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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第六話
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宇宙暦四五一六年十二月一日。
話はゾンファ共和国のヤシマ侵攻作戦より一年ほど遡る。
SE四五一五年八月に起きたゾンファでの政変はアルビオン王国に強い衝撃を与えた。
対アルビオン強硬派が政権を掌握したことにより、今の平和な状態が終わり、戦争が始まるという陰鬱な雰囲気が人々を覆う。
ゾンファ共和国が野心をむき出しにした場合、彼らが取り得る侵攻ルートは三つあった。
一つ目は十五年前に勃発した第三次ゾンファ戦争で使われたバルベルデ星系を経由し、アルビオン星系を直接侵攻するバルベルデルート。
二つ目はターマガント星系、アテナ星系を経由してキャメロット星系に至るアテナルート。
最後は自由星系国家連合(FSU)のヤシマ星系からスパルタン星系を経由してキャメロット星系に至るスパルタンルート。
この三つのルートのうち、アルビオン星系への直接侵攻ルートであるバルベルデルートは十五年前の戦争で補給の困難さを露呈しており、革新的な補給手段、例えば、およそ二千年前の第二帝国時代のハイパーゲートシステムのような画期的なシステムが開発されない限り、ゾンファがそのルートを使う可能性は小さい。
現状では、アルビオンの情報機関がゾンファ共和国において新技術の開発に成功したという情報を入手しておらず、バルベルデルートが使われる可能性は極めて低いと評価されていた。
二つ目のルートであるアテナルートはごく常識的なルートであり、アルビオン側が最も警戒するルートだ。そのため、アテナ星系には強力な要塞に加え、二個艦隊を常駐させており、防衛体制は十分に整っている。
三つ目のスパルタンルートだが、一つ目のバルベルデルート以上に可能性は低いと考えられていた。
最大の理由は中立であるFSUを戦争に引き込むことになり、同時に二ヶ国を相手にすることになるからだ。
いかに“餓狼”と呼ばれるゾンファといえども、二倍の敵と渡り合うほど愚かではないというのが、外交筋の常識となっていた。
ここでゾンファ共和国とアルビオン王国の国力を比較してみよう。
ゾンファ共和国はアルビオンに比べ人口で優っているものの居住可能星系が一つと少なく、資源開発の点で劣っている。
一方のアルビオン王国はアルビオン星系とキャメロット星系という二つの居住可能星系を保有している。
資源の豊富さ、開発の可能性などを考慮すると、国力的にはゾンファ百に対し、アルビオン百五というのが、最も一般的に言われている数字だ。
ただし、戦力の面では事情が大きく異なる。
ゾンファ共和国は主星系ゾンファに直接侵攻されることがなく、前線であるジュンツェン星系に戦力を集中することが可能だ。一方、アルビオン王国は二つの星系に戦力を分散する必要があることから、単純な比較は難しい。
もう一つの国家、自由星系国家連合はヤシマを含む五つの単一星系国家の連合体で、五ヶ国すべてを合わせればゾンファを大きく凌駕する国力を持つ。
しかし、通商と安全保障に関する協定が主の比較的緩い連合体であり、武力侵攻に対して意思決定に時間がかかる。このため、連合という政治形態は抑止力としての効果しか期待できないと言われている。
非常に古い話ではあるが、FSUは西暦一九〇〇年代後半に存在した、欧州共同体(European Community)に近い組織であった。
当時の地球上のごく狭い範囲の連合体であったECに比べ、FSUは各国が光年単位の距離で隔てられていることから意思疎通に時間が掛かり、単一政体の一歩手前である欧州連合のような組織には至っていなかった。
それでも十五万隻、三十個艦隊を要するFSUを敵に回す可能性は低いと考えられていた。
これらの分析を踏まえ、アルビオン王国ではアテナルートでのキャメロット侵攻が最も可能性が高いと考えていた。
しかし、外務省に属する情報機関ではヤシマ方面でのゾンファ諜報部の活動が活発であり、ヤシマへの侵攻の可能性も否定できないという分析を行っていた。
アルビオン王国軍では急遽、ゾンファ共和国の侵攻に備えるため、艦隊の増強を図ることになった。戦闘艦の建造を急ピッチで進めるとともに、解体処分を待っていた艦艇の復帰などあらゆる手段をもって増強を図っていく。
艦隊の増強には当然のことながら、人的資源の増強も必要となる。予備役が招集され、更に大規模な志願兵の募集も行われた。
■■■
艦船の増加によって、クリフォードにも大きな影響があった。
クリフォードは昨年九月にヴィヴィアン・ノースブルック伯爵令嬢と結婚し、甘い新婚生活を送るとともに、重巡航艦の副戦術士として充実した毎日を過ごしていた。
そんなある日、一通の命令書を受け取った。
上級士官養成コースを受講するため、地上勤務を命じるという命令書だった。
艦の増加によって指揮官が不足したため、大尉であった彼に白羽の矢が立ったのだ。
上級士官養成コースは少壮の少佐又は大尉が指揮官となるべく受講する重要な教育で、修了後、少佐であれば中佐になり軽巡航艦の艦長に、大尉であれば少佐となって駆逐艦の艦長になるのが通例だった。
このため、“艦長コース”とも呼ばれ、士官たちにとっては自らの指揮艦を手に入れる大きな機会であると考えられていた。
もちろん、上級士官養成コースを経ずに艦長となる者は多数いる。しかし、このコースの受講の有無によって、その後の経歴に雲泥の差が出る。
戦時中ならともかく、上級士官養成コースを受講していない士官は中佐止まりとなることが多い。つまり、正規の大佐になれず、花形である四等級艦以上の戦闘艦の艦長になれないのだ。
それだけではなく、武勲を挙げたとしても中将以上に昇進することは稀で、大将が就く艦隊司令官になる可能性は皆無であった。
通常なら大尉として少なくとも三年程度の経験を積み、更に将官級からの推薦を受けて初めて受講が可能となるのだが、クリフォードの場合、大尉在任一年三ヶ月という極短期間で推薦を受けている。
これにはキャメロット防衛艦隊のある将官が関与しているという噂があったが、彼にはそれが誰なのか判らなかった。
(コパーウィート大将は軍務次官となられたから、関係ないだろう。だとすると、誰なのだろうか? 他に心当たりはないのだが……)
彼の頭に最初に浮かんだのは、元キャメロット第一艦隊司令官エマニュエル・コパーウィート大将の名だった。
しかし、コパーウィートは昨年十二月に内閣改造において軍務政務次官に就任し、アルビオンに赴いている。このため、キャメロットに影響力を及ぼすことは難しいと考えられた。
彼は王太子エドワードへの配慮から将官の誰かが推薦を出したのだろうと結論付けた。そして、それ以上詮索することは無意味であると考えることにした。
この人事を聞き、最も喜んだのが、彼の妻ヴィヴィアンだった。
第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある要塞アロンダイトにある官舎に住んでいるものの、艦隊勤務であるクリフォードは艦が入港しなければ自宅に戻ることはない。
覚悟していたとはいえ、彼女は寂しさを感じていたのだ。
ゾンファ方面の不穏な空気を感じつつも、クリフォードは愛妻との生活を過ごしていった。
SE四五一七年七月一日。
六月一日に上級士官養成コースを優秀な成績で修了したクリフォード・コリングウッド大尉は一ヶ月間の休暇の後、少佐に昇進した。
そして、彼は初めての指揮艦を得た。
その艦は用兵思想の変遷に翻弄された不幸な艦種、“砲艦”だった。
話はゾンファ共和国のヤシマ侵攻作戦より一年ほど遡る。
SE四五一五年八月に起きたゾンファでの政変はアルビオン王国に強い衝撃を与えた。
対アルビオン強硬派が政権を掌握したことにより、今の平和な状態が終わり、戦争が始まるという陰鬱な雰囲気が人々を覆う。
ゾンファ共和国が野心をむき出しにした場合、彼らが取り得る侵攻ルートは三つあった。
一つ目は十五年前に勃発した第三次ゾンファ戦争で使われたバルベルデ星系を経由し、アルビオン星系を直接侵攻するバルベルデルート。
二つ目はターマガント星系、アテナ星系を経由してキャメロット星系に至るアテナルート。
最後は自由星系国家連合(FSU)のヤシマ星系からスパルタン星系を経由してキャメロット星系に至るスパルタンルート。
この三つのルートのうち、アルビオン星系への直接侵攻ルートであるバルベルデルートは十五年前の戦争で補給の困難さを露呈しており、革新的な補給手段、例えば、およそ二千年前の第二帝国時代のハイパーゲートシステムのような画期的なシステムが開発されない限り、ゾンファがそのルートを使う可能性は小さい。
現状では、アルビオンの情報機関がゾンファ共和国において新技術の開発に成功したという情報を入手しておらず、バルベルデルートが使われる可能性は極めて低いと評価されていた。
二つ目のルートであるアテナルートはごく常識的なルートであり、アルビオン側が最も警戒するルートだ。そのため、アテナ星系には強力な要塞に加え、二個艦隊を常駐させており、防衛体制は十分に整っている。
三つ目のスパルタンルートだが、一つ目のバルベルデルート以上に可能性は低いと考えられていた。
最大の理由は中立であるFSUを戦争に引き込むことになり、同時に二ヶ国を相手にすることになるからだ。
いかに“餓狼”と呼ばれるゾンファといえども、二倍の敵と渡り合うほど愚かではないというのが、外交筋の常識となっていた。
ここでゾンファ共和国とアルビオン王国の国力を比較してみよう。
ゾンファ共和国はアルビオンに比べ人口で優っているものの居住可能星系が一つと少なく、資源開発の点で劣っている。
一方のアルビオン王国はアルビオン星系とキャメロット星系という二つの居住可能星系を保有している。
資源の豊富さ、開発の可能性などを考慮すると、国力的にはゾンファ百に対し、アルビオン百五というのが、最も一般的に言われている数字だ。
ただし、戦力の面では事情が大きく異なる。
ゾンファ共和国は主星系ゾンファに直接侵攻されることがなく、前線であるジュンツェン星系に戦力を集中することが可能だ。一方、アルビオン王国は二つの星系に戦力を分散する必要があることから、単純な比較は難しい。
もう一つの国家、自由星系国家連合はヤシマを含む五つの単一星系国家の連合体で、五ヶ国すべてを合わせればゾンファを大きく凌駕する国力を持つ。
しかし、通商と安全保障に関する協定が主の比較的緩い連合体であり、武力侵攻に対して意思決定に時間がかかる。このため、連合という政治形態は抑止力としての効果しか期待できないと言われている。
非常に古い話ではあるが、FSUは西暦一九〇〇年代後半に存在した、欧州共同体(European Community)に近い組織であった。
当時の地球上のごく狭い範囲の連合体であったECに比べ、FSUは各国が光年単位の距離で隔てられていることから意思疎通に時間が掛かり、単一政体の一歩手前である欧州連合のような組織には至っていなかった。
それでも十五万隻、三十個艦隊を要するFSUを敵に回す可能性は低いと考えられていた。
これらの分析を踏まえ、アルビオン王国ではアテナルートでのキャメロット侵攻が最も可能性が高いと考えていた。
しかし、外務省に属する情報機関ではヤシマ方面でのゾンファ諜報部の活動が活発であり、ヤシマへの侵攻の可能性も否定できないという分析を行っていた。
アルビオン王国軍では急遽、ゾンファ共和国の侵攻に備えるため、艦隊の増強を図ることになった。戦闘艦の建造を急ピッチで進めるとともに、解体処分を待っていた艦艇の復帰などあらゆる手段をもって増強を図っていく。
艦隊の増強には当然のことながら、人的資源の増強も必要となる。予備役が招集され、更に大規模な志願兵の募集も行われた。
■■■
艦船の増加によって、クリフォードにも大きな影響があった。
クリフォードは昨年九月にヴィヴィアン・ノースブルック伯爵令嬢と結婚し、甘い新婚生活を送るとともに、重巡航艦の副戦術士として充実した毎日を過ごしていた。
そんなある日、一通の命令書を受け取った。
上級士官養成コースを受講するため、地上勤務を命じるという命令書だった。
艦の増加によって指揮官が不足したため、大尉であった彼に白羽の矢が立ったのだ。
上級士官養成コースは少壮の少佐又は大尉が指揮官となるべく受講する重要な教育で、修了後、少佐であれば中佐になり軽巡航艦の艦長に、大尉であれば少佐となって駆逐艦の艦長になるのが通例だった。
このため、“艦長コース”とも呼ばれ、士官たちにとっては自らの指揮艦を手に入れる大きな機会であると考えられていた。
もちろん、上級士官養成コースを経ずに艦長となる者は多数いる。しかし、このコースの受講の有無によって、その後の経歴に雲泥の差が出る。
戦時中ならともかく、上級士官養成コースを受講していない士官は中佐止まりとなることが多い。つまり、正規の大佐になれず、花形である四等級艦以上の戦闘艦の艦長になれないのだ。
それだけではなく、武勲を挙げたとしても中将以上に昇進することは稀で、大将が就く艦隊司令官になる可能性は皆無であった。
通常なら大尉として少なくとも三年程度の経験を積み、更に将官級からの推薦を受けて初めて受講が可能となるのだが、クリフォードの場合、大尉在任一年三ヶ月という極短期間で推薦を受けている。
これにはキャメロット防衛艦隊のある将官が関与しているという噂があったが、彼にはそれが誰なのか判らなかった。
(コパーウィート大将は軍務次官となられたから、関係ないだろう。だとすると、誰なのだろうか? 他に心当たりはないのだが……)
彼の頭に最初に浮かんだのは、元キャメロット第一艦隊司令官エマニュエル・コパーウィート大将の名だった。
しかし、コパーウィートは昨年十二月に内閣改造において軍務政務次官に就任し、アルビオンに赴いている。このため、キャメロットに影響力を及ぼすことは難しいと考えられた。
彼は王太子エドワードへの配慮から将官の誰かが推薦を出したのだろうと結論付けた。そして、それ以上詮索することは無意味であると考えることにした。
この人事を聞き、最も喜んだのが、彼の妻ヴィヴィアンだった。
第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある要塞アロンダイトにある官舎に住んでいるものの、艦隊勤務であるクリフォードは艦が入港しなければ自宅に戻ることはない。
覚悟していたとはいえ、彼女は寂しさを感じていたのだ。
ゾンファ方面の不穏な空気を感じつつも、クリフォードは愛妻との生活を過ごしていった。
SE四五一七年七月一日。
六月一日に上級士官養成コースを優秀な成績で修了したクリフォード・コリングウッド大尉は一ヶ月間の休暇の後、少佐に昇進した。
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