アルビオン王国宙軍士官物語（クリフエッジシリーズ合本版）

第一部：「士官候補生コリングウッド」

エピローグ

　アルビオン軍スループ艦ＨＭＳ－Ｌ２５０２０３４ブルーベル３４号は現在、トリビューン星系からスパルタン星系に向かう超空間を航行している。

　五日前の十月二十三日標準時間一五〇〇、搭載艇アウル１に乗った潜入部隊員たちは無事帰還した。

　アウル１は損傷が激しく、また、格納庫であるＦデッキの損傷が激しいため、トリビューン星系で放棄された。

　潜入部隊は戦死者九名、重傷者六名、軽傷者四名と、損害率七十五パーセント以上という作戦が成功したとは思えないほどの犠牲を払っていた。

　ブルーベルの方でも通商破壊艦Ｐ－３３１との戦闘で、戦死者五名、負傷者十五名を出している。

　艦の損傷も酷く、主砲が使用不能、二トン級レールキャノン、通称カロネードが全基損傷、対宙レーザー十基中九基損傷、生命維持システム及び重力制御システムの半数が使用不能というボロボロの状況だった。

　幸いなことに主機である対消滅炉リアクターと推進装置関係に損傷はなく、通常空間及び超空間での移動に問題はなかった。


　Ｐ－３３１の最後の攻撃により重傷を負った艦長のエルマー・マイヤーズ少佐は、翌日に意識を回復し、トリビューン星系を出るまでの間、病床から指揮を執り続けた。

　潜入部隊の指揮官、航法長のブランドン・デンゼル大尉は艦に戻ってから意識を回復したものの、内臓が深く傷ついており、ブルーベルの医療設備では対応できなかった。
　そのため、彼の本格的な治療は帰還後となり、今は病室で横になっている。


　クリフォードはこの状況を現実のものとなかなか認識できなかった。
　そもそも自分の提案が発端だが、ここまで酷い状況になるとは思っていなかったためだ。

（もし僕が敵拠点ベースへの潜入作戦という提案をしなければ、ブルーベルはキャメロットに戻っていた。あの時は祖国のために最善だと思ったけど、この結果を見ると本当によかったのかと思ってしまう……）

　彼は自分のせいでブルーベルの仲間たちが戦死し、怪我をしたことに自責の念に駆られていた。

　そのことが胸にわだかまったまま、デンゼル大尉の見舞いに来ていた。
　大尉は痛み止めにより落ち着いた表情になっているが、時折苦しそうな表情も見せている。
　クリフォードは彼に見舞いの言葉を掛けた後、謝罪の言葉を口にする。

「今回のことは申し訳ありませんでした。私が潜入作戦を提案しなければ大尉は……」

　大尉はその言葉を途中で遮った。

「コリングウッド候補生、君は何か勘違いしていないか。君は一候補生であって士官ではない。指揮官はマイヤーズ艦長で、この作戦を決めたのも艦長だ。そして、潜入部隊の指揮官はこの私だ。すべての責任は我々にある。士官候補生が今の言葉を口にするのは不遜だぞ」

　大尉は静かだが厳しい口調でそう言った後、諭すように付け加えた。

「いいか、クリフ。君には才能がある。これは私だけでなく、艦長もそしてブルーベルうちの士官たちも皆思っていることだ。だが、これだけは覚えておいて欲しい。指揮を執る者は責任から逃れることはできない。すべての責任は指揮を執る者にあるということを……」

　クリフォードは黙って彼の話を聞いていた。大尉の体調が気になり、話をやめさせたかったが、彼にはそうさせない雰囲気があった。
　そして大尉は苦しそうな顔を一瞬見せた後、更に話を続けていく。

「君は来年には少尉に任官しているだろう。その時、君にも部下が付く。その部下たちに対する責任は君にあるんだ。彼らを殺す判断を下さなければならないこともあるだろう……」

　そこで何かを思い出したのか、少しだけ言葉が途切れる。

「……今回私はナディアを見殺しにすることを考えた。君の提案が無ければ実際にそうしていただろう。しかし、誰にも責任を押し付けるつもりはなかった……ただ後悔はしただろうけどね。士官とはそういうものだと覚えておいて欲しい……」

　クリフォードは大尉の話を静かに聞き、何度も頷いていた。大尉に疲れた様子が見えたため、彼は礼を言って病室を出ていった。

（そうだよな。まだ士官学校を出たての候補生が何様のつもりだったんだろう。提案した策を採用してもらっただけで増長していたのかもしれないな……それにしても来年には少尉に任官って大尉の買いかぶりだよな）

　彼はそのまま士官次室ガンルームに戻っていく。
　士官次室ではサミュエル・ラングフォード候補生が操舵長コクスンのアメリア・アンヴィル兵曹長と話をしていた。

　クリフォードが何を話しているのか聞いてみると、アンヴィルが満面に笑みを浮かべて答えた。

「ミスター・ラングフォードに敵の小型艇との格闘戦ドッグファイトについて聞いていたんですよ。ミスター・コリングウッドの必殺技について聞いておこうと思って」

「必殺技って……コクスン、人が悪いですよ。からかわないで下さい」

　彼が顔を赤く染めて、彼女に抗議すると、

「小型艇の戦闘なんてほとんど起きないですからね。今回の戦闘も操縦士養成コースで良好事例として教材になると思いますよ。そんな面白い話、折角、当人たちがいるのに聞かないわけにはいかないでしょ？」

　彼女が悪戯っぽく言うと、サミュエルが立ち上がった。

「コクスン、操縦については説明済みだ。あとはミスター・コリングウッドの射撃について聞いてみてはどうかな」と言って自室に戻っていく。

　どうやら彼は、天才操縦士と名高いアンヴィル兵曹長に捕まり、辟易していたようだ。

　彼女の言うとおり、前の戦争でも小型艇同士の格闘戦はほとんど発生していない。
　小型艇は攻撃力、防御力共に貧弱であり、低武装の商船の拿捕など特殊な場合を除き、小型艇だけで行動することは非常に稀だ。

　その理由は戦闘が発生すると帰還率は著しく低くなり、搭乗員パイロットという高価な人的資源を浪費することになるからだ。

　それでもアンヴィルのような天才肌の操縦士は、大昔のパイロットのような格闘戦に憧れを持っているため、根掘り葉掘り聞かずにはいられなかった。

（ああ、これは次のシフトまで逃げ出せないかな。それにしても、准士官は変わった人が多い……）

　クリフォードは諦めてアンヴィルに付き合うことにした。


　サミュエルはコクスンの質問攻めから逃げ出せ、安堵の息を吐く。

（クリフには悪いが、これも後輩の務めと諦めてもらおう）

　彼は小さく笑ってそう考えた後、ブルーベルに帰還したときのことを不意に思い出した。

　アウルを操縦していた彼は、徐々に接近してくるブルーベルの姿に声が出なかった。
　艦首から左舷側が溶け落ち、数日前まで気密服なしで歩いていた最外殻ブロックの通路がむき出しになっていた。その通路も滅茶苦茶に破壊され、千切れたケーブルが所々に見え、動物の腹からはみ出た内臓のように思えた。

　ブルーベルに入ると更に驚いた。人工重力が効いておらず、無重力状態だったのだ。
　そして負傷者を病室に運び込むと、そこにはタンク状の緊急生命維持装置が数台並べられ、ベッドにも治療用ジェルが塗りつけられた負傷者が溢れていた。

　潜入部隊の負傷者は銃創か低酸素症であるため、見た目には酷い怪我に見えない。
　しかし、艦内の負傷者は急性放射線障害と火傷、飛散物による骨折であり、より酷いように見えた。

　彼自身、これほどの負傷者たちを見たことはなかった。もちろん、彼以外でも先の戦争を知らない世代は精々訓練中の怪我人くらいしか見たことがない者の方が多かった。

（あの時、これが戦争なんだと思った……これから俺はこういうことに慣れていかないといけないんだなと。でも、慣れることができるのかとも……）

　彼は少年の頃に思い描いていた宙軍の戦闘がきれいごとではないと、今更ながらに思い知らされた。

　彼の意識は親友となったクリフォードに向いた。

（クリフと和解できたことは今回の作戦で一番の出来事だろう。和解といっても俺が一方的に悪かっただけなんだが……彼とじっくり話ができてよかったと思う……）

　ブルーベルに帰還した後、クリフォードときちんと語り合いたいと思い、超空間に入った比較的余裕のあるタイミングで、今までの疎遠だった関係を解消するかのようにたっぷりと話し合った。

　自分が小惑星上で告白した内容のうち、嫉妬されていたということに彼が驚いたことや、彼自身も自分の父親に対し劣等感を抱いていたことなどを聞き、いかに自分の嫉妬が子供じみていたかを改めて思い知らされた。

（そうは言っても、あの冷静さや指揮の的確さは天才の名に相応しいと俺は思う。まあ、ニコール中尉が言った“崖っぷちクリフエッジ”にならないと力を出さないっていう言葉は、なるほどと笑ってしまったけど……）

　彼はそんなことを思いながら、もう少ししたらコクスンから救出に行ってやろうと考えていた。

　三ヶ月後、彼は少尉任官試験に見事合格し、ブルーベルを去っていく。
　この先、クリフォードとどのように関わることになるのか、楽しみにしながら。


　エルマー・マイヤーズ艦長は病床で指揮を執っていたが、超空間に入り、業務が減ったことから、副長のアナベラ・グレシャム大尉に指揮を任せた。
　彼は出血による体力の消耗を回復させるため、療養に専念している。

　ベッドに寝ていると、僚艦であるデイジー２７号を失い、更に十名以上の戦死者を出した今回の結果に対し、自分の判断に誤りがあったのではないかと考えてしまう。

（デイジーのホーカー艦長を諌めることができたのは私だけだ。コリングウッドが指摘したことを思いつくべきだった……いかに優秀な若者とはいえ、候補生が気づけるようなことを見抜けなかったのは、自分の力が足りなかったためだ……）

　こんなことを考えても死者が蘇るわけではないし、建設的ではないと頭では理解しているが、どうしてもその考えから抜け出せない。

　少しでも気持ちを切り替えるため、今回の報告書の草案を考えることにした。
　そして、今回の作戦で勲章を受けられるよう推薦状を書くことも考えている。

（ブランドンとナディア、ジェンキンズ、そしてコリングウッドが候補だな。候補生が叙勲の対象というのは違和感があるのだろうが、コリングウッドは外せないだろう。ブランドン、ナディア、コリングウッドには殊勲十字勲章ＤＳＣ、ジェンキンズには殊勲章ＤＳＭの推薦が妥当だろう……）

　そして、また戦死者、負傷者のことが頭に浮かぶ。

（戦死者と負傷者は名誉戦傷章パープルハートが贈られるのだろうが、彼らにはそれだけでしか残らないのか……）

　そこでふと艦ふねの名を思い出す。

（ブルーベルの花言葉は“追憶”だったな。彼らのことは艦ふねが憶えておいてくれるのかもしれない……）

　彼は我ながら感傷的すぎるなと思いながらも、その考えを否定する気にはなれなかった。

　ブルーベル３４号は無事、キャメロット星系に帰還した。

　今回の戦闘のニュースが伝えられると、アルビオン王国では、ゾンファ共和国への非難の声が高まっていった。

　ブルーベルが持ち帰った情報から、遭難した三隻の商船の内、リバプールトランコのリバプールワンは、ゾンファに乗っ取られ、物資の輸送に使われていたことが判明した。

　アルビオン王国は直ちにゾンファ共和国に抗議と賠償を求めたが、ゾンファ側は一切の関与を否定し、証拠を捏造したとアルビオン側を逆に非難した。

　ヤシマ政府とアルビオン政府はゾンファ共和国の関与を立証するため、共同でトリビューン星系を調査した。

　しかし、拠点ベースは跡形もなく爆散し、証拠となる物は何も得られなかった。また、通商破壊艦は残骸こそ残っていたが、回収できた記憶媒体や書類からゾンファ共和国の関与を明確に示す証拠を見つけることはできなかった。

　結局、最終的には非難合戦の末、両国間の関係が更に悪化しただけに留まった。


　ブルーベル３４号の活躍はアルビオン王国で大きく報道された。

　エルマー・マイヤーズ少佐、ブランドン・デンゼル大尉、ナディア・ニコール中尉は佐官や尉官が受ける最高の勲章、殊勲十字勲章ディスティングイッシュサービスクロス（ＤＳＣ）を受勲した。

　また、下士官であるヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹も最高栄誉とされる殊勲章ディスティングイッシュサービスメダル（ＤＳＭ）を受勲した。

　クリフォードについては、マイヤーズ少佐、デンゼル大尉の強い推薦があり、殊勲十字勲章が妥当という話が出たが、士官ではない候補生が殊勲十字勲章を受けることに対し、反対の声が上がり、なかなか結論が出なかった。

　そのことがマスコミに漏洩リークし、大きく報道された。
　軍に対する抗議の声が上がり、王室からも問い合わせがあり、軍上層部は対応に苦慮する。

　軍は一介の士官候補生の処遇であるため、来るべき対ゾンファ戦争を意識し、戦意高揚を図ることを考えた。そして、クリフォードの功績を陸上戦闘に限ることで、武功十字章ミリタリークロス（ＭＣ）を贈ることで決着した。

　受勲対象者五名に対する盛大な式典が行われ、その中でも最年少のクリフォードは最も注目を浴びた。

　彼の逸話が多く報道されると、士官学校時代に苦手な科目をいつもギリギリの成績でクリアするところから名付けられたあだ名と、ニコール中尉の発言、土壇場すなわち崖っぷちクリフエッジになると強みを発揮するという発言から、“クリフエッジ”という名前が彼の代名詞になった。

　彼はブルーベルの修理が完了するまでの二ヶ月間、マスコミに追い回されたが、戦闘から約三ヶ月後の宇宙暦ＳＥ四五一三年一月三十日にブルーベルが出港すると、ようやく落ち着いた生活が戻ってきた。

　親友となったサミュエル・ラングフォードはその十日前に少尉任官試験に見事合格し、ブルーベルを去っており、彼は親友の成功を心から喜んだが、その一方で寂しさも感じていた。

　そして、彼自身、その四ヶ月後に少尉任官試験を受験することになる。
　彼は期待と不安を胸にキャメロット星系第三惑星の衛星軌道上に浮かぶ旗艦に足を踏み入れた。

第一部完