178 / 386
第五部:「巡航戦艦インヴィンシブル」
第四話
しおりを挟む
軍務次官のエマニュエル・コパーウィートはノースブルック伯爵の意向を受け、スヴァローグ帝国から自由星系国家連合(FSU)を守る方策の検討を開始した。
彼は政府の安全保障担当、統合作戦本部、更に防衛艦隊の主要なメンバーを集め、ロンバルディア方面の防衛計画について話し合うことにしたが、その場にはノースブルックもオブザーバーとして出席していた。
「我が国にロンバルディアへ艦隊を派遣する余裕はない。そのことは私も理解している。その上で諸君らの意見を聞きたい」
コパーウィートがそう言って口火を切ると、統合作戦本部の作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将が発言を求めた。
作戦部は戦略を立案する部門だが、本来なら統合作戦本部の責任者、この場ではキャメロット星系を統括する副本部長、マクシミリアン・ギーソン大将が説明すべきものだ。しかし、ギーソンは何も言わずに腕を組んで目を瞑っている。
コパーウィートはゴールドスミスに小さく頷き、発言を許可した。
ゴールドスミスは百八十センチを超える長身で金髪碧眼の美女だ。士官学校を首席で卒業した才女でもあり、自信に満ちた表情で発言を始める。
「小官は自由星系国家連合軍に期待すべきと考えます。具体的にはラメリク・ラティーヌ共和国、ヒンド共和国より三個艦隊程度を派遣すれば、ロンバルディア艦隊と合わせて九個艦隊となります。スヴァローグ帝国の動員可能数は十個艦隊程度ですから、ジャンプポイントの機雷原と合わせて考えれば充分な抑止力を持つと考えます」
その意見にキャメロット防衛艦隊の総参謀長、アデル・ハース中将が発言を求めた。
ハースはゴールドスミスとは真逆の小柄な女性士官であり、絶えず柔らかな笑みを浮かべている。その彼女がはっきりとした口調で反論した。
「FSU軍はゾンファの侵攻艦隊になすすべもなく敗れています。数合わせの艦隊では抑止力にもならないのでは?」
更にコパーウィートがそれに補足する。
「帝国の侵攻が確実なら派遣もできるだろうが、ラメリク・ラティーヌもヒンドも長期にわたって艦隊を派遣することはできんのではないか? 我が軍のように駐留費用をロンバルディアが負担するなら別だが」
ゴールドスミスはハースの反論には答えず、コパーウィートに対して反論する。
「それはFSUが考えることでしょう。彼らの安全保障条約ではこのような事態に対応できるほど練られたものではありませんので」
ハースは自分の意見が無視されたことを気にすることなく、意見を述べていく。
「私はロンバルディア単独で対応することを提案します。具体的には帝国が侵攻した場合、艦隊をラメリク・ラティーヌに撤退させた上で無血開城します」
「無血開城? 無条件降伏しろというのかね!?」
ノースブルックが驚きの声を上げる。但し、その声は明らかに演技で、ハースに意見を言わせようとする意図は明らかだった。
「その通りです」とハースが答えると、ノースブルックは険しい表情を浮かべた。
「しかし、それではロンバルディアの民衆が傷付くのではないか?」
その懸念をハースは明確に否定する。
「いいえ。帝国としてはロンバルディアの肥沃な大地を無傷で手に入れたいのです。ですから、無駄な血を流すことないでしょう」
その言葉にノースブルックは机を小さくペンで叩きながら僅かに考えた後、更に懸念を伝える。
「確かにそうかもしれんが、逃げたロンバルディア艦隊を追撃するのではないのかね」
「それはあり得ません。帝国軍がロンバルディア艦隊を追えば、ラメリク・ラティーヌ共和国軍七個艦隊を加えた十三個艦隊を相手にしなければなりません。また、敵の勢力圏内で補給線を伸ばすことになり、それを守るために戦力を割く必要があります。つまり、戦力差が更に大きくなるのです。ですから、ロンバルディア艦隊は追撃されることなく、無傷で撤退できるはずです」
「ただ逃げるだけではなく、その戦力を反撃に使うということかね? うむ……」
ノースブルックは考え込むように腕を組む。ハースは更に畳み込むように説明を加えていく。
「その戦力に我が国の艦隊と自由星系国家連合の各国の艦隊を加えれば、帝国の侵攻艦隊に対し、二倍以上で当たることができます。成功の確率は充分に高いと言えるでしょう」
ゴールドスミスが慇懃無礼な口調でハースの案を否定する。
「それは机上の空論ではありませんか、総参謀長閣下」
「そうかしら? 六個艦隊三万隻が無傷ならやりようはいくらでもありますわ」
「ですが、ロンバルディア政府がそれを認めるとは思えません。戦うことなく降伏しろなど、プライドの高いロンバルディア人は考慮すらしないでしょう」
ゴールドスミスは鼻で笑うような感じでそう言い切った。しかし、ハースは冷静に反論する。
「国家の危機なのです。そのようなことを言ってはいられないでしょうね」
更にゴールドスミスが言い募ろうとした時、ノースブルックが割り込む。
「総参謀長に聞きたいのだが、ヤシマの三個艦隊、ロンバルディアの六個艦隊に我が軍の三個艦隊が加われば十二個艦隊となる。帝国軍十個艦隊に勝てるだろうか?」
その問いにハースは「無理でしょう」と即答する。
「では、我が軍が五個艦隊、つまり十四個艦隊ならどうだろうか?」
「それでも難しいと思います。ロンバルディア艦隊に限らずFSU軍の練度は低く、我が軍の動きについてこられません。逆に足かせになると考えた方よいでしょう」
ノースブルックは少し考えた後、僅かに困惑の表情を浮かべる。
「先ほどの君の意見と違う気がするのだが?」
「戦いは会戦だけで決まるものではありません。相手に勝てないと思わせることができれば、戦わずして勝つことはできます」
「うーん。すまんがもう少し具体的に言ってもらえないか」
「分かりました」と言ってハースは説明を始める。
彼女の考えは自由星系国家連合の戦力を各個撃破されないよう温存し、ヤシマに集中する。その上でアルビオンからの援軍を加え、ダジボーグに圧力を掛けるというものだった。
「ロンバルディアが占領された後、直接救援に向かったとしても、寄せ集めの艦隊では勝利を収めることは難しいでしょう。ならば、敵艦隊がロンバルディアとダジボーグに分散している時を狙って、敵以上の艦隊を本国であるダジボーグに派遣すれば、ロンバルディアに侵攻した艦隊の司令官は選択を迫られることになります」
「本国を守るか、新たに支配した星系を確保するかということかね?」とノースブルックが確認する。
「その通りです」とハースは答え、更に説明を加えていく。
「その場合、補給線でもあるダジボーグを無視するという選択肢を採ることはないでしょう。また、ダジボーグは皇帝の生まれ故郷であり、支持基盤でもあります。つまり、ダジボーグを見捨てるという選択肢は軍事的にも皇帝の心情的にも採りづらいものなのです」
ノースブルックは納得し難いという表情を浮かべ、「素人の考えで悪いが」と断り、
「帝国も愚かではあるまい。FSU軍の実力なら数で劣っていても対抗できると考えるのではないか? そうなった場合はどうするのかね?」
「その場合は戦闘になりますが、我が軍が一定以上の戦力を保有していれば、FSU軍に圧力を掛けさせるだけでも戦術的には充分に活用できます。例えば、後方に回して補給艦を叩くように見せかけるとか……そのためには少なくとも六個艦隊は派遣する必要があると考えます」
「つまりだ。六個艦隊であればFSU軍と共同であっても帝国に対抗できると」
「最低限の数が六個艦隊ですが、その理解で問題ございません。戦力の集中は戦略の基本です。中途半端な戦力では各個撃破の対象となるだけでなく、ヤシマの兵士や国民の士気を下げ、戦わずして帝国に奪われてしまうでしょう」
「参謀長の考えは理解した。今後の方針を確認したいが、意見のある者は?」
「もう一つあります」とハースが手を上げる。
「何かな」とノースブルックが先を促す。
「スヴァローグ帝国の情報が少な過ぎます。現状ではヤシマ経由でしか情報は入手できませんが、我が国でも積極的に情報収集に当たるべきではないでしょうか」
「確かにその通りだ。私も今回のことでそれを痛感している。その件に関しては統合作戦本部の諜報部に一任したいが、ギーソン副本部長、お任せしてもよろしいかな」
ノースブルックの視線の先にいる白髪で疲れた表情のギーソンに話を振る。
ギーソンは戦略を検討する統合作戦本部の副本部長であり、キャメロット星系における責任者だ。
本来議論の主役となるべき人物にも関わらず、退役が間近であることから自らの経歴に汚点が残らないよう消極的な姿勢を貫いていた。
ノースブルックに話を振られたため、「お任せいただこう」と答えるものの、やる気は一切感じられない。
ギーソンの態度を無視したノースブルックは無表情で頷いた後、「それでは他に意見はないかな」と再度確認した。
誰からも追加の意見は出なかったため、ノースブルックは全員を見回してから、今後の方針を提案した。
本来ならオブザーバーに過ぎないノースブルックにその権限はなく、政府側の責任者であるコパーウィートが提案すべきだが、この場にいる者は誰も違和感を抱いていなかった。
「総参謀長の策が我が国にとって最もリスクが少ないと思う。アルビオンの王国政府に通達するが、キャメロット地方政府の権限で総参謀長の策を実行することを推奨する。また、スヴァローグ帝国に関する情報収集については諜報部が責任をもって実行し、関係各所に伝達して頂く。これでよろしいかな、ギーソン副本部長?」
アルビオン王国では首都星系アルビオンと植民星系キャメロットの距離が三十パーセク(約九十二光年)と遠いことから、緊急時にはキャメロット地方政府にもある一定の権限が与えられている。もちろん、外交に関することはアルビオンでの承認が必要だが、今回のようなケースでは事後承認も可能だ。
ギーソンは少しためらった後、
「ハース総参謀長の提案を採用しましょう。作戦部長、艦隊参謀本部と協議して計画の立案を頼む」
ギーソンが了承した最大の理由はノースブルックの存在だった。
彼は外交に関する権限こそ有していないものの、財務卿という地位にあり、政府の重要閣僚の一人ということでその発言は重い。
ノースブルックは更に提案を行った。
「では、ロンバルディアに送る特使だが、私としては発案者のハース総参謀長が適任だと思うが、サクストン長官、いかがだろうか」
ハースの上司に当たる防衛艦隊司令長官のグレン・サクストン提督に確認する。
本来であれば文官である外交官が特使となるべきだが、今回の策は軍事的な側面が強く、更に理路整然と説明でき、押しが強いハースが適任だとノースブルックは考えた。
「問題ありません」とサクストンは重々しく頷いて了承した。
ノースブルックは更に提案を行った。
「ロンバルディアでの交渉が成功した後、シャーリア法国とも協議すべきではないか。ロンバルディアが占領されれば、シャーリアは孤立する。彼の国が降伏する可能性は低いと思うが、ないとも限らない。我が国の戦略をあらかじめ知っていれば導師も国内をまとめやすいと思うのだが」
その提案にハースが賛同する。導師はシャーリア法国における最高指導者である。昨年末の騒動でハキーム・ウスマーンからアブドゥル・イルハームに代わっている。
「おっしゃる通りです。幸いなことに、シャーリア法国はコリングウッド中佐の活躍で、我が国に対する好感度が上がっております。また、イルハーム導師は帝国に対して聖戦を発動しておりますし、上手くいけば帝国への牽制を実行してくれるかもしれません」
こうしてロンバルディアとシャーリアに対する戦略が決定した。
彼は政府の安全保障担当、統合作戦本部、更に防衛艦隊の主要なメンバーを集め、ロンバルディア方面の防衛計画について話し合うことにしたが、その場にはノースブルックもオブザーバーとして出席していた。
「我が国にロンバルディアへ艦隊を派遣する余裕はない。そのことは私も理解している。その上で諸君らの意見を聞きたい」
コパーウィートがそう言って口火を切ると、統合作戦本部の作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将が発言を求めた。
作戦部は戦略を立案する部門だが、本来なら統合作戦本部の責任者、この場ではキャメロット星系を統括する副本部長、マクシミリアン・ギーソン大将が説明すべきものだ。しかし、ギーソンは何も言わずに腕を組んで目を瞑っている。
コパーウィートはゴールドスミスに小さく頷き、発言を許可した。
ゴールドスミスは百八十センチを超える長身で金髪碧眼の美女だ。士官学校を首席で卒業した才女でもあり、自信に満ちた表情で発言を始める。
「小官は自由星系国家連合軍に期待すべきと考えます。具体的にはラメリク・ラティーヌ共和国、ヒンド共和国より三個艦隊程度を派遣すれば、ロンバルディア艦隊と合わせて九個艦隊となります。スヴァローグ帝国の動員可能数は十個艦隊程度ですから、ジャンプポイントの機雷原と合わせて考えれば充分な抑止力を持つと考えます」
その意見にキャメロット防衛艦隊の総参謀長、アデル・ハース中将が発言を求めた。
ハースはゴールドスミスとは真逆の小柄な女性士官であり、絶えず柔らかな笑みを浮かべている。その彼女がはっきりとした口調で反論した。
「FSU軍はゾンファの侵攻艦隊になすすべもなく敗れています。数合わせの艦隊では抑止力にもならないのでは?」
更にコパーウィートがそれに補足する。
「帝国の侵攻が確実なら派遣もできるだろうが、ラメリク・ラティーヌもヒンドも長期にわたって艦隊を派遣することはできんのではないか? 我が軍のように駐留費用をロンバルディアが負担するなら別だが」
ゴールドスミスはハースの反論には答えず、コパーウィートに対して反論する。
「それはFSUが考えることでしょう。彼らの安全保障条約ではこのような事態に対応できるほど練られたものではありませんので」
ハースは自分の意見が無視されたことを気にすることなく、意見を述べていく。
「私はロンバルディア単独で対応することを提案します。具体的には帝国が侵攻した場合、艦隊をラメリク・ラティーヌに撤退させた上で無血開城します」
「無血開城? 無条件降伏しろというのかね!?」
ノースブルックが驚きの声を上げる。但し、その声は明らかに演技で、ハースに意見を言わせようとする意図は明らかだった。
「その通りです」とハースが答えると、ノースブルックは険しい表情を浮かべた。
「しかし、それではロンバルディアの民衆が傷付くのではないか?」
その懸念をハースは明確に否定する。
「いいえ。帝国としてはロンバルディアの肥沃な大地を無傷で手に入れたいのです。ですから、無駄な血を流すことないでしょう」
その言葉にノースブルックは机を小さくペンで叩きながら僅かに考えた後、更に懸念を伝える。
「確かにそうかもしれんが、逃げたロンバルディア艦隊を追撃するのではないのかね」
「それはあり得ません。帝国軍がロンバルディア艦隊を追えば、ラメリク・ラティーヌ共和国軍七個艦隊を加えた十三個艦隊を相手にしなければなりません。また、敵の勢力圏内で補給線を伸ばすことになり、それを守るために戦力を割く必要があります。つまり、戦力差が更に大きくなるのです。ですから、ロンバルディア艦隊は追撃されることなく、無傷で撤退できるはずです」
「ただ逃げるだけではなく、その戦力を反撃に使うということかね? うむ……」
ノースブルックは考え込むように腕を組む。ハースは更に畳み込むように説明を加えていく。
「その戦力に我が国の艦隊と自由星系国家連合の各国の艦隊を加えれば、帝国の侵攻艦隊に対し、二倍以上で当たることができます。成功の確率は充分に高いと言えるでしょう」
ゴールドスミスが慇懃無礼な口調でハースの案を否定する。
「それは机上の空論ではありませんか、総参謀長閣下」
「そうかしら? 六個艦隊三万隻が無傷ならやりようはいくらでもありますわ」
「ですが、ロンバルディア政府がそれを認めるとは思えません。戦うことなく降伏しろなど、プライドの高いロンバルディア人は考慮すらしないでしょう」
ゴールドスミスは鼻で笑うような感じでそう言い切った。しかし、ハースは冷静に反論する。
「国家の危機なのです。そのようなことを言ってはいられないでしょうね」
更にゴールドスミスが言い募ろうとした時、ノースブルックが割り込む。
「総参謀長に聞きたいのだが、ヤシマの三個艦隊、ロンバルディアの六個艦隊に我が軍の三個艦隊が加われば十二個艦隊となる。帝国軍十個艦隊に勝てるだろうか?」
その問いにハースは「無理でしょう」と即答する。
「では、我が軍が五個艦隊、つまり十四個艦隊ならどうだろうか?」
「それでも難しいと思います。ロンバルディア艦隊に限らずFSU軍の練度は低く、我が軍の動きについてこられません。逆に足かせになると考えた方よいでしょう」
ノースブルックは少し考えた後、僅かに困惑の表情を浮かべる。
「先ほどの君の意見と違う気がするのだが?」
「戦いは会戦だけで決まるものではありません。相手に勝てないと思わせることができれば、戦わずして勝つことはできます」
「うーん。すまんがもう少し具体的に言ってもらえないか」
「分かりました」と言ってハースは説明を始める。
彼女の考えは自由星系国家連合の戦力を各個撃破されないよう温存し、ヤシマに集中する。その上でアルビオンからの援軍を加え、ダジボーグに圧力を掛けるというものだった。
「ロンバルディアが占領された後、直接救援に向かったとしても、寄せ集めの艦隊では勝利を収めることは難しいでしょう。ならば、敵艦隊がロンバルディアとダジボーグに分散している時を狙って、敵以上の艦隊を本国であるダジボーグに派遣すれば、ロンバルディアに侵攻した艦隊の司令官は選択を迫られることになります」
「本国を守るか、新たに支配した星系を確保するかということかね?」とノースブルックが確認する。
「その通りです」とハースは答え、更に説明を加えていく。
「その場合、補給線でもあるダジボーグを無視するという選択肢を採ることはないでしょう。また、ダジボーグは皇帝の生まれ故郷であり、支持基盤でもあります。つまり、ダジボーグを見捨てるという選択肢は軍事的にも皇帝の心情的にも採りづらいものなのです」
ノースブルックは納得し難いという表情を浮かべ、「素人の考えで悪いが」と断り、
「帝国も愚かではあるまい。FSU軍の実力なら数で劣っていても対抗できると考えるのではないか? そうなった場合はどうするのかね?」
「その場合は戦闘になりますが、我が軍が一定以上の戦力を保有していれば、FSU軍に圧力を掛けさせるだけでも戦術的には充分に活用できます。例えば、後方に回して補給艦を叩くように見せかけるとか……そのためには少なくとも六個艦隊は派遣する必要があると考えます」
「つまりだ。六個艦隊であればFSU軍と共同であっても帝国に対抗できると」
「最低限の数が六個艦隊ですが、その理解で問題ございません。戦力の集中は戦略の基本です。中途半端な戦力では各個撃破の対象となるだけでなく、ヤシマの兵士や国民の士気を下げ、戦わずして帝国に奪われてしまうでしょう」
「参謀長の考えは理解した。今後の方針を確認したいが、意見のある者は?」
「もう一つあります」とハースが手を上げる。
「何かな」とノースブルックが先を促す。
「スヴァローグ帝国の情報が少な過ぎます。現状ではヤシマ経由でしか情報は入手できませんが、我が国でも積極的に情報収集に当たるべきではないでしょうか」
「確かにその通りだ。私も今回のことでそれを痛感している。その件に関しては統合作戦本部の諜報部に一任したいが、ギーソン副本部長、お任せしてもよろしいかな」
ノースブルックの視線の先にいる白髪で疲れた表情のギーソンに話を振る。
ギーソンは戦略を検討する統合作戦本部の副本部長であり、キャメロット星系における責任者だ。
本来議論の主役となるべき人物にも関わらず、退役が間近であることから自らの経歴に汚点が残らないよう消極的な姿勢を貫いていた。
ノースブルックに話を振られたため、「お任せいただこう」と答えるものの、やる気は一切感じられない。
ギーソンの態度を無視したノースブルックは無表情で頷いた後、「それでは他に意見はないかな」と再度確認した。
誰からも追加の意見は出なかったため、ノースブルックは全員を見回してから、今後の方針を提案した。
本来ならオブザーバーに過ぎないノースブルックにその権限はなく、政府側の責任者であるコパーウィートが提案すべきだが、この場にいる者は誰も違和感を抱いていなかった。
「総参謀長の策が我が国にとって最もリスクが少ないと思う。アルビオンの王国政府に通達するが、キャメロット地方政府の権限で総参謀長の策を実行することを推奨する。また、スヴァローグ帝国に関する情報収集については諜報部が責任をもって実行し、関係各所に伝達して頂く。これでよろしいかな、ギーソン副本部長?」
アルビオン王国では首都星系アルビオンと植民星系キャメロットの距離が三十パーセク(約九十二光年)と遠いことから、緊急時にはキャメロット地方政府にもある一定の権限が与えられている。もちろん、外交に関することはアルビオンでの承認が必要だが、今回のようなケースでは事後承認も可能だ。
ギーソンは少しためらった後、
「ハース総参謀長の提案を採用しましょう。作戦部長、艦隊参謀本部と協議して計画の立案を頼む」
ギーソンが了承した最大の理由はノースブルックの存在だった。
彼は外交に関する権限こそ有していないものの、財務卿という地位にあり、政府の重要閣僚の一人ということでその発言は重い。
ノースブルックは更に提案を行った。
「では、ロンバルディアに送る特使だが、私としては発案者のハース総参謀長が適任だと思うが、サクストン長官、いかがだろうか」
ハースの上司に当たる防衛艦隊司令長官のグレン・サクストン提督に確認する。
本来であれば文官である外交官が特使となるべきだが、今回の策は軍事的な側面が強く、更に理路整然と説明でき、押しが強いハースが適任だとノースブルックは考えた。
「問題ありません」とサクストンは重々しく頷いて了承した。
ノースブルックは更に提案を行った。
「ロンバルディアでの交渉が成功した後、シャーリア法国とも協議すべきではないか。ロンバルディアが占領されれば、シャーリアは孤立する。彼の国が降伏する可能性は低いと思うが、ないとも限らない。我が国の戦略をあらかじめ知っていれば導師も国内をまとめやすいと思うのだが」
その提案にハースが賛同する。導師はシャーリア法国における最高指導者である。昨年末の騒動でハキーム・ウスマーンからアブドゥル・イルハームに代わっている。
「おっしゃる通りです。幸いなことに、シャーリア法国はコリングウッド中佐の活躍で、我が国に対する好感度が上がっております。また、イルハーム導師は帝国に対して聖戦を発動しておりますし、上手くいけば帝国への牽制を実行してくれるかもしれません」
こうしてロンバルディアとシャーリアに対する戦略が決定した。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
関白の息子!
アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。
それが俺だ。
産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった!
関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。
絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り!
でも、忘れてはいけない。
その日は確実に近づいているのだから。
※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。
大分歴史改変が進んでおります。
苦手な方は読まれないことをお勧めします。
特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる