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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

第三十六話

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 宇宙暦SE四五一八年七月二十四日、標準時間〇七三〇。

 アルビオン王国のヤシマ解放作戦、作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通称YD作戦参加の二万七千隻は、ゾンファ共和国軍の猛将ホアン・ゴングゥル上将率いるヤシマ侵攻艦隊を待ち受けるべく、シアメン星系側ジャンプポイントJPを半包囲する形で展開していた。

 指揮官であるキャメロット防衛艦隊司令長官、グレン・サクストン大将は盟友であり片腕ともいえる総参謀長アデル・ハース中将と作戦の最終確認を行っていた。

 アルビオン艦隊はサクストン提督のキャメロット第一艦隊を中心に第五、第六、第八、第九の四つの艦隊が黄道面に垂直に十字を描くように配置されている。

 リンドグレーン提督率いる第三艦隊は最右翼に配置され、後背から接近してくるマオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊に対し、退路であるハイフォンJPへの航路を確保すると共に、ホアン艦隊の側面を窺うことになっていた。

 つまり、アルビオン艦隊は横倒しになった十字架の形で、第三艦隊はその脚の部分ということになる。

 この配置については、サクストン提督がリンドグレーン提督の能力と性格を信じきれず、予備兵力扱いとしようとしたという噂が流れた。

 実際には敵艦隊の側面を突かせるための兵力であり、ハース参謀長の作戦案にも明確に記載されている。しかし、リンドグレーン提督の能力を疑い、最も敵からの圧力が掛からない最右翼に配置されたという噂は会戦後も囁かれ続けた。

 JPとの距離は約三十光秒。これは戦艦の最大射程を考慮し設定されている。
 超光速航行から通常空間にジャンプアウトする場合、ジャンプアウトした側、つまりホアン艦隊はタイムラグこそあるものの敵艦隊の位置を把握できる。

 しかし、待ち受けるアルビオン艦隊側は光の速度に制限されるため、ジャンプアウト直後は視認と同時に攻撃を受けることになる。これは奇襲とほぼ同じ効果があり、大きな損害を受けやすい状況であった。

 JPに近ければ近いほど過去の位置と現在の位置の差が小さいため予測されやすい。また、主砲の射程が短い巡航艦などの戦艦以外の艦からの攻撃も受け、更にミサイルによる攻撃も連続的に受けることから最大射程で待ちうけ、敵が現れたことを確認してから接近していく作戦が一般的だ。

 シアメン星系側JPにはステルス機雷が百万基以上敷設されており、ホアン艦隊はその対応に追われるため、ジャンプアウト直後に攻撃を行う余裕は少ないと考えられている。

 しかし、奇襲による混乱が長引けば、ジャンプアウトした敵が機雷の処理を完了させてしまい、組織だった戦闘に持ち込まれてしまう。ハース参謀長は敵が機雷の処理に手間取っている間に多大な損害を与えるため、あえて標準的な配置を提案していた。

 サクストン提督は参謀長に「敵は時間どおり現れると思うか」と尋ねた。ハースはニコリと笑いながら、

「ホアン上将は猛将です。一気に雌雄を決するためには戦力の集中が必要と考えているでしょう。そして、ジュンツェン防衛艦隊のマオ上将も自分と同じように考えると思っているはずです。ですから、時間通りに現れます」

 そう言った後、「このまま、マオ艦隊が動かなければ、ホアン上将はジャンプアウトした後に怒り狂うでしょうね。その余裕があればですけど」と言い、いつものコケティッシュな笑みを浮かべていた。

■■■

 キャメロット第三艦隊第四砲艦戦隊に属する砲艦レディバード125号の戦闘指揮所CICでは、クリフォード・コリングウッド少佐が腕組みをしてメインスクリーンを見つめていた。

 レディバードを含め、すべての砲艦は主砲の発射準備を終え、いつでも戦闘に入れる体制を整えている。

 他の戦闘艦が敵の出現を警戒し、回避機動を行っている中、砲艦は微動だにしていない。これは主砲から撃ち出される陽電子を集束する五段の電磁コイルが展開されているためで、無防備な状態に置かれていた。

 しかし、クリフォードを含め、砲艦乗りたちはそのことをあまり気にしていなかった。

 戦闘が始まれば、他の戦闘艦は最大加速で接近していくが、砲艦は動くことができず、艦隊の後方に取り残される。

 当然、敵も接近してくる敵を優先的に攻撃するため、自分たちが攻撃される可能性が低いと考えているためだ。

(もうそろそろか……この位置ならジャンプアウトした敵をギリギリ撃てる。戦艦や重巡航艦は無理でも軽巡航艦以下の小型艦なら充分に損害を与えられる……)

 そして、スクリーンの端に映っているジュンツェン防衛艦隊に視線を移す。

(後ろの敵が不気味だ。計算では一時間半は戦闘に加われないはずだが、あの数で後ろから攻撃されたら……その辺りは総司令部が考えているのだろうが、本当に大丈夫なのか……)

 既に準備が完了し、敵の出現を待つという待機時間であるため、CICは重苦しい空気に包まれていた。そんな中、機関制御室RCRにいる副長のバートラム・オーウェル大尉から連絡が入る。

「そちらの様子はどうですか? こっちじゃ、状況が全く分からんのですよ」

 オーウェルの暢気とも言える声がCICに響く。

 彼のいるRCRは本来、機関の制御を行う部屋だ。砲艦は艦内スペースが限られており、本来設置されるはずの緊急対策所ERCがない。

 代わりにRCRに緊急時操作卓EPと呼ばれる簡易型の制御盤を設置しているのだが、EPは簡易型であるため艦内の状況はともかく、艦の外の状況はほとんど分からない。

 そのため、CICに直接状況を確認したのだが、本来なら戦闘態勢に入った戦闘艦でこのような緊急性の無い通話は処罰の対象となりうるものだ。

 しかし、比較的規律の緩い砲艦では日常的に行われており、クリフォード自身、雑談でもない限り黙認している。

「今のところ、全く動きなしだよ、副長ナンバーワン。この状況には私も辟易している」

 苦笑いにも似た表情を浮かべ、オーウェルにそう返した。

「まあ、何にせよ、無理はせんことです。既に我々砲艦戦隊は充分な戦果を上げておるんですから」

 オーウェルはそう言ったあと、「キャメロットに帰ったら、休暇はもらえますよね」と笑いながら付け加える。

「特別休暇はあるはずだ」とクリフォードが明るい声で応えると、CICとRCRから歓声が上がる。

「じゃ、帰ったらみんなでパーティでもしますか?」とおどけるような声が響いたところで、人工知能AIの中性的な声がオーウェルの言葉を遮った。

『シアメンJPに未確認艦艇多数ジャンプアウト……』

 その直後、メインスクリーンに敵艦が次々とジャンプアウトしてくる映像と、敵の攻撃を受けた味方艦の防御スクリーンが発光している映像が映し出される。



 戦術士のマリカ・ヒュアード中尉が総司令部からの命令を大声で読み上げる。

「総司令部から入電! スペクトル解析によりゾンファ共和国軍艦艇であることを確認! 全艦隊攻撃を開始せよ! 繰り返す! 全艦隊、敵ヤシマ侵攻艦隊に向け、攻撃を開始せよ! 以上です!」

 クリフォードは「了解した」と素早く答えると、掌砲長のジーン・コーエン兵曹長に「主砲発射!」と静かに命令する。

了解しました、艦長アイアイサー! 主砲発射ファイア!」とコーエンからやや興奮気味の声が響く。

 滅多に感情を表さない彼女にしては珍しいなとクリフォードは一瞬思ったが、すぐに意識を戦闘に向ける。

 僚艦である砲艦からも次々と主砲が発射された。また、戦艦や巡航戦艦は加速を開始し、戦列を押し出しながら主砲を連射していく。

 対消滅反応で現れる真っ白な光の柱が何本も宇宙空間を彩っていく。
 その死の光柱は運の悪い小型艦の防御スクリーンを突き破り、新星のような激しい爆発を作る。

 その様は小さな星が煌くようで美しくもあった。しかし、その美しさを愛でる者は誰もいない。

 射程の短い巡航艦や駆逐艦はその機動力を生かし、螺旋を描くような回避機動とともにステルスミサイルを射出し、更に敵に肉薄するべく加速を加えていく。

 クリフォードはその魚の群れのようなダイナミックな機動に羨望の眼差しを送るが、すぐに「冷却系が追いつく限り撃ち続けろ!」と命じた。

 彼我の距離は三十光秒あり、結果が分かるのは一分後だが、既にステルス機雷による敵艦隊の混乱は確認できている。

 ホアン上将率いるヤシマ侵攻艦隊に属する一万四千五百隻は、次々と襲い掛かってくるステルス機雷を排除しながら、果敢にもアルビオン艦隊に攻撃を行っていた。

 しかし、ステルス機雷の猛攻に加え、二倍近いアルビオン艦隊の反撃を受け、ジャンプアウトから僅か一分で千隻以上の艦を失った。

 そのような状況でもホアン艦隊の闘志は衰えず、アルビオン艦隊の圧力を弱めようと、果敢な攻撃を続けていく。

 レディバードも加速空洞キャビティの冷却と対消滅炉リアクターの出力を確認しながら、主砲を撃ち続けていく。

 しかし、最大射程での砲撃ということで戦隊司令部から送られてくる指示に従って撃つだけであり、自分たちの攻撃がどの程度の戦果をもたらしているのか全く分からない。

 幸いなことにホアン艦隊は接近してくるアルビオン艦に反撃しており、後方に取り残されている砲艦は完全に無視され、流れ弾以外、ほとんど攻撃を受けることはなかった。

 戦闘開始から十分後、ヒュアードが「ジュンツェン防衛艦隊、動き始めました!」と甲高い声で報告する。

 クリフォードは「了解」と短く応え、「司令部からの命令に注意しておいてくれ」と命じた。

 その間にも戦闘は激化していく。
 アルビオン艦隊も後背のマオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊が戦場にたどり着くまでに、前方のホアン艦隊を殲滅する必要があり、苛烈な攻撃を加えている。

 一方のホアン艦隊もステルス機雷を排除しつつ、秩序だった戦闘に移行しようとしていた。

 ホアン艦隊の戦術上の目的はマオ艦隊の到着まで持ちこたえることだが、猛将が指揮する艦隊らしく、想像以上に激しい反撃を行っている。

 シアメンJPに死と放射線を撒き散らす嵐が吹き荒れていた。
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