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第四部:「激闘! ラスール軍港」

第十九話

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 宇宙暦SE四五一九年十二月二十七日 標準時間二二〇〇。

 アルビオン王国のエドワード王太子はこの危機的な状況に憂慮していた。

 彼はデューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]の戦闘指揮所CICのオブザーバシートに座り、艦長であるクリフォードに状況を確認していた。

 情報士のクリスティーナ・オハラ大尉がスヴァローグ帝国の軽巡航艦とシャーリア軍との通信を傍受し、解析を終えていたが、よい情報はほとんどなく、絶望的な状況であることだけが告げられる。

「現状で脱出できる可能性はどの程度だと思う? 艦長」

「強引に突破しようとすれば全滅は必至でしょう。敵の戦力は我が方の二倍以上ですし、シャーリア法国軍が敵に回らないという保証はありません」

「……絶望的ということか。レオのいうことを聞いておけばよかったな」

 そう言って侍従武官のレオナルド・マクレーンに済まなそうな顔で小さく頭を下げる。
 マクレーンは真剣な表情を崩すことなく、反論する。

「私はまだ諦めておりません。殿下」

 王太子はその言葉に「何か策でもあるのか」と喜色を浮かべるが、

「私には策は思いつきません。ですが、コリングウッド中佐なら何か思い付くのではないかと考えています」

「確かにこの状況は崖っぷちクリフエッジだが……」

 二人の会話を何となく聞きながら、クリフォードは必死に策を考えていた。

(帝国は殿下を拉致しようと考えている。しかも、シャーリアの手を汚させ、自分たちはシャーリアから止む無く受け取ったように見せかけようと……シャーリアは上層部と現場が一枚岩とは言い難い。特に兵士たちは戒律に抵触する今回の行為に反発している。ここに付け入る隙はないか……)

 彼は一つのアイデアを思いつくと、猛然と指揮官用のコンソールを操作し始めた。

(敵の駆逐艦はミサイルこそ強力だが、主砲はスループ艦と大して変わらない。だとすれば、敵の軽巡航艦の一隻でも無力化できれば、脱出は難しくないはずだ。通信記録を見る限り、敵の指揮官は傲慢で自尊心が強い男のようだ。そこを上手く突ければ……)

 スヴァローグ帝国艦隊の戦術思想は、基本的には大艦巨砲主義であり、同クラスの戦闘艦の容積、機関出力、主砲出力などはアルビオン軍に比べ二割ほど高い。逆に防御スクリーン、加速性能、超光速航行能力は二割程度低かった。

 また、攻撃力に偏重しているため、駆逐艦はアルビオンのスペクターミサイルに匹敵する大型ステルスミサイル、“チェーニ”を装備しているが、主砲の出力はスループ艦並の一テラワットと、アルビオン駆逐艦主砲の二・五テラワットに比べ極端に低かった。

 軽巡航艦にも同様の傾向は見られ、主砲はアルビオンのタウン級を凌駕する六テラワット級、更にチェーニミサイル発射管を十本持つなど、重巡航艦に匹敵する攻撃力を持っている。

 しかし、加速力が五kGと低く、航続距離も短い。また、格納スペースが狭く、ミサイルは二連射分しかなく、搭載艇も小型の雑用艇一艇とアルビオン軍のスループ艦に劣り、重巡航艦の劣化版といえる艦種だ。

 このような装備の偏重は、スヴァローグ帝国の戦術の特徴が高出力の主砲と大型ミサイルによる遠距離攻撃を志向しているためだ。

 帝国では接近される前に叩くという戦術思想が浸透しており、その思想に合致する装備となっている。

 この戦術思想が浸透したのは、帝国内の有人星系には小惑星帯が少なく、機動力を使った撹乱戦術などを行う余地が少なかったこと、また、軍事衛星などの固定拠点が多いことが理由だ。

 そのため、正面から撃ち合う戦いが多く、より強力でより遠距離から攻撃できる手段が求められたのだ。


 クリフォードは五分ほどで自分の計画を作り上げた。そして、CICに副長であるサミュエル・ラングフォード少佐を呼び出す。

 サミュエルは戦闘配置についており、艦のダメージコントロールを行うため、緊急時対策所ERCで待機していた。

 呼び出しを受けた彼は艦隊運用規則違反になると思ったが、この危機的な状況でクリフォードが何かを思いついたと考え、部下に指揮を任せると、二階層上にあるCICに全力で走っていく。五分ほどでCICに到着すると、息を整えながら用件を確認する。

「はぁはぁ……艦長、何か思いついたのですか。はぁはぁ……」

 その様子にクリフォードは小さく頷く。
 彼の他に普段はCICに入ることがない宙兵隊のアルバート・パターソン大尉がおり、狭いCICが更に狭く感じていた。

「では、私の考えた作戦を説明します。まず現状ですが……」

 クリフォードはそう言って作戦を説明していく。
 彼の立てた作戦は脱出の目途が立たないことから、王太子の安全を条件に身柄を引き渡すと言って、敵の旗艦をラスール第二軍港内に呼び込み、その際に宙兵隊により占拠するというものだった。

 一旦軍港に接舷すれば、DOE5にロセスベイの宙兵隊を隠すことは可能であり、完全武装した宙兵隊員が軽巡航艦に突入できれば、短時間で敵艦を確保し、司令を捕らえることができる。

 もし、それが無理でも敵艦内に侵入できれば重要設備を破壊し、無力化することが可能で、敵の戦力を大きく落とすことができる。

「……宙兵隊がいることは敵も気づいていますが、式典用の儀仗兵と考えるはずです。その油断を突けば勝算は充分にあると思います。それにシャーリア法国の軍港関係者も積極的な協力は難しいでしょうが、我々の邪魔をする可能性は低いと考えます……」

 クリフォードは作戦の概要を説明すると、実施体制について話していく。

「本作戦の指揮は小官が執ります。その間のDOE5の指揮はラングフォード少佐に任せるつもりです」

 一通り説明が終わると、王太子らは驚きの表情を浮かべていたが、サミュエルは即座に反対意見を述べた。

「私は反対です。まず、敵旗艦が素直に軍港に入るかが分かりません。殿下の身柄のみを要求された場合、打つ手がありません。更に艦長が指揮を執ることにも反対です。艦長は本戦隊の司令であり、軽々しく前線に立つことは避けるべきです」

 しっかりとした口調で反対すると、クリフォードも真剣な表情で頷く。

「DOE5をある程度前進させ、その場で機関を停止して接舷させよう。それならば敵も油断するはずだ。この件はこれでいいだろう。私が宙兵隊の指揮を執ることについてだが、これは譲れない。本作戦において重要なことは敵艦の無力化だが、その後に拿捕した軽巡航艦の指揮を執る者が必要になる。だから私が最適なのだ」

「敵艦の奪取とおっしゃりますが、スヴァローグ帝国とは現在戦争状態にありません。帝国から明確な意思表示がない状況で先に攻撃することは開戦の理由となりえます」

「その点は問題ない。現在帝国艦は国籍を明確にしていない。つまり、海賊船として処理することができる。仮に国籍を明示したのなら、王太子殿下の身柄を要求することはそれこそ外交問題にできる。それをもって不当な要求と突っぱねれば、時間は稼げるはずだ」

 サミュエルはそれに頷くが、それでもクリフォードが指揮を執ることに反対する。

「敵艦への突入の指揮は私に任せていただけないでしょうか。こういった任務は本来、旗艦副長が指揮を執ることが慣例であったはずです」

 クリフォードはサミュエルが自分の身を案じてくれていると気づいていたが、それでもきっぱりと拒絶した。

「宙兵隊中佐の階級を持つ私しかできないことなんだ。サム、君がいるから私はこの艦を離れることができる。分かってくれ」

 彼はこのような危険な任務を立案し、自身は安全な後方で指揮を執ることができなかった。

 それだけではなく、不測の事態に陥った時、臨機応変の対応が必要になると考えており、その際、最高位の指揮官が現場にいれば、即座に計画を変更でき、対応が容易になるとも考えていた。

 クリフォードとサミュエルの会話を聞きながら、王太子は二人の絆の強さに感動していた。

(相手を信頼しているからこそ、あれだけ言い合えるのだろう。彼らを失うことはあまりに惜しい。しかし、私の身柄を引き渡したとしても、この戦隊が無事に帰還できるとは言えない。スライマーン少佐の話を聞く限り、帝国の将官がそれを許すとは思えないからな。私には若い彼らを信頼して任せるほかない……)

 クリフォードは秘書官のテオドール・パレンバーグに意見を求めたが、パレンバーグは首を横に振り、

「私は軍事の専門家ではない。外交的なことを言えば、艦長の主張は正しいだろう。ただ、私には非常に分の悪い冒険に思えるのだが、交渉でどうにかなる状況ではない」

 苦悩するパレンバーグに頷くと、侍従武官のレオナルド・マクレーンにも確認する。

「私は艦長の策を支持する。但し、一点だけ修正してほしい」

「どのようなことでしょうか?」

「殿下にはロセスベイに移っていただき、護衛の一人を影武者にして、私が同行する。そうすれば殿下を危険に晒さなくてもすむ」

 クリフォードが頷こうとした時、王太子が「それは駄目だ」と反対する。

「私がこの艦にいなければ敵に看破される可能性がある。どこにいても危険は変わらないのだ。私は君たちを信頼し、この艦に残らせてもらう」

 クリフォードたちが翻意を促すが、王太子は「これは作戦を成功させるために必要なことなのだ。それに時間が惜しい。これ以上議論は無用と思うが」と言って強引に議論を打ち切った。

 クリフォードは指揮官として王太子の安全を最優先するか迷ったが、王太子の言葉に従うことにした。

「殿下は必ずお守りいたします。ですが、いつでも脱出できるようワッグテイルに待機していただきます」

 搭載艇である長艇ロングボート、ワッグテイルに乗っていれば、何かあってもすぐに軍港に逃げ込める。危険であることには変わりないが、王太子の身柄を手に入れることを目的にしているなら、攻撃される可能性は低い。

 クリフォードはこの決定で後に自身が批判されると思ったが、今は作戦の成功率を上げることに頭を切り替えていた。

 クリフォードは軍港の係留場に接舷するよう各艦に命じた。
 更に暗号通信で降伏するという偽の情報を流す。その通信はいずれも副長であるサミュエルの名で送られていた。

 そして、各艦からは降伏を取り止めるようにという返信が送られていく。
 この時に使った暗号はセキュリティレベルが低い簡易のもので、これは帝国側にあえて解読させるためだった。
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