アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第二部:「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

第十五話

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 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一一〇。

 アルビオン軍重巡航艦サフォーク05の戦闘指揮所CICではクリフォードが指揮を執っている。

 デーヴィット・サドラー三等機関兵曹から定時放送システムに必要な文言を入れたという報告を聞き、一斉放送を流すよう命じた。

 一斉放送は普段なら昼食など放送に使われ、『達する! 達する! 下士官兵は食堂メスデッキにて昼食ランチ』などと言う緊張感のない言葉なのだが、今はその中性的な音声が緊張感を持っているように感じていた。

『達する! 達する! モーガン艦長及びはキンケイド少佐が死亡した……』という放送が流れ始める。

 クリフォードは「二回ずつ流していってくれ」と命じた。

 最後の放送が流れ、各所から連絡が入るのを待つことにした。
 放送が続く中、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹が報告する。

「パルスレーザーの変調回路調整完了! 入力した文字に従い、平文で信号を送ることが可能です」

 クリフォードは「ご苦労、兵曹」と労ったあと、放送が流れるCICで、各艦への連絡文案を入力する。

(“モーガン艦長及びキンケイド少佐が死亡。ゾンファ艦隊に対応するため、〇一三〇に変針する。各艦は本通信を理解したら、直ちにパルスレーザー二連射により、返信せよ”……とりあえず、この程度の情報でいいな。全艦が気付いてくれればいいんだが……)

「クロスビー、この文面を各艦に向けて送れ! 全艦から返信があり次第、別の命令を送信する。こちらは任せるぞ」

 クリフォードはクロスビーの了解も聞かず、放送に耳を傾ける。

『……達する! 達する! 緊急対策所ERC機関制御室RCR主兵装ブロックMAB、格納デッキにいる者は警報試験にて三秒間鳴動させよ。達する! 達する!……』

 その放送が終わった瞬間、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹と索敵員のジャック・レイヴァース上等兵に命令を出す。

「ティレット、レイヴァース、二人で各制御盤の警報鳴動を確認してくれ。警報が鳴らない盤をチェックするんだ」

「「了解しました、中尉アイ・アイ・サー!」」

 その声に頷きながら、艦内の状況を考えていた。

(さて、どれだけ盤の前に人がいるんだろうな。引継直後だから、誰もいないという可能性もある……)

 定時放送システムの音声が途切れた瞬間、CICに現地盤ローカルボードで警報が発信されているという表示が現れ始める。

「ERC警報確認、RCR警報確認……」

「じぇ、Jデッキ、格納エリア操作盤、け、警報確認……MAB主砲制御盤警報、か、確認……」

 ティレットの女性らしい柔らかい声と、レイヴァースの上擦り、ところどころどもるやや高い声がCICに響いていく。
 一分ほどですべての表示が確認され、主要な制御盤に人がいることが確認できた。

 クリフォードは各艦からの連絡を待つ間、ゾンファからの通信内容について考えていた。

(このタイミングで通信を送ってくるということは、本星系はゾンファの領有宙域だから、出て行けというものだろう。もし、こちらの状況を分かっているなら、返信がない場合は敵対の意志ありと判断して攻撃するというところか……どうするべきかな)

 そして、Jデッキ、すなわち格納デッキに人がいるという報告が耳に入っていた。

(この訓練はあの時間にサフォークに接続していたシステムだけに効いているはず。それなら、搭載艇の通信システムは使えるはずだ……だが、搭載艇を出しても、サフォークや他の艦に連絡はできない……)

 そこで、敵の意図について、もう一度考えてみた。

(敵がこのタイミングでこの星系にやってきたということは、キンケイド少佐の行為と何らかの関係があると考える方が合理的だ。だとすれば、敵はこちらが通信に応えられないこと、更には艦隊内の意思疎通もできていないと分かっているはずだ)

 そして自分ならこの状況をどう利用するか考え始める。

(僕ならこの状況を利用して、通信に応答せず敵対する意志を見せたと言って殲滅するだろう。通報艦が五・五光時先にいるが、それは問題じゃない。アルビオン側の艦船がゾンファに敵対したという事実が重要なんだ。だとすると、こちらは囮。通報艦がアテナ星系とキャメロット星系に飛んでいけば、アテナ側の防備を固める。だが、本命はスパルタン側だ……いや、今はそこまで考える必要はない。今は敵艦隊の行動を考えるべきだ……)

 搭載艇を出すことについて、思考を進める。

(搭載艇を出せば、通信の傍受と返信が可能だ。こちらに敵対の意思が無く、単なる故障による返信不能と言っておけば、敵の思惑の一つは防ぐことができる……)

 そこで思い付いたアイデアが実行できるか確認する。

「ティレット、マグパイ1か、アウル1を発進させられるか確認して欲しい」

 彼は航法員のティレット兵曹に搭載艇である雑用艇ジョリーボートのマグパイ1と大型艇ランチのアウル1が発進可能か確認する。

 すぐにティレットから、「発進用ハッチの開閉は遠隔では不可能です!」という答えが返ってくる。

「手動なら可能なのだな……サドラー、Jデッキ宛てに放送を頼む。文面は、“Jデッキに士官はいるか。いるなら、三秒、いないなら十秒間警報を鳴らせ”だ」

 サドラーがすぐにその文面を打ち込み、放送が開始される。
 そして、すぐに「Jデッキ操作盤警報確認、三秒です!」というティレットの声が響く。

「次はこの文面で頼む……」

 彼は雑用艇ジョリーボートのマグパイ1もしくは大型艇ランチのアウル1の発進が可能か、そして、ゾンファとの交渉に志願するかを確認した。
 そして、どちらの問いにも三秒間の警報、すなわち、了解と返って来た。

「では、“艦から発進し、ゾンファ艦隊の通信を傍受せよ。そして、当艦隊の通信系が故障しているため、返信ができないことをゾンファに送信せよ”と流してくれ」

 その放送が流れると、三十秒ほどの沈黙の後、警報が三秒間鳴った。


■■■

 サフォークの最下層デッキ、Jデッキでは、副航法長のグレタ・イングリス大尉がいた。彼女は艦内放送を聞き、自分たちが危機的状況にあると戦慄する。

(この状況はまずいわ。航法長が体調不良になったことを含めて、敵の工作員が艦内にいると考えるべきだわ。それよりゾンファの方よ。ここからじゃ、どの程度の規模の艦隊かは分からないけど、恐らくこちらより強力なはず。それにこの状況では敵に対応できないわ……それにしても、艦内放送と警報試験を使うなんて、さすがは“クリフエッジ”ね)

 そして、一旦沈黙した艦内放送が再び流れた時、彼女はすぐに自分に期待されることが理解できた。

(搭載艇で宇宙そとに出ろっていうことね……そして、ゾンファと交渉しろと……敵はこちらが通信できないと知っている。だから、向こうの通信を受信して意図を確認し、適切に返信しろと。だから、士官がいるか確認したのね。この艦に来てから碌なことはないけど、これが最たるものね……)

 イングリス大尉はクリフォードが転属してくる二週間前に着任していた。
 そして、すぐに艦長と副長が対立していることを知り、自分が“ハズレ”の艦に来てしまったことに気づいた。

 その後、クリフォードが転属してきたため、自分がターゲットになることはなかったが、副長やキンケイド少佐といった旗幟を明らかにしている士官とはできるだけ付き合わないようにしていた。そのため、本来寛げるはずの士官室でも常に緊張して過ごしていた。
 僅かに悩んだ後、イングリス大尉は大きく息を吐いた。

「マグパイで出ます! 警報試験三秒で返信しなさい」

 彼女は搭載艇の整備をしていた掌帆手バーバラ・オニール三等兵曹にそう命じる。
 オニールが警報試験で返信すると、イングリス大尉はマグパイ1の発進準備を始めた。

「手動開閉装置の操作を頼むわ。出て行ったら、もう戻って来れないから、すぐに閉止しなさい。それから、戦闘になる可能性があるから、減圧に対応できるように準備しておくこと」

 イングリス大尉は発進したら、艦の通信機能が回復するまで帰還できないと考えていた。そのため、自らの生存率を上げることを考えた。

(一人で行くなら、マグパイの方がいいわ。加速はいいし、ステルス性もある。発進して通信を終え、すぐに小惑星帯に逃げ込めば、一ヶ月くらいは生きていける。もしかしたら、私だけが生き残ることになるかもしれないけど……)

 彼女はオニール兵曹の敬礼に見送られながら、雑用艇マグパイ1に乗り込んでいった。


■■■

 五月十五日 標準時間〇〇三〇。
 時はサフォークの戦闘指揮所CICでモーガン艦長が殺害された頃に遡る。

 ゾンファ共和国国民解放軍ハイフォン駐留艦隊八〇七偵察戦隊スカウティングフリートの司令、フェイ・ツーロン大佐は計画通りのタイミングでターマガント星系にジャンプアウトした。

「時間はばっちりだな。よし、敵の状況を大至急確認しろ」

 そう命じたあと、通信兵に星系内への通信準備を命じた。
 索敵担当下士官から、アルビオンの哨戒艦隊は想定距離三十光分の位置にあり、〇・二光速でジャンプポイントに向けて航行中との報告があった。

(位置も計画通りだ。敵の指揮官はかなり几帳面な性格のようだな。あとは作戦通りに進んでいるかだけだ。下手をすれば、既に露見し、逆にこちらが罠に掛かる可能性もあるからな……)

 彼は内心の不安を隠し、星系内に向けて通信を開始した。

「こちらはゾンファ共和国国民解放軍ハイフォン駐留艦隊八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐である。本星系は我が共和国の領有宙域である。本通信受領後、不法に侵入している艦船は直ちに本星系より立ち去るべく行動を開始せよ。行動開始時に抵抗の意思が無いことを示せ。なお、我らの要請に従わぬ場合は、実力を持って排除する。繰り返す……」

 通信を終えたフェイ・ツーロンは、「現状を維持し、敵に動きがあれば知らせろ!」と命じ、指揮官シートに身を沈めた。

 通信兵曹より、敵艦隊内では通信用の電波が発信されていないという報告があった。

(工作員の“仕込み”は完璧か。さて、敵はどう出るかな。戦力的には我々の方が十分に強力だが……何にせよ、七年ぶりの実戦だ。久しぶりに軍艦乗りの血が騒ぐ……)

 彼はメインスクリーンに映る敵艦隊の姿を眺めながら、不敵に笑っていた。
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