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第一部:「士官候補生コリングウッド」
第三十六話
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宇宙暦四五一二年十月二十三日 標準時間一一三五。
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号は敵ベースのあった宙域を通り過ぎていく。
その僅か百メートルの小さな艦体は大きく傷つき、艦首付近には大きな開口部ができ、見た目だけなら戦闘ができるような状況には見えない。
戦闘指揮所内ではエルマー・マイヤーズ艦長が敵通商破壊艦P-331に最後の攻撃を加えるため、唯一残った武器、主砲である一テラワット級荷電粒子加速砲の発射を命じようとしていた。
敵との距離は既に五光秒以上あり、主砲の冷却系を修理しても次に攻撃できるチャンスは減速、再加速を三十分近く行う必要があるため、一時間以上先になる。
(これが最後の攻撃だ。これで沈められなければ、このまま撤退するしかない。ブランドンたち潜入部隊を見殺しにするのは忍びないが、ベースの情報を得た以上、全滅するわけにはいかない……)
戦術士であるオルガ・ロートン大尉の報告が響く。
「主砲発射準備完了。いつでも撃てます!」
「了解、主砲撃ち方始め。二連射で攻撃を停止せよ」
艦長の命令で主砲が発射される。
メインスクリーンに敵艦に向かう主砲の光跡が映し出される。
そして、敵に命中するというタイミングで艦を大きく揺るがす衝撃が襲い、人工知能のメッセージが流れ始めた、
『防御スクリーン過負荷状態……防御スクリーン消滅。再展開は二十秒後。繰り返します……』
「総員、対ショック体勢を取れ! 操舵長、回避してくれ!」
艦長はそう叫ぶものの、回避は無理だろうと考えていた。
「第二射発射!」というロートン大尉の声が聞こえるが、次の瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃が艦を突き抜けていく。
CIC内では再び警報とAIのメッセージが響くが、艦長を含め全員が気を失っていた。
緊急対策所では対ショック体勢が間に合わなかった不幸な技術兵がピンボールの玉のように壁に何度も跳ね返っているが、シートに着いていた者も衝撃のため気を失い、誰もそのことに気づいていない。
機関制御室では部下たちに指示を出していたデリック・トンプソン機関長が部下ともども吹き飛ばされ、制御盤に挟まる形で気を失っている。
いち早く意識を回復したのは、操舵長のアメリア・アンヴィル兵曹長だった。
彼女は耐G訓練を多く受けている操縦士であるため、この衝撃でも数秒で意識を回復できた。その彼女も現状を把握しきれず、ややパニック気味に叫ぶ。
「艦長! ご無事ですか! ロートン大尉! クイン中尉! ERC! グレシャム副長! 誰でもいい、指示を出してください!」
その叫びに最初に目覚めたのは、副長のアナベラ・グレシャム大尉だった。
グレシャム大尉はパニックになり掛けているアンヴィル操舵長を落ち着かせるため、感情を排した声で報告を求めた。
「コクスン、グレシャムよ。落ち着いてCICの状況を報告しなさい」
アンヴィル兵曹長は安堵の息を吐き出した後、報告を始めた。
「はい、副長。CICの一部が損傷しました。どの程度の損傷かは不明です。小官以外全員意識がありません」
少し落ち着いたのか、さっきより声のトーンが下がっている。
「コクスン、回避機動を続けなさい。パターンは現状のままで結構よ。艦長の意識が戻られるまでERCから指揮を執ります」
「了解しました、副長!」
グレシャム副長はERCの緊急時制御盤で状況を確認していく。
情報が制限されているECBでも、ブルーベルの損害の大きさが確認できた。艦の左舷側がごっそりと削られた無残な状態だった。
事前の隔離操作が功を奏し、大規模な減圧や火災が発生していないことだけが救いだった。
艦の状況を確認し終えたところで、まだ敵の射程内にいることを思い出した。そして、ECBから敵艦の状況を確認した。
(敵に何が起こっているの?……)
その情報は彼女を困惑させるものだった。
■■■
標準時間一一三五。攻撃の直前に時は遡る。
ゾンファ軍通商破壊艦P-331はブルーベル34号の攻撃とクーロンベースの自爆により戦闘艦としての機能をほとんど失っていた。
だが、艦長代行のグァン・フェンはまだ闘志を失ってはいなかった。
彼は主砲の使用を決めた。主砲が破損している可能性もあるが、そのことは無視し、最後の攻撃を行うつもりでいる。
(我々が生き残るすべはもうない。あとは敵と刺し違えるだけだ。敵の搭載艇はクーロンの爆発に巻き込まれたに違いない。それならば、スループが戻ってくる可能性はほとんどない……これが最後の攻撃チャンスだ! 主砲が壊れようが、暴発して艦を失おうが、構うものか! ゾンファ軍人の意地を見せてやる……)
そして、主砲の発射準備が完了したとの報告を受け、即座に発射を命じた。
「最大出力、撃ち方始め!」
彼の命令で主砲を撃ち始めるが、一発目で艦に大きな振動が走った。
「今の衝撃はなんだ!」とグァンが叫ぶ。
「原因不明! 艦内の計測系がほとんど死んでいるため、分かりません!」
明確な答えは返ってこなかった。
彼らは知りえなかったが、この時、主兵装ブロックでは加速された陽電子が集束しきれず艦内に漏れ出し、一部で対消滅反応を起こしていたのだ。
その反応による爆発が先ほどの衝撃の原因なのだが、ベースの自爆による強力なガンマ線でセンサー類が破壊されており、CICでそれを知るすべはなかった。
「敵スループに直撃、防御スクリーン消滅!」
その言葉を聞き、ニヤリと笑ったグァンは「構わん、第二射を撃て!」と命じた。
彼の命令により主砲が発射されると、先ほどより大きな衝撃が再び走り、その衝撃は収まる気配がなかった。
「防御スクリーン消滅! 生命維持装置機能停止!……主砲から陽電子が漏れています! 艦首が融けて……」
その報告を聞き、命令を発しようとした瞬間、艦内で次々に爆発が連鎖していく。
「何が起きた!……」とグァンは叫んだが、次の瞬間、戦闘指揮所は爆発に巻き込まれ、彼は自分に何が起きたか知らぬまま死んでいった。
爆発の原因は主砲の制御系が破壊され、リアクターから送られるエネルギーが無制限に漏出したことが原因だった。
しかし、そのことを調べる者はおらず、また、その情報を必要とする者も誰も生きてはいなかった。
戦闘指揮所が爆発した直後、ブルーベルの主砲が命中し、更に破壊が加速していく。
そして、二十秒後、ゾンファ軍通商破壊艦P-331は内部から崩壊していった。そして、その存在から小さな恒星が生まれ、そして消えていった。
■■■
標準時間一一三五。
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号搭載艇アウル1は、デブリに身を隠しながら、ゆっくりと宇宙空間を漂っている。
その姿は満身創痍で外装甲は数え切れないほどの凹みがあり、放棄されたスクラップと言っても誰も疑わないほどだ。
ナディア・ニコール中尉は僅かに生きているセンサー類を使って、ブルーベルと敵通商破壊艦P-331の戦闘を見守っていた。
ブルーベルは〇・一光速という高速で敵艦を通過し、艦首を敵に向けて攻撃の意思を見せている。
一方、P-331も艦首と右舷に大きな損傷を抱えながらもブルーベルに艦首を向ける。
ブルーベルの主砲がP-331の防御スクリーンに当たり発光するが、ダメージは与えられているように見えない。
やはり無理かと思いながら見ていると、P-331の放った主砲がブルーベルの防御スクリーンを消し去る様子が見て取れた。
「ああ、ブルーベルの防御スクリーンが……」と彼女が叫ぶと、
「敵艦の艦首を見てください! 爆発が起こっています! まだ、チャンスはあります!」とクリフォードが叫ぶ。
彼の言うとおり、P-331の艦首では小規模な爆発が断続的に起こっており、第二射は困難だと胸を撫で下ろす。
しかし、P-331は撤退するわけでもミサイルを撃つでもなく、その場に留まっていた。
クリフォードは嫌な予感がしていた。
(まだ、主砲を撃つ気か? 自爆するぞ……もしかしたら刺し違えるつもりでは……)
神ならぬ彼は、敵が自分たちの艦の状況を把握できていないとは思わず、ただ自棄になって相打ちを狙っていると考えた。
敵の状況はともかく、彼の予想通り、P-331は主砲を放ち、防御スクリーンを失ったブルーベルに命中する。
ブルーベルは艦首から左舷側がごっそりと削られ、ふらふらと姿勢制御すらままならなくなっている。
一方、P-331は最後の一撃で艦の中央部から徐々に爆発が広がっていき、最後には艦全体が膨らみ四散していった。
「ブルーベルが敵の通商破壊艦を沈めたわ!」とニコール中尉が後ろにいる部下たちに聞こえるよう叫ぶ。
そして、クリフォードに、「ブルーベルに通信を」と命じた。
更にウインクをしながら付け加えた。
「ランデブーポイントを確認して。こういう崖っぷちな状況なら計算できるでしょ」
クリフォードの隣でサミュエルが笑っているが、この会話は後ろのカーゴスペースにも聞こえており、下士官兵たちの笑い声が聞こえてきた。
クリフォードは羞恥で赤くなった顔を隠しながら、ブルーベルに通信を入れた。
■■■
標準時間一一四〇。
ブルーベル34号の戦闘指揮所の士官は敵艦の最後の攻撃の衝撃により、全員が意識を失っていた。
そのため、緊急対策所にいた副長のアナベラ・グレシャム大尉が艦の指揮を執っている。
敵の状況を確認しようと緊急時制御盤のモニターを見たとき、彼女は目を疑った。敵艦が内部から崩壊していく姿に何が起こっているのか、理解できなかったのだ。
しかし、彼女はすぐに立ち直り、CICの機能が復旧するまでの間に、防御スクリーンを展開し直し、掌帆長に応急処置を命じた。
二分後、CICでオルガ・ロートン大尉が意識を取り戻した。
グレシャム副長から状況の説明を受け、更に自らの戦術士用コンソールで確認すると、すぐに艦長の状態を見にいった。
「軍医、至急CICに来てください!」
ロートン大尉は軍医のバーナード・ホプキンス軍医大尉にCICに来るよう命じる。
その時、マイヤーズ艦長は破損した部品の一部が簡易宇宙服に刺さっており、生命維持装置には出血中と表示されていた。
ロートン大尉は軍医に連絡した後、負傷していないCIC要員を起こし、CICの機能を再構築した。そして、CICで指揮を執り始める。
その時、アウル1からの通信が入ってきた。
「こちらアウル1、ブルーベル応答願います。こちらアウル1のコリングウッドです。ブルーベル……」
意識を取り戻した情報士のフィラーナ・クイン中尉が応答する。
「こちらブルーベル34号。ミスター・コリングウッド、状況を報告しなさい」
クリフォードが状況を報告し始めると、CICに歓喜の声が広がっていく。
ロートン大尉がクリフォードに命令を伝えた。
「ミスター・コリングウッド、三時間後にランデブーします。ランデブーポイントを計算して報告しなさい」
「えっ! あ、了解しました、大尉! ですが、私でいいんですか?」
「こちらも艦長が負傷されて、手一杯なの。貴方が一番手が空いているでしょう」
「はい、大尉。何とか計算してみます……」
CICでは笑いが起こるが、すぐに艦内の状況確認に没頭し始めた。
(これから忙しくなるし、まだまだ油断できない。でも笑える余裕があるなら大丈夫だわ……)
彼女は頭の片隅でそう考えながら、艦の状況を確認する指示を次々と出していた。
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号は敵ベースのあった宙域を通り過ぎていく。
その僅か百メートルの小さな艦体は大きく傷つき、艦首付近には大きな開口部ができ、見た目だけなら戦闘ができるような状況には見えない。
戦闘指揮所内ではエルマー・マイヤーズ艦長が敵通商破壊艦P-331に最後の攻撃を加えるため、唯一残った武器、主砲である一テラワット級荷電粒子加速砲の発射を命じようとしていた。
敵との距離は既に五光秒以上あり、主砲の冷却系を修理しても次に攻撃できるチャンスは減速、再加速を三十分近く行う必要があるため、一時間以上先になる。
(これが最後の攻撃だ。これで沈められなければ、このまま撤退するしかない。ブランドンたち潜入部隊を見殺しにするのは忍びないが、ベースの情報を得た以上、全滅するわけにはいかない……)
戦術士であるオルガ・ロートン大尉の報告が響く。
「主砲発射準備完了。いつでも撃てます!」
「了解、主砲撃ち方始め。二連射で攻撃を停止せよ」
艦長の命令で主砲が発射される。
メインスクリーンに敵艦に向かう主砲の光跡が映し出される。
そして、敵に命中するというタイミングで艦を大きく揺るがす衝撃が襲い、人工知能のメッセージが流れ始めた、
『防御スクリーン過負荷状態……防御スクリーン消滅。再展開は二十秒後。繰り返します……』
「総員、対ショック体勢を取れ! 操舵長、回避してくれ!」
艦長はそう叫ぶものの、回避は無理だろうと考えていた。
「第二射発射!」というロートン大尉の声が聞こえるが、次の瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃が艦を突き抜けていく。
CIC内では再び警報とAIのメッセージが響くが、艦長を含め全員が気を失っていた。
緊急対策所では対ショック体勢が間に合わなかった不幸な技術兵がピンボールの玉のように壁に何度も跳ね返っているが、シートに着いていた者も衝撃のため気を失い、誰もそのことに気づいていない。
機関制御室では部下たちに指示を出していたデリック・トンプソン機関長が部下ともども吹き飛ばされ、制御盤に挟まる形で気を失っている。
いち早く意識を回復したのは、操舵長のアメリア・アンヴィル兵曹長だった。
彼女は耐G訓練を多く受けている操縦士であるため、この衝撃でも数秒で意識を回復できた。その彼女も現状を把握しきれず、ややパニック気味に叫ぶ。
「艦長! ご無事ですか! ロートン大尉! クイン中尉! ERC! グレシャム副長! 誰でもいい、指示を出してください!」
その叫びに最初に目覚めたのは、副長のアナベラ・グレシャム大尉だった。
グレシャム大尉はパニックになり掛けているアンヴィル操舵長を落ち着かせるため、感情を排した声で報告を求めた。
「コクスン、グレシャムよ。落ち着いてCICの状況を報告しなさい」
アンヴィル兵曹長は安堵の息を吐き出した後、報告を始めた。
「はい、副長。CICの一部が損傷しました。どの程度の損傷かは不明です。小官以外全員意識がありません」
少し落ち着いたのか、さっきより声のトーンが下がっている。
「コクスン、回避機動を続けなさい。パターンは現状のままで結構よ。艦長の意識が戻られるまでERCから指揮を執ります」
「了解しました、副長!」
グレシャム副長はERCの緊急時制御盤で状況を確認していく。
情報が制限されているECBでも、ブルーベルの損害の大きさが確認できた。艦の左舷側がごっそりと削られた無残な状態だった。
事前の隔離操作が功を奏し、大規模な減圧や火災が発生していないことだけが救いだった。
艦の状況を確認し終えたところで、まだ敵の射程内にいることを思い出した。そして、ECBから敵艦の状況を確認した。
(敵に何が起こっているの?……)
その情報は彼女を困惑させるものだった。
■■■
標準時間一一三五。攻撃の直前に時は遡る。
ゾンファ軍通商破壊艦P-331はブルーベル34号の攻撃とクーロンベースの自爆により戦闘艦としての機能をほとんど失っていた。
だが、艦長代行のグァン・フェンはまだ闘志を失ってはいなかった。
彼は主砲の使用を決めた。主砲が破損している可能性もあるが、そのことは無視し、最後の攻撃を行うつもりでいる。
(我々が生き残るすべはもうない。あとは敵と刺し違えるだけだ。敵の搭載艇はクーロンの爆発に巻き込まれたに違いない。それならば、スループが戻ってくる可能性はほとんどない……これが最後の攻撃チャンスだ! 主砲が壊れようが、暴発して艦を失おうが、構うものか! ゾンファ軍人の意地を見せてやる……)
そして、主砲の発射準備が完了したとの報告を受け、即座に発射を命じた。
「最大出力、撃ち方始め!」
彼の命令で主砲を撃ち始めるが、一発目で艦に大きな振動が走った。
「今の衝撃はなんだ!」とグァンが叫ぶ。
「原因不明! 艦内の計測系がほとんど死んでいるため、分かりません!」
明確な答えは返ってこなかった。
彼らは知りえなかったが、この時、主兵装ブロックでは加速された陽電子が集束しきれず艦内に漏れ出し、一部で対消滅反応を起こしていたのだ。
その反応による爆発が先ほどの衝撃の原因なのだが、ベースの自爆による強力なガンマ線でセンサー類が破壊されており、CICでそれを知るすべはなかった。
「敵スループに直撃、防御スクリーン消滅!」
その言葉を聞き、ニヤリと笑ったグァンは「構わん、第二射を撃て!」と命じた。
彼の命令により主砲が発射されると、先ほどより大きな衝撃が再び走り、その衝撃は収まる気配がなかった。
「防御スクリーン消滅! 生命維持装置機能停止!……主砲から陽電子が漏れています! 艦首が融けて……」
その報告を聞き、命令を発しようとした瞬間、艦内で次々に爆発が連鎖していく。
「何が起きた!……」とグァンは叫んだが、次の瞬間、戦闘指揮所は爆発に巻き込まれ、彼は自分に何が起きたか知らぬまま死んでいった。
爆発の原因は主砲の制御系が破壊され、リアクターから送られるエネルギーが無制限に漏出したことが原因だった。
しかし、そのことを調べる者はおらず、また、その情報を必要とする者も誰も生きてはいなかった。
戦闘指揮所が爆発した直後、ブルーベルの主砲が命中し、更に破壊が加速していく。
そして、二十秒後、ゾンファ軍通商破壊艦P-331は内部から崩壊していった。そして、その存在から小さな恒星が生まれ、そして消えていった。
■■■
標準時間一一三五。
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号搭載艇アウル1は、デブリに身を隠しながら、ゆっくりと宇宙空間を漂っている。
その姿は満身創痍で外装甲は数え切れないほどの凹みがあり、放棄されたスクラップと言っても誰も疑わないほどだ。
ナディア・ニコール中尉は僅かに生きているセンサー類を使って、ブルーベルと敵通商破壊艦P-331の戦闘を見守っていた。
ブルーベルは〇・一光速という高速で敵艦を通過し、艦首を敵に向けて攻撃の意思を見せている。
一方、P-331も艦首と右舷に大きな損傷を抱えながらもブルーベルに艦首を向ける。
ブルーベルの主砲がP-331の防御スクリーンに当たり発光するが、ダメージは与えられているように見えない。
やはり無理かと思いながら見ていると、P-331の放った主砲がブルーベルの防御スクリーンを消し去る様子が見て取れた。
「ああ、ブルーベルの防御スクリーンが……」と彼女が叫ぶと、
「敵艦の艦首を見てください! 爆発が起こっています! まだ、チャンスはあります!」とクリフォードが叫ぶ。
彼の言うとおり、P-331の艦首では小規模な爆発が断続的に起こっており、第二射は困難だと胸を撫で下ろす。
しかし、P-331は撤退するわけでもミサイルを撃つでもなく、その場に留まっていた。
クリフォードは嫌な予感がしていた。
(まだ、主砲を撃つ気か? 自爆するぞ……もしかしたら刺し違えるつもりでは……)
神ならぬ彼は、敵が自分たちの艦の状況を把握できていないとは思わず、ただ自棄になって相打ちを狙っていると考えた。
敵の状況はともかく、彼の予想通り、P-331は主砲を放ち、防御スクリーンを失ったブルーベルに命中する。
ブルーベルは艦首から左舷側がごっそりと削られ、ふらふらと姿勢制御すらままならなくなっている。
一方、P-331は最後の一撃で艦の中央部から徐々に爆発が広がっていき、最後には艦全体が膨らみ四散していった。
「ブルーベルが敵の通商破壊艦を沈めたわ!」とニコール中尉が後ろにいる部下たちに聞こえるよう叫ぶ。
そして、クリフォードに、「ブルーベルに通信を」と命じた。
更にウインクをしながら付け加えた。
「ランデブーポイントを確認して。こういう崖っぷちな状況なら計算できるでしょ」
クリフォードの隣でサミュエルが笑っているが、この会話は後ろのカーゴスペースにも聞こえており、下士官兵たちの笑い声が聞こえてきた。
クリフォードは羞恥で赤くなった顔を隠しながら、ブルーベルに通信を入れた。
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標準時間一一四〇。
ブルーベル34号の戦闘指揮所の士官は敵艦の最後の攻撃の衝撃により、全員が意識を失っていた。
そのため、緊急対策所にいた副長のアナベラ・グレシャム大尉が艦の指揮を執っている。
敵の状況を確認しようと緊急時制御盤のモニターを見たとき、彼女は目を疑った。敵艦が内部から崩壊していく姿に何が起こっているのか、理解できなかったのだ。
しかし、彼女はすぐに立ち直り、CICの機能が復旧するまでの間に、防御スクリーンを展開し直し、掌帆長に応急処置を命じた。
二分後、CICでオルガ・ロートン大尉が意識を取り戻した。
グレシャム副長から状況の説明を受け、更に自らの戦術士用コンソールで確認すると、すぐに艦長の状態を見にいった。
「軍医、至急CICに来てください!」
ロートン大尉は軍医のバーナード・ホプキンス軍医大尉にCICに来るよう命じる。
その時、マイヤーズ艦長は破損した部品の一部が簡易宇宙服に刺さっており、生命維持装置には出血中と表示されていた。
ロートン大尉は軍医に連絡した後、負傷していないCIC要員を起こし、CICの機能を再構築した。そして、CICで指揮を執り始める。
その時、アウル1からの通信が入ってきた。
「こちらアウル1、ブルーベル応答願います。こちらアウル1のコリングウッドです。ブルーベル……」
意識を取り戻した情報士のフィラーナ・クイン中尉が応答する。
「こちらブルーベル34号。ミスター・コリングウッド、状況を報告しなさい」
クリフォードが状況を報告し始めると、CICに歓喜の声が広がっていく。
ロートン大尉がクリフォードに命令を伝えた。
「ミスター・コリングウッド、三時間後にランデブーします。ランデブーポイントを計算して報告しなさい」
「えっ! あ、了解しました、大尉! ですが、私でいいんですか?」
「こちらも艦長が負傷されて、手一杯なの。貴方が一番手が空いているでしょう」
「はい、大尉。何とか計算してみます……」
CICでは笑いが起こるが、すぐに艦内の状況確認に没頭し始めた。
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