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第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第四話
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宇宙暦四五一六年五月。
自由星系国家連合(FSU)に属する通商国家ヤシマではあるメディアにおいて、数ヶ月前から親ゾンファ・反アルビオンキャンペーンが行われていた。
そのメディアは“KYニューズ”グループといい、ことあるごとにヤシマはアルビオンと決別し、ゾンファと友好関係を結ぶべきだと主張していた。
その主張は美辞麗句が散りばめられ、一見すると理想的に見える。
しかし、安全保障上の常識では考えられないような非常に危険なものも含まれていた。
例えば、ゾンファ共和国がヤシマから僅か五パーセク(約十六光年)の位置にあるイーグン星系の領有権を主張しているのに対し、KYニューズは経済関係強化のため、領有権を放棄し、完全な中立星系とすべきであると主張している。
『……イーグン星系には資源も無く、航路としてのみ存在価値がある。その星系の領有権を主張するより、平和の宇宙として両国で管理することが、貿易国家としてのヤシマのあるべき姿である。領有権を主張する勢力はいたずらに両国関係に軋轢をもたらし……』
自国の防衛ラインを放棄する非常に危険な考えで、銀河連邦や銀河帝国の最盛期であるならいざしらず、動乱期以降では考えられないような主張だ。
更には軍備の放棄も主張している。
『……我が国は非武装中立を唱えた平和国家として存続すべきである。平和国家として各国に認知されることにより、外交問題による経済活動の停滞を防ぐことができる……軍事力強化を主張する勢力は各国の良識を過小評価している。非武装国への軍事侵攻は恥ずべきことであり、各国の政治家はそのような愚挙を起こさないよう努力するであろう。つまり、非武装中立は軍事侵攻に対する充分な抑止力となり得るのだ……』
国際的な枠組みがなく、隣国に平気で奇襲を掛ける国に対し、良識があるという主張はアルビオン王国やスヴァローグ帝国では鼻で笑われるだろうが、平和ボケしたヤシマではある程度受け入れられていた。
現実が見えている有識者や一部のメディアがKYニューズの主張に対して強硬に反発するが、潤沢な資金力と多くのメディアを支配するKYニューズの主張は日に日に人々の間に浸透していった。
元々流されやすい国民性を持つヤシマ国民は検証行為を行うことなく、KYニューズの報道が真実であるかのような錯覚を起こしていく。
政治家たちもメディアの動向に敏感になり、ゾンファ共和国の野心に気づきながらも自らの選挙への影響を考慮し、批判を口にしなくなっていった。
そして、親ゾンファの流れができ始めると、次は反アルビオンキャンペーンを展開していった。
『……アルビオン王国とは一体どのような国家なのだろうか。君主制という非民主的な国家が我々とどう向き合うのか。彼らが一度牙を剥けば、我が国は“国王陛下”の臣民になり下がってしまうのだ。自由、民主、独立。そのすべてを我々は失うことになる。我々が成すべきことは何か。アルビオンに民主主義を伝えることである……』
KYニューズの暴走は留まることを知らなかった。
彼らは自分たちの主張に反対する政治家、論客たちを悪意に満ちた方法で攻撃していく。資金力にものを言わせて、捏造と言論封殺を行い、意に添わぬ者を社会的に抹殺していった。
更にKYニューズは反防衛軍キャンペーンを展開する。
ヤシマでは徴兵制をとっておらず、防衛軍の将兵はすべて志願兵だ。だが、軍に入るのは兵器に興味がある変わり者か、就職に失敗した者たちと言われ、軍人の社会的地位はそれほど高くない。
ヤシマ市民たちの軍の印象は、災害時の救援隊か、大規模な犯罪組織すなわち宇宙海賊などの取締りを行う組織というもので、国を守る名誉ある職と考えるものは少なかった。
そんな中、KYニューズは防衛軍兵士の犯罪について、通常では考えられないほど大きく報道した。殺人や暴行などの重大犯罪ならいざ知らず、万引き程度の犯罪や交通違反など一般市民であれば地方版にも載らないほどの記事を全国版で大々的に報じたのだ。
軍の規律に対し綱紀粛正を訴えるならいざしらず、軍人というだけで人格を否定し、職業軍人を貶めていった。実際のところ、ヤシマ防衛軍の犯罪率は一般市民のそれとほとんど変わらない。
軍に対する陰湿な報道により、軍人の、特に若い軍人の士気は低下の一途を辿っていく。優秀な者ほど軍を辞めていき、軍隊としての質は低下の一途を辿っていった。
■■■
SE四五一六年八月。
KYニューズホールディングスの社長イムラは、高級ホテルのラウンジにいた。このホテルはKYニューズグループが出資しており、秘密裏の会談を行うためによく利用されている。
彼は個室になった一画である人物と面会していた。もし、イムラをよく知るものがその光景を見たら、目を疑っただろう。
報道部から論説委員を経て社長となったイムラは、尊大で誰に対しても頭を下げないと言われていた。しかし、そこには揉み手をするようにぺこぺこと頭を下げるイムラの姿があったのだ。
その面会相手は濃いサングラスと特徴のない髪形の年齢不詳の男で、暗いラウンジの照明ということもあり、目を離せばどのような男だったか全く記憶に残らないような人物だった。
「このホテルでご不自由はしておりませんかな。何でも申し付けてください。何といっても、このホテルは当社の自慢の……」
饒舌なイムラに対し、面会相手の男は冷ややかにその言葉を遮る。
「防衛長官のヤマモトを失脚させろ。早急に、確実に」
イムラは一瞬驚きを見せるが、すぐに笑顔を見せ、
「かしこまりました。では、先日お願いした融資の件もご了承いただけるということで……」
「上からの指示は受けている。安心しろ」
男は汚物でも見るような視線を向けるが、濃いサングラスでそれは隠されていた。
それだけ言うと、男は静かに立ち去った。
ヤマモトはゾンファの軍事侵攻を最も警戒している政治家だった。軍にも支持者が多く、清廉なイメージと強いメッセージ力で次期首相との声が高い政治家だった。
KYニューズはヤマモトが軍需産業から違法に献金を受け取ったというスクープを流した。
当初は証拠も少なく、検察も動かなかったが、日を追うごとにKYニューズ系のメディアに次々と証人と称する人物が登場する。
ヤマモト本人と政権与党は必死に弁明したが、KYニューズの報道を受け、検察が動き始める。
そして、証人だけでなく、証拠も次々と出てくるようになり、野党や政権与党の別の派閥の追求が厳しくなり、ヤマモトは辞任に追い込まれた。
この収賄事件によって、ヤシマ政界は大きく混乱していく。
ヤシマはSE四五一七年末までに二度の総選挙が行われ、一年あまりの間に首相が三度代わった。
四五一八年に入るとヤシマ国民の政治不信は極限に達していた。
更に軍部のスキャンダルを執拗に報道し、国民の軍への信頼感を摩滅させていった。
■■■
SE四五一七年十一月のある日。
ゾンファ共和国の首都星ゾンファにある国民解放軍諜報部に、一片の手書きのメモが届けられた。
「紅四号より黒一号へ。日は沈んだ。以上」
諜報部の責任者はそのメモを持ち、国家統一党本部に向かった。そして、書記長であるティエン・シャオクアンの執務室に入り、それを手渡す。
ティエン書記長は満足げに頷くと、重々しく命じた。
「よろしい。直ちに実行せよ」
書記長の命令により、事態は一気に動き始めた。
自由星系国家連合(FSU)に属する通商国家ヤシマではあるメディアにおいて、数ヶ月前から親ゾンファ・反アルビオンキャンペーンが行われていた。
そのメディアは“KYニューズ”グループといい、ことあるごとにヤシマはアルビオンと決別し、ゾンファと友好関係を結ぶべきだと主張していた。
その主張は美辞麗句が散りばめられ、一見すると理想的に見える。
しかし、安全保障上の常識では考えられないような非常に危険なものも含まれていた。
例えば、ゾンファ共和国がヤシマから僅か五パーセク(約十六光年)の位置にあるイーグン星系の領有権を主張しているのに対し、KYニューズは経済関係強化のため、領有権を放棄し、完全な中立星系とすべきであると主張している。
『……イーグン星系には資源も無く、航路としてのみ存在価値がある。その星系の領有権を主張するより、平和の宇宙として両国で管理することが、貿易国家としてのヤシマのあるべき姿である。領有権を主張する勢力はいたずらに両国関係に軋轢をもたらし……』
自国の防衛ラインを放棄する非常に危険な考えで、銀河連邦や銀河帝国の最盛期であるならいざしらず、動乱期以降では考えられないような主張だ。
更には軍備の放棄も主張している。
『……我が国は非武装中立を唱えた平和国家として存続すべきである。平和国家として各国に認知されることにより、外交問題による経済活動の停滞を防ぐことができる……軍事力強化を主張する勢力は各国の良識を過小評価している。非武装国への軍事侵攻は恥ずべきことであり、各国の政治家はそのような愚挙を起こさないよう努力するであろう。つまり、非武装中立は軍事侵攻に対する充分な抑止力となり得るのだ……』
国際的な枠組みがなく、隣国に平気で奇襲を掛ける国に対し、良識があるという主張はアルビオン王国やスヴァローグ帝国では鼻で笑われるだろうが、平和ボケしたヤシマではある程度受け入れられていた。
現実が見えている有識者や一部のメディアがKYニューズの主張に対して強硬に反発するが、潤沢な資金力と多くのメディアを支配するKYニューズの主張は日に日に人々の間に浸透していった。
元々流されやすい国民性を持つヤシマ国民は検証行為を行うことなく、KYニューズの報道が真実であるかのような錯覚を起こしていく。
政治家たちもメディアの動向に敏感になり、ゾンファ共和国の野心に気づきながらも自らの選挙への影響を考慮し、批判を口にしなくなっていった。
そして、親ゾンファの流れができ始めると、次は反アルビオンキャンペーンを展開していった。
『……アルビオン王国とは一体どのような国家なのだろうか。君主制という非民主的な国家が我々とどう向き合うのか。彼らが一度牙を剥けば、我が国は“国王陛下”の臣民になり下がってしまうのだ。自由、民主、独立。そのすべてを我々は失うことになる。我々が成すべきことは何か。アルビオンに民主主義を伝えることである……』
KYニューズの暴走は留まることを知らなかった。
彼らは自分たちの主張に反対する政治家、論客たちを悪意に満ちた方法で攻撃していく。資金力にものを言わせて、捏造と言論封殺を行い、意に添わぬ者を社会的に抹殺していった。
更にKYニューズは反防衛軍キャンペーンを展開する。
ヤシマでは徴兵制をとっておらず、防衛軍の将兵はすべて志願兵だ。だが、軍に入るのは兵器に興味がある変わり者か、就職に失敗した者たちと言われ、軍人の社会的地位はそれほど高くない。
ヤシマ市民たちの軍の印象は、災害時の救援隊か、大規模な犯罪組織すなわち宇宙海賊などの取締りを行う組織というもので、国を守る名誉ある職と考えるものは少なかった。
そんな中、KYニューズは防衛軍兵士の犯罪について、通常では考えられないほど大きく報道した。殺人や暴行などの重大犯罪ならいざ知らず、万引き程度の犯罪や交通違反など一般市民であれば地方版にも載らないほどの記事を全国版で大々的に報じたのだ。
軍の規律に対し綱紀粛正を訴えるならいざしらず、軍人というだけで人格を否定し、職業軍人を貶めていった。実際のところ、ヤシマ防衛軍の犯罪率は一般市民のそれとほとんど変わらない。
軍に対する陰湿な報道により、軍人の、特に若い軍人の士気は低下の一途を辿っていく。優秀な者ほど軍を辞めていき、軍隊としての質は低下の一途を辿っていった。
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彼は個室になった一画である人物と面会していた。もし、イムラをよく知るものがその光景を見たら、目を疑っただろう。
報道部から論説委員を経て社長となったイムラは、尊大で誰に対しても頭を下げないと言われていた。しかし、そこには揉み手をするようにぺこぺこと頭を下げるイムラの姿があったのだ。
その面会相手は濃いサングラスと特徴のない髪形の年齢不詳の男で、暗いラウンジの照明ということもあり、目を離せばどのような男だったか全く記憶に残らないような人物だった。
「このホテルでご不自由はしておりませんかな。何でも申し付けてください。何といっても、このホテルは当社の自慢の……」
饒舌なイムラに対し、面会相手の男は冷ややかにその言葉を遮る。
「防衛長官のヤマモトを失脚させろ。早急に、確実に」
イムラは一瞬驚きを見せるが、すぐに笑顔を見せ、
「かしこまりました。では、先日お願いした融資の件もご了承いただけるということで……」
「上からの指示は受けている。安心しろ」
男は汚物でも見るような視線を向けるが、濃いサングラスでそれは隠されていた。
それだけ言うと、男は静かに立ち去った。
ヤマモトはゾンファの軍事侵攻を最も警戒している政治家だった。軍にも支持者が多く、清廉なイメージと強いメッセージ力で次期首相との声が高い政治家だった。
KYニューズはヤマモトが軍需産業から違法に献金を受け取ったというスクープを流した。
当初は証拠も少なく、検察も動かなかったが、日を追うごとにKYニューズ系のメディアに次々と証人と称する人物が登場する。
ヤマモト本人と政権与党は必死に弁明したが、KYニューズの報道を受け、検察が動き始める。
そして、証人だけでなく、証拠も次々と出てくるようになり、野党や政権与党の別の派閥の追求が厳しくなり、ヤマモトは辞任に追い込まれた。
この収賄事件によって、ヤシマ政界は大きく混乱していく。
ヤシマはSE四五一七年末までに二度の総選挙が行われ、一年あまりの間に首相が三度代わった。
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更に軍部のスキャンダルを執拗に報道し、国民の軍への信頼感を摩滅させていった。
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ゾンファ共和国の首都星ゾンファにある国民解放軍諜報部に、一片の手書きのメモが届けられた。
「紅四号より黒一号へ。日は沈んだ。以上」
諜報部の責任者はそのメモを持ち、国家統一党本部に向かった。そして、書記長であるティエン・シャオクアンの執務室に入り、それを手渡す。
ティエン書記長は満足げに頷くと、重々しく命じた。
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