アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第二部:「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

第十九話

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 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一三〇。

 アルビオン軍重巡航艦サフォーク05の戦闘指揮所CICで、クリフォードはメインスクリーンに映る雑用艇ジョリーボートの姿を無言で見つめていた。

(誰かは分からないけど、うまく通信をしてくれたんだろうか。敵に口実を与えないということを理解してくれていればいいが……)

 そこで士官たちの顔を思い浮かべ、自分より経験がある者ばかりだということを思い出し、心の中で苦笑する。

(少し増長しているな、僕は。この艦の士官はすべて先輩だということを忘れていたようだ……)

 そして、雑用艇から敵艦隊の動きに意識を向ける。
 コンソールに表示される敵艦隊を示すアイコンには敵が減速を開始し、針路を自分たちの方に変えたことが映し出されていた。

(あのタイミングだと、三十分前に減速して、十分前に針路を変更している。このまま、こちらが何もしなければ、倍の戦力で正面から攻撃される。敵はマグパイの通信を無視して攻撃してくるつもりなんだろうか? その結果が分かるにはあと五分は掛かる。それでは遅い……)

 クリフォードは敵との交戦が回避できないものと考え、敵の裏を掻くことを思いつく。

(敵はこちらが通信不能だと思い込んでいるはずだ。実際、パルスレーザーでの通信はこれだけ距離があれば検知できないだろう。なら、そこに付け入る隙はないか? 敵はこちらがパニックに陥っていることを期待・・している。もし、我々が分離するような動きを見せれば、逃げ出したと思い込むはずだ。そうなれば、敵はこちらを殲滅するために隊を分けるだろう。うまくいけば、各個撃破に持ち込むことができる……)

 そこで、周りを見回し、自分が誰にも相談できないことを改めて思い出す。

(ここにいる士官は僕だけだ……確かに技術的な助言を求めることはできる。しかし、艦隊の命運を掛ける指揮に対して、下士官たちは助言する権限を持たない。僕一人の判断で、敵との戦闘を決めてもいいのだろうか……)

 一瞬不安が過るが、すぐに決意を新たにする。

(違う! 僕が決めないといけないんだ! サムは一人で無理をするなと言ってくれたけど、これは僕一人が決めなければならないことなんだ。それが指揮を引き継いだ者の責任……)

 彼は小さく息を吐き出し、心を落ち着かせる。

(とりあえず、戦闘に専念するぞ! よし!……)

 彼は通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に、落ち着いた声で命令を出す。

「通信系の復旧は後回しだ。パルスレーザーでの通信に専念してくれ」

 そして、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に「兵装の制御を頼む」と言った後、CIC要員全員に対し、敵との交戦を宣言した。

の目的は不明だが、こちらの通信が使えないことを利用し、開戦の口実を作ろうとしている可能性がある」

 彼はCIC内を見回しながら、更に話を続けていく。

「敵は明らかに我々を攻撃しようとしている。恐らく一旦戦端を開いたら、我々の口を封じるために殲滅しに掛かるはずだ……」

 殲滅という言葉にウォルターズ兵曹がびくりと肩を振るわせる。

「……そして、現状では我々にその戦闘を回避するすべはない。逃げることもできないんだ……」

 クロスビー兵曹はその言葉に頷き、不敵に笑みを浮かべている。

「敵の戦力は我々のおよそ二倍だ。更にこちらはCIC要員だけで戦わなければならない」

 彼の言葉に若い索敵員ジャック・レイヴァース上等兵が僅かに項垂うなだれる。

「しかし、油断を誘えば、勝機は十分にある! 敵はこちらが通信を使えないと思い込んでいる。そこにつけ込めば、敵を分断し、各個撃破も可能だ」

 クリフォードは、我ながら偉そうなことを言っていると思いながらも、更に言葉を続けた。

「隊を二つに分ける。サフォーク、ザンビジ、ウィザードの三隻をアルファ隊、ファルマス、ヴェルラム、ヴィラーゴの三隻をブラボー隊とする。ブラボー隊は敵から逃れるように針路を変える。敵は我々を殲滅する必要があるから、ブラボー隊に艦を差し向けるだろう。アルファ隊はタイミングを計って、敵の分派した部隊に向けて針路を変更し、ブラボー隊と挟撃する。これで敵との戦力差はほぼなくなるはずだ」

 唖然としているCIC要員たちを無視して、命令を下していく。
 まず、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹に対し、航路の設定を命じた。

「ブラボー隊を〇一三五にアテナ星系側ジャンプポイントJPに針路を変えさせる。五分後に敵がブラボー隊を追うと仮定して、アルファ隊が取るべき針路、加速度の計算を大至急頼む」

 ティレット兵曹が「了解しました、中尉アイ・アイ・サー」と言うのも聞かず、通信兵曹のウォルターズに指示を出す。

「全艦に向けて通信を頼む。ファルマス、ヴェルラム、ヴィラーゴは、ファルマスを旗艦としてブラボー隊を構成。ザンビジ、ウィザードは本艦と共にアルファ隊を構成する。ブラボー隊はアテナJPに向けて転進し、追ってくる敵艦隊の分艦隊を誘いこむ……ファルマスは〇一三五にアテナJPに向け、最大加速度で転進。ヴェルラムは〇一三六、ヴィラーゴは〇一三七にそれぞれファルマスに追従せよ」

 ウォルターズがすぐにコンソールを操作し、パルスレーザーを使って通信を開始する。

(これで敵が食いつけば、敵の分艦隊を挟撃できる。もし、食いつかなければ、ブラボー隊がアテナ星系に脱出できるから、我々にリスクはないはず。問題は敵がどの程度の戦力をブラボー隊に振り向けるかだ……一旦減速しているから、高機動の軽巡と駆逐艦で追尾するはずなんだが、もし、重巡が入ると厄介だ。あとはタイミングが問題だ……)

 ティレット兵曹が計算を終え、大声で報告してきた。

「計算完了しました。〇一四〇に最大加速度にて、方位左舷百五十五度、上下角マイナス十度に変針……二十五分後にブラボー隊を追う敵の左舷約百三十度から最接近できます。ブラボー隊も二十分後に再変針すれば、同時に敵左舷約三十度から接近可能です」

 ティレットの報告内容がメインスクリーンに映し出される。
 ブラボー隊がUターンするように左舷百五十度の方向に加速を開始し、そのまま加速を続け、三十分後にアテナJPへの軌道に乗る軌跡が映し出されていた。

 ブラボー隊に追従するように敵の分艦隊が加速を開始し、更に敵本隊がアルファ隊に向けて加速を開始する。
 同時にアルファ隊がブラボー隊より、更に鋭角にUターンして、敵の分艦隊の後方に回り込む。

(敵本隊がどう動くかだ。敵との距離は五光分。こちらの動きを知ってから動きを変えるとして、最接近距離は二光分。敵が気づいた時には、こちらは分艦隊の脇腹に食らいつく軌道になっているはず……敵の指揮官が慎重な人なら、ブラボー隊に高機動の軽巡三隻とほとんどの駆逐艦をぶつけてくるだろう。ブラボー隊を殲滅してしまえば、逃げられる艦は無くなるから……)

 彼は頭の中で各々の部隊の軌道を思い描きながら、自分の作戦が穴だらけであると冷や汗を流していた。

(アルファ隊が無事通過できても、アテナJPへの軌道に乗せるには時間が掛かる。しかし敵はブラボー隊を沈めた後、余裕を持って先回りできる。敵が確実性を考えるなら、この方法を採るはずだが……一気に勝負をつけたいと思って、各々倍の兵力を当ててくれないと、この作戦は成り立たない……)

 メインスクリーンを見つめていたクリフォードは、内心の不安を押し隠しながら、「ご苦労」とティレットを労う。そして、通信兵曹のウォルターズに指示を出す。

「ブラボー隊に連絡。〇一五五に加速を停止。更に敵分艦隊に向けて最大加速で接敵せよ。なお、回避パターンはランダムデルタで固定」

(通信を生かすために回避運動が人工知能AIによるランダムパターンしか使えない。これを看破されると敵のAIに予測される可能性がある……状況は最悪だな)

 本来、戦闘中はAIによるランダム回避パターンに操舵員の手動回避操作を加えている。これはAIの回避パターンだけでは、敵のAIに解析される可能性が高く、砲撃戦で不利になるためだ。

「クロスビー、主砲とファントムミサイルの発射準備を頼む。サドラーは質量-熱量変換装置MECへのエネルギーチャージ七十パーセント……」

 掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹と機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹に戦闘準備を指示する。
 そして、ウォルターズ兵曹に対し、落ち着いた口調を作り命令を伝える。

「艦内放送を頼む。内容は“本艦隊は〇二〇五に敵艦隊との戦闘に入る。士官室及び兵員室にて減圧対応の上、戦闘に備えよ”以上だ」

 ウォルターズが了解するとすぐに「達する! 達する!……」という定時艦内放送の音声が響いていく。
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