アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第二部:「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

第二十五話

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 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二一〇。

 五等級艦軽巡航艦タウン級ファルマス型十三番艦ファルマス13の戦闘指揮所CICでは、敵分艦隊の軽巡一隻、駆逐艦二隻を撃沈、軽巡一隻を大破させたことで沸いていた。

 そんな中、情報士官のサミュエル・ラングフォード少尉は、まだ危険な状況にあると素直に喜べないでいる。

(確かに敵を減らすことはできた。しかし、こちらが圧倒的に不利であることに変わりはない。早急に通信を回復しないと、回避運動が単調にならざるを得ない。次の攻撃で狙い撃ちされる可能性がある……)

 そして、通信手段を回復させる方法を考え始める。

(今の問題は通信系故障対応訓練と内部破壊者インサイダー対応訓練が継続していることだ。これを解除するためには、星系防衛責任者と星系内最高情報士官の承認が必要だ。今の旗艦、サフォークのCICに士官はクリフしかいない。情報士官であるキンケイド少佐が死んだ今、旗艦に情報士官がいないことが問題なんだ……ファルマスが指揮を執っていれば、艦長が最高位の士官だし、俺が情報士官として星系内最高情報士官の代行ができるんだが……)

 そして、合法的に指揮権を移譲する方法、艦隊司令を解任する方法について考え始めた。

(ニコルソン艦長はこの哨戒艦隊の次席指揮官だ。ならば、指揮官である司令を解任する権限を有しているはずだ。その場合に必要な手続きは……)

 アルビオン王国軍には指揮官が指揮を執る状況にないと次席指揮官が判断した場合、指揮官を解任して、代わりに指揮を執るという制度がある。

 その場合、指揮官が指揮を執る状況にないことを客観的に航宙日誌ログに記録し、他の士官がその事実を承認する必要がある。

 艦隊司令の場合、次席指揮官が解任動議を行い、所属する各艦の艦長又は代行指揮官がそれを承認する必要があった。

(駄目か。ニコルソン艦長が解任動議を出したとしても、各艦の艦長が承認する術がない。この状況から脱するにはサフォークが損傷して、それをファルマスの人工知能AIが損傷を認定する必要がある。今の状況なら、小破くらいでも通信機能の障害を理由にファルマスを旗艦代行にすることは可能だ。だが、サフォークの損傷を待つというのは……)

 彼はもう一度考え直そうと艦隊運用規則の条文を確認し始めた。


 旗艦サフォークから最大加速度でアルファ隊と合流するよう連絡が届いた。
 ファルマス13の艦長、イレーネ・ニコルソン中佐は、サフォークの指示通りに命令を下しながら、指揮を執るクリフォードのことを考えていた。

(コリングウッド中尉の考えは分かるわ。彼の策のおかげで敵の戦力は三割ほど落ちた。だけど、こちらも同程度の戦力ダウンになっている。未だ敵の方が戦力的には圧倒しているから、少しでも生存率を上げようと戦力を集中したのね)

 そして、自艦の損害に頭を悩ませていた。

(今の防御スクリーンの出力が落ちた状態のまま、戦闘に入りたくはないわね。せめて機関制御室RCRと連絡が取れれば……今は言っても無駄ね。しかし、早く通信系の回復だけでもしないとこの状況は打破できないわ。コリングウッド中尉はどういう手を打とうとしているのかしら……)

 彼女自身、優秀な指揮官ではあるが、それは常識の範囲内に限ってのことだ。この異常事態で、優勢な敵に対応する策を考え出すことはできなかった。

(こんな状況を想定した訓練はなかったわ。それにしても先任の私が、士官になって日が浅いコリングウッド中尉に期待するしかないなんて……本当に情けないわ……)

 そう考えながらも彼女は打開策を探るため、CICに指示を出した。

「全員、よく聞いて! 若いコリングウッド中尉にばかり考えさせるのは癪だわ。誰でもいい。どんなものでもいいから、アイデアを出してちょうだい。特にこの状況を打開する方法を」

 ファルマスのCIC要員は、指揮官席に向かって「了解しました、艦長アイ・アイ・マム」と言って、自分たちにできることがないか探り始めた。


 そんな中、サミュエルは自分の考えをまとめていく。

(今の状況を考えるなら、クリフは必ず手動回避を命じるはずだ。その時のための通信手段を考える必要がある。恐らくクリフも同じことを考えているのだろうが、向こうは士官が一人しかいないから手一杯だ。俺にできることは少ないが、それでも奴の手助けになれば……)

 サミュエルが考えた案は以下のようなものだった。

 敵は先ほどの分艦隊との戦闘を解析し、こちらの回避パターンが全く同じだったことに気づいている。そこから、対宙レーザーを使った通信方法を推定するのは容易であると考えた。

 味方が通信に拘り手動回避を行わないなら、敵は人工知能AIによる回避パターンを解析し、次の戦闘では格段に命中率が上がる。
 これを防ぐには操舵手による手動回避が必須となる。

 クリフォードなら安全を考え、戦闘開始の直前に手動回避操作を命じる。しかし、手動回避が開始されれば、味方同士でも正確な位置を推定できないため、ピンポイントで位置の特定が必要な対宙レーザーによる通信は難しい。

 特に長文は情報が途切れると意味を成さないため、艦同士の意思疎通はほぼ不可能になる。
 それを回避するためには単純化した情報なら通信が可能ではないかと考えた。

 サミュエルは艦隊の各艦にナンバーを振り、パターン化された命令とセットで旗艦から送信することを思いつき、指揮官であるニコルソン艦長に提案した。

 彼の提案は以下のようなものだ。

 アルファベットで行動のパターンを伝達する。
 具体的には、アルファは百八十度回頭、ブラボーは攻撃開始、チャーリーは加速停止、デルタは加速開始、エコーは旗艦に続け、フォックストロットは各指揮官の判断に委ねる、と言うものだった。

 次に数字で艦を識別する。
 これは指揮官の先任順位でつけられ、ワンが軽巡航艦ファルマス13、ツーが駆逐艦ザンビジ20、ツリーが駆逐艦ウィザード17、フォウアが駆逐艦ヴェルラム06、ファイフが駆逐艦ヴィラーゴ32とされた。

 アルファベット一文字と数字一文字であれば、対宙レーザーの集束率を下げれば、通信は難しくない。

 また、この方法の有利な点は万が一敵に傍受されても、一回だけなら敵に悟られないことだ。敵との接触中に何度も命令を変えることは考えにくく、接敵直後だけ看破されなければ問題はない。

 更にサミュエルは複雑な命令は混乱を招くと考え、六つのパターンに限定している。これは各艦の指揮官が当直士官であるため、実戦経験に乏しいことを考慮したためだ。

 ニコルソン艦長は話を聞くと「了解よ、少尉」とすぐに承認し、旗艦に送信するよう命じた。

 送信してすぐに旗艦から、その提案を各艦に転送することが承認された。ニコルソン艦長はホッと息を吐いた。

(コリングウッド中尉は度量も広いようね。サフォークから各艦に連絡するのではなく、提案した私から連絡させようというのだから。よい提案なら採用するということをこれによって各艦の指揮官に示すことができる……この戦いが終わったら一度きちんと会って話がしたいわ。どんな人物なのか……この戦いに生き残れたらだけど……)

 そこでサミュエルに命じた。

「艦隊各艦にあなた・・・の提案を転送しなさい。パターンアルファからフォックストロットの解説も付けておきなさい」

 サミュエルは「了解しました。艦長アイ・アイ・マム」と答えて、情報士官用コンソールに入力を開始した。

「HMS-F0202013ファルマス13より、キャメロット第五艦隊第二十一哨戒艦隊C05PF021各艦に通達。現在使用中の対宙レーザー通信は敵に傍受される恐れあり。戦闘中は通信管制を敷く必要を認む。本職は以下の提案を行うこととした。艦隊各艦に番号《ナンバー》を振り、旗艦からの指示を暗号化する……なお、本提案は艦隊指揮官代行クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉により承認された。ファルマス13艦長、イレーネ・ニコルソン中佐。以上」

 各艦から了解の通信が入り、サミュエルは密かに安堵の表情を浮かべていた。


 ニコルソン艦長は目の前のコンソールを見つめながら、戦いになったときのことを考えていた。
 彼女はサフォークの損傷が確認でき次第、指揮権を得るつもりだった。

人工知能AIがサフォークの損傷を確認すれば、通信不能を理由に合法的に指揮権を得ることができる。この状況で指揮を執ることに躊躇いがないわけじゃないけど、先任士官は私。だから、責任を取るのは私であるべきなのよ。若いコリングウッド中尉にこれ以上責任を押し付けるのは先任として情けなさ過ぎるわ……)

 彼女はコンソールから目を上げ、情報士席に座るサミュエルに目を向けた。そして、自分が指揮権を得た後、情報系故障対応訓練と内部破壊者インサイダー対応訓練を直ちに中止できるよう、彼に準備を命じた。

「サフォークが損害を受けたとAIが認めたら、すぐに私がモーガン艦長・・・・・・から指揮権を奪います。あなたはすぐに二つの訓練を中止できるよう準備をしておきなさい」

了解しました、艦長アイ・アイ・マム」とサミュエルは言って、訓練中止申請の公式文書の準備を始めた。

 彼は準備しながら一年半前のトリビューン星系でのことを思い出し、旗艦で指揮を執る親友クリフォードのことを心配していた。

(クリフ、死ぬなよ。こんな戦いでお前の才能を散らすな。生きて帰ることを考えてくれ……)

 敵拠点内での戦闘でクリフォードが味方を撤退させるために、自らを犠牲にしようとしていたことを思い出したのだ。
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