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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第十話
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宇宙暦四五一七年七月二日。
クリフォードが砲艦レディバード125に着任した翌日、戦術士兼情報士のマリカ・ヒュアード中尉が艦に戻ってきた。
彼女は明るい赤毛のボーイッシュな女性士官で艦長室に入るなり、不在であったことを謝罪した。
「お出迎えできず、申し訳ございませんでした」
「いや、問題はない。半舷上陸中なのだから気にする必要はないよ」
その言葉にヒュアード中尉は安堵の表情を浮かべた。
クリフォードはその仕草に疑問を持ったが、今は聞くべき時ではないと仕事の話をしていく。
ヒュアード中尉の砲艦に関する知識には曖昧な部分が多く、仕事に対する熱意もあまり感じられなかった。
その一方で、クリフォードに対し媚びるような発言は少なくなかった。ただ、探るような視線も感じており、彼女の評価が定まらない。
(中尉は明らかに左遷だと思っている。ここから抜け出すために私の評価を欲しているのか、それとも私も同類だと思い、仲間意識を持っているのか……いずれにせよ、副長と比べるとかなり劣るところが問題だ。この艦にはCICで指揮を執れる士官が私を含め三人しかいない。彼女が指揮を執るということに不安が消えないのだが……いきなり強く言うのも憚られる。難しいものだ……)
彼はヒュアード中尉に対し、期待しているという言葉を掛け、面談を終えた。
■■■
ヒュアード中尉はクリフォードとの面談を終えた後、一人になったところで安堵の息を吐き出した。
(若き英雄か。私にはただの真面目な優等生にしか見えないけど……)
自分より二歳年下の若い艦長に対し、そんな印象を持った。しかし、すぐに気を引き締めなおす。
(でも、彼は私がここから抜け出すための大事な鍵よ。閣下からの指示通り、きちんと監視をしないと……でも、こういうのは性に合わないわね……)
そして、個人用端末を操作し、メモを作成していく。
ヒュアードを操る何者かがいるが、クリフォードはその存在に気づくことはなかった。
■■■
Dデッキにある士官次室では、准士官たちが新たな艦長に対する評価で盛り上がっていた。
「フレディ、あんたはどう思っているんだい?」
操舵長のレイ・トリンブル一等兵曹がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、掌帆長のフレディ・ドレイパー兵曹長に問い掛ける。
「まだ、何も分からんな」と不愛想な顔で答える。
いつも通りの反応にトリンブルは肩を竦める。
「そうかい? 俺には厄病神にしか見えんがね。“殊勲十字勲章持ち”なんていったら、エリート中のエリートだぜ。どうせ、訳も分からんのにあれこれ口出ししてくるんだ、あの手の若造は」
ドレイパーはギロリとトリンブルを睨むが、すぐにぶっきらぼうな口調でそれに答えた。
「少なくともお前さんの仕事にゃ、口は出さんさ。砲艦の操艦で口を出すことなどないんだからな」
自分の仕事を馬鹿にされたトリンブルは意趣返しに出る。
「あんたの仕事はどうなんだ? 砲艦じゃ、掌砲長と機関士以外は添え物みてぇなもんだろ」
ドレイパーは特に気にすることなく、
「口など出させんよ、うちの副長がな。俺らの仕事が回るようにしてくれるさ」
トリンブルは「そんなもんかね」と言いながらも、否定しなかった。
准士官たちは副長であるバートラム・オーウェル大尉と良好な関係を築き、今までも艦長よりも副長に対して信頼を寄せていた。
オーウェル大尉もまた、自分たちと同じく、この艦に飛ばされてきた、はみ出し者であったからだ。
「あたしは嫌いじゃないわね。あの坊や」
航法士のレベッカ・エアーズ兵曹長がそう言って妖艶な笑みを浮かべる。
彼女は一度退役した後、商船の航法士となったが、船主から言い寄られ、それに嫌気が差し軍に舞い戻ってきた変わり種だ。
彼女自身は周りが思うほど色恋沙汰に興味があるわけではないのだが、船主が愛人にしようと思うほどの美貌と、常に艶めかしい雰囲気を醸し出しているため、よく誤解される。
トリンブルは「ほう」と声を上げ、ニヤニヤとエアーズの顔を眺める。
「マスコミ受けする色男だが、ああいうのが好みなんだな」
「少なくともあんたよりはマシね。まあ、あんたよりマシっていうのは掃いて捨てるほどいるけど」
言葉は辛辣だが、雰囲気が嫌味を感じさせず、場の雰囲気は穏やかなままだ。
「だが、戦闘になるとガラリと雰囲気が変わるそうだ」
それまで聞き役だった先任機関士のレスリー・クーパー一等機関兵曹がそう呟く。
トリンブルが「何か知っているのか、レスリー?」と話を振ると、
「サフォーク05の機関科の連中と研修コースで一緒になったことがある。その中にターマガントの戦闘の時に、戦闘指揮所にいた奴がいたんだ……」
普段はそう言う話になると必ず軽口を叩くトリンブルでさえ、有名な“ターマガント星系の戦い”について話が聞きたいのか、横槍を入れることなく、次の言葉を待つ。
「そいつが言うには、あの不利な状況で終始冷静だったそうだ。それだけじゃなく、ブルっちまう下士官連中を奮い立たせるために自分の失敗を笑い話にして聞かせたそうだ」
ドレイパーは「ほぅ。あの真面目そうな艦長がか」と感心するが、
「まあ、すぐに変わるだろうよ。この砲艦に来たってことは落後したってことだからな。俺としちゃ、さっさと出て行ってくれるのが一番なんだが、司令官に嫌われた奴は長居するからな……」
他の准士官たちも頷くことはなかったが、それを否定する者は誰もいなかった。
マスコミ等で報道されている一般的なクリフォードの評価とは別に、キャメロット防衛艦隊内では、彼が第三艦隊司令官リンドグレーン提督の不興を買っていると認識されていた。
リンドグレーンとクリフォードの後見人扱いであるコパーウィート軍務次官の間には長きにわたって確執があった。
それだけではなく、クリフォードの義父であるノースブルック伯爵とリンドグレーンの縁戚であるシェイファー議員が政敵同士であり、クリフォード自身が原因ではないが、彼の知らないところで不興を買っていたのだ。
財務卿であるノースブルック伯爵と軍務次官であるコパーウィートは現在、首都であるアルビオン星系にいるため、この二人の庇護者がキャメロット星系に戻るか、リンドグレーンが退役するかしなければ、クリフォードに未来はないと思う者が多かった。
「ここに来る艦長連中は自棄になるか、やる気を無くすかのどっちかだ。どちらにしても、今と変わることはないから、どうでもいいんだが」
トリンブルの言葉に全員が溜息混じりに同意する。
戦隊司令がマイヤーズ中佐に代わってから待遇は改善したものの、未だに艦隊内での砲艦戦隊の地位は低く、配属される士官の質もよくない。そのため、中核となる准士官や先任下士官たちの苦労は絶えなかった。
クリフォードが砲艦レディバード125に着任した翌日、戦術士兼情報士のマリカ・ヒュアード中尉が艦に戻ってきた。
彼女は明るい赤毛のボーイッシュな女性士官で艦長室に入るなり、不在であったことを謝罪した。
「お出迎えできず、申し訳ございませんでした」
「いや、問題はない。半舷上陸中なのだから気にする必要はないよ」
その言葉にヒュアード中尉は安堵の表情を浮かべた。
クリフォードはその仕草に疑問を持ったが、今は聞くべき時ではないと仕事の話をしていく。
ヒュアード中尉の砲艦に関する知識には曖昧な部分が多く、仕事に対する熱意もあまり感じられなかった。
その一方で、クリフォードに対し媚びるような発言は少なくなかった。ただ、探るような視線も感じており、彼女の評価が定まらない。
(中尉は明らかに左遷だと思っている。ここから抜け出すために私の評価を欲しているのか、それとも私も同類だと思い、仲間意識を持っているのか……いずれにせよ、副長と比べるとかなり劣るところが問題だ。この艦にはCICで指揮を執れる士官が私を含め三人しかいない。彼女が指揮を執るということに不安が消えないのだが……いきなり強く言うのも憚られる。難しいものだ……)
彼はヒュアード中尉に対し、期待しているという言葉を掛け、面談を終えた。
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ヒュアード中尉はクリフォードとの面談を終えた後、一人になったところで安堵の息を吐き出した。
(若き英雄か。私にはただの真面目な優等生にしか見えないけど……)
自分より二歳年下の若い艦長に対し、そんな印象を持った。しかし、すぐに気を引き締めなおす。
(でも、彼は私がここから抜け出すための大事な鍵よ。閣下からの指示通り、きちんと監視をしないと……でも、こういうのは性に合わないわね……)
そして、個人用端末を操作し、メモを作成していく。
ヒュアードを操る何者かがいるが、クリフォードはその存在に気づくことはなかった。
■■■
Dデッキにある士官次室では、准士官たちが新たな艦長に対する評価で盛り上がっていた。
「フレディ、あんたはどう思っているんだい?」
操舵長のレイ・トリンブル一等兵曹がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、掌帆長のフレディ・ドレイパー兵曹長に問い掛ける。
「まだ、何も分からんな」と不愛想な顔で答える。
いつも通りの反応にトリンブルは肩を竦める。
「そうかい? 俺には厄病神にしか見えんがね。“殊勲十字勲章持ち”なんていったら、エリート中のエリートだぜ。どうせ、訳も分からんのにあれこれ口出ししてくるんだ、あの手の若造は」
ドレイパーはギロリとトリンブルを睨むが、すぐにぶっきらぼうな口調でそれに答えた。
「少なくともお前さんの仕事にゃ、口は出さんさ。砲艦の操艦で口を出すことなどないんだからな」
自分の仕事を馬鹿にされたトリンブルは意趣返しに出る。
「あんたの仕事はどうなんだ? 砲艦じゃ、掌砲長と機関士以外は添え物みてぇなもんだろ」
ドレイパーは特に気にすることなく、
「口など出させんよ、うちの副長がな。俺らの仕事が回るようにしてくれるさ」
トリンブルは「そんなもんかね」と言いながらも、否定しなかった。
准士官たちは副長であるバートラム・オーウェル大尉と良好な関係を築き、今までも艦長よりも副長に対して信頼を寄せていた。
オーウェル大尉もまた、自分たちと同じく、この艦に飛ばされてきた、はみ出し者であったからだ。
「あたしは嫌いじゃないわね。あの坊や」
航法士のレベッカ・エアーズ兵曹長がそう言って妖艶な笑みを浮かべる。
彼女は一度退役した後、商船の航法士となったが、船主から言い寄られ、それに嫌気が差し軍に舞い戻ってきた変わり種だ。
彼女自身は周りが思うほど色恋沙汰に興味があるわけではないのだが、船主が愛人にしようと思うほどの美貌と、常に艶めかしい雰囲気を醸し出しているため、よく誤解される。
トリンブルは「ほう」と声を上げ、ニヤニヤとエアーズの顔を眺める。
「マスコミ受けする色男だが、ああいうのが好みなんだな」
「少なくともあんたよりはマシね。まあ、あんたよりマシっていうのは掃いて捨てるほどいるけど」
言葉は辛辣だが、雰囲気が嫌味を感じさせず、場の雰囲気は穏やかなままだ。
「だが、戦闘になるとガラリと雰囲気が変わるそうだ」
それまで聞き役だった先任機関士のレスリー・クーパー一等機関兵曹がそう呟く。
トリンブルが「何か知っているのか、レスリー?」と話を振ると、
「サフォーク05の機関科の連中と研修コースで一緒になったことがある。その中にターマガントの戦闘の時に、戦闘指揮所にいた奴がいたんだ……」
普段はそう言う話になると必ず軽口を叩くトリンブルでさえ、有名な“ターマガント星系の戦い”について話が聞きたいのか、横槍を入れることなく、次の言葉を待つ。
「そいつが言うには、あの不利な状況で終始冷静だったそうだ。それだけじゃなく、ブルっちまう下士官連中を奮い立たせるために自分の失敗を笑い話にして聞かせたそうだ」
ドレイパーは「ほぅ。あの真面目そうな艦長がか」と感心するが、
「まあ、すぐに変わるだろうよ。この砲艦に来たってことは落後したってことだからな。俺としちゃ、さっさと出て行ってくれるのが一番なんだが、司令官に嫌われた奴は長居するからな……」
他の准士官たちも頷くことはなかったが、それを否定する者は誰もいなかった。
マスコミ等で報道されている一般的なクリフォードの評価とは別に、キャメロット防衛艦隊内では、彼が第三艦隊司令官リンドグレーン提督の不興を買っていると認識されていた。
リンドグレーンとクリフォードの後見人扱いであるコパーウィート軍務次官の間には長きにわたって確執があった。
それだけではなく、クリフォードの義父であるノースブルック伯爵とリンドグレーンの縁戚であるシェイファー議員が政敵同士であり、クリフォード自身が原因ではないが、彼の知らないところで不興を買っていたのだ。
財務卿であるノースブルック伯爵と軍務次官であるコパーウィートは現在、首都であるアルビオン星系にいるため、この二人の庇護者がキャメロット星系に戻るか、リンドグレーンが退役するかしなければ、クリフォードに未来はないと思う者が多かった。
「ここに来る艦長連中は自棄になるか、やる気を無くすかのどっちかだ。どちらにしても、今と変わることはないから、どうでもいいんだが」
トリンブルの言葉に全員が溜息混じりに同意する。
戦隊司令がマイヤーズ中佐に代わってから待遇は改善したものの、未だに艦隊内での砲艦戦隊の地位は低く、配属される士官の質もよくない。そのため、中核となる准士官や先任下士官たちの苦労は絶えなかった。
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