118 / 386
第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第三十八話
しおりを挟む
宇宙暦四五一八年七月二十四日 標準時間〇八三〇。
第二次ジュンツェン会戦と呼ばれる戦闘が始まってから三十分が経過した。
猛将ホアン・ゴングゥル上将率いるゾンファ共和国軍ヤシマ侵攻艦隊一万四千五百隻はシアメンJPにジャンプアウトした直後、アルビオン王国軍が敷設した百万基に及ぶステルス機雷と、グレン・サクストン提督率いるアルビオン軍ジュンツェン進攻艦隊二万七千隻の攻撃により、三千隻以上を喪失し、それに倍する戦闘艦が何らかの損傷を負っていた。
それでもホアン艦隊の健闘はアルビオン側の予想を遥かに上回るものだった。攻勢に強く守勢に弱いと言われていたホアンだったが、アルビオン艦隊の猛攻をよく凌ぎ、それどころか的確な反撃により、アルビオン側に少なからぬ出血を強いている。
名将サクストン提督が率いている割には、アルビオン艦隊は精彩を欠いていた。中でも特にハワード・リンドグレーン大将率いる第三艦隊の動きが最悪であった。
総参謀長アデル・ハース中将の作戦案では戦線が膠着したところで、第三艦隊が側面を突くはずだったが、リンドグレーン提督は後方への備えを理由に積極的な攻勢を掛けることに反対し、最後には総司令部の命令に反して、マオ艦隊に向けて転進してしまう。
その転進ルートはアルビオンへの帰還ルートであるハイフォン星系JPと一致していた。
リンドグレーンに見切りをつけたサクストンは、勇将ジークフリート・エルフィンストーン提督率いる第九艦隊に敵艦隊の右翼側を切り崩すよう命じた。
「貴艦隊で敵右翼を切り崩してくれ。それを起点に一気に敵を殲滅する」
「了解しました」
エルフィンストーンはそう答えると、麾下の将兵に命じた。
「敵右翼を切り崩し、そのまま突破する! 後ろは気にするな! 一気に決めるぞ!」
第九艦隊はホアン艦隊の右側面を脅かしていく。
左翼に配置されている第九艦隊が猛攻を加えると、さすがのホアン艦隊もその猛攻に耐えかね、右翼側は徐々に後退していく。
サクストンは戦場の状況を一瞥すると、直属である第一艦隊に対し、「全艦突撃せよ!」と命じた。
アルビオン艦隊の中央に配置された第一艦隊が猛然と前進すると、ホアン艦隊は右と中央から押され、徐々に左側に流されていく。
しかし、ホアン艦隊に動揺は見られなかった。第一艦隊と第九艦隊の攻撃を受け流すように右翼側に流れていったのだ。
ハースはこの状況に「敵はこちらの右翼を突破するつもりです!」と叫んでいた。
サクストンもすぐにハースの考えを理解するが、「このまま敵中央を突破する。しかる後に敵の後方に回り込む」と重々しく答えた。
ハースは司令官の考え以上の案をもっておらず、その言葉に無言で頷くことしかできなかった。
(提督の言うとおりだわ。戦場での勢いは完全に敵側に移っている。今更、敵の前進を遮っても突破されるだけ……リンドグレーン提督が命令どおり攻撃していれば……)
ハースの顔からいつもの笑みが消え、彼女にしては珍しく、スクリーンの端に映る第三艦隊の表示を睨みつけていた。
ホアン艦隊はアルビオン艦隊の右翼を突破しようとし、アルビオン艦隊もホアン艦隊の右翼を殲滅しつつ突破を図っている。それは二人の剣闘士が剣と盾を使って回りながら斬り結んでいる姿に似ていた。
この時、ホアン艦隊はステルス機雷とアルビオン艦隊の攻撃により三千五百隻を喪失し、一万一千隻にまで減っていた。
その残存艦艇も半数近くが何らかの損傷を受け、実質的には一万隻を切る戦力になっている。しかし、その士気は高く、倍する敵艦隊を突破しようと突き進んでいた。
一方のアルビオン艦隊も第三艦隊が抜け、更に戦闘によって一千隻あまりを喪失し、二万一千隻となっていた。また、後方から迫るマオ艦隊に怯えるかのように、動きに精彩を欠いている。
アルビオン艦隊の約二百三十光秒後方では〇・一Cを保ったまま急速に接近してくるマオ艦隊一万七千隻がおり、このまま減速しなければ、三十分ほどでアルビオン艦隊の後背に攻撃を加える位置に着くことができる。
そんな中、リンドグレーン提督麾下の第三艦隊四千隻はマオ艦隊の右翼側を脅かすべく、ゆっくりと後退していた。
■■■
ホアン・ゴングゥル上将は敵第三艦隊がマオ艦隊に向かったことで、勝利を確信した。
(ジャンプアウトした時にはマオに見捨られたと思ったが、敵の動きを見切っていたのか……さすがに老練だな。ジュンツェンの防衛を任されただけのことはある……この会戦は我々の勝利に終わる。これで私の昇進も確実だ……)
自らの栄達の可能性にほくそ笑む。しかし、すぐに気を引き締め直す。
(今はそれを考えている時ではないな。可能な限り損害を押さえつつ、マオ艦隊と合流せねばならん……まずは敵の左翼と中央からの攻撃を受け流しながら、敵の右翼を突破する。敵第三艦隊の後方に回り込めば、マオ艦隊と合流できる。こちらの右翼の二千は失うかもしれんが、旗艦を前線に出せば士気も上がる。これしかない!)
ホアンは旗艦である戦艦ウーウェイを最前線に出した上で、
「敵右翼に攻撃を集中せよ! 我に続け!」と命じた。
アルビオン第一及び第九艦隊による圧力に押されていたため、自然と左舷側に流れていたが、ホアンはそれを積極的に利用した。ウーウェイを先頭にアルビオン艦隊の右側、ちょうど第三艦隊がいた空間に向け、前進していく。
ホアン艦隊右翼は大きな損害を被りながらも、アルビオン艦隊に突破を許さない。業を煮やしたアルビオン第九艦隊のエルフィンストーン提督は強引ともいえる突撃を命じ、敵右翼を一気に殲滅しようとした。
「前進! 前進! 前進! 敵は損耗しているのだ! ここで一気に決めねばならん!」
勇将の言葉に麾下の艦隊が応え、ホアン艦隊右翼では艦が次々と爆発していく。
ホアンはメインスクリーンに映る右翼二千隻に小さく目礼をすると、
「右翼が持ち堪えている間に敵の後方に回るのだ! 味方の犠牲を無駄にするな!」
そう言って味方を鼓舞する。
ホアン艦隊はアルビオン艦隊の後方にゆっくりと回り込んでいく。
そのホアンの耳に情報士官が報告する。
「前方に砲艦約百! 既に撤退を開始しております!」
その声には侮蔑の響きがあった。
「見捨てられた砲艦など攻撃不要! 今は前方の艦隊に集中しろ!」とホアンは戦闘力を失った砲艦を無視するよう命じた。
しかし、すぐに気が変わったのか、「通り過ぎる際に駆逐艦戦隊に殲滅させろ!」と残忍な笑みで付け加えた。
ホアンが見た砲艦群はクリフォードがいる第三艦隊の砲艦戦隊だった。リンドグレーンは艦隊主力を転進した際、機動力に劣る砲艦を放置し、攻撃を続行させていたのだ。
第二次ジュンツェン会戦と呼ばれる戦闘が始まってから三十分が経過した。
猛将ホアン・ゴングゥル上将率いるゾンファ共和国軍ヤシマ侵攻艦隊一万四千五百隻はシアメンJPにジャンプアウトした直後、アルビオン王国軍が敷設した百万基に及ぶステルス機雷と、グレン・サクストン提督率いるアルビオン軍ジュンツェン進攻艦隊二万七千隻の攻撃により、三千隻以上を喪失し、それに倍する戦闘艦が何らかの損傷を負っていた。
それでもホアン艦隊の健闘はアルビオン側の予想を遥かに上回るものだった。攻勢に強く守勢に弱いと言われていたホアンだったが、アルビオン艦隊の猛攻をよく凌ぎ、それどころか的確な反撃により、アルビオン側に少なからぬ出血を強いている。
名将サクストン提督が率いている割には、アルビオン艦隊は精彩を欠いていた。中でも特にハワード・リンドグレーン大将率いる第三艦隊の動きが最悪であった。
総参謀長アデル・ハース中将の作戦案では戦線が膠着したところで、第三艦隊が側面を突くはずだったが、リンドグレーン提督は後方への備えを理由に積極的な攻勢を掛けることに反対し、最後には総司令部の命令に反して、マオ艦隊に向けて転進してしまう。
その転進ルートはアルビオンへの帰還ルートであるハイフォン星系JPと一致していた。
リンドグレーンに見切りをつけたサクストンは、勇将ジークフリート・エルフィンストーン提督率いる第九艦隊に敵艦隊の右翼側を切り崩すよう命じた。
「貴艦隊で敵右翼を切り崩してくれ。それを起点に一気に敵を殲滅する」
「了解しました」
エルフィンストーンはそう答えると、麾下の将兵に命じた。
「敵右翼を切り崩し、そのまま突破する! 後ろは気にするな! 一気に決めるぞ!」
第九艦隊はホアン艦隊の右側面を脅かしていく。
左翼に配置されている第九艦隊が猛攻を加えると、さすがのホアン艦隊もその猛攻に耐えかね、右翼側は徐々に後退していく。
サクストンは戦場の状況を一瞥すると、直属である第一艦隊に対し、「全艦突撃せよ!」と命じた。
アルビオン艦隊の中央に配置された第一艦隊が猛然と前進すると、ホアン艦隊は右と中央から押され、徐々に左側に流されていく。
しかし、ホアン艦隊に動揺は見られなかった。第一艦隊と第九艦隊の攻撃を受け流すように右翼側に流れていったのだ。
ハースはこの状況に「敵はこちらの右翼を突破するつもりです!」と叫んでいた。
サクストンもすぐにハースの考えを理解するが、「このまま敵中央を突破する。しかる後に敵の後方に回り込む」と重々しく答えた。
ハースは司令官の考え以上の案をもっておらず、その言葉に無言で頷くことしかできなかった。
(提督の言うとおりだわ。戦場での勢いは完全に敵側に移っている。今更、敵の前進を遮っても突破されるだけ……リンドグレーン提督が命令どおり攻撃していれば……)
ハースの顔からいつもの笑みが消え、彼女にしては珍しく、スクリーンの端に映る第三艦隊の表示を睨みつけていた。
ホアン艦隊はアルビオン艦隊の右翼を突破しようとし、アルビオン艦隊もホアン艦隊の右翼を殲滅しつつ突破を図っている。それは二人の剣闘士が剣と盾を使って回りながら斬り結んでいる姿に似ていた。
この時、ホアン艦隊はステルス機雷とアルビオン艦隊の攻撃により三千五百隻を喪失し、一万一千隻にまで減っていた。
その残存艦艇も半数近くが何らかの損傷を受け、実質的には一万隻を切る戦力になっている。しかし、その士気は高く、倍する敵艦隊を突破しようと突き進んでいた。
一方のアルビオン艦隊も第三艦隊が抜け、更に戦闘によって一千隻あまりを喪失し、二万一千隻となっていた。また、後方から迫るマオ艦隊に怯えるかのように、動きに精彩を欠いている。
アルビオン艦隊の約二百三十光秒後方では〇・一Cを保ったまま急速に接近してくるマオ艦隊一万七千隻がおり、このまま減速しなければ、三十分ほどでアルビオン艦隊の後背に攻撃を加える位置に着くことができる。
そんな中、リンドグレーン提督麾下の第三艦隊四千隻はマオ艦隊の右翼側を脅かすべく、ゆっくりと後退していた。
■■■
ホアン・ゴングゥル上将は敵第三艦隊がマオ艦隊に向かったことで、勝利を確信した。
(ジャンプアウトした時にはマオに見捨られたと思ったが、敵の動きを見切っていたのか……さすがに老練だな。ジュンツェンの防衛を任されただけのことはある……この会戦は我々の勝利に終わる。これで私の昇進も確実だ……)
自らの栄達の可能性にほくそ笑む。しかし、すぐに気を引き締め直す。
(今はそれを考えている時ではないな。可能な限り損害を押さえつつ、マオ艦隊と合流せねばならん……まずは敵の左翼と中央からの攻撃を受け流しながら、敵の右翼を突破する。敵第三艦隊の後方に回り込めば、マオ艦隊と合流できる。こちらの右翼の二千は失うかもしれんが、旗艦を前線に出せば士気も上がる。これしかない!)
ホアンは旗艦である戦艦ウーウェイを最前線に出した上で、
「敵右翼に攻撃を集中せよ! 我に続け!」と命じた。
アルビオン第一及び第九艦隊による圧力に押されていたため、自然と左舷側に流れていたが、ホアンはそれを積極的に利用した。ウーウェイを先頭にアルビオン艦隊の右側、ちょうど第三艦隊がいた空間に向け、前進していく。
ホアン艦隊右翼は大きな損害を被りながらも、アルビオン艦隊に突破を許さない。業を煮やしたアルビオン第九艦隊のエルフィンストーン提督は強引ともいえる突撃を命じ、敵右翼を一気に殲滅しようとした。
「前進! 前進! 前進! 敵は損耗しているのだ! ここで一気に決めねばならん!」
勇将の言葉に麾下の艦隊が応え、ホアン艦隊右翼では艦が次々と爆発していく。
ホアンはメインスクリーンに映る右翼二千隻に小さく目礼をすると、
「右翼が持ち堪えている間に敵の後方に回るのだ! 味方の犠牲を無駄にするな!」
そう言って味方を鼓舞する。
ホアン艦隊はアルビオン艦隊の後方にゆっくりと回り込んでいく。
そのホアンの耳に情報士官が報告する。
「前方に砲艦約百! 既に撤退を開始しております!」
その声には侮蔑の響きがあった。
「見捨てられた砲艦など攻撃不要! 今は前方の艦隊に集中しろ!」とホアンは戦闘力を失った砲艦を無視するよう命じた。
しかし、すぐに気が変わったのか、「通り過ぎる際に駆逐艦戦隊に殲滅させろ!」と残忍な笑みで付け加えた。
ホアンが見た砲艦群はクリフォードがいる第三艦隊の砲艦戦隊だった。リンドグレーンは艦隊主力を転進した際、機動力に劣る砲艦を放置し、攻撃を続行させていたのだ。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
関白の息子!
アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。
それが俺だ。
産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった!
関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。
絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り!
でも、忘れてはいけない。
その日は確実に近づいているのだから。
※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。
大分歴史改変が進んでおります。
苦手な方は読まれないことをお勧めします。
特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる