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第二部:「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

第三十一話

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 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二三六。

 アルビオン王国軍第五艦隊所属第二十一哨戒艦隊は、ゾンファ共和国国民解放軍第八〇七偵察戦隊との死闘を繰り広げていた。

 アルビオン側は旗艦である重巡航艦サフォーク05を先頭に単縦陣を組み、最大加速でゾンファ軍に向かっていた。

 対するゾンファ側は旗艦である重巡航艦ビアンを中心にしたピラミッド状の隊形を組み、星系内最大巡航速度である〇・二光速でアルビオン軍に突撃する。

 二つの小艦隊の動きを外から観測している者がいれば、アルビオン軍が〇・一四Cで後退しながら全力で減速し、ゾンファ軍は〇・二Cで慣性航行をしているように見えるだろう。

 アルビオン側は旗艦重巡航艦サフォーク05と四隻の駆逐艦がステルスミサイルを一斉に発射した。その後、更に二度ミサイルを放っている。
 ゾンファ側もミサイルを放つが、どちらのミサイルも到達までには六十秒近い時間が掛かる。
 その間にも両者の主砲が火を噴き続けていた。

 アルビオン側は単縦陣であるため、先頭に立つサフォークに敵の砲撃が集中する。
 徐々に正確になっていたゾンファ艦隊の砲撃が、遂にサフォークを捉えた。サフォークはその衝撃で大きく艦体を揺らす。

 機関科兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、上擦りそうになる声を抑えながら、防御スクリーンが過負荷になったことを報告する。

「防御スクリーンA系列トレイン過負荷停止トリップ! B系列トレイン自動切替正常。……B系列トレイン過負荷停止トリップ! スクリーン両系統トレインとも消滅! 再展開は五秒後!」

 その直後、サフォークの艦体に更に激しい衝撃が走った。

 戦闘指揮所CIC内の照明が明滅し、オレンジ色の非常用照明に切り替わる。各コンソールからは異常を知らせる警報音が鳴り響いた。

 CIC要員はその衝撃に体を揺さぶられ、コンソールに手をついて体が飛び出さないようにすることしかできない。

 衝撃とその後の振動は五秒ほどで収まったが、CIC要員は茫然自失の状態になっていた。
 クリフォードは状況を確認するよう、サドラー兵曹、掌砲手ケリー・クロスビー一等兵曹、航法員マチルダ・ティレット三等兵曹に命じる。

「ケガをしたものはいないな! 直ちに艦の状況を確認し報告せよ! サドラーは機関とスクリーンを! クロスビーは兵装関係! ティレットは艦内の被害状況を確認してくれ!……」

 命令が行き渡ると次々と情報が上がってきた。

「防御スクリーンB系列トレイン使用不能! A系列トレインにより再展開完了! 但し、防御スクリーンは安定していません! 対消滅炉リアクター及び質量-熱量変換装置MECに異常なし!……」

通常空間航行用機関NSD及び超光速航行システムFTLD異常なし! Jデッキ減圧! B、C、D各デッキでも一部減圧中! 但し、自動隔離成功しています!……」

主兵装冷却系統MACCS損傷。主砲用加速コイル冷却能力五十パーセント低下。現状では主砲発射に二十秒以上の間隔を空ける必要があります。その他、兵装関係異常なし!」

 次々と報告が上がる中、クリフォードは刻々と近づく敵艦隊を見つめていた。

(小破と言ったところか。人的損害が不明だが、戦闘能力はそれほど落ちていない。防御スクリーンが安定していないのが気になるが……)

 被害が小さかったことに安堵するが、それを顔に出すことなく、部下たちに次々と指示を出していく。

「クロスビー、主砲発射でき次第、反撃を開始せよ! サドラー、防御スクリーンを何とか安定させてくれ! ウォルターズ、各艦の損害状況を報告せよ。分かる範囲でいい。レイヴァース、敵の損害状況を報告せよ」

 そして、全員に向かって話しかけた。

「全員聞いてくれ! サフォークはまだ戦える。だが、我々の任務は味方を脱出させることだ。更に攻撃を受けるが、冷静な対応を頼む」

 その時、CICに人工知能AIのアナウンスが流れた。

『通信系故障対応訓練中止。すべての通信機器の使用制限は解除。内部破壊者インサイダー対応訓練中止。すべての入出力装置の使用制限及び重要設備の機械ロックは解除。各員は通常勤務に復帰せよ。繰り返す……』

 CIC要員は思わず、互いの顔を見合わせていた。
 クリフォードは何が起こったのか理解できない。

(何が起こったんだ? 旗艦からの中止命令は出ていないはずなのに……)

 呆然とするクリフォードの目に、スクリーンに映される駆逐艦ヴィラーゴの爆散した姿が映っていた。


■■■

 軽巡航艦ファルマス13のCICのスクリーンには、先頭を行く旗艦サフォークに敵の攻撃が集中し、白く霞む姿が映っていた。
 艦長のイレーネ・ニコルソン中佐はその姿を諦めに似た感情で見つめていた。

(やはりこうなったわ。今のところ、大きな損害は確認できない。でも、悔しいけど、サフォークが沈むのは時間の問題ね……)

 その時、情報士官のサミュエル・ラングフォード少尉が、ニコルソン艦長に指示を求めていた。

「通信系故障対応訓練及び内部破壊者インサイダー対応訓練中止申請はいつでも出せます。すぐに艦隊司令代行の申請をお願いします」

 ニコルソン艦長は白く霞むサフォークの姿に、それを忘れていた自分を恥じた。彼女はすぐにAIにサフォークの損傷と、第二十一哨戒艦隊の指揮権委譲を記録した。

「C05PF021第五艦隊第二十一哨戒艦隊所属、HMS-F0202013ファルマス13指揮官、イレーネ・ニコルソン中佐により記録を開始する。小官はC05PF021旗艦HMS-D0805005サフォーク05の損傷が甚大であり、指揮遂行不能と判断した。よって、次席指揮官の権限によりC05PF021第二十一哨戒艦隊の指揮権を正式に取得し、これを記録する。宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時三六分。HMS-F0202013ファルマス13指揮官、イレーネ・ニコルソン中佐」

 それに答えるかのように、AIの中性的な声が流れ始めた。

宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時三六分。C05PF021第二十一哨戒艦隊の指揮権はHMS-F0202013ファルマス13指揮官イレーネ・ニコルソン中佐にあると記録完了』

 それを聞いたサミュエルは、すぐに訓練中止の申請を行った。
 申請を受けたニコルソン艦長が、すぐに承認を行う。

「本星系防衛責任者として命令。現在、本星系で行われている通信系故障対応訓練及び内部破壊者対応訓練の中止する」

 ニコルソン艦長が承認し終わると、CICにAIの訓練中止のアナウンスが流れていった。

『通信系故障対応訓練中止。すべての通信機器の使用制限は解除。内部破壊者インサイダー対応訓練中止。すべての入出力装置の使用制限及び重要設備の機械ロックは解除。各員は通常勤務に復帰せよ。繰り返す……』

 ニコルソン艦長は一斉放送のマイクを握り、「総員戦闘配置! 機関制御室RCR要員は直ちに防御スクリーンの再調整を行うこと!」と叫んでいた。

「とりあえず、これで艦隊は正常に戻るはずよ。大至急、他の艦に確認を取りなさい!」

 ニコルソン艦長はCIC要員にそう命じると、誰にも聞こえない小さな声で「これで私が指揮を執ることになるのね」と呟く。

 彼女の目に爆散していく駆逐艦ヴィラーゴの姿が映った。
 ヴィラーゴは運悪く、攻撃を受けていたサフォークの真後ろに入ったため、サフォークを狙った一斉砲撃の流れ弾に打ち砕かれてしまったのだ。
 ニコルソン艦長はその姿から目を離し、すぐに状況の確認を始める。

 味方の情報が入ってくると、すぐにその戦闘力を計算していく。

(サフォークの主砲は間欠的にしか撃てない。ザンビジは主砲が使えない。ファルマスはミサイルを撃ち尽くし、防御スクリーンの調整に時間が必要……いい情報なんて一つもないわ……)

 そして、敵の情報に目を通すと、更に暗澹とした表情になる。

(駆逐艦一隻にも損傷を与えているだけね……危険なのは敵の旗艦と軽巡航艦。武器ウェポン級の弱点は確か防御スクリーンだったはず。ミサイルと砲撃を集中させてスクリーンを過負荷にすれば、カロネードで止めをさせる。後はミサイルのタイミングだけね……)

 その時、サフォークから情報が入ってきた。
 その情報はクリフォードが考えた、ミサイルとカロネードの発射タイミングについての提案だった。

(驚いたわ。既に考えてあったのね……駄目ね、本来私も考えておかなくてはいけないのに……)

 彼女はその情報を戦術士に転送し、各艦に攻撃のタイミングを合わせるよう指示する。

「コリングウッド中尉の提案を各艦に転送しなさい。最接近時にカロネードを撃ちこむタイミングも合わせなさい」

 そして、航法担当兵曹に「敵とすれ違った後の隊形は現状のまま。敵との距離が最小になったら、加速を停止し、百八十度回頭。これを各艦に連絡して」と命じた。

 その間にも先頭を行くサフォークに敵の攻撃が集中していた。
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