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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

第五話

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 宇宙暦SE四五一八年二月五日 標準時間〇一三〇。

 ヤシマの平穏は唐突に破られた。大規模なゾンファの艦隊が突如出現したのだ。

 ゾンファ艦隊は前年十一月二十日にゾンファ星系を進発し、四十五パーセク(約百四十七光年)もの距離を超えてきた。

 ゾンファ艦隊の指揮官はヤシマ侵攻作戦を提案したホアン・ゴングゥル上将だった。
 彼は“ヤシマ解放艦隊”と名付けられた六個艦隊約三万隻、うち戦闘艦は二万七千隻に加え、揚陸部隊約二十万人を含む大規模な占領部隊を率いていた。

 これは十七年前のアルビオン星系奇襲作戦に匹敵し、ゾンファ共和国の総力と言っていい規模であった。

 その大艦隊来襲の報を受けたヤシマの人々は、あまりに唐突な侵攻に、“演習の一環ではないか”などという者もいるほど、現実を受け止められないでいた。

 ホアン上将はヤシマ星系のジャンプポイントJPに到着すると、JP付近の防衛施設を無力化した。
 そして、悠然とした表情で降伏勧告を行った。

「ヤシマ政府に告ぐ。小官はヤシマ解放艦隊司令長官ホアン・ゴングゥルである。我が国からの再三に渡る警告を無視し、貴国は我が国の権益を侵すだけでなく、同胞の生命、財産を脅かし続けている……我らゾンファ共和国は祖国及び同胞の生命を守るため、武力による制裁を行うこととした……直ちに全ての武装を解除し、我らヤシマ解放艦隊の管理下に入ることを勧告する。回答期限は二月七日午前零時。それまでに回答無き場合も勧告に従わないものと判断し、武力による制裁を開始する。以上だ」

 こうして、ゾンファ共和国のヤシマ侵攻作戦が開始された。

 ヤシマ政府の混乱は目を覆うほどの醜態であった。

 KYニューズグループによって引き起こされた極度の政治不信により、有能な政治家が排除され、国民受けすることしか考えない無能で実行力のない政治しか存在しなかったためだ。

 それでも心ある政治家や官僚たちは事態の収拾を図るべく奔走する。
 しかし、決められない無能な政治家たちは出された案に対し、ヒステリックな罵声を浴びせるだけで具体策を提示できない。

 時間だけが無為に浪費されていった。

 ヤシマの防衛軍は政治家たちの混乱を受けつつも、何とか秩序を保っていた。二万隻に及ぶ艦艇を集め、決死の覚悟で防衛ラインを形成していく。
 しかし、防衛軍も時間が経つにつれ、指揮系統に混乱が生じ始めた。

 防衛軍の高級軍人の中には政治家とのつながりが強い者が多く、徹底抗戦派と無条件降伏派に分かれ、激論が交わされていた。

 更に一部の将官が独断で艦隊を動かし、それが更に混乱を助長していった。


 二月七日 標準時間〇〇〇〇。

 ホアン上将の定めた回答期限となったが、ヤシマ側は明確な方針を定めることができず、時間稼ぎを行うため、ホアン上将と交渉しようとした。だが、武断的なホアンはただ一言で斬って捨てた。

「問答無用!」

 この時、ゾンファの侵攻艦隊は首都星第三惑星タカマガハラの二十光分の位置にあった。

 ヤシマ防衛艦隊はここに至り、第三惑星軌道付近での迎撃を決断する。
 元々首都星周辺には防衛施設である軍事衛星が多数配備されていること、首都星攻略のため敵は必ず減速することなどから、決戦の場としたのだ。

 それに対し、ホアンは不敵な笑みを浮かべながら、「ヤシマ艦隊の墓場が決まった」と呟いたとされる。

 結論から言えば、ゾンファ艦隊の圧勝だった。

 ハードウェアにおいては、ヤシマ軍は個艦の性能でゾンファ軍を上回っていた。しかし、絶対数で三分の二しかなく、戦後の研究では、ハードウェアにおける戦力比は三対四であったと推定されている。

 しかし、実戦経験が豊富なゾンファ軍に対し、海賊の取り締まり程度の経験しかないヤシマ軍の練度は低く、圧倒的な戦力の開きがあった。

 この状況を本能的に理解していたホアン上将は猛将らしく精密さを求めるような戦術は採らず、圧倒的な戦力差に物を言わせる戦術を断行する。

「敵は烏合の衆である! 正面から踏みつぶせ!」

 麾下の艦隊はその命令を忠実に守り、ただひたすら押し潰すだけの強引な進軍を開始した。

 それに対し、ヤシマ防衛艦隊は複雑な艦隊運動で敵を翻弄しようとした。
 しかし、そこでヤシマ側の練度の低さが露呈する。
 机上では充分な効果がある作戦であったが、それを実行することができなかった。

 ヤシマ将兵は戦闘艦二万七千隻が砲列を並べて突撃してくる様に怯えた。
 戦闘指揮所CICのスクリーンを通してでさえ、自らの心臓に刃を突きつけられているかのような恐怖を感じていたのだ。

 このため、囮となるべき戦隊が予定の半分の距離で反転するなど、ヤシマ艦隊司令部の企図した戦術は開戦初期に破綻した。

 更にゾンファ艦隊は民間施設への攻撃を示唆するなど、ヤシマ艦隊将兵の士気を削ぐ策を実行していく。

 本来であれば、ゾンファ艦隊の出現から四十時間以上の時間があり、民間人が戦場にいることはなかったはずだ。しかし、少なくない国民が戦場近くの衛星軌道上にある生産施設、商業施設、リゾート施設などに残されていた。

 これは混乱の極みにあったヤシマ政府が船舶の準備や地上への避難を効率的に行えなかったためだが、元々避難計画自体が作られていなかったことも大きな理由だった。

 民間人への無差別攻撃は三次にわたる銀河動乱で、人口の激減を招いたことから、どの国家も禁忌とされ、そのような非人道的な行為を行うとは想定していなかったのだ。
 しかし、ゾンファはその禁忌すら自らの野心のために容易に捨て去った。

 この事実がヤシマ将兵に更に恐怖を植え付けることになった。

 あとは一方的な蹂躙だった。
 恐慌に陥ったヤシマ艦隊はただ一度の砲撃で瓦解した。ゾンファ艦隊は算を乱して逃げ惑うヤシマ艦隊を半包囲し、次々と殲滅していく。

 唯一、ヤシマ防衛第二艦隊だけが戦闘衛星による支援を巧みに使って抗戦したが、僅か五千隻では戦局を覆すことができず、ゾンファ側に出血を強いるだけに留まった。

 開戦から五時間後、ヤシマ艦隊は“降伏”か“死”の二者択一の選択を迫られる。
 そんな中、第二艦隊副司令官タロウ・サイトウ少将は、捲土重来を期してアルビオンに逃走するという大胆な選択を行った。

 艦隊内からも祖国を見捨てることに反対の声が上がったが、サイトウ少将の一言でその流れは変わった。

「借りは必ず返す」

 第二艦隊二千七百隻余に他の艦隊の残存艦約三千隻が加わり、アルビオン側のレインボー星系行きジャンプポイントJPに向けて脱出を開始した。

 サイトウ少将の巧妙な艦隊指揮により、約五百隻を失ったものの、無事レインボー星系に向けて超光速航行に入ることができた。
 こうして、ヤシマ艦隊にとって長く苦しい逃亡が始まった。


 二月七日 標準時間一二〇〇。

 自由星系国家連合フリースターズユニオンの一つ、ヤシマはゾンファ共和国に無条件降伏した。
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