アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

文字の大きさ
上 下
142 / 386
第四部:「激闘! ラスール軍港」

第十話

しおりを挟む
 デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]の副長となったサミュエルは精力的に働いた。

 クリフォードが言うように、彼には元々苦手とする分野がない。
 戦闘指揮、航法、情報のどの分野でも高いレベルにあり、公平かつ無私で組織運営・管理も充分に高いレベルにある。

 更に宙軍士官には極端に嫌う者もいる消耗品の管理などの主計科の仕事も苦にしなかった。

 また、クリフォードが砲艦レディバードで行ったように准士官以下の意見をしっかりと吸い上げ、副長の経験がないとは思えないほど順調に艦を掌握していく。

 特に艦の運用の鍵となる掌砲長ガナー掌帆長ボースンとの関係は前任者を凌ぎ、准士官たちはサミュエルに敬意を抱くと共に仲間意識すら芽生えていた。

 ただ一つの躓きは士官室ワードルーム内の人間関係の構築だった。
 艦長と親友であるという話は伝わっており、赴任直後より警戒されていたが、それ以上に障害となったのは彼の出自だった。

 DOE5の士官は爵位持ち、つまり上流社会の生まれの者ばかりだ。
 一方、サミュエルは平民の生まれであり、どうしても話題についていけない。唯一の共通話題である軍関係の話でも、実戦部隊とはほど遠いこの艦では話題として盛り上がることは少なかった。

 ただ、戦術士タコーのベリンダ・ターヴェイ少佐と宙兵隊長のアルバート・パターソン大尉は彼の話に興味を示すことが多く、完全に孤立することだけは避けられている。

(やはり人間関係は難しいな。准士官や下士官と話をする方がよほど気は楽だ……)

 それでも彼は士官たちを掌握する努力を惜しまず、少しずつ自分の居場所を作っていった。


 サミュエルが副長として奮闘している中、クリフォードに慶事があった。
 彼に待望の第一子、長男が誕生したのだ。

 仕事第一の彼にしては珍しく、愛妻ヴィヴィアンの出産前は常に彼女のかたわらにいた。

 それが可能だったのは、一つには王太子のスケジュールが惑星上のみであったこと、もう一つは信頼できる盟友、サミュエルに艦を任せられたためだ。

 出産直後の妻を労わりながら、クリフォードは家族が増えた喜びを噛み締めていた。

 彼に第一子が生まれたことはマスコミによってキャメロット星系に広がったが、王太子の配慮により、彼らの周囲にマスコミが溢れるようなことはなかった。

「私の艦長に幸せを感じる、ささやかな時間を与えてやってくれないか」

 定例記者会見でクリフォードに第一子が生まれたことへのコメントを求められた際、メディアの前ではっきりと伝えたため、メディア側も取材を自粛している。これはキャメロット星系でのエドワード王太子の影響力の大きさを示していた。

 元々王太子は“プリンス・オブ・キャメロット”の称号を持ち、キャメロット星系では絶大な人気を誇る。

 エドワードはその飾らない人柄で市民たちと気軽に触れ合うなど、その人気は国王を凌ぐ。

 更に自分が不快に思う報道を行っても、そのメディアを排斥するようなことはなかったが、友好的なメディアに対しては独占取材を許すなど、メディアを上手くコントロールしていた。

 もちろん、一部の自称フリージャーナリストたちはしつこく、クリフォードたちを追ったが、軍や警察だけでなく、市民たちもそのような不届き者に対しては厳しく当たり、大きなトラブルになることはなかった。

 彼の長男はフランシス・エドワード・コリングウッドと名付けられた。そのミドルネームは大きな花束と共に王太子から贈られたものだった。

 フランシスが生まれた時、久しぶりにコリングウッド一家が集まった。父リチャードだけでなく、弟ファビアンもいたのだ。

 ファビアンは四五一六年に、士官学校を次席という優秀な成績で卒業した後、一年半で少尉に任官し、現在は勇将ジークフリート・エルフィンストーン提督麾下の第九艦隊の重巡航艦ノーフォーク332で戦術士官として勤務している。

 その第九艦隊が軍事衛星アロンダイトに入港したため、休暇を取って駆けつけたのだ。

 ファビアンは士官候補生時代に酷いいじめにあったが、今では堂々とした士官となっており、クリフォードは誇らしい気分で弟を見つめる。

「ノーフォークでの活躍は私にとっても鼻が高いよ」

 ファビアンはジュンツェン星系会戦で戦術士官として初陣を飾り、重巡航艦で巡航戦艦を沈めるなどの大活躍をしている。それによって、青銅星勲章ブロンズスターを受勲していた。

「兄さんほどじゃないよ」と笑うが、その笑顔には余裕があった。

 激戦を生き延び、士官として成長した証だとクリフォードは思っている。

「そう言えば、ファビアンもそろそろ結婚してもいいんじゃないか?」

「そもそも相手がいないからね」と苦笑しながら答える。

「本当にいないのか? 何をやらせても器用なお前に?」と兄が驚く。

「そもそも出会いがないよ。義姉ねえさんの知り合いでも紹介してもらおうかと思い始めているくらいだ」

 クリフォードとファビアンはそんな話で笑いあった。父リチャードからも祝福の言葉を受け、妻ヴィヴィアンと共に幸せな時間を過ごした。

 家族との幸せな時間を過ごしていたが、九月に入ると総司令部から、ある命令が下った。
 それは十月一日に自由星系国家連合フリースターズユニオンのヤシマに向かうというものだった。

 王太子が以前から希望していたヤシマ星系に駐留している艦隊への慰問のため、ヤシマを公式訪問することになったのだ。更にヤシマの先にあるロンバルディア星系、シャーリア星系も訪問することになっていた。



 今回、王太子の自由星系国家連合フリースターズユニオン訪問が認められたのは、クリフォードの成果が要因の一つとして挙げられる。

 彼が護衛戦隊に厳しい訓練を課したことから、王太子という重要人物を政情が安定しているとは言い難い国家に派遣しても安全が確保できると判断されたのだ。

 キャメロット星系からシャーリア星系までは約四十六パーセク、約百五十光年の距離がある。移動だけでも往復三ヶ月以上掛かり、行事などを考えると、五ヶ月ほどの行程となる。

 クリフォードはヴィヴィアンに済まなそうにそのことを告げた。

「長期の任務が来たよ。自由星系国家連合FSUにいくことになった」

「どのくらい掛かりますの?」と不安げな表情で問われると、彼も残念そうな顔で、

「五ヶ月は掛かると思う。私としては君とフランシスと一緒にいたいと思っているんだけどね」

 その答えにヴィヴィアンは無理やり笑みを作る。

「任務ですから仕方がありません。それに戦争をしにいくわけではないのですから、その点だけは安心しています」

 彼は愛する妻を抱き締める。
 別れを済ませると、彼は精力的に準備を行っていく。

 十月一日、王太子一行はヤシマに向けて出発した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
SF
1,769年の時を超えて目覚めた古代の女王壱与と、現代の考古学者が織り成す異色のタイムトラベルファンタジー!過去の邪馬壱国を再興し、平和を取り戻すために、二人は歴史の謎を解き明かし、未来を変えるための冒険に挑む。時代考証や設定を完全無視して描かれる、奇想天外で心温まる(?)物語!となる予定です……!

滅亡後の世界で目覚めた魔女、過去へ跳ぶ

kuma3
SF
滅びた世界の未来を変えるため、少女は過去へ跳ぶ。 かつて魔法が存在した世界。しかし、科学技術の発展と共に魔法は衰退し、やがて人類は自らの過ちで滅びを迎えた──。 眠りから目覚めたセレスティア・アークライトは、かつての世界に戻り、未来を変える旅に出る。 彼女を導くのは、お茶目な妖精・クロノ。 魔法を封じた科学至上主義者、そして隠された陰謀。 セレスティアは、この世界の運命を変えられるのか──。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...