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第四部:「激闘! ラスール軍港」
第五話
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宇宙暦四五一八年十月二十日。
クリフォードの下に十月三十日から王太子エドワードが軍施設を慰問するという連絡が入った。
連絡を受けたクリフォードは直ちに部下たちに準備を命じた。
「既に個人用情報端末で連絡したとおり、十月三十日、一〇〇〇にアロンダイトを出港する。王太子殿下は一二〇〇にワッグテイルで本艦に搭乗され、その後にターマガント星系に向かう。護衛艦はシレイピス545、シャーク123、スウィフト276の三隻に加え、宙兵隊を乗せたロセスベイ1も同行する。殿下が乗り込まれるまで護衛艦との連携訓練を繰り返し行う。部下たちにその旨を徹底させておいてくれ。各艦長には打合せを行う旨、連絡を頼む。以上だ」
「了解しました、艦長!」
士官たちから了解の声が上がり、すぐに自分の持ち場に走っていく。
ワッグテイルは長艇の名称だが、DOE5搭載のものは王太子専用であり、DOE5と同じく純白の艇体に王家の紋章が描かれている。
基本性能は標準型とほぼ同じであり、全長三十メートル、加速性能は六kGと高く、固定武装に硬X線パルスレーザー砲二門と小型ミサイルを持っている。
DOE5の護衛艦であるシレイピス545、シャーク123、スウィフト276はいずれもS級駆逐艦である。
S級駆逐艦は船団護衛など独航作戦に主眼を置いた駆逐艦であり、標準的な駆逐艦であるV級やW級に比べ、加速性能、主砲の出力、ミサイル発射管の数は同数であるものの、質量投射兵器であるレールキャノン、通称カロネード砲がなく、ミサイルの搭載数も少ない。
逆に超光速航行システムの能力が高く、無寄港での作戦行動期間が長いため、DOE5の護衛に選ばれている。
ロセスベイ1はベイ級リムベイ型高機動強襲揚陸艦の改造艦である。
リムベイ型は惑星や衛星にある敵基地に強襲揚陸するために使われ、高い加速性能と強力な防御スクリーンを持ち、二個宙兵大隊六百名と六機のヘルダイバー型装甲揚陸艇が搭載できる。
ロセスベイ1も王室専用艦としてDOE5と同じように純白の艦体に王家の紋章が描かれており、王太子の護衛兼儀仗兵である宙兵隊一個大隊が乗り込む。
搭載艇はアウル型大型艇とマグパイ型雑用艇が各一艇、ヘルダイバー型装甲強襲艇二艇とリムベイとは異なり汎用性に重点が置かれている。
更に王太子をサポートする広報担当官などが乗り込めるよう百名分の居住スペースが確保されている。
この四隻にDOE5が加わり、王太子護衛戦隊、正式にはキャメロット第一艦隊第一特務戦隊C01XF001となる。
DOE5の艦長室に護衛戦隊の艦長たちが集まった。
彼らは八人掛けの楕円形のテーブルに序列に応じて座っていく。
クリフォードの正面にはDOE5護衛戦隊の副司令となるロセスベイ1艦長カルロス・リックマン中佐が座った。
彼はクリフォードより十二歳年長の三十七歳。子爵家の出身だが、鍛え上げられた巨躯と短く刈り上げた髪、四角い顎に意志の強そうな太い眉は宙軍士官というより、宙兵隊の下士官と言った方がしっくりくる容貌だ。
しかし、その表情は明るく、豪放磊落を絵に描いたような人物だとクリフォードは感じていた。
また、先任順位でもリックマンの方がはるかに上だが、司令であるクリフォードに対してもわだかまりなく接するなど、好印象を与えている。
リックマンの右隣にシレイピス545の艦長シャーリーン・コベット少佐が座り、やや不機嫌そうな表情でクリフォードを見つめていた。
コベットは今年三十六歳になるベテランの駆逐艦艦長で、鋭利な感じの目元とアップにした髪形で、金融街にいるキャリアウーマンのような印象をクリフォードに与えていた。
その印象どおり仕事はできるのだが、運に恵まれず、シレイピスの艦長を既に四年間務めている。そのため、とんとん拍子で昇進するクリフォードに対し、挑発的な受け答えをすることが多かった。
彼女の反対、リックマンの左側に座っているのはシャーク123の艦長イライザ・ラブレース少佐だ。
コベットとは逆に意味深とも見える笑みを常に浮かべており、やや派手な化粧とウェーブの掛かった豊かな金髪により、高級娼婦のように見えないこともない。
艦長になって二年目の三十四歳だが、海賊討伐や密輸船の臨検など臨機応変の対応が必要な任務でも、常に沈着冷静な指揮を見せる優秀な指揮官という評価を得ている。
彼女とコベットは見た目からしてそりが合わないが、性格的にも合わないらしく、ことあるごとに衝突し、クリフォードの前任者が対応に苦慮していたと零していた。
そして、八人掛けのテーブルのクリフォード側に座っているのが、スウィフト276の艦長ヘレン・カルペッパー少佐だ。
ラブレースと同じ三十四歳だが、カルペッパーはラブレースとは正反対の地味な感じの女性士官だ。
手入れを怠っている艶のない髪とややぽっちゃりとした体形から、乗組員たちは“やる気のないハウスキーパー”と陰口を叩いている。クリフォードも従卒のモリスからその話を聞き、思わず頷いてしまったほどだ。
その見た目とは異なり、副長時代の評価は満点に近く、管理者としては非常に優秀だった。しかし、指揮官としては決断力に欠け、この戦隊の弱点になりうると前任者が注意を促している。
全員の顔を見回した後、クリフォードは徐に話し始めた。
「既に知っていると思うが、ターマガント星系に建設している補給基地の視察と慰問が決まった。ターマガントは我が国の支配宙域だが、戦場になる可能性は否定できない。今回はロセスベイも同行せよとの命令だが、忌憚のない意見を聞かせてほしい」
クリフォードがそう切り出すと、最先任であるリックマンが発言する。
「小官としては同行に反対ではないのだが、目的がはっきりしない。この辺りの情報は入っているのだろうか」
その問いにクリフォードは小さく頷く。
「一つはアテナの盾Ⅱの訪問のためです。対ゾンファ戦の勝利をキャメロットで祝えなかった将兵を慰労するために、大々的な式典が行われます。そのために儀仗兵が必要であると聞いています」
クリフォードは先任のリックマンに対し、敬語で接していた。
リックマン自身は部下であるのだからと断ったのだが、「若輩者ですので」と言って敬語を貫いている。
そのため、敬語を使わないリックマンの方が司令に見えるとコベットからクレームが出ているが、クリフォードは自身の考えを変えなかった。
ちなみに同じ階級の場合、公式な場以外では同輩として敬語は不要という慣例があり、コベットの指摘は的を外しているものではない。
「もうひとつの理由は何でしょうか」とコベットが発言した。
まだ、リックマンが質問しているところであり、ラブレースはその礼を失した行動に、形のいい右の眉を上げる。
クリフォードは険悪な雰囲気になる前に話を続けていく。
「二つ目は訓練のためだ」
彼の答えにリックマンが疑問を口にする。
「訓練? どういうことだ、クリフ」
「私が原因のようです」と苦笑いした後、
「新任の艦長が戦隊各艦との連携を深めるため、ターマガント星系の小惑星帯で訓練を行うことになっています」
「それなら宙兵隊はいらんだろう」とリックマンが首を傾げる。
「ええ、私もそう思うのですが、総司令部には別の思惑があるようです。宙兵隊には無重力下での拠点強襲訓練を行うと通知がありました」
彼が受けた命令書にはDOE5と三隻の駆逐艦は戦隊機動の連携訓練を行い、その間にロセスベイは小惑星の一つを使い、拠点強襲の演習を行うとあった。
王太子護衛隊である宙兵隊が拠点を強襲することは想定し難く、クリフォードは総本部に意図を問合せている。
しかし、総司令部からは明確な回答はなく、個人的な知り合いである総参謀長アデル・ハース中将に確認したが、彼女からも明確な答えは得られていない。
「リンドグレーン派の残党の嫌がらせだな」とリックマンは断定的に言い、更に言葉を続ける。
「未だにリンドグレーン派というか、反コパーウィート派が暗躍しているのだろう。君に面倒を押し付けて事故でも起きれば大々的に非難する。そんなところだろうな」
元第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将は第二次ジュンツェン会戦での命令違反とクリフォードに対する不当な査問で、軍内部やマスコミから厳しい非難を受けていた。そのため、現在は病気療養を理由に休職扱いとなっている。
元第一艦隊司令官エマニュエル・コパーウィート退役大将は現在、アルビオン政府の軍務次官であり、次期政権では防衛長官に相当する軍務卿になると言われている人物だ。
コパーウィートは現役時代に強引に派閥を作るなど、必ずしも清廉な人物ではなく、多くの敵が存在する。
クリフォード自身にその意識はないが、一時期コパーウィートの副官をしていたことと、義父であるウーサー・ノースブルック伯爵が現政権の財務卿であることから、コパーウィート派と目されていた。
「その話はやめておきましょう」と言って話を打ち切り、リックマンに「実務に関して意見があれば、お願いします」と再度質問を投げる。
「訓練に関しては戦隊で詳細を詰めてもいいのだな」と確認すると、
「大まかな計画しか来ておりませんから、その認識でいいでしょう」とクリフォードは明快に答えた。
「ならば俺の方からはないな」
その言葉に頷くと、コベットに視線を向ける。
コベットはその視線を受け止めると、「特にありません。本分を尽くすだけです」と答えるに留めた。
その次にラブレースに確認すると、
「小官に訓練計画の立案をお任せいただけないですか。本戦隊の特性を生かした訓練を立案してみます」
「私はラブレース艦長に任せてもよいと思うが、何か意見は?」
クリフォードは他の艦長たちに確認し、悔しそうなコベットが何か言いたげにしている中、リックマン、カルペッパーから了承の声が出ると、コベットも渋々了承する。
「では、ラブレース艦長に任せることにする。アテナ星系到着時に私まで提出するように」と言い、ラブレースが嬉しそうに了解すると。すぐにカルペッパーに視線を向ける。
「カルペッパー艦長、発言していないが、何か意見は?」
カルペッパーはクリフォードに目を合わせることなく、僅かに視線を下げる。
「ございません、艦長」
彼は少し待つが、それ以上何も言いそうにないため、小さく頷く。
「では、殿下をお迎えするまでに補給と部下たちに半舷上陸の許可を。出発前に一度、君たちを招きたいと考えている……」
その後は雑談に移行するが、不機嫌そうなコベットとやる気のないカルペッパーのため、中途半端な感じで解散となった。
クリフォードはこの戦隊をどうまとめるべきか悩みながら、舷門まで艦長たちを見送りにいった。
十月三十日。
DOE5は軍事衛星アロンダイトを出港し、ランスロットの首都チャリス上空にあった。三隻の駆逐艦がDOE5を守るように正三角形を作り、その後方には強襲揚陸艦ロセスベイ1が従者のように待機している。
チャリスから純白の長艇が上昇してくる。ワッグテイル型と呼ばれる長艇で美しい流線型の艇体に気圏航行用の翼が開き、精悍さがより増している。
ワッグテイルがDOE5の格納庫に入った。
格納庫のあるJデッキにはクリフォードを始め、戦闘指揮所および機関制御室要員以外の乗組員が整列し、王太子を出迎える。
ワッグテイルの扉が開くと、アルビオン国歌が演奏され、王族の正装に身を包んだ三十代半ばの男性、王太子エドワードがステップを下りてくる。
ひょろとした長身でやや猫背、長すぎる顔で美男子とは言い難いが、親しみやすい笑顔が印象的だ。
クリフォードは王太子を迎えるべく、前に出る。
「ようこそ、本艦へ、殿下」
そう言って敬礼すると乗組員たちも一斉に敬礼する。
王太子は「出迎えありがとう、艦長」と言って右手を差し出し、クリフォードが手を取ると軽くハグするように肩を叩く。
王太子の後ろから秘書官ら五名と護衛十一名が降りてくる。
秘書官の筆頭はテオドール・パレンバーグ伯爵で、王太子と同じ三十七歳。秀でた額と銀縁の眼鏡が怜悧な官僚という印象を与える。
護衛の先頭には刈り込まれた金髪と鋭い目付きでがっしりとした体格をした壮年の士官がいた。その士官は侍従武官のレオナルド・マクレーンで、二十年に渡り王太子の護衛を勤めている人物だった。
彼の後ろに宙兵隊とは異なる制服の護衛、近衛兵であるソヴリンズ・ボディガーズ十名が付き従う。この十名が王太子の直接的な警護を担い、更にDOE5のパターソン大尉率いる宙兵隊二十名が護衛を務める。
「ようやくゆっくりできそうだ。君は忙しくなるんだろうがね、クリフ」
そんな話をした後、王太子は右手を挙げて乗組員たちに笑顔を振りまき、Eデッキにある貴賓室に向かった。
クリフォードは王太子がエレベータに乗ったことを確認し、
「各自、星系内通常任務に戻れ。解散!」と言って、自らもCICに向かった。
DOE5はアテナ星系行きジャンプポイントに向けて加速を開始した。
クリフォードの下に十月三十日から王太子エドワードが軍施設を慰問するという連絡が入った。
連絡を受けたクリフォードは直ちに部下たちに準備を命じた。
「既に個人用情報端末で連絡したとおり、十月三十日、一〇〇〇にアロンダイトを出港する。王太子殿下は一二〇〇にワッグテイルで本艦に搭乗され、その後にターマガント星系に向かう。護衛艦はシレイピス545、シャーク123、スウィフト276の三隻に加え、宙兵隊を乗せたロセスベイ1も同行する。殿下が乗り込まれるまで護衛艦との連携訓練を繰り返し行う。部下たちにその旨を徹底させておいてくれ。各艦長には打合せを行う旨、連絡を頼む。以上だ」
「了解しました、艦長!」
士官たちから了解の声が上がり、すぐに自分の持ち場に走っていく。
ワッグテイルは長艇の名称だが、DOE5搭載のものは王太子専用であり、DOE5と同じく純白の艇体に王家の紋章が描かれている。
基本性能は標準型とほぼ同じであり、全長三十メートル、加速性能は六kGと高く、固定武装に硬X線パルスレーザー砲二門と小型ミサイルを持っている。
DOE5の護衛艦であるシレイピス545、シャーク123、スウィフト276はいずれもS級駆逐艦である。
S級駆逐艦は船団護衛など独航作戦に主眼を置いた駆逐艦であり、標準的な駆逐艦であるV級やW級に比べ、加速性能、主砲の出力、ミサイル発射管の数は同数であるものの、質量投射兵器であるレールキャノン、通称カロネード砲がなく、ミサイルの搭載数も少ない。
逆に超光速航行システムの能力が高く、無寄港での作戦行動期間が長いため、DOE5の護衛に選ばれている。
ロセスベイ1はベイ級リムベイ型高機動強襲揚陸艦の改造艦である。
リムベイ型は惑星や衛星にある敵基地に強襲揚陸するために使われ、高い加速性能と強力な防御スクリーンを持ち、二個宙兵大隊六百名と六機のヘルダイバー型装甲揚陸艇が搭載できる。
ロセスベイ1も王室専用艦としてDOE5と同じように純白の艦体に王家の紋章が描かれており、王太子の護衛兼儀仗兵である宙兵隊一個大隊が乗り込む。
搭載艇はアウル型大型艇とマグパイ型雑用艇が各一艇、ヘルダイバー型装甲強襲艇二艇とリムベイとは異なり汎用性に重点が置かれている。
更に王太子をサポートする広報担当官などが乗り込めるよう百名分の居住スペースが確保されている。
この四隻にDOE5が加わり、王太子護衛戦隊、正式にはキャメロット第一艦隊第一特務戦隊C01XF001となる。
DOE5の艦長室に護衛戦隊の艦長たちが集まった。
彼らは八人掛けの楕円形のテーブルに序列に応じて座っていく。
クリフォードの正面にはDOE5護衛戦隊の副司令となるロセスベイ1艦長カルロス・リックマン中佐が座った。
彼はクリフォードより十二歳年長の三十七歳。子爵家の出身だが、鍛え上げられた巨躯と短く刈り上げた髪、四角い顎に意志の強そうな太い眉は宙軍士官というより、宙兵隊の下士官と言った方がしっくりくる容貌だ。
しかし、その表情は明るく、豪放磊落を絵に描いたような人物だとクリフォードは感じていた。
また、先任順位でもリックマンの方がはるかに上だが、司令であるクリフォードに対してもわだかまりなく接するなど、好印象を与えている。
リックマンの右隣にシレイピス545の艦長シャーリーン・コベット少佐が座り、やや不機嫌そうな表情でクリフォードを見つめていた。
コベットは今年三十六歳になるベテランの駆逐艦艦長で、鋭利な感じの目元とアップにした髪形で、金融街にいるキャリアウーマンのような印象をクリフォードに与えていた。
その印象どおり仕事はできるのだが、運に恵まれず、シレイピスの艦長を既に四年間務めている。そのため、とんとん拍子で昇進するクリフォードに対し、挑発的な受け答えをすることが多かった。
彼女の反対、リックマンの左側に座っているのはシャーク123の艦長イライザ・ラブレース少佐だ。
コベットとは逆に意味深とも見える笑みを常に浮かべており、やや派手な化粧とウェーブの掛かった豊かな金髪により、高級娼婦のように見えないこともない。
艦長になって二年目の三十四歳だが、海賊討伐や密輸船の臨検など臨機応変の対応が必要な任務でも、常に沈着冷静な指揮を見せる優秀な指揮官という評価を得ている。
彼女とコベットは見た目からしてそりが合わないが、性格的にも合わないらしく、ことあるごとに衝突し、クリフォードの前任者が対応に苦慮していたと零していた。
そして、八人掛けのテーブルのクリフォード側に座っているのが、スウィフト276の艦長ヘレン・カルペッパー少佐だ。
ラブレースと同じ三十四歳だが、カルペッパーはラブレースとは正反対の地味な感じの女性士官だ。
手入れを怠っている艶のない髪とややぽっちゃりとした体形から、乗組員たちは“やる気のないハウスキーパー”と陰口を叩いている。クリフォードも従卒のモリスからその話を聞き、思わず頷いてしまったほどだ。
その見た目とは異なり、副長時代の評価は満点に近く、管理者としては非常に優秀だった。しかし、指揮官としては決断力に欠け、この戦隊の弱点になりうると前任者が注意を促している。
全員の顔を見回した後、クリフォードは徐に話し始めた。
「既に知っていると思うが、ターマガント星系に建設している補給基地の視察と慰問が決まった。ターマガントは我が国の支配宙域だが、戦場になる可能性は否定できない。今回はロセスベイも同行せよとの命令だが、忌憚のない意見を聞かせてほしい」
クリフォードがそう切り出すと、最先任であるリックマンが発言する。
「小官としては同行に反対ではないのだが、目的がはっきりしない。この辺りの情報は入っているのだろうか」
その問いにクリフォードは小さく頷く。
「一つはアテナの盾Ⅱの訪問のためです。対ゾンファ戦の勝利をキャメロットで祝えなかった将兵を慰労するために、大々的な式典が行われます。そのために儀仗兵が必要であると聞いています」
クリフォードは先任のリックマンに対し、敬語で接していた。
リックマン自身は部下であるのだからと断ったのだが、「若輩者ですので」と言って敬語を貫いている。
そのため、敬語を使わないリックマンの方が司令に見えるとコベットからクレームが出ているが、クリフォードは自身の考えを変えなかった。
ちなみに同じ階級の場合、公式な場以外では同輩として敬語は不要という慣例があり、コベットの指摘は的を外しているものではない。
「もうひとつの理由は何でしょうか」とコベットが発言した。
まだ、リックマンが質問しているところであり、ラブレースはその礼を失した行動に、形のいい右の眉を上げる。
クリフォードは険悪な雰囲気になる前に話を続けていく。
「二つ目は訓練のためだ」
彼の答えにリックマンが疑問を口にする。
「訓練? どういうことだ、クリフ」
「私が原因のようです」と苦笑いした後、
「新任の艦長が戦隊各艦との連携を深めるため、ターマガント星系の小惑星帯で訓練を行うことになっています」
「それなら宙兵隊はいらんだろう」とリックマンが首を傾げる。
「ええ、私もそう思うのですが、総司令部には別の思惑があるようです。宙兵隊には無重力下での拠点強襲訓練を行うと通知がありました」
彼が受けた命令書にはDOE5と三隻の駆逐艦は戦隊機動の連携訓練を行い、その間にロセスベイは小惑星の一つを使い、拠点強襲の演習を行うとあった。
王太子護衛隊である宙兵隊が拠点を強襲することは想定し難く、クリフォードは総本部に意図を問合せている。
しかし、総司令部からは明確な回答はなく、個人的な知り合いである総参謀長アデル・ハース中将に確認したが、彼女からも明確な答えは得られていない。
「リンドグレーン派の残党の嫌がらせだな」とリックマンは断定的に言い、更に言葉を続ける。
「未だにリンドグレーン派というか、反コパーウィート派が暗躍しているのだろう。君に面倒を押し付けて事故でも起きれば大々的に非難する。そんなところだろうな」
元第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将は第二次ジュンツェン会戦での命令違反とクリフォードに対する不当な査問で、軍内部やマスコミから厳しい非難を受けていた。そのため、現在は病気療養を理由に休職扱いとなっている。
元第一艦隊司令官エマニュエル・コパーウィート退役大将は現在、アルビオン政府の軍務次官であり、次期政権では防衛長官に相当する軍務卿になると言われている人物だ。
コパーウィートは現役時代に強引に派閥を作るなど、必ずしも清廉な人物ではなく、多くの敵が存在する。
クリフォード自身にその意識はないが、一時期コパーウィートの副官をしていたことと、義父であるウーサー・ノースブルック伯爵が現政権の財務卿であることから、コパーウィート派と目されていた。
「その話はやめておきましょう」と言って話を打ち切り、リックマンに「実務に関して意見があれば、お願いします」と再度質問を投げる。
「訓練に関しては戦隊で詳細を詰めてもいいのだな」と確認すると、
「大まかな計画しか来ておりませんから、その認識でいいでしょう」とクリフォードは明快に答えた。
「ならば俺の方からはないな」
その言葉に頷くと、コベットに視線を向ける。
コベットはその視線を受け止めると、「特にありません。本分を尽くすだけです」と答えるに留めた。
その次にラブレースに確認すると、
「小官に訓練計画の立案をお任せいただけないですか。本戦隊の特性を生かした訓練を立案してみます」
「私はラブレース艦長に任せてもよいと思うが、何か意見は?」
クリフォードは他の艦長たちに確認し、悔しそうなコベットが何か言いたげにしている中、リックマン、カルペッパーから了承の声が出ると、コベットも渋々了承する。
「では、ラブレース艦長に任せることにする。アテナ星系到着時に私まで提出するように」と言い、ラブレースが嬉しそうに了解すると。すぐにカルペッパーに視線を向ける。
「カルペッパー艦長、発言していないが、何か意見は?」
カルペッパーはクリフォードに目を合わせることなく、僅かに視線を下げる。
「ございません、艦長」
彼は少し待つが、それ以上何も言いそうにないため、小さく頷く。
「では、殿下をお迎えするまでに補給と部下たちに半舷上陸の許可を。出発前に一度、君たちを招きたいと考えている……」
その後は雑談に移行するが、不機嫌そうなコベットとやる気のないカルペッパーのため、中途半端な感じで解散となった。
クリフォードはこの戦隊をどうまとめるべきか悩みながら、舷門まで艦長たちを見送りにいった。
十月三十日。
DOE5は軍事衛星アロンダイトを出港し、ランスロットの首都チャリス上空にあった。三隻の駆逐艦がDOE5を守るように正三角形を作り、その後方には強襲揚陸艦ロセスベイ1が従者のように待機している。
チャリスから純白の長艇が上昇してくる。ワッグテイル型と呼ばれる長艇で美しい流線型の艇体に気圏航行用の翼が開き、精悍さがより増している。
ワッグテイルがDOE5の格納庫に入った。
格納庫のあるJデッキにはクリフォードを始め、戦闘指揮所および機関制御室要員以外の乗組員が整列し、王太子を出迎える。
ワッグテイルの扉が開くと、アルビオン国歌が演奏され、王族の正装に身を包んだ三十代半ばの男性、王太子エドワードがステップを下りてくる。
ひょろとした長身でやや猫背、長すぎる顔で美男子とは言い難いが、親しみやすい笑顔が印象的だ。
クリフォードは王太子を迎えるべく、前に出る。
「ようこそ、本艦へ、殿下」
そう言って敬礼すると乗組員たちも一斉に敬礼する。
王太子は「出迎えありがとう、艦長」と言って右手を差し出し、クリフォードが手を取ると軽くハグするように肩を叩く。
王太子の後ろから秘書官ら五名と護衛十一名が降りてくる。
秘書官の筆頭はテオドール・パレンバーグ伯爵で、王太子と同じ三十七歳。秀でた額と銀縁の眼鏡が怜悧な官僚という印象を与える。
護衛の先頭には刈り込まれた金髪と鋭い目付きでがっしりとした体格をした壮年の士官がいた。その士官は侍従武官のレオナルド・マクレーンで、二十年に渡り王太子の護衛を勤めている人物だった。
彼の後ろに宙兵隊とは異なる制服の護衛、近衛兵であるソヴリンズ・ボディガーズ十名が付き従う。この十名が王太子の直接的な警護を担い、更にDOE5のパターソン大尉率いる宙兵隊二十名が護衛を務める。
「ようやくゆっくりできそうだ。君は忙しくなるんだろうがね、クリフ」
そんな話をした後、王太子は右手を挙げて乗組員たちに笑顔を振りまき、Eデッキにある貴賓室に向かった。
クリフォードは王太子がエレベータに乗ったことを確認し、
「各自、星系内通常任務に戻れ。解散!」と言って、自らもCICに向かった。
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