アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

第二十二話

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 六月十七日 標準時間二一三〇。

 アルビオン艦隊は速度を〇・〇五光速に落としたところで減速を止めた。彼我の距離はおよそ三・五光分。この速度と維持すれば、六十分で有効射程内に入ることになる。

 アルビオン艦隊は戦艦と砲艦による円形陣という特殊な隊形フォーメーションを採っていた。

 その隊形にゾンファ艦隊の参謀たちは怪訝な表情を浮かべ、アルビオン側の思惑について意見を交わしている。

 ある者は対要塞戦を目論んでいると言い、ある者は自分たちを誘い出す罠だと言った。
 しかし、いずれの考えも一長一短があった。

 要塞を攻撃するためには長射程を誇る戦艦や砲艦の主砲、二十テラワット級陽電子加速砲であっても、三十光秒以内に近づく必要がある。一方、要塞砲である百テラワット級陽電子加速砲の射程は単独でも四十光秒。集中運用を行えば、百二十光秒もの射程を誇る。

 つまり、現在の速度で射程内に入るには三十分もの時間、要塞砲の攻撃を受け続けることになる。脆弱な砲艦はもちろん、戦艦であってもそれだけの時間、攻撃を受け続ければ全滅することは容易に想像できる。

 誘い出す策と主張していたのはヤシマ侵攻艦隊のティン・ユアン上将だ。
 彼は自らの考えが正しかったと部下たちに得意げに語っていた。

「敵は我が軍を殲滅する気でいるのだ。あの戦艦と砲艦の特殊な隊形がそれを物語っている」

「私には分かりかねます。蒙昧なる我らに閣下のお考えをご開示頂けないでしょうか」と参謀の一人がおもねるような発言をする。

 ティンはそれに機嫌よく答えていく。

「あれは要塞を攻撃する隊形だ。つまり艦隊戦ではなく、要塞攻撃を考えていると思わせようとしておるのだ」

「思わせようとしている……のですか?」

 参謀の疑問にティンは鷹揚に頷く。

「我らがそれに反応することを期待しておるのだ。あの陣形は脆い。敵の砲艦は機動力が皆無だ。それに随伴する戦艦も機動力を失うことになる。巡航戦艦部隊をぶつければ、あの部隊は一気に瓦解するだろう」

 そこで言葉を切り、参謀たちを見回した後、

「つまりだ。敵は我らに餌をちらつかせ、誘い出そうとしておるのだよ。あえて脆弱な隊形をとり、我らの一部が突出するのを誘っておるのだ。我らが出ていけば直ちにフォーメーションを変え、迎撃態勢に入るだろう」

「なるほど。さすがは閣下ですな」と参謀たちは持ち上げる。

「だが、これは我が軍にとって好機でもある」

「好機でございますか?」

「うむ。敵は我らが食いつかねば、J3に向かうだろう。しかし、今の針路を維持している限り、こちらは容易に追撃できる。つまり、敵の無防備な背後に一方的に攻撃が加えられるのだ」

 ティンがそう語ると、参謀たちの賞賛の声は更に大きくなった。それに満足げな笑みを浮かべ、自らの考えを防衛艦隊司令部に伝えた。

 ティンの考えを聞いた防衛艦隊司令部では、その考えに賛同する者が続出する。しかし、防衛艦隊司令官のマオ・チーガイ上将だけはティンの考えに賛同できずにいた。

(確かにそう見える。だが、本当に要塞から我々を引きずり出そうとしているのだろうか? ティン上将の言う通り六個艦隊ではJ5要塞は落ちぬ。あの速度でも要塞砲の射程内に入ってから、三十分は攻撃できない。だとすれば、あの隊形は不自然だというティン上将の考えは正しい気がする……)

 そこで何度も煮え湯を飲まされてきたアルビオン艦隊のサクストン提督とハース参謀長のことを思い出す。

(だが、どうしても腑に落ちぬ。敵がこの要塞に拘る理由がないのだから。第一、相手はあの猛将サクストンなのだ。奴にはあの女狐、ハースが付いている。ならば、一撃で我らに大打撃を与える策を練っている可能性は高い。しかし、それが何なのか思いつかん……)

 敵の思惑が分からず悩むものの、現状では“要塞砲の射程内から出ず、敵が接近するのを待つ”という策以外に思いつかない。

(敵の思惑がどうあれ、今更要塞から離れることはできん……我々が要塞にしがみついている間に敵がJ3に向かうとしても、ティン上将の言うように追撃は可能だ……いや、敵の加速のタイミングいかんによっては低速の戦艦は追いつけぬ。敵は我らの戦力を分断しようとしているのではないか……)

 現状では僅か〇・〇五Cの速度差しかなく、ゾンファ側が追撃を開始するまでのタイムラグを三十分としてもアルビオン側は一・五光分しか先行できない。

 追撃可能な距離だが、低加速度の戦艦ではアルビオン側の減速がギリギリ完了する距離でもあり、判断に苦しむ。

(高機動艦による追撃なら充分に追いつける距離だ。高機動艦だけなら、敵が減速を完了する前に攻撃が可能だ。こちらの戦力を分断する意図があるにしても、危険を冒してまでJ5要塞に接近する意味は何なのだろうか……)

 マオは悩むものの、このまま放置するわけにはいかないと腹を括った。

(敵の意図は分からんが、このままJ3に向かわせるわけにはいかぬ。ティン上将の案を呑まざるを得ぬか……)

 そこでマオはティンと通信を繋いだ。

「ティン上将のお考えに私も賛成です。現段階で敵に不用意に近づくのは危険でしょう」

 マオが譲歩したことにティンは更に気を良くして、艦隊の方針を意気揚々と述べた。

「マオ上将がそうお考えなら、艦隊は要塞砲の射程内で待機すべきですな。あとはタイミングを見計らって敵を追撃するのがよいでしょう。そのための準備は怠りないよう」

「その通りですな。では、艦隊は要塞から一光分の位置で待機。但し、敵が通過した際には直ちに追撃するということで」

「では、我が艦隊ではその準備を行います。ですが、全艦隊の指揮の統一が必要ではありませんかな」

 その言葉にマオ上将が僅かに顔をしかめた。ティンがこの機を使って指揮権を要求してくると思ったためだ。

 マオが言葉を発する前にティンが更に発言する。

「今回の作戦はジュンツェン星系防衛が目的と考えられる。ならば、マオ上将が全体指揮を執るのがよろしかろう」

 意外なことにティンはマオの指揮権を認めてきた。
 ジュンツェン星系防衛の責任者はマオであり、当然のことなのだが、こうもあっさり認めたことにマオは毒気を抜かれた。

「分かりました。上将のご期待に沿えるよう全力で当たらせていただく」

 マオがティンの意見を尊重する姿勢を見せたため、ティンも態度を軟化させ、マオの指揮権を認めたのだ。
 こうして、ゾンファ側の最大の懸念であった指揮命令系統の統一がなった。

 マオはアルビオン側の不可解な行動に不気味さを感じながらも、自らの指揮権を確立できたことに満足していた。

「状況によっては全艦での追撃もあり得る。各艦、敵がどう動いてもよいように準備を怠るな!」

 マオはそう命じると情報担当参謀に敵の行動を注視するように命じた。

「敵にはあのハースがいる。疑問を感じたらすぐに報告せよ」

 こうしてゾンファ艦隊はJ5要塞から一光分の位置で、アルビオン艦隊の動きに目を光らせることになった。
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