アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

第四十話

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 宇宙暦SE四五一八年七月二十四日、標準時間〇八三〇。

 時は四十分遡る。

 第三艦隊第四砲艦戦隊に属する砲艦レディバード125号の戦闘指揮所CICで、クリフォードはメインスクリーンに映る第三艦隊の転進を見つめていた。そして、その不可解な行動が信じられなかった。

(なぜだ……敵の左翼を突けば三十分もしないうちに殲滅できたはずだ……)

 呆然とする間もなく、艦隊司令部より命令が下る。

「各砲艦戦隊は敵左翼に攻撃を続行せよ」

 その命令に対し、自分たちが捨石にされたことに気づく。

(このままここに留まれば砲艦戦隊は殲滅される……我々は見捨てられたのか……)

 そして、砲艦の乗組員たちも彼と同じ思いだった。CICだけでなく、艦の至るところで艦隊司令部への呪詛にも似た不満がぶちまけていた。

 クリフォードは彼らに共感するものの、指揮官として「戦闘に集中しろ!」と命じるしかなかった。しかし、一時は口を噤むものの兵たちの不満は燻っている。

「今は敵を叩くことを考えるんだ! ここで不満を言っても敵は見逃してはくれない。敵に一矢報いるんだ。砲艦乗りの意地を見せてやろう!」

 クリフォードの鼓舞に、CIC要員たちは渋々ながら頷く。
 第九艦隊が敵の右翼に浸透していき、第一艦隊が中央突破を図ると、“これで敵を殲滅できる”と楽観的な考えが頭を過り、安堵の息を吐き出す者すらいた。

 しかし、敵艦隊が本隊の戦列を突破し自分たちの方に向かって進撃してくると、「逃げ切れねぇ」と誰かの呟きに自分たちが置かれた状況を改めて認識させられる。絶望が彼らの心を侵食していく。

 クリフォードも彼らと同じように感じていたが、無理やりそれを締め出し、可能な限り冷静な声で諭す。

「まだ死ぬと決まったわけじゃない」

 CIC要員たちの目には一万隻近いゾンファ艦隊が加速しながら迫ってくる姿しか見えず、クリフォードの声は彼らの心に届いていなかった。
 それでも機械的に命令に従って、主砲を撃ち続けていた。

 しかし、第四戦隊以外の砲艦は次々と主砲用集束コイルを切り離し、バラバラと転進し始めた。それは秩序だった転進ではなく、恐怖に負けて我先に逃げ出す潰走にしか見えなかった。
 そんな中、第四砲艦戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐から命令が届く。

「転進する。各艦は集束コイルの切り離し後、旗艦に続け」

 その落ち着いた声の命令を聞き、クリフォードは即座に命令を発した。

「主兵装操作室の掌砲手ガナーズメイトはコイルを緊急切断後、Dデッキに退避!」

 そして、操舵長コクスンであるレイ・トリンブル一等兵曹に「旗艦に続け! 回避パターンは任せる」と指示を出す。

 更にヒュアード中尉に旗艦グレイローバー05に回線を開くよう命じた。

 マイヤーズ中佐がスクリーンに現れると、クリフォードは「提案があります」と端的に告げた。マイヤーズは「手短に頼む」と頷く。

「このままバラバラに転進しても敵に殲滅されるだけです」と端的に現状を言い表す。

 マイヤーズは「確かにそうだな」と呟き、「続きを頼む」と先を促した。

「敵は駆逐艦か、スループ艦を派遣してくるでしょう。ですので、敵に一泡吹かせるのです。他の戦隊と協力して……」

 クリフォードは自らの考えを説明していく。

 クリフォードの提案を受け、マイヤーズは数秒間沈黙する。

 その後、「よかろう」と言って小さく頷いた。

 その目には強い意志が見えたが、僅かに苦渋にも似た表情が垣間見られる。そして、すぐに各戦隊司令に向けて通信を始めた。

 クリフォードは敬礼をもって応えると、すぐに掌砲長であるジーン・コーエン兵曹長と、先任機関士であるレスリー・クーパー一等兵曹に意見を求めた。

 二人から満足いく答えを聞くと、マイクを手に取る。そしてゆっくりとした口調で艦内放送を始めた。

「我々は現在敵から逃れる進路を取っているが、恐らく逃げ切れない……」

 その言葉に落胆の溜息が漏れる。

「しかしチャンスがないわけではない。敵は我々を唯の逃げ惑う羊だと思っている……」

 そこで言葉を切り、強い口調に変えた。

「しかし我々には牙がある! それも強力な牙だ! 敵艦隊は我々を放置しないが、掛かりきりになれるわけではない。つまり敵が派遣してくる駆逐艦もしくはスループ艦を叩きのめすことができれば生き残ることができる! 訓練の時を思い出し、私の命令に冷静に対処してほしい」

 そして、「総員船外活動用防護服ハードシェルを着用せよ」と命じた。

 ハードシェルは宇宙空間で活動するための防護服の通称であり、宇宙空間での活動及び戦闘を目的とした宇宙服である。

 ハードシェルは通称の由来である硬質セラミック装甲を備え、パワーアシスト機能と移動用ジェットパックを装備していた。

 更に空気浄化系と酸素ボンベ、摂取用の水分、食料チューブ、排泄機能などを備え、十分に訓練された宙兵隊員なら二十四時間以上、宙軍の兵士でも八時間程度は真空中で活動できる。

 通常着用している簡易宇宙服スペーススーツは数時間程度なら真空中での活動が可能な性能を有し、戦闘による減圧であれば充分耐えられる設計となっている。

 アルビオン王国軍の艦隊運用規則では戦闘航宙時においてスペーススーツかハードシェルの着用が義務付けられているが、通常の戦闘では取り扱いが簡便なスペーススーツを着用することが常であった。

 命令を受けたレディバードの乗組員たちはハードシェルに替える理由が分からず首を傾げていた。

 特に砲艦の狭い艦内では動き辛いハードシェルは行動を阻害する可能性が高く、一部から不満の声が上がる。しかし、士官や准士官たちに命令を遂行するよう一喝されると、不満を押し殺しながら手早く着替えていった。

 この時クリフォードはレディバードが生き残る可能性は極めて低いと考えていた。
 彼の提案した作戦通りに戦闘が推移したとしても、常識的に考えれば多くの砲艦は沈められ、高い防御力を誇る砲艦支援艦のみが撃沈を免れるだけだろう。

 そのため、耐衝撃・耐放射線性能が高いハードシェルの着用をクリフォードは命じたのだ。

 スペーススーツでは艦の爆発による激しい衝撃や大量の放射線から身体を守ることはできないが、ハードシェルであれば最悪そのまま宇宙空間に投げ出されても、数時間は生存できる可能性があった。

(恐らくこのふねは沈む。そして、部下のほとんどは生き残れないだろう。もちろん私も……それでも生存確率を僅かでも上げることができるなら、どのようなことでもやっておくべきだ。しかし、あとで問題になるだろうな。まあ、生き残れたらの話だが……)

 この措置が艦を放棄することを前提にしているとして問題となると考えたが、クリフォードは躊躇うことなく命令を発した。

■■■

 標準時間〇九一〇。



 第二次ジュンツェン会戦と呼ばれる戦闘が始まってから一時間余り、キャメロット第三艦隊所属の砲艦百隻は戦場から逃れようと通常空間用航行機関NSDをフル稼働させていた。

 しかし、乗組員たちの思いとは裏腹に、商船並みの加速力しか持たない砲艦は二十分間の加速を経ても〇・〇四光速と最大巡航速度の五分の一の速度にしか達していなかった。

 それでも砲撃を行っていた位置から二十五光秒移動し、敵艦隊主力から攻撃を受ける可能性はなくなっている。
 しかし、彼らの後方にはゾンファの駆逐艦三十隻が迫っていた。

 ゾンファ共和国軍のヤシマ解放・・艦隊司令官ホアン・ゴングゥル上将はアルビオン艦隊の主力を突破した後、残忍な笑みを浮かべる。

「逃げ遅れた敵の砲艦を殲滅せよ! 横から撃たれては面倒だからな」と掃討を命じていた。

 彼の視線の先にはメインスクリーンに映るキャメロット第三艦隊の砲艦戦隊の姿があった。

 第三艦隊以外の砲艦はホアン艦隊が戦列を突破する直前に各艦隊司令部からの命令を受け、艦隊に合流するよう移動を開始していたため、加速性能の低い砲艦ですらアルビオン艦隊本隊の射程内まで移動していた。

 そのため、好戦的なホアンですら無為に駆逐艦やスループ艦を失うとして攻撃を諦めていた。

 しかし第三艦隊の砲艦戦隊だけは別だった。

 第三艦隊本隊は司令官ハワード・リンドグレーン提督の方針に従い、敵艦隊から離れるような機動を行っており、加速力の弱い砲艦は見捨てられ、アルビオン艦隊本隊だけでなく第三艦隊本隊とも離れた位置で孤立している。

 ホアンが言葉にした懸念、側方からの砲撃についてだが、本来考慮する必要はない。これは言った本人も理解している。

 第三艦隊の砲艦は緊急に発進するため主砲用集束コイルを切り離しており、予備のコイルを再装備するまで砲撃は行えない。

 ホアンはそれを理解した上で、敵主力を突破した高揚感と味方の士気を鼓舞するという理由から、彼らにとって無害な砲艦を血祭りに上げようとしていた。

 第三艦隊の砲艦は弱い魚が群れを作るように固まり、五隻の砲艦支援艦がその群れを守るように最後尾についている。

 彼らを追うホアン艦隊駆逐艦戦隊司令チャン准将はその光景を見て大きく笑い声を上げた。

「敵はこちらの手間を省いてくれるようだぞ! バラバラに逃げられたら面倒だったが、これなら一撃で終わらせられる。全くありがたいことだ!」

 チャンは重巡航艦に匹敵する防御力を持つ砲艦支援艦には多少梃子摺ると考えていたが、砲艦自体は輸送艦を沈めるより容易であると高を括っていた。事実、艦隊随伴型輸送艦の方が防御力は高い。

 チャンは〇・一Cの速度を減速することなく砲艦戦隊に接近し、通過しながら攻撃を加えるつもりでいた。更に反転した後、撃ち漏らした敵を殲滅しながら本隊に合流する戦闘計画を立てていた。

「このまま一気に沈めるぞ! 三光秒以内に入ったところで砲艦支援艦に向けて幽霊ユリンミサイルを発射。その後は主砲を撃ちながら敵の上面を通過する!」

 彼の部下が速度を落とさないと防御スクリーンの能力が落ちると指摘したが、

「なあに、敵には対宙レーザーしかないんだ。それより本隊と早く合流しないと敵との決戦に間に合わなくなる」と取り合わない。

 彼以外の認識も移動する砲艦は標的でしかありえず、全く警戒していなかった。
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