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第四部:「激闘! ラスール軍港」
第二十七話
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宇宙暦四五一九年十二月二十八日 標準時間〇四〇〇。
クリフォードが命じた強襲揚陸艦ロセスベイ1の無人化は一時間前に終了した。彼はそれに先立ち、戦隊の将兵に向けて演説を行った。
「ロセスベイを無人化する。これはこの状況で脱出を図る場合、加速能力に劣る揚陸艦に合わせるわけにはいかないためだ。これによって各艦が過密状態になることは理解している。特に各駆逐艦では定員を三十パーセント超え、大変な状況になるだろう……」
そこで僅かに言葉を切り、決意を込めた声で演説を再開した。
「確かにシャーリア法国がスヴァローグ帝国に反旗を翻してくれれば、元の状態に戻せる。しかし、彼らに殿下の安全を委ねてもよいのだろうか。私は最悪の状況を想定し、今回の措置を取った。各員もいかなる状況にも対応できるよう準備を怠らないよう努めてもらいたい。以上」
彼が言う通り、DOE5を含め、どの艦も定員を三割超えた状態で、特に下士官兵からの評判は最悪だった。彼らは吊り寝台すら共用しなくてはならなかったのだ。
もちろん、士官室も同様に過密状態であったし、クリフォード自身、ロセスベイのリックマン中佐に艦長室を譲っている。
しかし、兵たちにはシャーリア軍の反乱勢力が軍港を確保している状況で、強行突破するとは思っておらず、無駄な措置だと考える者が多かった。
それでもクリフォードは中止しなかった。そして、彼の措置が正しかったことは別の形ではあったが、すぐに証明されることになる。
■■■
標準時間〇二〇〇。
時は二時間前に遡る。
最高指導者である導師、ハキーム・ウスマーンはスヴァローグ帝国の特使セルゲイ・アルダーノフ少将の恫喝を受け、軍の最高責任者である軍法官アル・サダム・アッバースにラスール第二軍港の解放とアルビオン艦の拿捕を命じた。
アッバースは訓練から第二軍港に帰還する陸戦隊の連隊があることを知り、彼らに軍港で反乱を起こしたサイード・スライマーン少佐らの排除を命じた。
「第二軍港の管制官、スライマーン少佐は待遇に不満を持ち、反乱を起こした。少佐はその際、導師がスヴァローグ帝国に魂を売ったと誹謗し、同調者を増やしている。そのような事実は断じてない。直ちに反乱を鎮圧し、秩序を取り戻すのだ……」
ジブリール第八連隊長アブドゥル・ラムジ大佐は最高司令官である軍法官からの直接命令に感激し、顔を紅潮させる。
「必ずや軍法官閣下のご期待に応えてみせます!」
彼はすぐに輸送艦の艦長に第二軍港に入港するよう命じた。
ジブリール第八連隊はスライマーンが流したアルダーノフの恫喝映像を誰一人見ていなかった。
一方、艦長はスライマーンの放送を見ており、そのことを伝えるが、ラムジは聞く耳を持たなかった。
「奴らは反乱軍だ。自分に都合のいいことを言っているにすぎん。第一、その映像も本物とは限らん。これは軍法官閣下からの直々の命令なのだ。つべこべ言わずにすぐに入港するのだ」
ラムジは今年四十二歳になるが、この国の出世で最も重要な法学院の卒業席次が低く、今以上の出世は望めないと諦めていた。しかし、今回は軍の最高位である軍法官からの直接命令であり、成功させれば将官級への出世もありうるとやる気になっていた。
標準時間〇四三〇。
ジブリール第八連隊二千名を乗せた輸送艦はラスール第二軍港に入ろうとしていた。
ラムジはスライマーンに対し、反乱軍の主張に共鳴したと伝え、スライマーンも二千名もの陸戦隊が同調したことを素直に喜び、入港を許可する。
入港後、ラムジは各大隊長に訓示を行った。
「スライマーンらは純粋な信徒を扇動し反乱を起こした。奴らは自らの処遇に不満を持ち、導師らを誹謗中傷している。部下たちに強く言い含めておけ。奴らの言うことは事実無根だ。耳を傾けさせるな。軍港に損害が出ても構わん。迅速な鎮圧を軍法官閣下はお求めである。以上」
五人の大隊長は装甲服に身を固めた部下たちに同じことを伝えていく。情報が極端に制限されており、兵たちは上官の言葉を鵜呑みにする。
その頃、ラスール第二軍港には軍港保安隊を中心に五百名の武装兵がいた。しかし、完全装備の陸戦隊に対抗できる装備を持っていなかった。
元々軍港は外敵に占拠された場合、抵抗することは想定していない。
敵が星系内に侵入してきた場合、施設が占拠される前に物資等を地上に送った後、軍港を放棄して脱出し、地上で敵を待ち受ける方針だったのだ。
そもそも軌道エレベータは構造上、小型の戦闘艦が攻撃を加えれば破壊される程度の耐久力しか持っていない。そのため、無駄な抵抗はせずに一旦放棄し、巨大インフラである宇宙港と軌道エレベータを残そうという戦略なのだ。
ジブリール第八連隊はアルビオン戦隊がいる扇状区域とは反対から入港した。軍法官からの指示はスライマーンらの排除であり、アルビオン戦隊に対する明確な指示はなかった。そのため、アルビオン戦隊を無視する形で戦闘が始まった。
また、直径三十キロの巨大な軍港であり、二千名の兵士が戦闘を始めてもアルビオン側に知る術はなかった。
ラムジ率いる陸戦隊は貧弱な装備しか持たない軍港保安隊を圧倒していく。
保安隊側もバリケードを作って抵抗し、上層部は売国奴であると言って説得するが、陸戦隊は保安隊側の情報は欺瞞であると最初に入力されており、疑問すら持たずにそれを無視し続ける。
スライマーンはこのままでは二時間以内に管制室を占拠されると考え、クリフォードに連絡を入れた。
「軍上層部が本腰を入れて制圧に掛かってきたようだ。我々も全力で戦うが、貴官らに危害が及ぶ可能性がある。守ると約束しながらこのようなことを言うのは断腸の思いだが、選択肢はここで降伏するか、外に出て戦うことしか残されていない。我々もでき得る限りの支援は惜しまない」
悔しさに顔を歪めたスライマーンを見て、クリフォードはすぐに決断した。
「座して敵に捕らえられる気はない。貴官にこれ以上の負担をかけるのは心苦しいが、出港時に対宙レーザーでの支援をお願いしたい」
彼は軍港防衛用の対宙レーザーで敵ステルスミサイルの迎撃を依頼した。
「了解した」とはっきりとした口調で答え、「貴官らに神のご加護を」と言って通信を切る。
軍港からのミサイル迎撃だが、対宙レーザーの射程は〇・五光秒(十五万キロ)と短く、軍港およびシャフトの周辺のみしか対応できない。
帝国側も軍港に被害が及ぶところへミサイルを撃ち込むとは考え難く、クリフォードもそのことを理解した上で依頼していた。
クリフォードは軍港からの脱出を各艦に通達すると、エドワード王太子に回線を繋いだ。
「軍港が導師派に占拠される公算が高くなりました。二時間以内にこの軍港は導師側に占拠されます」
「そうか」と王太子が答える。
「我が戦隊は準備が整い次第、出港いたします。殿下には外交官と共にアウルに搭乗して頂き、軍港内に留まっていただきたいと考えております。帝国の戦隊を排除した後、お迎えに参りますので、しばらくの間お待ちください」
彼は脱出すると見せかけて帝国の戦隊と戦うことを決めた。現状では戦力はほぼ拮抗しており、勝利することも可能だと判断したためだ。
しかし、王太子をDOE5に乗せたままでは危険が伴う。そのため、王太子を密かに軍港に残すことにした。そのため、通常使用される長艇のワッグテイルではなく、大型艇のアウルを使った。
「私も諸君らと共にいたいのだが」と王太子が言うと、クリフォードは落ち着いた口調でそれを断る。
「我々は殿下の護衛です。殿下を危険に晒しては本末転倒。必ず勝利してみせますが、万が一を考えてこのような処置をとることに決めました」
王太子はなおも言い募ろうとしたが、秘書官であるテオドール・パレンバーグが先に口を開いた。
「コリングウッド艦長を信じましょう。彼なら必ず迎えに来てくれます。彼の負担を少しでも減らすことが我々にできる最大の支援ではないでしょうか」
王太子は納得し難いという表情を浮かべるものの、「分かった」と答える。
「だが、クリフ。こんなところで死ぬな。次期国王として君に命じる。必ず私を迎えに来い」
クリフォードは「了解しました、殿下」と言って敬礼し、通信を切った。
王太子は秘書官らと共にアウル型大型艇に乗り込んでいった。
王太子の他にもロセスベイの乗組員と宙兵隊が軍港内に残ることになった。
彼らはシャーリア法国に拘束されたとしても、帝国に引き渡される可能性は低く、軍港に残った方が安全だとクリフォードが判断したためだ。
クリフォードが命じた強襲揚陸艦ロセスベイ1の無人化は一時間前に終了した。彼はそれに先立ち、戦隊の将兵に向けて演説を行った。
「ロセスベイを無人化する。これはこの状況で脱出を図る場合、加速能力に劣る揚陸艦に合わせるわけにはいかないためだ。これによって各艦が過密状態になることは理解している。特に各駆逐艦では定員を三十パーセント超え、大変な状況になるだろう……」
そこで僅かに言葉を切り、決意を込めた声で演説を再開した。
「確かにシャーリア法国がスヴァローグ帝国に反旗を翻してくれれば、元の状態に戻せる。しかし、彼らに殿下の安全を委ねてもよいのだろうか。私は最悪の状況を想定し、今回の措置を取った。各員もいかなる状況にも対応できるよう準備を怠らないよう努めてもらいたい。以上」
彼が言う通り、DOE5を含め、どの艦も定員を三割超えた状態で、特に下士官兵からの評判は最悪だった。彼らは吊り寝台すら共用しなくてはならなかったのだ。
もちろん、士官室も同様に過密状態であったし、クリフォード自身、ロセスベイのリックマン中佐に艦長室を譲っている。
しかし、兵たちにはシャーリア軍の反乱勢力が軍港を確保している状況で、強行突破するとは思っておらず、無駄な措置だと考える者が多かった。
それでもクリフォードは中止しなかった。そして、彼の措置が正しかったことは別の形ではあったが、すぐに証明されることになる。
■■■
標準時間〇二〇〇。
時は二時間前に遡る。
最高指導者である導師、ハキーム・ウスマーンはスヴァローグ帝国の特使セルゲイ・アルダーノフ少将の恫喝を受け、軍の最高責任者である軍法官アル・サダム・アッバースにラスール第二軍港の解放とアルビオン艦の拿捕を命じた。
アッバースは訓練から第二軍港に帰還する陸戦隊の連隊があることを知り、彼らに軍港で反乱を起こしたサイード・スライマーン少佐らの排除を命じた。
「第二軍港の管制官、スライマーン少佐は待遇に不満を持ち、反乱を起こした。少佐はその際、導師がスヴァローグ帝国に魂を売ったと誹謗し、同調者を増やしている。そのような事実は断じてない。直ちに反乱を鎮圧し、秩序を取り戻すのだ……」
ジブリール第八連隊長アブドゥル・ラムジ大佐は最高司令官である軍法官からの直接命令に感激し、顔を紅潮させる。
「必ずや軍法官閣下のご期待に応えてみせます!」
彼はすぐに輸送艦の艦長に第二軍港に入港するよう命じた。
ジブリール第八連隊はスライマーンが流したアルダーノフの恫喝映像を誰一人見ていなかった。
一方、艦長はスライマーンの放送を見ており、そのことを伝えるが、ラムジは聞く耳を持たなかった。
「奴らは反乱軍だ。自分に都合のいいことを言っているにすぎん。第一、その映像も本物とは限らん。これは軍法官閣下からの直々の命令なのだ。つべこべ言わずにすぐに入港するのだ」
ラムジは今年四十二歳になるが、この国の出世で最も重要な法学院の卒業席次が低く、今以上の出世は望めないと諦めていた。しかし、今回は軍の最高位である軍法官からの直接命令であり、成功させれば将官級への出世もありうるとやる気になっていた。
標準時間〇四三〇。
ジブリール第八連隊二千名を乗せた輸送艦はラスール第二軍港に入ろうとしていた。
ラムジはスライマーンに対し、反乱軍の主張に共鳴したと伝え、スライマーンも二千名もの陸戦隊が同調したことを素直に喜び、入港を許可する。
入港後、ラムジは各大隊長に訓示を行った。
「スライマーンらは純粋な信徒を扇動し反乱を起こした。奴らは自らの処遇に不満を持ち、導師らを誹謗中傷している。部下たちに強く言い含めておけ。奴らの言うことは事実無根だ。耳を傾けさせるな。軍港に損害が出ても構わん。迅速な鎮圧を軍法官閣下はお求めである。以上」
五人の大隊長は装甲服に身を固めた部下たちに同じことを伝えていく。情報が極端に制限されており、兵たちは上官の言葉を鵜呑みにする。
その頃、ラスール第二軍港には軍港保安隊を中心に五百名の武装兵がいた。しかし、完全装備の陸戦隊に対抗できる装備を持っていなかった。
元々軍港は外敵に占拠された場合、抵抗することは想定していない。
敵が星系内に侵入してきた場合、施設が占拠される前に物資等を地上に送った後、軍港を放棄して脱出し、地上で敵を待ち受ける方針だったのだ。
そもそも軌道エレベータは構造上、小型の戦闘艦が攻撃を加えれば破壊される程度の耐久力しか持っていない。そのため、無駄な抵抗はせずに一旦放棄し、巨大インフラである宇宙港と軌道エレベータを残そうという戦略なのだ。
ジブリール第八連隊はアルビオン戦隊がいる扇状区域とは反対から入港した。軍法官からの指示はスライマーンらの排除であり、アルビオン戦隊に対する明確な指示はなかった。そのため、アルビオン戦隊を無視する形で戦闘が始まった。
また、直径三十キロの巨大な軍港であり、二千名の兵士が戦闘を始めてもアルビオン側に知る術はなかった。
ラムジ率いる陸戦隊は貧弱な装備しか持たない軍港保安隊を圧倒していく。
保安隊側もバリケードを作って抵抗し、上層部は売国奴であると言って説得するが、陸戦隊は保安隊側の情報は欺瞞であると最初に入力されており、疑問すら持たずにそれを無視し続ける。
スライマーンはこのままでは二時間以内に管制室を占拠されると考え、クリフォードに連絡を入れた。
「軍上層部が本腰を入れて制圧に掛かってきたようだ。我々も全力で戦うが、貴官らに危害が及ぶ可能性がある。守ると約束しながらこのようなことを言うのは断腸の思いだが、選択肢はここで降伏するか、外に出て戦うことしか残されていない。我々もでき得る限りの支援は惜しまない」
悔しさに顔を歪めたスライマーンを見て、クリフォードはすぐに決断した。
「座して敵に捕らえられる気はない。貴官にこれ以上の負担をかけるのは心苦しいが、出港時に対宙レーザーでの支援をお願いしたい」
彼は軍港防衛用の対宙レーザーで敵ステルスミサイルの迎撃を依頼した。
「了解した」とはっきりとした口調で答え、「貴官らに神のご加護を」と言って通信を切る。
軍港からのミサイル迎撃だが、対宙レーザーの射程は〇・五光秒(十五万キロ)と短く、軍港およびシャフトの周辺のみしか対応できない。
帝国側も軍港に被害が及ぶところへミサイルを撃ち込むとは考え難く、クリフォードもそのことを理解した上で依頼していた。
クリフォードは軍港からの脱出を各艦に通達すると、エドワード王太子に回線を繋いだ。
「軍港が導師派に占拠される公算が高くなりました。二時間以内にこの軍港は導師側に占拠されます」
「そうか」と王太子が答える。
「我が戦隊は準備が整い次第、出港いたします。殿下には外交官と共にアウルに搭乗して頂き、軍港内に留まっていただきたいと考えております。帝国の戦隊を排除した後、お迎えに参りますので、しばらくの間お待ちください」
彼は脱出すると見せかけて帝国の戦隊と戦うことを決めた。現状では戦力はほぼ拮抗しており、勝利することも可能だと判断したためだ。
しかし、王太子をDOE5に乗せたままでは危険が伴う。そのため、王太子を密かに軍港に残すことにした。そのため、通常使用される長艇のワッグテイルではなく、大型艇のアウルを使った。
「私も諸君らと共にいたいのだが」と王太子が言うと、クリフォードは落ち着いた口調でそれを断る。
「我々は殿下の護衛です。殿下を危険に晒しては本末転倒。必ず勝利してみせますが、万が一を考えてこのような処置をとることに決めました」
王太子はなおも言い募ろうとしたが、秘書官であるテオドール・パレンバーグが先に口を開いた。
「コリングウッド艦長を信じましょう。彼なら必ず迎えに来てくれます。彼の負担を少しでも減らすことが我々にできる最大の支援ではないでしょうか」
王太子は納得し難いという表情を浮かべるものの、「分かった」と答える。
「だが、クリフ。こんなところで死ぬな。次期国王として君に命じる。必ず私を迎えに来い」
クリフォードは「了解しました、殿下」と言って敬礼し、通信を切った。
王太子は秘書官らと共にアウル型大型艇に乗り込んでいった。
王太子の他にもロセスベイの乗組員と宙兵隊が軍港内に残ることになった。
彼らはシャーリア法国に拘束されたとしても、帝国に引き渡される可能性は低く、軍港に残った方が安全だとクリフォードが判断したためだ。
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