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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第二十八話
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宇宙暦四五一八年六月十七日 標準時間二三二〇。
ティン・ユアン上将率いるゾンファ高機動艦隊は、当初一万五千隻を有していたが、アルビオン艦隊の奇襲により、現状で戦闘可能な艦は七千隻程度にまで減少していた。
更にティン上将の旗艦が撃沈されたことにより指揮命令系統が崩壊し、艦隊と呼べる秩序を保てていない。現状では戦隊単位、酷いところでは艦単位で動いており、烏合の衆と成り果てていた。
アルビオンの高機動部隊であるジークフリート・エルフィンストーン大将率いる二万隻は、最大加速度で減速しており、急速に距離が縮まりつつあった。
このままいけばティン艦隊は三十分以内に射程距離に捉えられるため、それまでにマオ・チーガイ上将麾下の艦隊が救援に向かう必要がある。
しかし、ティン艦隊の敗北により戦力差は決定的になった。
マオ艦隊だけではエルフィンストーン艦隊の四割弱の戦力しかなく、混乱するティン艦隊と合流できたとしても七割にしかならない。
更にアルビオン側の絶妙な艦隊運動により、このままいけば戦闘開始のタイミングにおいて、敵艦隊の“空間との相対速度”はほぼゼロになる。つまり、防御スクリーンに負荷を掛かった状態から脱しており、当初の“追撃”という図式は成り立たなくなっていた。
(狡猾な……遠距離砲撃で混乱を与えた上に、更にミサイルで傷口を開く。それだけだと思っていたが、こちらが反転することを計算して空間との相対速度まで合わせている……まんまとやれたが、こちらは逃げの一手しかない。J5要塞まで逃げ込めば、敵も追っては来られん……)
マオは戦艦を密集させて分厚い壁を作ると共に、ティン艦隊の指揮命令系の再構築を進めていく。
元々彼の指揮下にあったジュンツェン防衛艦隊の各艦はすぐに秩序を取り戻し、マオの指揮下に吸収された。
第二幕の火蓋が切られる直前には、マオ艦隊は一万二千隻にまで増強し、見事な円錐形の陣を構築する。
その手腕は敵将であるアデル・ハース中将をして、「撤退戦のお手本ね」と言わしめるほど見事なものだった。
エルフィンストーン艦隊は隊を二つに分け、天頂方向と天底方向の二方向から襲い掛かった。天頂側は彼自身が指揮を執り、天底側は第三艦隊司令官のリンドグレーン大将が指揮を執る。
リンドグレーンはエルフィンストーンに次ぐ先任順位であったため、分艦隊の指揮官となった。
エルフィンストーン艦隊は自らの機動力を生かす戦い方で、目まぐるしく位置を変えながら遠距離から攻撃を加えていった。それはまるでアウトレンジから攻撃するボクサーのようでもあった。
一方のゾンファ艦隊は戦艦を中心に守りを固め、ゆっくりと後退していく。だが、ガードを固めたファイタータイプのボクサーのように要所では反撃を加えており、エルフィンストーン艦隊は出血を強いられていく。
マオは慎重に敵に対処しつつ、J5要塞への帰還ルートを探っていた。
(要塞までの距離はおよそ五光分か。要塞の射程内なら三光分。今の速度を維持した場合、五時間ほど掛かる。何ともまずい戦いをしたものだ……)
防御を重視するため、星間物質との相対速度を〇・〇一Cとせざるを得ず、じりじりとしか後退できない。
その間にもエルフィンストーン艦隊は機動力を生かして接近を続け、彼我の相対距離は既に十光秒を割り込んでいた。
エルフィンストーン艦隊は上下から執拗に攻撃を加え、更に戦艦部隊であるサクストン艦隊もあと十五分ほどで射程内に捉えられるところまで来ている。
(敵戦艦群が合流すれば戦力差は更に広がる。時間的な猶予はほとんどない。それにしても、敵の高機動部隊の指揮官は優秀だな。逃げ出す隙が見つからん……そうは言っていられないか……)
マオは打開策が見いだせず、目の前の戦いを処理するだけで手一杯となっていた。
その時、重巡航艦戦隊の指揮官から通信が入った。
「フェイ・ツーロン准将から意見具申! 至急繋いで欲しいとのことです!」
フェイ准将は四年前にターマガント星系でのアルビオンの哨戒艦隊との遭遇戦において、倍近い戦力を有していたにも関わらず敗れた指揮官だ。
しかし、マオの前任であるフー・シャオガン上将の評価は高く、後任のマオも彼と話をし、その見識を評価し重用していた。
司令官用のコンソールに映し出された男は、この絶望的な状況でも無表情を貫き、事務的とも言える口調である提案をしてきた。
「撤退のための策を考えました。先ほど送付した計画書をご覧下さい……」
マオはそのような時間はないと思ったが、一縷の望みをフェイに賭けてみようと思い直した。
そして、計画書の骨子を確認し、僅かに目を見開く。
「これに賭けるしかあるまい。確かに天底側の敵の動きは鈍い。これならば混乱するはずだ。ご苦労だった、准将」
フェイとの通信を切るとすぐに参謀たちに命じていく。
「作戦参謀はフェイ准将の計画書を各戦隊に転送せよ。情報参謀は敵戦艦の到着時間を再確認……」
そして命令を終えると、直ちにJ5要塞司令部に通信を入れる。
「この命令を受信後、直ちに天底方向にある敵高機動部隊を砲撃せよ。効果はなくとも構わん。とりあえず打ち込めばよい」
要塞砲の射程は二光分。現在の位置はその倍以上であり、いかに強力な要塞砲といえども拡散してしまい、輸送艦の防御スクリーンですら貫くことはできない。
戦闘指揮所にいる将兵たちはマオが錯乱したのではないかと青ざめていた。
「十分後に天頂方向の敵に一斉砲撃を加える。直後に天底方向に最大加速で突撃を掛ける。全艦にそう通達せよ」
冷静な口調でそう命じると何事もなかったかのように指揮官用のコンソールを操作し、艦隊の状況を確認していく。
CIC要員はその様子に一瞬だけ唖然とするが、すぐにマオの意図を理解した。そして、自らの仕事に没頭していく。
十分後、普段冷静なマオが吼えるように命じる。
「天頂方向の敵へ一斉砲撃! ミサイルもすべて撃ち込め!」
マオ艦隊の各艦は艦首を一斉に天頂方向に向け砲撃を開始した。
今までのようなのらりくらりとかわすという感じはなく、アルビオン艦隊の指揮官たちは敵が最後の賭けに出たとほくそ笑む。
天頂方向の分隊を指揮していた猛将エルフィンストーンは、敵艦隊の豹変に驚きを隠せないものの、最大の好機であると迎撃を命じた。
「敵の最後の足掻きだ! これを凌げば敵の気力は底を突く! 敵の攻撃が緩んだところで反撃するぞ! 撃て!」
彼の命令は結果から言えば空振りだった。
マオ艦隊は最初の斉射こそ激しかったが、すぐに艦首を反転させ、天底方向に向かったからだ。
エルフィンストーンは敵艦隊の動きに疑念を感じたものの、敵を掃討できる好機と捉え、攻撃を命じようとした。
「敵要塞より高エネルギー反応! 要塞砲を発射したと思われます!」
エルフィンストーンは「何!」と声を上げ、要塞に目を向けた。一瞬、情報担当士官が見間違えたのかと思ったが、確かに要塞を映すスクリーンには高エネルギーを放射したデータが表示されており情報に誤りはなかった。
それは僅かな隙だった。
エルフィンストーンがそう感じたように、天底方向にあるハワード・リンドグレーン大将の分艦隊でも要塞砲の攻撃に疑念を抱く。
更に要塞砲の放った陽電子が彼らを包み込み、通信機器などに僅かなノイズを乗せた。そのノイズは戦闘中であっても無視しえるほどのものだったが、司令部からの命令が遅れるなど、僅かだが影響があった。
これがエルフィンストーン艦隊なら致命的な事態には陥らなかっただろうが、何事にも自らの命令を順守させることに拘るリンドグレーン提督の指揮下にあったことが大きな隙を生んだ。
ティン・ユアン上将率いるゾンファ高機動艦隊は、当初一万五千隻を有していたが、アルビオン艦隊の奇襲により、現状で戦闘可能な艦は七千隻程度にまで減少していた。
更にティン上将の旗艦が撃沈されたことにより指揮命令系統が崩壊し、艦隊と呼べる秩序を保てていない。現状では戦隊単位、酷いところでは艦単位で動いており、烏合の衆と成り果てていた。
アルビオンの高機動部隊であるジークフリート・エルフィンストーン大将率いる二万隻は、最大加速度で減速しており、急速に距離が縮まりつつあった。
このままいけばティン艦隊は三十分以内に射程距離に捉えられるため、それまでにマオ・チーガイ上将麾下の艦隊が救援に向かう必要がある。
しかし、ティン艦隊の敗北により戦力差は決定的になった。
マオ艦隊だけではエルフィンストーン艦隊の四割弱の戦力しかなく、混乱するティン艦隊と合流できたとしても七割にしかならない。
更にアルビオン側の絶妙な艦隊運動により、このままいけば戦闘開始のタイミングにおいて、敵艦隊の“空間との相対速度”はほぼゼロになる。つまり、防御スクリーンに負荷を掛かった状態から脱しており、当初の“追撃”という図式は成り立たなくなっていた。
(狡猾な……遠距離砲撃で混乱を与えた上に、更にミサイルで傷口を開く。それだけだと思っていたが、こちらが反転することを計算して空間との相対速度まで合わせている……まんまとやれたが、こちらは逃げの一手しかない。J5要塞まで逃げ込めば、敵も追っては来られん……)
マオは戦艦を密集させて分厚い壁を作ると共に、ティン艦隊の指揮命令系の再構築を進めていく。
元々彼の指揮下にあったジュンツェン防衛艦隊の各艦はすぐに秩序を取り戻し、マオの指揮下に吸収された。
第二幕の火蓋が切られる直前には、マオ艦隊は一万二千隻にまで増強し、見事な円錐形の陣を構築する。
その手腕は敵将であるアデル・ハース中将をして、「撤退戦のお手本ね」と言わしめるほど見事なものだった。
エルフィンストーン艦隊は隊を二つに分け、天頂方向と天底方向の二方向から襲い掛かった。天頂側は彼自身が指揮を執り、天底側は第三艦隊司令官のリンドグレーン大将が指揮を執る。
リンドグレーンはエルフィンストーンに次ぐ先任順位であったため、分艦隊の指揮官となった。
エルフィンストーン艦隊は自らの機動力を生かす戦い方で、目まぐるしく位置を変えながら遠距離から攻撃を加えていった。それはまるでアウトレンジから攻撃するボクサーのようでもあった。
一方のゾンファ艦隊は戦艦を中心に守りを固め、ゆっくりと後退していく。だが、ガードを固めたファイタータイプのボクサーのように要所では反撃を加えており、エルフィンストーン艦隊は出血を強いられていく。
マオは慎重に敵に対処しつつ、J5要塞への帰還ルートを探っていた。
(要塞までの距離はおよそ五光分か。要塞の射程内なら三光分。今の速度を維持した場合、五時間ほど掛かる。何ともまずい戦いをしたものだ……)
防御を重視するため、星間物質との相対速度を〇・〇一Cとせざるを得ず、じりじりとしか後退できない。
その間にもエルフィンストーン艦隊は機動力を生かして接近を続け、彼我の相対距離は既に十光秒を割り込んでいた。
エルフィンストーン艦隊は上下から執拗に攻撃を加え、更に戦艦部隊であるサクストン艦隊もあと十五分ほどで射程内に捉えられるところまで来ている。
(敵戦艦群が合流すれば戦力差は更に広がる。時間的な猶予はほとんどない。それにしても、敵の高機動部隊の指揮官は優秀だな。逃げ出す隙が見つからん……そうは言っていられないか……)
マオは打開策が見いだせず、目の前の戦いを処理するだけで手一杯となっていた。
その時、重巡航艦戦隊の指揮官から通信が入った。
「フェイ・ツーロン准将から意見具申! 至急繋いで欲しいとのことです!」
フェイ准将は四年前にターマガント星系でのアルビオンの哨戒艦隊との遭遇戦において、倍近い戦力を有していたにも関わらず敗れた指揮官だ。
しかし、マオの前任であるフー・シャオガン上将の評価は高く、後任のマオも彼と話をし、その見識を評価し重用していた。
司令官用のコンソールに映し出された男は、この絶望的な状況でも無表情を貫き、事務的とも言える口調である提案をしてきた。
「撤退のための策を考えました。先ほど送付した計画書をご覧下さい……」
マオはそのような時間はないと思ったが、一縷の望みをフェイに賭けてみようと思い直した。
そして、計画書の骨子を確認し、僅かに目を見開く。
「これに賭けるしかあるまい。確かに天底側の敵の動きは鈍い。これならば混乱するはずだ。ご苦労だった、准将」
フェイとの通信を切るとすぐに参謀たちに命じていく。
「作戦参謀はフェイ准将の計画書を各戦隊に転送せよ。情報参謀は敵戦艦の到着時間を再確認……」
そして命令を終えると、直ちにJ5要塞司令部に通信を入れる。
「この命令を受信後、直ちに天底方向にある敵高機動部隊を砲撃せよ。効果はなくとも構わん。とりあえず打ち込めばよい」
要塞砲の射程は二光分。現在の位置はその倍以上であり、いかに強力な要塞砲といえども拡散してしまい、輸送艦の防御スクリーンですら貫くことはできない。
戦闘指揮所にいる将兵たちはマオが錯乱したのではないかと青ざめていた。
「十分後に天頂方向の敵に一斉砲撃を加える。直後に天底方向に最大加速で突撃を掛ける。全艦にそう通達せよ」
冷静な口調でそう命じると何事もなかったかのように指揮官用のコンソールを操作し、艦隊の状況を確認していく。
CIC要員はその様子に一瞬だけ唖然とするが、すぐにマオの意図を理解した。そして、自らの仕事に没頭していく。
十分後、普段冷静なマオが吼えるように命じる。
「天頂方向の敵へ一斉砲撃! ミサイルもすべて撃ち込め!」
マオ艦隊の各艦は艦首を一斉に天頂方向に向け砲撃を開始した。
今までのようなのらりくらりとかわすという感じはなく、アルビオン艦隊の指揮官たちは敵が最後の賭けに出たとほくそ笑む。
天頂方向の分隊を指揮していた猛将エルフィンストーンは、敵艦隊の豹変に驚きを隠せないものの、最大の好機であると迎撃を命じた。
「敵の最後の足掻きだ! これを凌げば敵の気力は底を突く! 敵の攻撃が緩んだところで反撃するぞ! 撃て!」
彼の命令は結果から言えば空振りだった。
マオ艦隊は最初の斉射こそ激しかったが、すぐに艦首を反転させ、天底方向に向かったからだ。
エルフィンストーンは敵艦隊の動きに疑念を感じたものの、敵を掃討できる好機と捉え、攻撃を命じようとした。
「敵要塞より高エネルギー反応! 要塞砲を発射したと思われます!」
エルフィンストーンは「何!」と声を上げ、要塞に目を向けた。一瞬、情報担当士官が見間違えたのかと思ったが、確かに要塞を映すスクリーンには高エネルギーを放射したデータが表示されており情報に誤りはなかった。
それは僅かな隙だった。
エルフィンストーンがそう感じたように、天底方向にあるハワード・リンドグレーン大将の分艦隊でも要塞砲の攻撃に疑念を抱く。
更に要塞砲の放った陽電子が彼らを包み込み、通信機器などに僅かなノイズを乗せた。そのノイズは戦闘中であっても無視しえるほどのものだったが、司令部からの命令が遅れるなど、僅かだが影響があった。
これがエルフィンストーン艦隊なら致命的な事態には陥らなかっただろうが、何事にも自らの命令を順守させることに拘るリンドグレーン提督の指揮下にあったことが大きな隙を生んだ。
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