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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第三十話
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宇宙暦四五一八年七月一日。
ジュンツェン星系において、後に第一次ジュンツェン会戦と呼ばれる戦闘の終了から十日ほど過ぎた。しかし、ここヤシマ星系にいる者たちは、未だその情報を知らなかった。
情報通報艦を駆使したとしても、ジュンツェン星系からヤシマ星系に情報が届くには約十五日のタイムラグが生じる。そのため、ゾンファ艦隊の敗北の報が届くのは、早くとも七月四日以降となる。
ゾンファ共和国のヤシマ解放艦隊は六個艦隊を本星系の居住惑星である第三惑星タカマガハラ周辺に展開していた。更に治安維持軍と名付けられた地上軍十個師団二十万人が主要都市に駐留している。
この年の二月初旬に占領後、すぐに戒厳令が敷かれた。それから約五ヶ月という時間が経過している。
そのため、表面上は平穏を取り戻しているように見えるが、この間に保守派の政治家、論客、軍関係者とその家族が次々と投獄されていた。
形式上はヤシマ政府が治安維持法に則って検挙しているのだが、ゾンファ占領軍が命じていることは明らかだった。
更に多数の優秀な研究者や技術者が行方不明となっていた。
家族が警察に通報するが、未だに一件も解決していない。この件にゾンファ共和国軍が関与していることは明らかだったが、ヤシマ政府はゾンファの傀儡政権であり、ゾンファ側を追求することもできず手をこまねいていた。
一部の愛国的なジャーナリストが命懸けで報道しようとしたが、報道管制に関し自国内で十分な実績を持つゾンファの情報機関は報道が流れる前にジャーナリストを拘束し、情報を統制していく。
更にゾンファ共和国からの支援を受ける巨大メディアグループ“KYニューズ”はゾンファの公式発表とともに、反ゾンファ活動家は平和を破壊するテロリストであるという論調のキャンペーンを行った。
ゾンファ情報機関の情報統制とKYニューズの情報操作により、ヤシマ国民は疑心暗鬼に陥り、散発的なテロ行為が発生するだけで、組織的なレジスタンス活動が行えないでいた。
巧みな情報操作があったものの、元々ヤシマ国民のほとんどは自ら行動することを諦めていた。彼らが期待していたのは、自由星系国家連合(FSU)による解放だった。
ゾンファの占領前、FSUの国力はヤシマを含めると人口百二十億人、保有戦力三十個艦隊約十五万隻であり、大雑把な比較ではゾンファ“七”に対し、FSU“十”と評価されていた。
FSUの条約では加盟星系が侵略された場合、総会を開くことなく、即座に防衛作戦が実施されることになっていた。
このことからFSUの艦隊がヤシマに向かうことは周知の事実であり、その戦力も最低十個艦隊、五万隻とゾンファ艦隊の倍近い艦隊が派遣されると予想され、楽観的な考えが市民の間で広がっている。
そのため、自らの命を掛けてレジスタンス活動に身を投じる必要はないと考える者が大半だったのだ。
しかし、自由星系国家連合の実力を不安視する者も少なくなかった。
特に軍関係者は数年に一度しか合同演習が行われておらず、軍としてまともに機能するのか疑問を持っており、ゾンファによる占領が長期化すると予想する者がほとんどだった。
軍関係者の予想の根拠だが、サイトウ少将が指揮するヤシマ防衛第二艦隊がアルビオン王国に向かったことが挙げられる。
同盟国でもないアルビオンが自由星系国家連合軍以上の戦力を投入するとは考えられず、また、ヤシマ星系内での戦闘となった場合、地の利がないアルビオン側が勝利する可能性は低いということが悲観的な考えの根拠であった。
七月一日の午前十時頃。
ロンバルディア共和国側のツクシノジャンプポイントにFSU軍、十個艦隊約四万五千隻がジャンプアウトする。
JP出口の機雷を警戒したのか、輸送艦などの非戦闘艦は随伴せず、戦闘艦のみで構成されていた。
ジャンプアウト後、ゾンファ側が敷設した機雷を除去しつつ、ゾンファ艦隊に対し、無条件降伏を勧告する通信が送られた。
ゾンファ艦隊の総司令官、ホアン・ゴングゥル上将はそれに冷笑をもって応えた。
「我々はヤシマの正当な政府により治安維持を代行している。貴艦隊はヤシマの主権を侵すだけでなく、正当な権利を有する我が艦隊に不当な要求を行っている……直ちに本星系から退去せよ。退去の意思を示すのであれば、我々も追撃は行わない……」
その返信に連合の将兵は戦力差すら分からぬ愚か者であると嘲笑し、第三惑星である首都星タカマガハラに向けて艦隊を進めていった。
ホアンは連合艦隊が進撃を開始したことに満足する。
「敵を蹴散らす! まずはヤシマ艦隊に意地を見せてもらう」
ホアンはヤシマ防衛軍の生き残り四千隻を前衛とし、麾下の六個艦隊二万三千隻を後衛とした。ヤシマ侵攻作戦により四千隻余を喪失しているため通常編成より少ないが、ヤシマ艦隊が加わったため、当初の戦力とほぼ同数になっている。
ホアン艦隊の本隊はタカマガハラ周辺から動こうとしなかった。FSU艦隊の中には猛将と言われているホアンが猪突しないことに不気味さを感じ、慎重な進軍を進言する者もいたが、多くの将官は倍近い戦力差に慢心し、警戒することなく艦隊を進めていった。
翌七月二日。
FSU艦隊は第三惑星タカマガハラの公転軌道上に達していた。タカマガハラに近づくにつれ、ゾンファ側が強気に出た理由を知ることになった。
ゾンファ側はタカマガハラの衛星軌道上にある港湾施設、貿易センター、リゾート施設等の非軍事施設を流用し、強力な浮き砲台群を構築していたのだ。
その浮き砲台は防御力こそ皆無だが、民間人を徴用して操作させていることから、FSU艦隊総司令部は攻撃することを躊躇する。
連合軍から民間人を無理やり徴用して戦闘に参加させることは国際法違反であるという抗議がなされたが、ホアンは次のような返信を行った。
「彼らはヤシマの義勇兵たちである。祖国を侵略者から守るべく立ち上がったのだ。彼らは自由意志により義勇軍に加わっている。法的にも、道義的にも何の問題はない」
ホアンの言葉を本気で信じる者はゾンファ軍にすらいなかったが、彼らは自ら望んで戦場に立っていた。
もちろん、彼らの自由意志ではなく、家族を人質にとられ、止む無く参加している。このことはヤシマ防衛艦隊の生き残りにも同じことが言えた。
あからさまな詭弁にFSU軍将兵は激怒するが、打つべき手を考える前にゾンファ側が動き始めた。
ヤシマ残存艦隊四千隻を無謀にも十倍以上もの連合軍艦隊に突撃させたのだ。
ヤシマの将兵たちも無駄死にと分かっている命令に従いたくなかったが、家族を人質にとられていることと、ゾンファの政治将校が乗り組み監視をしているため従うしかなかった。
ゾンファの政治将校は国家統一党から派遣された狂信者たちだ。彼らにはヤシマの将兵に対する賞罰権が与えられており、彼らの主観によって有罪と判定されれば、裁判を経ることなく銃殺刑の執行が可能だった。
彼らは幼い頃より国家至上主義を叩き込まれ、更には戦闘開始と共に向精神薬を投与されているため、死地に赴くに当たっても全く恐怖を感じていない。
政治将校によって支配されたヤシマの将兵たちは死を覚悟しながらも、家族を守るために十倍の敵に突撃する。
政治将校たちに戦略も戦術もなかったが、彼らは上からの命令には従順で司令部からの命令を忠実に守ろうとした。そして、命令を下すホアンは戦略的な視野はともかく、優れた戦術眼を持っていた。彼は連合軍艦隊の弱点を的確に把握していたのだ。
ジュンツェン星系において、後に第一次ジュンツェン会戦と呼ばれる戦闘の終了から十日ほど過ぎた。しかし、ここヤシマ星系にいる者たちは、未だその情報を知らなかった。
情報通報艦を駆使したとしても、ジュンツェン星系からヤシマ星系に情報が届くには約十五日のタイムラグが生じる。そのため、ゾンファ艦隊の敗北の報が届くのは、早くとも七月四日以降となる。
ゾンファ共和国のヤシマ解放艦隊は六個艦隊を本星系の居住惑星である第三惑星タカマガハラ周辺に展開していた。更に治安維持軍と名付けられた地上軍十個師団二十万人が主要都市に駐留している。
この年の二月初旬に占領後、すぐに戒厳令が敷かれた。それから約五ヶ月という時間が経過している。
そのため、表面上は平穏を取り戻しているように見えるが、この間に保守派の政治家、論客、軍関係者とその家族が次々と投獄されていた。
形式上はヤシマ政府が治安維持法に則って検挙しているのだが、ゾンファ占領軍が命じていることは明らかだった。
更に多数の優秀な研究者や技術者が行方不明となっていた。
家族が警察に通報するが、未だに一件も解決していない。この件にゾンファ共和国軍が関与していることは明らかだったが、ヤシマ政府はゾンファの傀儡政権であり、ゾンファ側を追求することもできず手をこまねいていた。
一部の愛国的なジャーナリストが命懸けで報道しようとしたが、報道管制に関し自国内で十分な実績を持つゾンファの情報機関は報道が流れる前にジャーナリストを拘束し、情報を統制していく。
更にゾンファ共和国からの支援を受ける巨大メディアグループ“KYニューズ”はゾンファの公式発表とともに、反ゾンファ活動家は平和を破壊するテロリストであるという論調のキャンペーンを行った。
ゾンファ情報機関の情報統制とKYニューズの情報操作により、ヤシマ国民は疑心暗鬼に陥り、散発的なテロ行為が発生するだけで、組織的なレジスタンス活動が行えないでいた。
巧みな情報操作があったものの、元々ヤシマ国民のほとんどは自ら行動することを諦めていた。彼らが期待していたのは、自由星系国家連合(FSU)による解放だった。
ゾンファの占領前、FSUの国力はヤシマを含めると人口百二十億人、保有戦力三十個艦隊約十五万隻であり、大雑把な比較ではゾンファ“七”に対し、FSU“十”と評価されていた。
FSUの条約では加盟星系が侵略された場合、総会を開くことなく、即座に防衛作戦が実施されることになっていた。
このことからFSUの艦隊がヤシマに向かうことは周知の事実であり、その戦力も最低十個艦隊、五万隻とゾンファ艦隊の倍近い艦隊が派遣されると予想され、楽観的な考えが市民の間で広がっている。
そのため、自らの命を掛けてレジスタンス活動に身を投じる必要はないと考える者が大半だったのだ。
しかし、自由星系国家連合の実力を不安視する者も少なくなかった。
特に軍関係者は数年に一度しか合同演習が行われておらず、軍としてまともに機能するのか疑問を持っており、ゾンファによる占領が長期化すると予想する者がほとんどだった。
軍関係者の予想の根拠だが、サイトウ少将が指揮するヤシマ防衛第二艦隊がアルビオン王国に向かったことが挙げられる。
同盟国でもないアルビオンが自由星系国家連合軍以上の戦力を投入するとは考えられず、また、ヤシマ星系内での戦闘となった場合、地の利がないアルビオン側が勝利する可能性は低いということが悲観的な考えの根拠であった。
七月一日の午前十時頃。
ロンバルディア共和国側のツクシノジャンプポイントにFSU軍、十個艦隊約四万五千隻がジャンプアウトする。
JP出口の機雷を警戒したのか、輸送艦などの非戦闘艦は随伴せず、戦闘艦のみで構成されていた。
ジャンプアウト後、ゾンファ側が敷設した機雷を除去しつつ、ゾンファ艦隊に対し、無条件降伏を勧告する通信が送られた。
ゾンファ艦隊の総司令官、ホアン・ゴングゥル上将はそれに冷笑をもって応えた。
「我々はヤシマの正当な政府により治安維持を代行している。貴艦隊はヤシマの主権を侵すだけでなく、正当な権利を有する我が艦隊に不当な要求を行っている……直ちに本星系から退去せよ。退去の意思を示すのであれば、我々も追撃は行わない……」
その返信に連合の将兵は戦力差すら分からぬ愚か者であると嘲笑し、第三惑星である首都星タカマガハラに向けて艦隊を進めていった。
ホアンは連合艦隊が進撃を開始したことに満足する。
「敵を蹴散らす! まずはヤシマ艦隊に意地を見せてもらう」
ホアンはヤシマ防衛軍の生き残り四千隻を前衛とし、麾下の六個艦隊二万三千隻を後衛とした。ヤシマ侵攻作戦により四千隻余を喪失しているため通常編成より少ないが、ヤシマ艦隊が加わったため、当初の戦力とほぼ同数になっている。
ホアン艦隊の本隊はタカマガハラ周辺から動こうとしなかった。FSU艦隊の中には猛将と言われているホアンが猪突しないことに不気味さを感じ、慎重な進軍を進言する者もいたが、多くの将官は倍近い戦力差に慢心し、警戒することなく艦隊を進めていった。
翌七月二日。
FSU艦隊は第三惑星タカマガハラの公転軌道上に達していた。タカマガハラに近づくにつれ、ゾンファ側が強気に出た理由を知ることになった。
ゾンファ側はタカマガハラの衛星軌道上にある港湾施設、貿易センター、リゾート施設等の非軍事施設を流用し、強力な浮き砲台群を構築していたのだ。
その浮き砲台は防御力こそ皆無だが、民間人を徴用して操作させていることから、FSU艦隊総司令部は攻撃することを躊躇する。
連合軍から民間人を無理やり徴用して戦闘に参加させることは国際法違反であるという抗議がなされたが、ホアンは次のような返信を行った。
「彼らはヤシマの義勇兵たちである。祖国を侵略者から守るべく立ち上がったのだ。彼らは自由意志により義勇軍に加わっている。法的にも、道義的にも何の問題はない」
ホアンの言葉を本気で信じる者はゾンファ軍にすらいなかったが、彼らは自ら望んで戦場に立っていた。
もちろん、彼らの自由意志ではなく、家族を人質にとられ、止む無く参加している。このことはヤシマ防衛艦隊の生き残りにも同じことが言えた。
あからさまな詭弁にFSU軍将兵は激怒するが、打つべき手を考える前にゾンファ側が動き始めた。
ヤシマ残存艦隊四千隻を無謀にも十倍以上もの連合軍艦隊に突撃させたのだ。
ヤシマの将兵たちも無駄死にと分かっている命令に従いたくなかったが、家族を人質にとられていることと、ゾンファの政治将校が乗り組み監視をしているため従うしかなかった。
ゾンファの政治将校は国家統一党から派遣された狂信者たちだ。彼らにはヤシマの将兵に対する賞罰権が与えられており、彼らの主観によって有罪と判定されれば、裁判を経ることなく銃殺刑の執行が可能だった。
彼らは幼い頃より国家至上主義を叩き込まれ、更には戦闘開始と共に向精神薬を投与されているため、死地に赴くに当たっても全く恐怖を感じていない。
政治将校によって支配されたヤシマの将兵たちは死を覚悟しながらも、家族を守るために十倍の敵に突撃する。
政治将校たちに戦略も戦術もなかったが、彼らは上からの命令には従順で司令部からの命令を忠実に守ろうとした。そして、命令を下すホアンは戦略的な視野はともかく、優れた戦術眼を持っていた。彼は連合軍艦隊の弱点を的確に把握していたのだ。
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