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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第二十九話
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アルビオン軍はゾンファ共和国軍のジュンツェン防衛艦隊を要塞から引きずり出すことに成功した。そして、戦艦と砲艦による集中砲撃という奇策と高機動艦による巧妙な軌道によって、ジュンツェン防衛艦隊を追い詰めていた。
そんな状況でジュンツェン防衛艦隊司令官、マオ・チーガイ上将は第五惑星の衛星軌道上にある大型要塞J5要塞に砲撃を命じた。
本来の射程距離の倍以上の距離があり、その効果に疑問を持つ者もいたが、膨大なエネルギーと反物質により、アルビオン艦隊側の通信に乱れが生じた。
第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将率いる高機動艦隊の別動隊では、旗艦からの通信が途絶えたことで、各戦隊の動きに乱れが生じた。
リンドグレーンは旗艦を巡航戦艦に変えたことから、いつも以上に情報伝達に手間取っていたが、それに輪をかけた形となり、更に間が悪いことに一斉攻撃を加えようとしていたタイミングであったことから、マオ艦隊への攻撃が一時的に止まってしまったのだ。
マオはその隙を逃さなかった。
叩きつけるような砲撃とステルス性など無視したかのように最大加速度で発射されるユリンミサイル群。
牙を剥くサメの群れのような猛烈な戦闘意欲をマオ艦隊は見せた。
ごく近距離での戦闘であり、僅かなタイムラグでマオ艦隊一万二千隻の攻撃がリンドグレーン分艦隊一万隻に叩きつけられる。
数で言えば対応できないほどでもなく、混乱していなければ冷静に対処できたのだろう。しかし、要塞砲発射とその後のゾンファ艦隊の気迫に押され、リンドグレーン艦隊では有効な手が打てなかった。
そのため、マオ艦隊はリンドグレーン艦隊に入り込む形となり、艦同士が入り乱れる混戦状態となった。
主導権を奪われ、後手に回ってしまったリンドグレーンは秩序を取り戻すため、敵艦隊との距離を取ろうと考えた。
混戦になれば無用な失血を強要されることを嫌い、更にジークフリート・エルフィンストーン大将率いる高機動艦隊本隊が後方から襲い掛かれば、勝利を得られるためだが、その命令が仇となった。
「一旦後方に下がれ! 距離を取って時間を稼ぐのだ!」
その命令により、各戦隊は独自に後退を開始した。
混成部隊であることとリンドグレーンの指揮能力の低さから、分艦隊は左右に開くような形になってしまう。
マオはそれを待っていた。
「敵の中央をこのまま突破するぞ!」
敵の分艦隊を突破できれば、敵分艦隊が邪魔になり後ろから追い縋ってくるエルフィンストーン艦隊からの攻撃は限定的とならざるを得ない。
また、追撃しようにもリンドグレーン分艦隊が散開しているため邪魔になり、加速のタイミングが後れる。マオはこれに賭けたのだ。
エルフィンストーンはリンドグレーン艦隊の醜態に対し、「リンドグレーンは何をしている!」と小さく毒突くが、すぐに自らの艦隊に指示を出していく。
「中央は敵のケツに食らいつけ! 左翼、右翼はリンドグレーン艦隊を迂回しつつ回りこめ!」
エルフィンストーンの命令は、緩慢な動きで散開していくリンドグレーン分艦隊が邪魔になり、自慢の機動力を生かしきれず、有効な形にならなかった。
何とかリンドグレーン分艦隊を避けるように機動し、マオ艦隊に追い縋ろうとするが、混乱から脱するのに十分という貴重な時間を浪費してしまう。
マオ艦隊はその僅かな時間を有効に使い、加速を開始した。
結果から言えば、この十分の時間がマオ艦隊を救った。僅か十分に過ぎないが、先に加速を開始したことが功を奏したのだ。
エルフィンストーン艦隊より加速度に劣るマオ艦隊だが、両艦隊ともほぼ停止している状態からスタートしていること、更に比較的短距離の移動ということで加速力より加速時間が明暗を分けたのだ。
マオ艦隊は僅かな差ではあるが、要塞砲の射程内に逃げ込むことが可能となった。
マオ艦隊に追いつけないという計算結果を聞き、エルフィンストーンは床を蹴り付けて悔しがる。
部隊を再編しながら、総司令部に謝罪の通信を送った。
「申し訳ございません、提督。止めを刺せませんでした」
グレン・サクストン提督の旗艦プリンス・オブ・ウェールズ03の戦闘指揮所のメインスクリーンに僅かに頭を下げるエルフィンストーン提督の姿があった。
サクストンは「謝罪は不要」とだけ答え、傍らにいるハース中将に頷きかける。
ハースはエルフィンストーンに向かって笑顔を向ける。
「今回は十分な戦果を上げておりますので問題はありません。特にミサイル攻撃のタイミングは絶妙でした。これで敵は容易に打って出られなくなりました」
ハースの言うとおり、この第一次ジュンツェン会戦と呼ばれる戦闘はアルビオン側の圧勝だった。
ゾンファ側は参加艦艇約二万二千五百隻。降伏を含む全損五千余、中破約二千、小破八千余と、損失率二十二パーセント超、参加艦艇の三分の二が何らかの損傷を負った。
特に巡航戦艦、巡航艦など高機動艦の損失が大きく、今後の作戦の幅を狭めることは確実視されていた。
戦死者はティン・ユアン上将を筆頭に五十万人以上。地方都市の人口に匹敵する人間が宇宙の塵となった。
一方のアルビオン側は参加艦艇約二万七千六百隻のうち、廃棄処分を含む全損二百隻余、大破約百、中破約三百、小破約千と損害は五パーセント程度であり、そのうち七割以上が工作艦での補修が可能であった。
しかし、その損害のほとんどがリンドグレーン分艦隊のものだった。
今回の会戦でリンドグレーン提督の評価は大きく下落した。
元々、先の戦争での武勲はまぐれであったとの声が多く、やはりという声が大きくなっただけだが、敵の奇策に対応しきれず、混乱を収拾できなかった醜態をジュンツェン進攻艦隊の全ての将兵が目の当たりにしている。
特に敵艦隊を殲滅し歴史に残る圧勝の直前であったことから、侮蔑に近い視線を送る者すらいた。
サクストン総司令官とハース総参謀長は艦隊内の不協和音をなくす努力をしたが、当のリンドグレーンは自らのプライドをズタズタにされ、部下たちに当り散らす。
リンドグレーンに対する風当たりの強さが後の戦いに大きな影響を及ぼすことになる。
■■■
マオ上将に率いられたゾンファ艦隊はJ5要塞に逃げ込むことに成功した。
マオは多くの部下を失ったことにより心が折れそうになっていたが、傷ついた部下たちの手前、それを顔に出すことはできなかった。
「敵はシアメン側ジャンプポイントに展開するだろう。本国からの増援に加え、ヤシマから引き返してくる味方艦隊と力を合わせて敵を殲滅しなければならない。傷ついた将兵諸君は治療に専念して欲しい。また、損傷した艦は早急に修理し、戦列に復帰させなければならない。我らは負けたのではない。敵の戦術を一つ無効化することができたのだ! 次の戦いでは圧倒的な戦力差で敵を殲滅できる。諸君たちには今できることを全力で遂行して欲しい! 以上!」
敗軍の将兵たちはマオの演説に力なく応じる。彼らは増援がくることに対し、疑問を感じていたのだ。本国ゾンファは三十パーセク(約百六十三光年)彼方にあり、情報が届いたとしても増援が来るには三ヶ月近く掛かる。
また、ヤシマに派遣された艦隊が命令を無視して戻ってくる可能性も低いと考えていたからだ。
彼らが絶望を感じているのは、食糧事情も関係していた。
正確な情報は伏せられていたが、J5要塞に食糧が少ないことは周知の事実であり、二ヶ月程度しか備蓄がないことは知れ渡っている。
彼らの士気を更に下げる映像が要塞のスクリーンに映し出された。
スループ艦から送られてきた映像は、食糧補給基地である第三惑星がアルビオン艦隊に攻撃され、食糧生産工場と、生産された食料を宇宙空間に運ぶ軌道エレベータが完全に破壊された映像だった。
さすがに質量兵器による無差別攻撃は行われなかったが、生産工場とエネルギー供給基地は跡形もなく破壊され、完全復旧するには年オーダーの期間がかかると試算されていた。
そんな状況でジュンツェン防衛艦隊司令官、マオ・チーガイ上将は第五惑星の衛星軌道上にある大型要塞J5要塞に砲撃を命じた。
本来の射程距離の倍以上の距離があり、その効果に疑問を持つ者もいたが、膨大なエネルギーと反物質により、アルビオン艦隊側の通信に乱れが生じた。
第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将率いる高機動艦隊の別動隊では、旗艦からの通信が途絶えたことで、各戦隊の動きに乱れが生じた。
リンドグレーンは旗艦を巡航戦艦に変えたことから、いつも以上に情報伝達に手間取っていたが、それに輪をかけた形となり、更に間が悪いことに一斉攻撃を加えようとしていたタイミングであったことから、マオ艦隊への攻撃が一時的に止まってしまったのだ。
マオはその隙を逃さなかった。
叩きつけるような砲撃とステルス性など無視したかのように最大加速度で発射されるユリンミサイル群。
牙を剥くサメの群れのような猛烈な戦闘意欲をマオ艦隊は見せた。
ごく近距離での戦闘であり、僅かなタイムラグでマオ艦隊一万二千隻の攻撃がリンドグレーン分艦隊一万隻に叩きつけられる。
数で言えば対応できないほどでもなく、混乱していなければ冷静に対処できたのだろう。しかし、要塞砲発射とその後のゾンファ艦隊の気迫に押され、リンドグレーン艦隊では有効な手が打てなかった。
そのため、マオ艦隊はリンドグレーン艦隊に入り込む形となり、艦同士が入り乱れる混戦状態となった。
主導権を奪われ、後手に回ってしまったリンドグレーンは秩序を取り戻すため、敵艦隊との距離を取ろうと考えた。
混戦になれば無用な失血を強要されることを嫌い、更にジークフリート・エルフィンストーン大将率いる高機動艦隊本隊が後方から襲い掛かれば、勝利を得られるためだが、その命令が仇となった。
「一旦後方に下がれ! 距離を取って時間を稼ぐのだ!」
その命令により、各戦隊は独自に後退を開始した。
混成部隊であることとリンドグレーンの指揮能力の低さから、分艦隊は左右に開くような形になってしまう。
マオはそれを待っていた。
「敵の中央をこのまま突破するぞ!」
敵の分艦隊を突破できれば、敵分艦隊が邪魔になり後ろから追い縋ってくるエルフィンストーン艦隊からの攻撃は限定的とならざるを得ない。
また、追撃しようにもリンドグレーン分艦隊が散開しているため邪魔になり、加速のタイミングが後れる。マオはこれに賭けたのだ。
エルフィンストーンはリンドグレーン艦隊の醜態に対し、「リンドグレーンは何をしている!」と小さく毒突くが、すぐに自らの艦隊に指示を出していく。
「中央は敵のケツに食らいつけ! 左翼、右翼はリンドグレーン艦隊を迂回しつつ回りこめ!」
エルフィンストーンの命令は、緩慢な動きで散開していくリンドグレーン分艦隊が邪魔になり、自慢の機動力を生かしきれず、有効な形にならなかった。
何とかリンドグレーン分艦隊を避けるように機動し、マオ艦隊に追い縋ろうとするが、混乱から脱するのに十分という貴重な時間を浪費してしまう。
マオ艦隊はその僅かな時間を有効に使い、加速を開始した。
結果から言えば、この十分の時間がマオ艦隊を救った。僅か十分に過ぎないが、先に加速を開始したことが功を奏したのだ。
エルフィンストーン艦隊より加速度に劣るマオ艦隊だが、両艦隊ともほぼ停止している状態からスタートしていること、更に比較的短距離の移動ということで加速力より加速時間が明暗を分けたのだ。
マオ艦隊は僅かな差ではあるが、要塞砲の射程内に逃げ込むことが可能となった。
マオ艦隊に追いつけないという計算結果を聞き、エルフィンストーンは床を蹴り付けて悔しがる。
部隊を再編しながら、総司令部に謝罪の通信を送った。
「申し訳ございません、提督。止めを刺せませんでした」
グレン・サクストン提督の旗艦プリンス・オブ・ウェールズ03の戦闘指揮所のメインスクリーンに僅かに頭を下げるエルフィンストーン提督の姿があった。
サクストンは「謝罪は不要」とだけ答え、傍らにいるハース中将に頷きかける。
ハースはエルフィンストーンに向かって笑顔を向ける。
「今回は十分な戦果を上げておりますので問題はありません。特にミサイル攻撃のタイミングは絶妙でした。これで敵は容易に打って出られなくなりました」
ハースの言うとおり、この第一次ジュンツェン会戦と呼ばれる戦闘はアルビオン側の圧勝だった。
ゾンファ側は参加艦艇約二万二千五百隻。降伏を含む全損五千余、中破約二千、小破八千余と、損失率二十二パーセント超、参加艦艇の三分の二が何らかの損傷を負った。
特に巡航戦艦、巡航艦など高機動艦の損失が大きく、今後の作戦の幅を狭めることは確実視されていた。
戦死者はティン・ユアン上将を筆頭に五十万人以上。地方都市の人口に匹敵する人間が宇宙の塵となった。
一方のアルビオン側は参加艦艇約二万七千六百隻のうち、廃棄処分を含む全損二百隻余、大破約百、中破約三百、小破約千と損害は五パーセント程度であり、そのうち七割以上が工作艦での補修が可能であった。
しかし、その損害のほとんどがリンドグレーン分艦隊のものだった。
今回の会戦でリンドグレーン提督の評価は大きく下落した。
元々、先の戦争での武勲はまぐれであったとの声が多く、やはりという声が大きくなっただけだが、敵の奇策に対応しきれず、混乱を収拾できなかった醜態をジュンツェン進攻艦隊の全ての将兵が目の当たりにしている。
特に敵艦隊を殲滅し歴史に残る圧勝の直前であったことから、侮蔑に近い視線を送る者すらいた。
サクストン総司令官とハース総参謀長は艦隊内の不協和音をなくす努力をしたが、当のリンドグレーンは自らのプライドをズタズタにされ、部下たちに当り散らす。
リンドグレーンに対する風当たりの強さが後の戦いに大きな影響を及ぼすことになる。
■■■
マオ上将に率いられたゾンファ艦隊はJ5要塞に逃げ込むことに成功した。
マオは多くの部下を失ったことにより心が折れそうになっていたが、傷ついた部下たちの手前、それを顔に出すことはできなかった。
「敵はシアメン側ジャンプポイントに展開するだろう。本国からの増援に加え、ヤシマから引き返してくる味方艦隊と力を合わせて敵を殲滅しなければならない。傷ついた将兵諸君は治療に専念して欲しい。また、損傷した艦は早急に修理し、戦列に復帰させなければならない。我らは負けたのではない。敵の戦術を一つ無効化することができたのだ! 次の戦いでは圧倒的な戦力差で敵を殲滅できる。諸君たちには今できることを全力で遂行して欲しい! 以上!」
敗軍の将兵たちはマオの演説に力なく応じる。彼らは増援がくることに対し、疑問を感じていたのだ。本国ゾンファは三十パーセク(約百六十三光年)彼方にあり、情報が届いたとしても増援が来るには三ヶ月近く掛かる。
また、ヤシマに派遣された艦隊が命令を無視して戻ってくる可能性も低いと考えていたからだ。
彼らが絶望を感じているのは、食糧事情も関係していた。
正確な情報は伏せられていたが、J5要塞に食糧が少ないことは周知の事実であり、二ヶ月程度しか備蓄がないことは知れ渡っている。
彼らの士気を更に下げる映像が要塞のスクリーンに映し出された。
スループ艦から送られてきた映像は、食糧補給基地である第三惑星がアルビオン艦隊に攻撃され、食糧生産工場と、生産された食料を宇宙空間に運ぶ軌道エレベータが完全に破壊された映像だった。
さすがに質量兵器による無差別攻撃は行われなかったが、生産工場とエネルギー供給基地は跡形もなく破壊され、完全復旧するには年オーダーの期間がかかると試算されていた。
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