アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町

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第二部:「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

第十三話

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 宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一〇〇。

 モーガン艦長殺害事件から三十分が経過した。
 キンケイド少佐の思惑は分からないものの、現状でも艦隊の運行に支障が出ていないため、CIC要員たちも完全に落ち着きを取り戻している。

 クリフォードは部下たちを安心させるため、努めて冷静に指揮を執っていたが、内心では強い焦りを感じていた。

(あと二時間ほどで針路を変更する必要がある。当初計画に沿って動いてくれればいいが、この状況で全艦が計画通り動くか不安がある……最悪、通信手段だけでも確保しないと。あれが使えればいいんだが……)

 彼の思いはそこで中断された。
 索敵員のジャック・レイヴァース上等兵の叫び声がCICに響き渡ったからだ。

「ハイフォン側ジャンプポイントJPに、ゾンファ共和国艦隊らしき艦影あり!」

 その言葉にクリフォードは、「現状分かる情報は?」と、静かに尋ねる。

「距離約三十光分。〇・二光速。本艦隊との交差角十二・三度。四等級艦重巡航艦一、五等級艦軽巡航艦三、六等級艦駆逐艦七。人工知能AIの解析では、四等級艦は武器ウェポン級、五等級艦はバード級の模様……」

 クリフォードは自分たちの倍近い戦力に戦慄するが、それを見せることなく、冷静に指示を出していく。

「了解した。ゾンファ艦隊の速度、目標を推定してほしい。ウォルターズ、ゾンファ艦隊から通信らしい信号が入っているか分かるか?」

 通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹は「確認できません!」と叫ぶ。

「了解した。レイヴァース、ゾンファ艦隊から通信波らしいエネルギーは確認できるか?」

 レイヴァース上等兵に指示を出す。

「……確認できます! 敵重巡航艦から我々に向けて、高い指向性の電波が放出されています」

「レイヴァース、まだ敵と決まったわけではない。落ち着くんだ」

了解しました、中尉アイ・アイ・サー」とレイヴァースは答えるものの、若い彼はやや不服そうな口調だった。

 クリフォードはレイヴァースの態度を気にすることなく、ゾンファ艦隊のことを考えていた。

まだ・・敵ではないと言ったが、このタイミングで現れたということは攻撃の意志があってのことだろう。若しくは、こちらの落ち度を咎めるような行動を取るつもりかも……通信が送られているというのが気になるな。この状況で我々に通信を送る理由は何だ? 何の目的か……今、敵と考えて行動する方がいい。撤退できるなら、アテナ星系に戻ることも考えてもいいな)

 ゾンファ軍の思惑が分からないため、アテナへの撤退を視野に入れた。そのため、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹に航路の検討を命じる。

「ティレット、ゾンファ艦隊をかわしつつ、アテナJPへ転進することは可能か。大至急計算してくれ」

了解しました、中尉アイ・アイ・サー」とティレットが答えたのを確認し、ウォルターズに通信系の見込みを聞く。

「通信系の復旧見込みはまだ立たないな?」

はい、中尉イェッサー。承認者、若しくは、より上位者の取消が必要です。現在、訓練シーケンス自体の無効化を試みていますが、時間が掛かりそうです」

 クリフォードが「了解した」と言ったとき、航法計算を終えたティレットが報告を始めた。

「今すぐ減速に入れば、五十五分後に約五光分の距離を保って、相対速度をゼロとすることが可能です。ですが、敵、いえ、ゾンファ側が危険を犯して加速し、〇・三Cに速度を上げれば追いつかれてしまいます」

「了解。しかし、さすがに計算が速いな。私ならあと十分は掛かったと思うよ」

 CICに微かに笑いが漏れるが、クリフォードはすぐに表情を引き締める。

「全員聞いてくれ! ティレットの報告にあるとおり、今すぐ減速・再加速すれば逃げ切れる可能性はある。だが、味方がついてくるとは限らない。だから、まず、通信手段を確保し、その上でゾンファの思惑をはぐらかす」

 撤退出来る可能性があるのに、その判断を下さないことに全員が驚いていた。
 だが、クリフォードはそれ以上時間を費やすことなく、自らのアイデアを話し始めた。

「通信手段についてだが、思いついたことがある。対宙パルスレーザーを通信機として使う……」

 彼は十ギガワット級対宙パルスレーザーをレーザー通信機として使うことを提案する。

「……パルスレーザーのパルスをデジタル信号として利用する。出力を最小に抑えれば、味方を傷つけることなく通信できるはずだ。クロスビー、パルスレーザーの照射パターンは戦闘指揮所CICで変更可能か?」

 全員が唖然とする中、クロスビーは「はい、中尉イェッサー」と答え、

「CICの戦術士コンソールで変調回路の調整が出来ます。五分頂ければ、通信パターンに自動調整できるように変更できます」

「よろしい。では、直ちに作業を開始してくれ」

 通信兵曹のウォルターズが疑問を呈してきた。

「ですが、他の艦が気づいてくれるのでしょうか? もし、気づかなければ、我々は全滅するかもしれません」

 その言葉にクリフォードはできる限り穏やかに答えていく。

「そうだな。だが、味方を見捨てるわけにもいかないし、他の艦も防御スクリーンに不自然な攻撃が加えられれば、意味を考えるはずだ。それに賭けるしかない」

「中尉のおっしゃる通りだ。やれることをやるしかない」とクロスビー兵曹が大きな声で賛同する。

 クリフォードの言葉に納得していない者もいたが、先任のクロスビーが支持したため、それ以上の意見は出なかった。

「艦内への通信だが、定時放送システムは使えないか?」

 定時放送システムとは、食事の開始やシフトの交替の合図など、決まった時間になると音声案内が艦内に流れるシステムだ。音声案内の内容を書き換えることができるため、それを利用しようと考えたのだ。

 機関科兵曹のサドラーが「可能です。ですが、一方的な通知にしか使えませんが?」と答える。

「我々が必要なのは、イエスかノーかだ。幸い各制御盤からの情報はCICに入っている。ならば、制御盤の警報試験アナンテストも可能だろう。それを利用すればイエスかノーかの確認はできる」

「警報試験を情報伝達の手段に……確かにそれなら可能です。艦内放送のメッセージ案を頂ければ、すぐに定時放送システムに入力します」

「文案は艦長及び情報士が死亡したこと、通信が使えないこと、ゾンファ艦隊が接近していることを放送して欲しい。そして、各制御盤にいる者が、それを了解したら、三秒間警報を鳴動させることも付け加えてくれ」

 クリフォードは思い付いた連絡手段を試すよう命じた。だが、この危機的状況を打破するには、程遠い策でしかないと考えていた。
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