上 下
150 / 386
第四部:「激闘! ラスール軍港」

第十八話

しおりを挟む
 宇宙暦SE四五一九年十二月二十七日。

 クリフォードはラスール第二軍港に接近した際、違和感を覚えていた。
 第二軍港は円盤型で二十四の扇型セクターに分かれ、円盤の外周部が入港場所になっている。管制室からクリフォードに伝えられた指示は、各艦がそれぞれ別のセクターに入港するというもので、本来あり得ない指示だったのだ。

 通常であれば、外交使節の艦船はひと塊にして専用区画を設定する。これは警備の負担を軽減させることができるだけでなく、防疫上も有利なためだ。

 いつの時代でも新たな伝染病は発生しており、鎖国状態に近いシャーリアなら特に気にする事項である。
 それが全く考慮されておらず、別の意図を感じたのだ。

 しかし、気づいた時には減速が完了しており、離脱のための機動を行うことは困難だった。強引に加速したとしても、衛星軌道上にある大型要塞、ハディス要塞から攻撃を受け、撃沈させられることは明らかだったのだ。

「何かが起きているようです。入港するしかありませんが、私の指示に従ってください」

 クリフォードは王太子にそう言うと、全艦に油断しないよう暗号を用いて連絡する。

「軍港の様子がおかしい。シャーリアが何を考えているかは分からないが、決して油断しないように。旗艦の命令には常に注意を払ってほしい……」

 指示に従い入港しようとした時、軍港の管制室から通信が入った。

「こちらはラスール第二軍港管制室。管制担当のスライマーン少佐である。アルビオン戦隊は直ちに入港を中止せよ。今後の行動について、指揮官と協議を行いたい」

 メインスクリーンに映るスライマーンは汗を掻き、乱れた髪が額に張り付いていた。

「こちらはアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊司令、クリフォード・コリングウッド中佐である。入港中止については了解した。また、貴官の話を聞く用意があるが、現状について正確な情報を教えていただきたい」

 スライマーンはクリフォードの若さに一瞬驚くが、すぐに表情を引き締める。

「迅速なる応答に感謝する。情報についてもすぐにお伝えする」と答え、情報を伝えていく。

「現在、我が国にはスヴァローグ帝国の外交使節団が入国している。我々も正確な情報は得ていないが、我が国の指導者たちは貴官たちを帝国に引き渡そうとしている。しかし、それは我が国の総意ではない。現在、本ラスール第二軍港は小官の指揮下にある。貴戦隊に対し、直ちに脱出することを提案する」

 クリフォードは帝国の外交使節がいるということに驚きを隠せないが、すぐに返答を行った。

「貴官の勇気ある行動に感謝する。我が戦隊は直ちにジャンプポイントJPに向かう……」

 クリフォードがそう返信した直後、情報士のオハラ大尉が普段のおっとりした口調とは異なり、焦りを含んだ声で報告を始めた。

敵味方識別装置IFFに反応がない艦船が急速に接近してきます! 軽巡航艦二、駆逐艦五、スループ艦三! 防御スクリーンのスペクトル解析ではスヴァローグ帝国の艦船である可能性九十九パーセント以上! 既に射程内に捉えられています!」

 その報告に驚くものの、クリフォードはすぐに指揮官用コンソールで正体不明艦のデータを確認する。

(近すぎる……今から加速しても離脱は不可能だ。軍港に逃げ込むしかない……)

 彼はすぐにその命令を発した。

「全艦、我に続いて入港せよ。入港後は百八十度反転し、正体不明艦に艦首を向けよ。但し、許可なく攻撃するな。旗艦からの指示を待て」

 そして、ラスール軍港のスライマーンにも連絡を入れる。

「正体不明艦が我々の航路を塞ごうとしています。銀河連邦および銀河帝国航宙法に従い、軍港内に避難します」

 彼が告げた“銀河連邦および銀河帝国航宙法”とは、銀河連邦と銀河帝国で使われていた国際的な航宙のルールのことである。

 正式には“銀河連邦航宙法”であるが、スヴァローグ帝国が銀河帝国の後継者と公言していることから、銀河帝国という名称も入れていた。

 このルールだが、対向する艦船が回避する場合は、右舷側に避けるとか、星系内では国籍を示す信号を常に出すなど、航宙に関する基本的なルールを定めたもので、四千年以上の歴史を持つ。

 そのため、アルビオン王国や自由星系国家連合フリースターズユニオンだけでなく、ゾンファ共和国やスヴァローグ帝国でも使用されている。

 航宙法の中には船が損傷し危機的な状況にある場合や、宇宙海賊等の国籍不明船から避難する場合には、港湾管理者に通告するだけで優先的に避難できるというものがある。彼はそのルールを使い、ラスール軍港に退避することにしたのだ。

 ラスール軍港のスライマーンから了承の通信が入る。

「緊急入港の件、了解した。国籍不明艦については当方からも敵対行動を取らないよう連絡する」

 これにより、クリフォードたちは軍港に逃げ込むことに成功した。
 各艦は軍港の入口付近に待機する。しかし、ラスール軍港は軍事施設ではあるものの要塞ではないため、防御スクリーンの能力は低く、敵からの攻撃を防ぐことができない。

(袋のネズミだな。帝国がシャーリアの損害を無視するなら、我々の運命は死しかない。降伏を視野に入れておくべきだろう……)

 クリフォードは打つ手を思い付かないまま、帝国の戦闘艦の機動を見つめていた。


■■■

 アルビオンの王太子護衛戦隊がラスール軍港に入港する前、スヴァローグ帝国の指揮官セルゲイ・アルダーノフ少将は余裕の表情を浮かべていた。

(疑っていないようだな。これで王太子を捕らえることができる……)

 しかし、その余裕はすぐに消えた。

 アルビオン戦隊がラスール軍港に入港する直前、アルダーノフはシャーリア側に混乱が発生したことに気づいた。
 アルビオン戦隊が入港をためらい、停止したのだ。

(何が起きているかは分からぬが、このままではまずいことになる……)

 このままではアルビオン艦はJPに向かい、星系を脱出してしまうと考えた。
 そして、自らの戦隊の各艦にクライシュ軍港からの緊急出港を命じる。

「全艦、緊急発進! アルビオンの奴らを逃がすな!」

 それに驚いたのはクライシュ軍港の管制官だった。

「銀河帝国所属艦に告ぐ。直ちに係留場に引き返しなさい! 軍港内での操艦は管制の指示に従うことが当国の港湾法により定められています! 直ちに発進を中止し……」

 管制官の悲鳴に近い警告を発した。

 しかし、アルダーノフは管制官の言葉など聞いていなかった。彼にとってシャーリアは帝国に降伏した従属国であり、帝国の高官である自分を罰することなどできないと確信していたのだ。
 それよりもアルビオンの王太子を捕らえることの方に意識を集中させていた。

(危うく逃げられるところだった。シャーリアの上層部は部下の掌握すらできんのか……まあよい。この位置まで来れば奴らは逃げられぬ。後はシャーリアの連中を使って拿捕させればよい……)

 彼はシャーリア法国にアルビオンの王太子を捕らえさせるつもりでいた。
 これは、現在スヴァローグ帝国はアルビオン王国に対し戦端を開いていないためで、彼の行動がアルビオンの参戦を促すことになれば、自由星系国家連合FSUへの侵略の妨げになると理解していたからだ。

 そのため、本来作動が義務付けられている敵味方識別装置IFFの作動を止め、国籍を明らかにしないようにしている。

 この点について、彼が座乗する軽巡航艦シポーラの艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐から注意が喚起されていた。

「このままでは海賊としてシャーリアに攻撃されます。IFFの起動を許可していただきたい」

 それに対し、アルダーノフは「不要」と一言で切って捨て、それ以上の説明は行わなかった。

 国籍を明らかにしていない艦船はその星系を支配している勢力から、海賊として無条件に攻撃されるのだが、彼はシャーリアが帝国艦を攻撃するほどの気概を持っていないとして、帝国が王太子拉致に関与していた事実を隠すことを優先した。

「奴らが逃げ込んだら、軍港出入口を封鎖する。攻撃可能な位置ポイントに各艦を配置せよ。但し、小官の命令があるまで、攻撃は行うな」

 十隻の帝国艦はラスール第二軍港から一光秒の位置で待機する。この位置であれば、軍港から最大加速で脱出しようとしても、百秒以上の加速が必要であり、充分に撃沈できる。また、アルビオン側がステルスミサイルを発射しても到達まで五十五秒ほど掛かるため、発見および撃破は容易であった。

 アルダーノフは通信士に「シャーリアの軍法官カザスケルに繋げ」と命じた。

 すぐに回線が接続され、軍法官アル・サダム・アッバースがスクリーンに現れる。

「貴国は小官の依頼を無視するつもりか! 幸い、軍港内に確保できているのだ。八時間の猶予を与えてやる。今すぐ行動を起こすのだ」

 アッバースはその高圧な言葉に怒りを覚えるが、それを抑えて「了解した。直ちに部隊を派遣する」と言って通信を切った。

 アッバースは軌道エレベータを使って新たな部隊を送り込もうとしたが、スライマーンの行動を支持する将兵が多く、時間だけが過ぎていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。  衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。  絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。  ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。  大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。 はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?  小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。 カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。  

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...