないよう、巧妙な罠を仕掛けているように行動していただきます。具体的な方策につきましては、敵兵力によりいくつかのオプションを用意しております……」
帝国の最大の懸念はアルビオンの介入だ。
実戦経験豊富な帝国艦隊は自由星系国家連合軍に対し同数なら圧倒的に有利、半数でも互角以上に戦えると認識している。
しかし、弱兵であるFSU軍であっても精鋭であるアルビオン艦隊が加わることにより、脅威になり得ると考えていた。
また、分散しているとはいえ、FSU軍の総兵力は二十六個艦隊と、二十五個艦隊しかない帝国に勝る。そこにアルビオン艦隊が加われば、数で圧倒される可能性は否定できない。
但し、精鋭であるアルビオン艦隊といえども、現在ヤシマに派遣されている三個艦隊では抑止以上の効果がないとも認識している。
指揮命令系統が統一された帝国艦隊が脅威に感じるのは五個艦隊以上、それ以下ではFSU軍と分断して各個撃破することはさほど難しくないと考えていた。
つまり、アルビオン艦隊をこれ以上ヤシマに派遣させないことこそが、帝国の勝利の鍵となる。このことは帝国の為政者、そして軍人にとっては共通の認識だった。
ロンバルディア星系からキャメロット星系までは三十四パーセク(約百十一光年)あり、情報通報艦による連絡でも一ヶ月以上掛かる。
そのタイムラグに加え、アルビオン艦隊を一ヶ月程度テーバイ星系に留めることができれば、その時間を利用してヤシマの制圧も充分に可能と考えられた。
一ヶ月という期間は長いように見えるが、星系内の移動に数日、本国との連絡に十日以上かかることから、現地司令部が迷うような策を講じることができれば、それほど困難なわけではない。
「……アルビオン王国の介入を防ぐことができれば、我が国の勝利は約束されたものとなりましょう。第一段階の戦略目標であるロンバルディア艦隊殲滅により自由星系国家連合は兵力の二十パーセントを永遠に失います。また、ロンバルディア星系を占領することにより隣接するシャーリア法国は連絡線を失い、シャーリアにある五個艦隊を事実上、無力化できるのです。この結果、FSUの兵力は六割以下にまで低下します……」
シャーリア法国はロンバルディア星系とストリボーグ星系としか接続されていない。
そのため、ロンバルディアが帝国に占領されれば、シャーリアは帝国の中に埋没することになる。
防衛戦力は残るものの、連携を取るための連絡手段を失うことから、五個のシャーリア艦隊は完全に遊兵と化す。
「……更にFSU最大の人口を誇るラメリク・ラティーヌ共和国ですが、彼の国は次の標的になるのではないかと守りを固めるしかありません。ここまでが作戦の第一段階、ロンバルディア併合作戦となります……」
アレクサンドルは表情を変えることなく、参謀の説明を聞いていた。しかし、彼の意識は最も近い位置に立つ藩王ニコライに向いている。
その間にも参謀の説明が続いていた。
「……ロンバルディア併合後、作戦は第二段階に移行します。第二段階の戦略目的はヤシマ星系の併合となります。こちらをご覧ください……」
スクリーンの表示が一ヶ月後の状況に切り替わった。
スヴァローグ帝国の帝都スヴァローグ。
帝都にある皇宮の謁見の間では金色を多くあしらった煌びやかな軍服風の衣装をまとった皇帝アレクサンドル二十二世が玉座に座っている。
アレクサンドルは今年四十七歳になるが、豊かな金色の髪と鍛えられた引き締まった肉体、そして自信に溢れた表情から三十代半ばにしか見えない。
彼の前には臣下たちが並んで立ち、その先には大型のスクリーンが設置されている。そこに映し出されているものはペルセウス腕の星系図と各国の国力および兵力を示す数字だった。
この謁見の間では自由星系国家連合への侵攻作戦に関する朝議が行われていたのだ。
帝国の悲願は自由星系国家連合の工業国家ヤシマと食糧生産能力が高いロンバルディア連合を無傷で併合することだ。
アルビオン王国やゾンファ共和国に技術力で後れを取っている帝国にとって、ヤシマの技術力は喉から手が出るほど欲しいものだった。
他国からスヴァローグ帝国と呼ばれる“銀河帝国”はスヴァローグ、ストリボーグ、ダジボーグの三つの星系で構成される。
帝都があるスヴァローグを皇帝が支配し、残りのストリボーグとダジボーグには“藩王”と呼ばれる支配者が君臨し、皇帝に臣従することで帝国を形成する。
つまり帝国は強力な中央集権国家ではなく、三つの王国の連合国家と言えるのだ。
これは三つの星系の国民性が微妙に異なることが大きな原因だ。
地球のあるオリオン腕より、ここペルセウス腕に進出した直後、移民船団は三つに分散した。
これは同じスラブ系と言いつつも歴史や文化が異なっていたことから、長期間の航宙で軋轢が生じたためだ。
そして、三つに分かれた移民団はほぼ同時期に居住可能な星系をそれぞれ発見する。
不幸なことに入植した惑星はいずれも地球化が完全ではなく、入植初期には多くの困難に直面した。そのため、各星系では自らが生きていくことに必死で、他の星系と交流する余裕はほとんどなかった。
このことがスヴァローグ帝国の国民性に大きな影響を与えた。
数百年単位で交流が行われなかったことにより、同胞という意識を醸成することができなかったのだ。
もし、アルビオン王国のように本星系であるアルビオンから植民星系であるキャメロットに進出したのであれば、同胞という意識は持ち続けられたかもしれない。
但し、帝国人に共通する国民性として猜疑心が強いということがある。
このため、他の星系の者を容易に信用しないということも一つにまとまれない要因の一つと言えるだろう。
同じ星系の同胞のみが信じられるという意識は、合理的な考えの持ち主である皇帝アレクサンドルですら排除し得ないでいる。
だからといって、帝国の歴史においては強力な皇帝が中央集権体制を構築したことがなかったわけではなかった。
圧倒的なカリスマ性を持った指導者が現れ、真の“銀河帝国”の再興を目指して統一国家となったこともあった。また、強力な武力を背景に藩王国を解体しようとした皇帝もいた。
実際、アレクサンドルもそれらの皇帝と同じく、藩王の力を弱め、強力な体制を作ることを考えている。
アレクサンドルは元ダジボーグ星系の藩王であったが、今ではスヴァローグとダジボーグの二つの星系を支配している。
しかし、内戦によって皇帝にのし上がったアレクサンドルはスヴァローグ星系を完全に掌握しているとは言い難く、権力基盤は決して盤石なものではなかった。
また、共に前皇帝と戦ったストリボーグを支配する藩王、ニコライ十五世とは主従というより同盟に近い関係であった。アレクサンドルはニコライを警戒するものの、内戦のリスクを考え、排除しきれずにいる。
そのため、外征によって自らの力を示し、ニコライに付け入る隙を与えない必要があった。
一方のニコライだが、彼は三星系で最も力の弱いダジボーグの藩王であったアレクサンドルが、自分を利用して皇帝の座についたことに納得していなかった。本来であれば自分がその椅子に座っていると思っており、いつかその座を奪うと心に誓っている。
軍より提出された侵攻作戦案はアレクサンドルの考えに沿ったものだった。
大兵力でロンバルディアを併合した後、その勢いをもってヤシマに侵攻するという大胆なもので、今行われている朝議はそれを臣下に知らしめるためのセレモニーに過ぎない。
黒を基調とした軍服を纏った参謀が、その作戦案を説明していく。
「本作戦は二つの段階に分け、自由星系国家連合と称する烏合の衆からロンバルディア星系とヤシマ星系を奪取することを目的としております。参加する艦隊はスヴァローグより六、ストリボーグより七、ダジボーグより三の計十六個艦隊、補助艦艇を含め、八万一千二百十隻、陸戦部隊を含む兵員数は約九百五万人、正確な記録が残っている限りでは帝国史上最大の作戦となります……」
そこで参加者からため息に似た声が漏れる。
長きにわたり内戦に明け暮れていたため、ここ数十年ではこの作戦の三分の一程度の規模の作戦しか行われていなかった。
しかし、“帝国史上最大”という表現は誇張がある。第一帝政時代にはこれ以上の規模の作戦は数多くあるためだ。
そのことを参謀も知っているため、“正確な記録が残っている限り”と付けている。
参謀の説明が作戦の具体的な部分に差し掛かる。
「……第一段階として、スヴァローグ艦隊五個はアルビオン王国のキャメロット星系を目標とします。しかしながら、攻略が目的ではなく、あくまでアルビオンの介入を防ぐ陽動です。キャメロット方面艦隊と呼称し、総司令官はリューリク・カラエフ上級大将閣下、副司令官に……キャメロット方面艦隊はテーバイ星系もしくはアラビス星系にてアルビオン艦隊と接触、決戦を回避しつつ敵を誘いこむようにダジボーグ方面に転進します……」
カラエフは参謀の説明を無表情で聞きながら、内心では苦々しい思いをしていた。
彼は生粋のスヴァローグ人であり、簒奪という手段で帝位についたアレクサンドルに忠誠を誓っているわけではない。また、スヴァローグ艦隊が決戦の場ではなく、陽動に使われることにも忸怩たる思いをしている。
彼が苦々しい思いをしている間にも参謀の説明が続いていた。
「……そして、第一段階の主力としまして、ニコライ藩王閣下にストリボーグ艦隊七個、スヴァローグ艦隊一個の計八個艦隊を率いていただきます。本艦隊をロンバルディア方面艦隊と呼称し、ロンバルディア星系に侵攻、敵艦隊を殲滅します……」
そこでニコライが話に割り込んだ。
「我がストリボーグ艦隊のすべてを投入し、強力な敵と雌雄を決するのだ。当然、ロンバルディアはストリボーグの植民地ということでよいのだな」
その問いに参謀ではなく、アレクサンドルが答える。
「その認識でよい。ニコライ殿にはロンバルディア方面艦隊の総司令官として自由に采配を振るってもらうつもりだ。もちろん我が帝国の戦略には従ってもらうがな」
「つまり、ロンバルディアでの行動はある程度、私の自由になると考えてよいのですな……陛下」
取ってつけたような「陛下」という尊称にアレクサンドルはピクリと眉を動かすが、すぐににこやかな笑みを浮かべ、「その通りだよ」と答える。
「了解した。では、そのことを皇帝陛下の詔書としていただけないか」
「問題ない。後ほど渡そう」とアレクサンドルがいうと、ニコライは小さく頷いた後、参謀に向かって「では、話を続けてくれ」と命じた。
そのやりとりにアレクサンドルの臣下たちは眉を潜め、ニコライの臣下たちは笑みを浮かべている。
ニコライはアレクサンドルが強く出られないことを承知の上で主導権を握っているように見せたのだ。
アレクサンドルはそのことに気づいていたが、特に咎めることなく、参謀に先を促すよう小さく頷いた。
「コホン」という咳払いの後、参謀は説明を再開した。
「ロンバルディアを併合した後は速やかに防御体制を確立していただきます。また、キャメロット方面艦隊はアルビオン艦隊と接触後、ダジボーグに転進しますが、アルビオン王国が守りを固めざるを得ないよう、巧妙な罠を仕掛けているように行動していただきます。具体的な方策につきましては、敵兵力によりいくつかのオプションを用意しております……」
帝国の最大の懸念はアルビオンの介入だ。
実戦経験豊富な帝国艦隊は自由星系国家連合軍に対し同数なら圧倒的に有利、半数でも互角以上に戦えると認識している。
しかし、弱兵であるFSU軍であっても精鋭であるアルビオン艦隊が加わることにより、脅威になり得ると考えていた。
また、分散しているとはいえ、FSU軍の総兵力は二十六個艦隊と、二十五個艦隊しかない帝国に勝る。そこにアルビオン艦隊が加われば、数で圧倒される可能性は否定できない。
但し、精鋭であるアルビオン艦隊といえども、現在ヤシマに派遣されている三個艦隊では抑止以上の効果がないとも認識している。
指揮命令系統が統一された帝国艦隊が脅威に感じるのは五個艦隊以上、それ以下ではFSU軍と分断して各個撃破することはさほど難しくないと考えていた。
つまり、アルビオン艦隊をこれ以上ヤシマに派遣させないことこそが、帝国の勝利の鍵となる。このことは帝国の為政者、そして軍人にとっては共通の認識だった。
ロンバルディア星系からキャメロット星系までは三十四パーセク(約百十一光年)あり、情報通報艦による連絡でも一ヶ月以上掛かる。
そのタイムラグに加え、アルビオン艦隊を一ヶ月程度テーバイ星系に留めることができれば、その時間を利用してヤシマの制圧も充分に可能と考えられた。
一ヶ月という期間は長いように見えるが、星系内の移動に数日、本国との連絡に十日以上かかることから、現地司令部が迷うような策を講じることができれば、それほど困難なわけではない。
「……アルビオン王国の介入を防ぐことができれば、我が国の勝利は約束されたものとなりましょう。第一段階の戦略目標であるロンバルディア艦隊殲滅により自由星系国家連合は兵力の二十パーセントを永遠に失います。また、ロンバルディア星系を占領することにより隣接するシャーリア法国は連絡線を失い、シャーリアにある五個艦隊を事実上、無力化できるのです。この結果、FSUの兵力は六割以下にまで低下します……」
シャーリア法国はロンバルディア星系とストリボーグ星系としか接続されていない。
そのため、ロンバルディアが帝国に占領されれば、シャーリアは帝国の中に埋没することになる。
防衛戦力は残るものの、連携を取るための連絡手段を失うことから、五個のシャーリア艦隊は完全に遊兵と化す。
「……更にFSU最大の人口を誇るラメリク・ラティーヌ共和国ですが、彼の国は次の標的になるのではないかと守りを固めるしかありません。ここまでが作戦の第一段階、ロンバルディア併合作戦となります……」
アレクサンドルは表情を変えることなく、参謀の説明を聞いていた。しかし、彼の意識は最も近い位置に立つ藩王ニコライに向いている。
その間にも参謀の説明が続いていた。
「……ロンバルディア併合後、作戦は第二段階に移行します。第二段階の戦略目的はヤシマ星系の併合となります。こちらをご覧ください……」
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