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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

第三十二話

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 宇宙暦SE四五一八年七月四日。

 ゾンファ共和国のヤシマ解放・・艦隊司令官ホアン・ゴングゥル上将は、アルビオン王国軍のジュンツェン星系侵攻を聞き、司令官室の豪華な机を両手で叩き、怒りを爆発させた。

「ジュンツェン方面軍は何をやっておる! 本国との連絡線を確保するのは戦略の初歩であろう!」

 ホアンは怒りを見せながらも悩んでいた。

(ヤシマは確保できた。ここにいれば戦力の補充は無理でも補給物資の心配はいらん……それにアルビオンは六個艦隊をジュンツェンに侵攻させている。ならば、仮にここに艦隊を進めるとしても三個艦隊程度だろう。その程度なら、今の戦力でも何とかできる……奴らは自由星系国家連合フリースターズユニオンが敗れたことを知らん。その事実を教えてやれば、戦わずして引く可能性もある……)

 ヤシマに残るという選択肢が安全策であるのだが、ジュンツェン星系側を放置した場合の影響を考えていく。

(ジュンツェンが完全に陥落することはあるまい。J5要塞を落とすには戦力が少なすぎる。懸念があるとすれば、敵がジュンツェンからシアメン、イーグンを経由してヤシマに侵攻してくることだろう。そうなれば、アテナ星系から来る三個艦隊に加え、六個艦隊が加わる……)

 ホアンはFSU艦隊に勝利し高揚していたが、冷静さは失っていなかった。

(……FSU艦隊であれば倍でも勝てる。しかし、さすがにアルビオン相手に倍の戦力では勝利は望めん。それに兵たちのこともある。既に里心がついておる兵も多い。もし、ジュンツェンが陥落の危機にあると知れば、兵たちは動揺するだろう……)

 ホアンは参謀たちを集め、今後の方針について協議を行った。
 参謀たちから出た意見はヤシマを確保し続けるべきというものが多く、理由は命令もなく、占領地を放棄することは命令違反に当たり、仮にジュンツェンで勝利を得たとしても処分される可能性があるというものだった。

 その一方で、この状況でジュンツェンを放置すれば、結果としてヤシマを放棄することに繋がるという意見も出された。

 ジュンツェンから本国ゾンファまでは約三十パーセク(約百六十三光年)あり、情報が届くだけでも一ヶ月以上は掛かる。更に奪還のための艦隊を直ちに編成したとしても、更に一ヶ月以上、常識的に考えれば三ヶ月は掛かるだろう。

 六月半ばに情報が発信されているから、奪還艦隊が到着するのは九月に入ってからになる。
 その間に食料が尽きれば、J5要塞といえども陥落する可能性は高い。

 もし、ジュンツェン星系がアルビオンの手に渡った場合、ヤシマは完全に孤立する。そうなれば、現状の戦力で確保し続けることは難しく、結局、ヤシマを放棄することになるという意見だった。

 ホアンは参謀たちの意見を聞きながら、ジュンツェンに戻ることに魅力を感じていた。

(ここで手をこまねいていても、いずれヤシマを放棄せねばならん。ならば、ジュンツェン防衛艦隊が飢える前に逆侵攻を掛ければ、敵を殲滅することもできよう……今回のタカマガハラでの大勝利に加え、ジュンツェンで勝利すれば、特級上将にすら手が届く……)

 ゾンファ共和国軍――正式には国民解放軍では、他国で元帥に当たる特級上将は慣例として、国家主席のみに与えられる名誉階級であり、現役の特級上将は存在しない。但し、過去には数人の現役特級上将がおり、ホアンはその前例を思い出したのだ。

(ヤシマには損傷した艦で編成した一個艦隊と地上軍を残していけばよい。アルビオンが来ようが、連合国軍が来ようが、市民を人質に時間を稼げばよい。その間にジュンツェンで勝利し、戻ってこればいいだけだ……)

 ホアンはジュンツェンに転進することを決めた。

「ジュンツェンにいるアルビオン艦隊を殲滅する!」

 翌日、ホアンは四個艦隊一万八千隻を率い、ジュンツェン星系に向かった。

 ホアンが去った後、残された司令官代行は艦隊が戻ってくるまでの時間を稼ぐため、不安要素を一掃し始めた。

 まず、ヤシマの反ゾンファ勢力を排除するため、疑わしい者はすべて投獄し、更に反抗する者は容赦なく殺した。

 十個師団、二十万人に及ぶゾンファ治安維持部隊が元軍人、政治家、ジャーナリストなどを手当たり次第に拘束し、更には反ゾンファを叫ぶ学生たちを投獄していく。

 それでも反ゾンファのデモは至るところで発生し続けた。それに伴い、治安維持部隊は拘束するという面倒な手段を放棄し、非殺傷性の武器による制圧を開始した。それもヤシマ市民の更なる反発を招いただけだった。

 総人口二十億人のヤシマに対し、ゾンファ地上軍は兵力が少なすぎた。
 五十万人以上の地方都市だけでも千を超え、その全てに兵士を割くわけにはいかない。強引な手段に出れば出るほど、ヤシマ国民は反発し、反ゾンファ活動を活発化させていく。


 七月十日。
 ホアン艦隊がヤシマを去ったという情報が首都星タカマガハラにある首都タカチホに流れる。それに力を得た数十万人にも及ぶ市民がデモ行進を開始した。ゾンファの治安維持部隊は直ちに鎮圧に向かう。

 一部、暴徒化した市民たちが武器を奪い反撃を開始したが、装甲車や武装反重力ホバーなどによる攻撃で数万人の市民が死傷し、暴動は鎮圧された。

 この事件は“タカチホの虐殺”と呼ばれ、死者・行方不明者一万五千人以上、重傷者三万人以上の大惨事として歴史に名を残した。

 危惧を抱いたゾンファの情報機関は協力者たちを使い、密告などを奨励したが、売国奴たちですら、ゾンファが危機に陥っていると考え、ゾンファへの協力に消極的になっていく。

 更に親ゾンファのKYニューズでさえ、ゾンファの強引な手法に対し、批判めいた記事を掲載し始めた。

 KYニューズの記者たちはジュンツェンにアルビオン艦隊が進攻しているという事実を掴んでいたのだ。記者たちは戦後に向け、自分たちがどう生き残るかを模索し始めていた。


 ホアンが出発してから七日後の七月十二日。
 アルビオン側に当たるレインボー星系ジャンプポイントJPから、アルビオン艦隊二万隻とヤシマ防衛艦隊の生き残り四千隻が現れた。

 敷設されていた機雷を排除すると、ゆっくりとした速度で首都星タカマガハラに向けて進み始めるとともに降伏勧告を行った。

 当初、ゾンファ側は市民を人質にして降伏を拒否した。
 それに対し、アルビオン側の総司令官パーシバル・フェアファックス大将は鋭い眼光を放ちながらこう言い放った。

「ヤシマ国民にこれ以上手を出せば、ゾンファ将兵すべてをこの宇宙から消し去ってやる。やれぬと思うな」

 フェアファックス提督は蒼い瞳の眼光鋭い壮年の将官で、銀色の髪をオールバックに固めた見た目は怜悧な官僚そのものに見える。
 また、抑揚のないしゃべり方と相まって、第一印象は冷血な感じを受けることが多い。

 実際には人間味のある、下士官兵に人気の高い提督なのだが、初見のゾンファ将兵にとっては蒼い氷を固めたような瞳と一切の感情を排した口調から、言ったことは必ず実行すると思われ、恐怖に震えることになる。

 ゾンファ軍の司令官代行は三日間耐えていたが、アルビオン艦隊がゾンファ艦隊を攻撃する姿勢を見せると、すぐに降伏を受諾した。

 彼はフェアファックスがヤシマ国民の命より、自国の安全保障を優先する人物、つまり自国ゾンファの軍人と同じであると考え、人質作戦では時間稼ぎすらできないと思い込んでしまったのだ。
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