アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第二部:「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

第十七話

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 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一一五。

 サフォーク05の戦闘指揮所CIC内で指揮を執るクリフォードの下に軽巡航艦ファルマス13からの対宙レーザー通信が届いた。
 機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等機関兵曹が珍しく興奮気味に報告する。

「中尉! ファルマスが気づいてくれました! 通信文を読み上げます!」

 クリフォードが頷くと、サドラーが嬉しそうに通信文を読み上げる。

「HMS-F0202013ファルマス13より、HMS-D0805005サフォーク05へ。現在の状況は確認した。本艦は第二十一哨戒艦隊指揮官代行コリングウッド中尉の指揮権を認める。願わくば崖っぷちクリフエッジから落ちないことを望む。ファルマス13艦長、イレーネ・ニコルソン中佐。以上です」

 その報告を聞きながら内心で苦笑する。

(運がいいことに艦長が指揮を執っている……しかし、崖っぷちから落ちないか。この状況が厳しいことを理解した上で、僕の指揮権を認めてくれているのか。期待に応えられるかな)

 サドラーがやや戸惑いながら報告を付け加える。

「中尉、別の通信も入りました……これは中尉個人宛のようですが?」

 サドラーは遠慮気味にクリフォードを見るが、「構わない。読み上げてくれ」とクリフォードに言われ、通信文を読み上げ始める。

「それでは読み上げます。“コリングウッド中尉へ、一人で無理をするな。周りを信じろ。サミュエル・ラングフォード”です」

 クリフォードはサミュエルからの通信に驚くが、すぐに彼の心遣いに感謝した。

(“一人で無理をするな”か。サムらしいな……そうだ。少なくともファルマスにはサムがいる。それにここにいるみんなも……)

 黙ってしまったクリフォードに、サドラーが「返信されますか?」と尋ねる。

「返信は不要だ。それより、他の艦からの返信はまだか?」

「まだです……いえ、ザンビジ20から返信です。ヴィラーゴからも……」

 次々とパルスレーザーによる返信が届く。
 ファルマス13がパルスレーザーで返信したことから、各艦の指揮官も通信だと気づいた。

 駆逐艦ザンビジ20からの返信には、クリフォードの指揮権に疑問を呈する一文があったが、ファルマスからの直接通信が入ったのか、すぐにザンビジもクリフォードの指揮権を認めると修正してきた。

 その結果、サフォーク以下、第二十一哨戒艦隊六隻すべてが彼の指揮下に入ることが確定した。

(これで六百人近い人間の命を預かることになってしまった。僕にやれるのか? いや、やるしかないんだ……)

 彼が責任の重さを感じていたとき、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が声を上げる。

「ゾンファ艦隊、減速を開始しました。最大加速度による減速です!」

 クリフォードは「了解」と静かに答え、敵の意図を考え始める。

(こちらが漫然と〇・二Cで進んでいるから、相対速度を落としに掛かったんだろう。明らかにゾンファには攻撃の意思がある……)

 そのことをできるだけ冷静に聞こえるよう言葉にする。

「ゾンファ艦隊は攻撃を考えているようだ。これより、ゾンファ艦隊を敵性勢力と認定する。航宙日誌ログにその旨を記載してくれ。それから、各艦及び艦内に通達も頼む」

 サドラー兵曹と掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹が了解と言った直後、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹が声を上げる。

「Jデッキ搭載艇発進用ハッチが開放されました! マグパイ1が発進します!」


■■■

 副航法長のグレタ・イングリス大尉は、サフォークの搭載艇、雑用艇ジョリーボートのマグパイ1を宇宙そらに向けて発進させた。

 マグパイ1は全長二十五メートルで、アウルなどの大型艇ランチに比べると、スマートな艇体だ。

 その見た目通り、加速性能は五kGと高く、固定武装は硬X線パルスレーザー砲二門と小型ミサイルを搭載していることから、武装商船程度となら交戦可能な性能を持つ。

 また、大気圏突入能力を持つだけでなく、高いステルス性と各種センサー類を持つことから、小惑星帯や惑星上の調査にも使用される。

 更に小さいながらも貨物カーゴスペースを持ち、最大十五名の完全武装の宙兵隊員を運ぶことができる。このような多機能性からアルビオン軍の標準雑用艇として、多くの艦に配備されていた。

 イングリス大尉は通常三名で操作するマグパイを一人で操縦し、サフォークと並行する軌道を取った。

(さて、ゾンファの通信を受信しましょうか)

 通信システムに目をやると、ゾンファの通信を受信していることが表示される。
 音声情報にして再生させると、バリトンの渋い男性の声が操縦席に流れていく。その声はややゾンファ訛りがあるものの、落ち着いた感じの声で戦いを仕掛けてきているとは感じさせない口調だった。

 しかし、その内容は明らかにアルビオン艦隊が陥っている状況を知っており、戦闘に持ち込もうとする文言だった。

『こちらはゾンファ共和国国民解放軍ハイフォン駐留艦隊、八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐である。既に先の通信を受取っているはずだが、貴船団・・・は我が方の通信に応答せず、更に本星系より立ち去る意志を見せていない。直ちに敵対する意思が無いことを表明せよ。既に十光分の距離を切っている。今すぐ返信なくば、我が艦隊は実力を持って貴船団を排除する。繰り返す……」

 イングリス大尉は通信機を操作した。

「ゾンファ共和国国民解放軍ハイフォン駐留艦隊、八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐に告ぐ。小官はアルビオン王国軍キャメロット防衛艦隊第五艦隊所属四等級艦サフォーク05の士官、グレタ・イングリス大尉である。貴官らの主張は先の停戦合意に反している。本星系ターマガント星系は我がアルビオン王国の支配星系である。直ちに本星系より退去せよ。本星系での戦闘行為は先の停戦協定を踏みにじるものである、両国の無用な摩擦を回避するため、貴官の賢明なる行動を望む。なお、旗艦の通信機能が故障しているため、本哨戒艦隊指揮官に代わり、小官が通信を代行しているものである。以上」

 それだけ言うとマグパイを小惑星帯に向けて加速させた。

(見えている敵との距離は十五光分弱。今の相対速度なら、実際には八から九光分くらいまで近づいているはず。でも、こちらを攻撃するつもりなら、減速しているはずだから、向こうからの通信が入るのは早くて十五分後。できるだけ、離れた方がいいわね)


■■■

 時はクリフォードが各艦に通信を始めた時間に遡る。

 ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで敵の動きを見つめていた。

(既にこちらを見つけているはずだ。今の相対距離は十八光分。この相対速度では“相対性の歪み”が大き過ぎる。減速が必要だが、敵がどう動くかだな)

 頭の中で敵の位置と味方の位置を思い描いていく。

(……今、減速を開始しても、敵は十八分後にしか気づかない。敵が気づく頃には十光分を切っているはずだ。懸念は敵が俺たちを見て形振り構わず逃げ出すことだが、作戦がうまくいっているのなら、敵の司令部は混乱しているはずだ。ならば、十分や十五分は動けまい……)

 そこまで考えたところですぐに命令を発した。

「全艦へ命令を伝えろ! 最大減速開始! 敵との相対速度を〇・二光速以下にするぞ!」

 “相対性の歪み”とは、相対性理論に基づく“ずれ”のことだ。

 相対速度が〇・二光速以上あると、一パーセント以上の“相対性の歪み”が発生する。歪みが二パーセント程度以下なら人工知能AIによる補正で攻撃は可能だが、それ以上の歪みがあるとAIによる補正でも命中させることは難しい。

 そのため、相対速度が〇・三Cを超える状況での砲撃戦では有効なダメージが与えられないと言われている。

 但し、相対速度が大きく、距離が近い場合はレールキャノン、いわゆるカロネード砲で質量弾を照射すると効果が大きい。また、迎撃や回避が難しくなることから、ステルスミサイルによる攻撃も有効とされている。

 つまり、相対速度差を利用して逃げようとする敵に対しては、相対距離を縮めることが有効になる。

 また、星間物質との相対速度、すなわち見た目の速度が〇・三Cを超えると、星間物質との衝突エネルギーが大きくなり、防御スクリーンの過負荷を招く恐れがある。

 特に星間物質の濃い惑星周辺や小惑星帯では防御スクリーンが過負荷になりやすく、その間に攻撃を受けたり、大型のデブリと衝突したりすると、大きな損害を被ることになる。
 このため、星系内では一般的に〇・二Cが最大巡航速度とされている。

 今回、フェイ艦長は確実に敵を葬るため、主砲と大型ミサイルによる攻撃を企図した。そのため、相対速度を〇・二C以下に落とす必要があり、空間との相対速度を〇・二Cからゼロまで減速することにした。
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