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第二部:「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」
第四話
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宇宙暦四五一三年六月七日。
ロイヤル・ソヴリン02は一ヶ月に及ぶ演習航宙を終えて戻ってきたところで、第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある要塞アロンダイトの大型艦用港湾施設に係留されていた。
クリフォードは乗り合いの大型艇でアロンダイトに向かい、数日前に試験を受けたロイヤル・ソヴリン02に乗り込んでいく。
エアロックを抜けた瞬間、舷門当番兵による出迎えを受ける。
「ようこそ本艦へ、少尉殿」
“サー”と呼ばれたことに彼は戸惑い、答礼を忘れそうになる。
まだ、士官候補生の軍服であり、自分がそのような出迎えを受けると思っていなかったためだ。
実際には彼の登録証番号は既に少尉になっており、エアロック通過時に彼の階級が表示されたことで当番兵がそのような対応をしたのだが、未だ自分の昇進が信じられないクリフォードにとっては衝撃的な出来事だった。
別の兵が現れ、彼の荷物を受取ると、彼はその足で艦長室に向かった。
艦長室の前には屈強な宙兵が二名歩哨として立っていたが、彼が親任状を見せるまでもなく、中に通される。
中には旗艦艦長のプリムローズ・アイファンズ大佐が彼を待っていた。
彼女は四十歳くらいで、思慮深い灰色の目に口元には深いしわが刻まれている。
クリフォードは自分ができる最高の敬礼をすると、アイファンズ大佐も見事な答礼を返してきた。
「クリフォード・カスバート・コリングウッド、しょ、少尉、出頭いたしました」
まだ、自分のことを少尉と呼ぶのに躊躇いを感じ、少し噛み気味で報告する。艦長はその様子を、表情を変えずに見つめていた。
「ご苦労、少尉。君は司令部付きになる。よって、私の指揮下には入らない。コパーウィート提督の副官、バントック少佐の下に行きなさい」
彼はその言葉に驚き、了解が遅れる。
「了解しました、艦長」
彼が艦長室を出ようとすると、初めて笑みを浮かべて話しかけた。
「ようこそ、本艦へ。私の指揮下にはありませんが、同じ艦の仲間です。それでは頑張りなさい」
彼はもう一度、敬礼をしてから、艦長室を出て司令官室横の副官室に向かう。
(僕が司令部付き……クイン中尉が言っていた通りになった……僕は何をしたらいいんだ?)
副官室に入ると、そこには三十代前半の如何にも才女といった感じの女性士官が座っていた。
彼が着任の報告をすると、
「ようこそ、コリングウッド少尉。今日からここがあなたの職場よ。と言っても、ほとんど、ここにはいないでしょうけど……」
ガートルード・パントック少佐の話では、彼はコパーウィート提督の次席副官として、彼女の補佐をすることになる。
「建前はそういうことだけど、あなたの仕事は提督のお供よ。“崖っぷち”という有名なあだ名を貰ったあなたを政治的に利用したいだけ」
彼が微妙な顔をしていると、優しい笑みを浮かべる。
「勉強だと思って、一年間だけ我慢しなさい。あなたの力が本物なら、将来必ず役に立つはずよ」
彼は支給された士官用の軍服に着替えると、すぐにコパーウィート提督の下に向かった。
提督は少尉任官試験のときとは打って変わって、人好きのする笑顔で彼を迎え入れる。
「よく来たクリフォード。クリフと呼んでもいいかな」
「はい、提督」とクリフォードは答えるが、内心では別のことを考えていた。
(提督にノーとは言えないよ。それにしても試験の時とは印象が全く違う)
彼が着任の挨拶を終えると、提督は彼に椅子を勧めた。クリフォードが座るのを待ち、コパーウィートは話し始めた。
「ガーティから話は聞いているかね。君は常に私の傍らにいてもらう。彼女は副官としての雑務が山積みだからな。できるだけ君が私の補佐をするように」
「了解しました、提督」
ガートルード・バントック少佐の愛称を突然言われ面食らうが、何とか話に合わせるように返答する。
提督は固さが取れないクリフォードを見て、笑みを大きくした。
「君は固いな。まあ、それが君の個性なのだろう」
その後、提督が一方的に話すという感じで面談が進んでいく。提督に相槌を打ちながら、クリフォードは提督のことで悩み始めていた。
(バントック少佐は提督が政界に進出するために、僕を利用しようとしていると言っていたけど、本当なのだろうか? 話をする限りは部下思いのいい上官のような気がするんだけど……)
提督との面談も終わり、彼は自分の部屋、士官室にある個室に向かった。
士官室は上級士官である佐官用のキャビンと下級士官である尉官用のキャビンに分けられており、彼は艦後部側にある下級士官用個室に向かった。
(さすがは一等級艦だな。個室だけでも数十個ある。しかし、こんなに早くキャビンを持てることになるとは思わなかったな……)
途中で何人かの士官たちと挨拶を交わしていくが、艦の指揮命令系統とは切り離された司令部付きということで、表面的な話だけに終わった。
ブルーベルのような小型艦の雰囲気に慣れた彼は、疎外感を覚えていた。
キャビンは幅二・五メートル,奥行き四メートルほどの小さな空間だが、数年ぶりにプライバシーが守られる空間を得られたことに感慨深げだった。
(士官学校時代から数えて六年。ずっと二人用か四人用の大部屋だったからな。何か新鮮な感じがする……)
その後、彼と同じ時期にロイヤル・ソヴリンに配属になった士官の歓迎パーティなどが執り行われるが、すぐに提督と共に惑星ランスロットに降りていく。
それからはバントック少佐の言うとおり、提督が出席する様々なレセプションに駆り出され、話のネタにされていく。
「上院議員、彼があの“クリフエッジ”こと、クリフォード・コリングウッド少尉なのですよ……彼は若く、有能な士官でしてな……クリフ、トリビューンの潜入の時の話をして差し上げなさい……それでは議員、あちらで少しお話でも……」
このような感じで、コパーウィート提督はクリフォードを出汁に有力な政治家とのコネクションを作ろうとしていた。
二ヶ月もするとクリフォードも提督の政治的野心が見えてきた。
(提督は軍を退役したあと、国防関係の閣僚になるつもりのようだ。もしかしたら、今後訪れるかもしれない戦時において、首相になることを夢見ているのかも。しかし、二十歳そこそこの僕を利用しなくてもいいと思うんだが……)
クリフォードは提督に利用されることに次第に疲れを感じていく。
(バントック少佐が一年間我慢しなさいと言った意味がよく分かった。ゴールが見えているから何とかなるけど、こういう形で政治に利用されるのは嫌だな……確かに政略なんかの勉強にはなるけど……)
キャメロット第一艦隊はキャメロット星系の防衛が主要な任務であり、演習でも星系内を離れることはほとんどない。哨戒艦隊などは別だが、旗艦であるロイヤル・ソヴリン02は演習以外で第三惑星軌道上から離れることは稀だった。
つまり、ほとんど地上勤務と言っていい状態だ。それでも、提督の幕僚である参謀たちとの会話は、彼にとって有益なことが多かった。
(参謀の考え方は艦は駒であって人が乗っているという意識はない。それを考え出したら、死地に向かわせられないのだろうけど、こういう考え方は嫌だな。これから先、参謀は希望しないようにしよう……)
そんなことを考えながら、副官としての任務をこなしていった。
ロイヤル・ソヴリン02は一ヶ月に及ぶ演習航宙を終えて戻ってきたところで、第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある要塞アロンダイトの大型艦用港湾施設に係留されていた。
クリフォードは乗り合いの大型艇でアロンダイトに向かい、数日前に試験を受けたロイヤル・ソヴリン02に乗り込んでいく。
エアロックを抜けた瞬間、舷門当番兵による出迎えを受ける。
「ようこそ本艦へ、少尉殿」
“サー”と呼ばれたことに彼は戸惑い、答礼を忘れそうになる。
まだ、士官候補生の軍服であり、自分がそのような出迎えを受けると思っていなかったためだ。
実際には彼の登録証番号は既に少尉になっており、エアロック通過時に彼の階級が表示されたことで当番兵がそのような対応をしたのだが、未だ自分の昇進が信じられないクリフォードにとっては衝撃的な出来事だった。
別の兵が現れ、彼の荷物を受取ると、彼はその足で艦長室に向かった。
艦長室の前には屈強な宙兵が二名歩哨として立っていたが、彼が親任状を見せるまでもなく、中に通される。
中には旗艦艦長のプリムローズ・アイファンズ大佐が彼を待っていた。
彼女は四十歳くらいで、思慮深い灰色の目に口元には深いしわが刻まれている。
クリフォードは自分ができる最高の敬礼をすると、アイファンズ大佐も見事な答礼を返してきた。
「クリフォード・カスバート・コリングウッド、しょ、少尉、出頭いたしました」
まだ、自分のことを少尉と呼ぶのに躊躇いを感じ、少し噛み気味で報告する。艦長はその様子を、表情を変えずに見つめていた。
「ご苦労、少尉。君は司令部付きになる。よって、私の指揮下には入らない。コパーウィート提督の副官、バントック少佐の下に行きなさい」
彼はその言葉に驚き、了解が遅れる。
「了解しました、艦長」
彼が艦長室を出ようとすると、初めて笑みを浮かべて話しかけた。
「ようこそ、本艦へ。私の指揮下にはありませんが、同じ艦の仲間です。それでは頑張りなさい」
彼はもう一度、敬礼をしてから、艦長室を出て司令官室横の副官室に向かう。
(僕が司令部付き……クイン中尉が言っていた通りになった……僕は何をしたらいいんだ?)
副官室に入ると、そこには三十代前半の如何にも才女といった感じの女性士官が座っていた。
彼が着任の報告をすると、
「ようこそ、コリングウッド少尉。今日からここがあなたの職場よ。と言っても、ほとんど、ここにはいないでしょうけど……」
ガートルード・パントック少佐の話では、彼はコパーウィート提督の次席副官として、彼女の補佐をすることになる。
「建前はそういうことだけど、あなたの仕事は提督のお供よ。“崖っぷち”という有名なあだ名を貰ったあなたを政治的に利用したいだけ」
彼が微妙な顔をしていると、優しい笑みを浮かべる。
「勉強だと思って、一年間だけ我慢しなさい。あなたの力が本物なら、将来必ず役に立つはずよ」
彼は支給された士官用の軍服に着替えると、すぐにコパーウィート提督の下に向かった。
提督は少尉任官試験のときとは打って変わって、人好きのする笑顔で彼を迎え入れる。
「よく来たクリフォード。クリフと呼んでもいいかな」
「はい、提督」とクリフォードは答えるが、内心では別のことを考えていた。
(提督にノーとは言えないよ。それにしても試験の時とは印象が全く違う)
彼が着任の挨拶を終えると、提督は彼に椅子を勧めた。クリフォードが座るのを待ち、コパーウィートは話し始めた。
「ガーティから話は聞いているかね。君は常に私の傍らにいてもらう。彼女は副官としての雑務が山積みだからな。できるだけ君が私の補佐をするように」
「了解しました、提督」
ガートルード・バントック少佐の愛称を突然言われ面食らうが、何とか話に合わせるように返答する。
提督は固さが取れないクリフォードを見て、笑みを大きくした。
「君は固いな。まあ、それが君の個性なのだろう」
その後、提督が一方的に話すという感じで面談が進んでいく。提督に相槌を打ちながら、クリフォードは提督のことで悩み始めていた。
(バントック少佐は提督が政界に進出するために、僕を利用しようとしていると言っていたけど、本当なのだろうか? 話をする限りは部下思いのいい上官のような気がするんだけど……)
提督との面談も終わり、彼は自分の部屋、士官室にある個室に向かった。
士官室は上級士官である佐官用のキャビンと下級士官である尉官用のキャビンに分けられており、彼は艦後部側にある下級士官用個室に向かった。
(さすがは一等級艦だな。個室だけでも数十個ある。しかし、こんなに早くキャビンを持てることになるとは思わなかったな……)
途中で何人かの士官たちと挨拶を交わしていくが、艦の指揮命令系統とは切り離された司令部付きということで、表面的な話だけに終わった。
ブルーベルのような小型艦の雰囲気に慣れた彼は、疎外感を覚えていた。
キャビンは幅二・五メートル,奥行き四メートルほどの小さな空間だが、数年ぶりにプライバシーが守られる空間を得られたことに感慨深げだった。
(士官学校時代から数えて六年。ずっと二人用か四人用の大部屋だったからな。何か新鮮な感じがする……)
その後、彼と同じ時期にロイヤル・ソヴリンに配属になった士官の歓迎パーティなどが執り行われるが、すぐに提督と共に惑星ランスロットに降りていく。
それからはバントック少佐の言うとおり、提督が出席する様々なレセプションに駆り出され、話のネタにされていく。
「上院議員、彼があの“クリフエッジ”こと、クリフォード・コリングウッド少尉なのですよ……彼は若く、有能な士官でしてな……クリフ、トリビューンの潜入の時の話をして差し上げなさい……それでは議員、あちらで少しお話でも……」
このような感じで、コパーウィート提督はクリフォードを出汁に有力な政治家とのコネクションを作ろうとしていた。
二ヶ月もするとクリフォードも提督の政治的野心が見えてきた。
(提督は軍を退役したあと、国防関係の閣僚になるつもりのようだ。もしかしたら、今後訪れるかもしれない戦時において、首相になることを夢見ているのかも。しかし、二十歳そこそこの僕を利用しなくてもいいと思うんだが……)
クリフォードは提督に利用されることに次第に疲れを感じていく。
(バントック少佐が一年間我慢しなさいと言った意味がよく分かった。ゴールが見えているから何とかなるけど、こういう形で政治に利用されるのは嫌だな……確かに政略なんかの勉強にはなるけど……)
キャメロット第一艦隊はキャメロット星系の防衛が主要な任務であり、演習でも星系内を離れることはほとんどない。哨戒艦隊などは別だが、旗艦であるロイヤル・ソヴリン02は演習以外で第三惑星軌道上から離れることは稀だった。
つまり、ほとんど地上勤務と言っていい状態だ。それでも、提督の幕僚である参謀たちとの会話は、彼にとって有益なことが多かった。
(参謀の考え方は艦は駒であって人が乗っているという意識はない。それを考え出したら、死地に向かわせられないのだろうけど、こういう考え方は嫌だな。これから先、参謀は希望しないようにしよう……)
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