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第四部:「激闘! ラスール軍港」

第二十二話

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 宇宙暦SE四五一九年十二月二十八日 標準時〇一〇〇。



 デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]はサミュエルの指揮の下、係留場からゆっくり離れていく。

 同じようにスヴァローグ帝国の軽巡航艦ルブヌイも戦隊から離れ、ラスール第二軍港に向かってくる。

 しかし、帝国の指揮官アルダーノフはクリフォードの予想以上に慎重だった。駆逐艦一隻を同行させ、不測の事態に対応させようとしていたのだ。
 更に王太子がDOE5に乗っていることを確認するため、本人との通信を望み、クリフォードもそれを許可していた。

 サミュエルはこの状況を憂慮し、クリフォードに伝える。

「まずい状況です。敵は思った以上に慎重でした。この状況でこちらが敵軽巡航艦に攻撃を仕掛けたことが知られれば、即座に駆逐艦から攻撃を受けます。中止しますか?」

 元々の計画では敵の軽巡航艦をおびき寄せ、接舷した状態で突入するため、敵も近すぎて攻撃できない。

 その隙に軽巡航艦を奪取もしくは無力化するつもりだったが、駆逐艦がいることにより、密かに敵軽巡航艦に取り付くことが難しくなる。

「このまま続行する」

 サミュエルから了解の回答が返ってくるが、クリフォードは内心では更に分が悪くなったと思っていた。

船外活動用防護服ハードシェルを着ているとはいえ、対宙レーザーで撃たれれば何の役にも立たない。敵が戸惑ってくれればいいんだが……敵がミスをする前提というのは、作戦案としては完全に落第だな……)

 そんなことを考えながらも宙兵隊員たちに明るい調子で話しかけていた。

「私より速く飛べた者には配給酒グロッグを一杯追加支給する!」

 その言葉に宙兵隊員たちから「「オウ!!」という歓声が上がる。

「宙軍士官に負ける宙兵隊員はいないと思うが、私より遅かった者は艦内清掃の超過勤務を与えるからな!」

 その言葉にはブーイングが起きるが、すぐに笑い声が起きる。

「艦長は射撃も上手いし、度胸もあるんです。宙軍士官より宙兵隊士官の方がよっぽど向いていますよ! だから、超過勤務の話はなしにしてください!」

 お調子者の兵士がそう叫ぶと更に笑い声が大きくなった。
 クリフォードは彼らを率いていけば敵艦への侵入という困難な任務も、簡単に達成できるのではないかと思い始めた。


■■■

 サミュエルの演技と王太子がいるという事実から、帝国側はアルビオン側が降伏することに疑問を感じていなかった。
 旗艦艦長のニカ・ドゥルノヴォ大佐が一度だけ警告を発している。

「敵には宙兵隊がいます。接舷する必要はないのではありませんか」

 それに対し、アルダーノフは呆れた表情で「心配は無用だ」と言い、

「敵の宙兵隊は儀仗兵に過ぎん。それに王族に相応しい待遇をすると約束したのだ。ここで雑用艇を向かわせれば、相手は態度を硬化する。それに突入してくるようならチューブを切り離せばよいだけだ。慎重になるのもよいが、無用に怯えるのは士気を下げる。以後、注意してくれたまえ」

 アルダーノフの言い方にドゥルノヴォは怒りを覚えるが、「了解しました、司令」とだけ答え、自艦の指揮に専念することにした。
 しかし、その後、あっさりと引き下がったことを彼は後悔する。

■■■

 DOE5とルブヌイが平行に並んだ。
 そして、ルブヌイ側からチューブ状の通路が伸ばされていく。

 サミュエルは第一正装を身に付け、更に胸には先の戦いで受勲した銀星勲章を付けて、舷門で待機していた。彼の横には民間人用の簡易宇宙服スペーススーツを着て所在無げなリーコックがいる。

 他にも見送りの乗組員がいるが、帝国軍を警戒させないため、王太子の荷物を運ぶ兵士に偽装した二等兵曹のプロクターと技術兵のコール以外は簡易宇宙服スペーススーツを着用していなかった。

 更にパターソン率いる宙兵隊員二十名がパレード用の純白の船外活動用防護服ハードシェル姿で整列していた。

 通常の舷門での見送りにハードシェルを着用することはないのだが、内情を知らない帝国の士官が見る限りにおいては違和感を覚えないほど堂々としている。

 くすんだ紺色の軍服を纏ったスヴァローグ帝国士官が舷門をくぐってきた。
 その士官は三十半ばの鋭い目付きの男だが、ハードシェル姿の宙兵隊員に驚き、一瞬眼を見開いて歩みを止める。

 しかし、宙兵隊下士官が直立不動で国旗を掲げていることから、そのような慣習なのだろうと考え、すぐに興味を失い、再び歩き始めた。
 そして、サミュエルの前で止まると拳を額に付けるような敬礼を行った。

「銀河帝国軍軽巡航艦ルブヌイの艦長クゼフ中佐である。エドワード王太子殿下をお迎えに参った」

 サミュエルは指先を伸ばすアルビオン式の答礼を見事な所作で返す。

「アルビオン王国軍デューク・オブ・エジンバラ5号の指揮官代行、サミュエル・ラングフォード少佐です」

 そして、リーコックが前に出る。彼はこの任務を自ら買って出たのだが、緊張のあまり額に汗が噴き出しており、声が震えている。

「ひ、秘書官のリーコック子爵です。で、殿下はすぐにお見えになりますので少しお待ちください」

 クゼフは極度に緊張しているリーコックを一瞬不審に思ったが、彼が軍人ではなく、望まぬまま同行させられ、怯えているのだとあっさりと納得した。

 リーコックはクゼフに話しかけようとしたが、言葉が出てこず、サミュエルが代わりに雑談をして注意を引き付けていた。

 その間にクゼフの部下十五名もDOE5側に入っており、舷門付近で待機していた。十名が護衛でブラスターライフルを手にしている。残り五名は王太子の荷物に危険物が仕込まれていないかを確認する技術兵で、探知装置を準備していた。

 突然、アルビオンの国歌が大音量で流される。その音にクゼフたちは驚くが、何も起きなかったことからすぐに落ち着きを取り戻す。
 そして、宙兵隊の軍曹がその音量に負けないほどの大声で王太子の登場を宣言した。

「アルビオン王国第一王位継承権所持者にして、プリンス・オブ・キャメロット、エドワード王太子殿下に捧げ、筒!」

 その言葉にクゼフたちの視線が舷門の奥の扉に集中する。
 次の瞬間、宙兵隊員たちがバシッという音を立てて、一斉にブラスターを持ち上げた。しかし、それは掲げられることなく、帝国軍に向く。

 国歌が流れる中、「撃て!」というパターソンの声が響く。

 クゼフは何が起きたのか分からないまま、額を打ち抜かれて死亡した。更に随行していた彼の部下たちも通常のスペーススーツしか着用していなかったため、ほとんど反撃することなく、十秒も掛からずに殲滅される。

「突入せよ!」というパターソンの命令に従い、宙兵隊員たちは接続チューブに殺到していった。

航法長マスター、後は頼みます。私はCICで指揮を執ります」

 サミュエルは未だに動きが鈍いリーコックに不安を感じながらも、CICに向かって走り出した。

 帝国側は完全に不意を突かれた。

 ルブヌイには奇襲を考慮し、即座にチューブを切り離すための下士官がおり、彼らも武装していた。しかし、大音量で流される国歌によってDOE5側での戦闘音がかき消され、異常に気づかなかった。

 そこにハードシェルの推進器ジェットパックを生かしたパターソンら宙兵隊の突撃を受け、不意を突かれたルブヌイ側は反撃する間もなく駆逐されていく。
 最初の発砲から、僅か三十秒。奇襲は完全な形で成功した。

 リーコックは自分が何をすべきか一瞬分からなくなった。こういった戦闘どころか、通常の艦同士の戦闘経験すらないため、頭が真っ白になっていたのだ。

「少佐、我々も向こうにいくんですよね。命令してください」

 プロクターにそう言われ、ようやく我に返る。

「直ちにルブヌイに移れ! コールはAI用の端末を持ってプロクターの後ろに続け!」

 そう命じると、二人は接続チューブを飛ぶように抜けていく。
 リーコックは自分も後を続こうとしたが、自分が軍服でないことに初めて気づいた。

(このまま向こうに渡って捕まったら、軍人として扱ってもらえないんじゃないか? スパイとされて捕虜になったら拷問も……着替えるべきだろうか……こんな任務に志願するんじゃなかった……向こうに渡れば私は殺される……)

 そのオロオロと狼狽する姿に、残っていた下士官たちが呆れるが、士官に対して命令するわけにも行かず、冷めた目で見ていた。

 ただ一人、ブライアン・バージェス大尉が彼に声を掛けた。彼はDOE5側を確保するために、この場に待機するよう命じられていたのだ。これは本来リーコックが受け持つ任務だった。

「リーコック少佐! すぐに向こうで指揮を! 一刻を争うんですよ、分かっているんですか!」

 それでもリーコックは動きそうになく、彼は個人用情報端末PDAでCICに「リーコック少佐は体調不良。バージェス大尉が指揮を引き継ぐ!」と一方的に通告する。

 そして、近くにあった簡易宇宙服スペーススーツを乱暴に掴むと、そのまま接続チューブに駆け込んでいった。

 残されたリーコックは呆然としたまま、その場に立ち尽くしていた。周りでは下士官や兵たちがバタバタと走り回っているが、彼に注意を払う者は誰もいなかった。


 バージェスはプロクターらに合流すると、すぐに「リーコック少佐に代わって私が指揮を執る」と言い、スペーススーツを着ながら状況を報告するよう命じた。

 プロクターはコールの操作を見ながらプロらしい冷静な口調で答えていく。

「システムへの侵入は成功しました。二十年前とほぼ同じで、パッチ当て程度しかされていません。上手くいけば、艦全体の制御を一時的にダウンさせることができそうです」

「了解した。だが、まずは格納庫のハッチだ。どのくらいで開放できそうだ?」

「あと二分ください」とコールが代わって答える。

 バージェスはそれに頷くと、すぐにクリフォードに連絡を入れる。

「こちらバージェス大尉。ハッチの開放はあと二分で完了します。突入準備をお願いします」

 クリフォードから「了解」の答えが返ってくるが、彼が指揮を執っていることに対する問合せはなかった。

(さすがは歴戦だな。こんなところで無駄な時間は使わないということだな……しかし、帝国の人工知能AIの能力が思った以上に低い。帝国の方が自動化は進んでいるはずなのだが……)

 スヴァローグ帝国は繰り返される内戦の影響で、人材不足に絶えず悩まされていた。そのため、航宙艦の乗組員もアルビオンなどに比べて少なく、自動化やロボット化が多く取り入れられている。

 もちろん、アルビオンでも自動化は進められているが、帝国では人間の判断が必要なところにまで自動化が進められているが、自動化技術は成熟していなかった。

 これも内戦の影響だった。
 工業国ヤシマは別格だが、帝国の技術者がアルビオンやゾンファに比べて最初から劣っていたわけではない。

 約二十年前に発生した内戦により、各藩王軍の人材不足は常態化していた。
 そのため、帝国軍は航宙に必要な技術者を産業界から徴用するしかなく、その影響が工業力の低下を招いたのだ。

 また、手っ取り早く技術を輸入しようとしても、交易が可能な星系はダジボーグ星系しかない。しかし、ダジボーグは帝国内の三つの星系で最も生産力がなく、外貨獲得の手段がほとんどなかった。

 そのため、ヤシマの最新技術が目の前にあるにも関わらず、資金不足により旧式の設備しか購入できなかった。

 これらの要因が重なり、帝国の技術開発は停滞し、アルビオンなどに水を開けられていた。

 皇帝アレクサンドル二十二世はこれを憂慮し、国力の回復を考えていたが、権力維持のため、内政には目を瞑り、外に目を向けざるを得なかった。

 システムの件はともかく、帝国の艦船自体がアルビオンやゾンファのものに大きく劣るわけではない。

 基本的な性能はここ数百年、どの国も変わっておらず、帝国もアルビオンの艦船を拿捕するなどして研究しており、圧倒的な差は生じていない。

 逆に艦種を限定した生産性の高さは、新型艦に絶えず更新しているアルビオンに比べ、整備や補給の容易さの面で有利であり、継戦能力の高さは他国に脅威を与えている。

 つまり、今回のような特殊な作戦が行われなければ、弱点とは認識されない程度のことだったのだ。

 バージェスはその疑問を頭から締め出し、「あと一分です、艦長サー!」と叫ぶ。

 クリフォードから「了解した」という声が聞こえ、更に「宙兵隊、発進用意!」という命令が聞こえてきた。
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