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第一部:「士官候補生コリングウッド」
第三十二話
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宇宙暦四五一二年十月二十三日 標準時間一一一〇。
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号は敵通商破壊艦P-331からの攻撃を受け続けている。
敵の主砲の出力は想定される最大のものの四分の一以下とかなり低く、二百メートル級のコルベット並の出力しかない。このため、ブルーベルの防御スクリーンでも何とか対応できている状況だった。
戦闘指揮所では敵の攻撃が命中するたびに微かに床が振動し、人工知能の警告メッセージが流れていく。一方的に敵からの攻撃を受けるという状況に、ブルーベルの乗組員たちに徐々にストレスが溜まっていった。
その時、情報士のフィラーナ・クイン中尉の明るい声が響く。
「アウル1より通信が入りました。アウルは無事です! 候補生二人から、五分後に潜入部隊を回収すると連絡がありました!」
エルマー・マイヤーズ艦長は感情を表に出さず、
「了解、中尉。二人にご苦労だったと伝えてくれ」
「了解しました、艦長! アウルからデータが送信されてきました……敵ベースの情報のようです」
艦長は目を見開く。
「クイン中尉、君の部下にその情報を解析させてくれ……」
そして囁くような小さな声で、「よくやってくれた……」と呟く。
突然敵の攻撃が止み、CICに静けさが戻った。
その状況に疑問を感じた戦術士のオルガ・ロートン大尉は、誰に言うでもなく疑問を口にする。
「どういうことでしょうか? 敵の主砲が故障したのでしょうか?」
その言葉にマイヤーズ艦長が答えた。
「主砲は死んでいないはずだ。何らかのトラブルを抱えていることは間違いない。ただ、罠の可能性も否定できないといったところだろう……AZ-258877への最接近時間まであとどのくらいだ?」
艦長の言葉に航法担当下士官から、「約千三百秒です」と即座に報告が上がる。
最大加速で敵に艦首を向けつつ、相対速度を維持しながら機動するため、複雑な軌道を描いている。
最終接近速度は〇・一光速以上と小惑星帯を抜けるには非常に危険な速度だ。
通常、小惑星帯や天体の近くでは空間物質との相対速度を光速の〇・一パーセント以下にまで落とす。これは高い相対速度のまま、空間物質と衝突すると、防御スクリーンに大きな負荷がかかるからだ。
しかし、マイヤーズ艦長はその常識を無視して加速を行わせた。
(この加速を利用して敵を撃破できればアウルを拾いに戻れる。失敗してもブルーベルは脱出できる……あとは敵の出方次第か……)
加速を続ければ、百秒程度で敵の射程から抜け出せる。
敵の主砲が損傷していなければ、無防備な後方からの砲撃には耐えられなかったが、出力が低い現状なら逃げきれる可能性は高かった。
艦長はロートン大尉に命令を伝えた。
「オルガ、カロネードの発射パターンを検討しておいてくれ。カロネードで敵艦を沈める」
ロートン大尉はその指示に驚く。
常識的には、四百メートル級の通商破壊艦を二トン級の小型カロネードで破壊することは不可能なためだ。
「カロネードの散弾では敵のスクリーンは突破できませんが?……あっ、分かりました。敵のスクリーンの弱ったところに当てる。これですね」
艦長は頷き、意図を説明する。
「主砲は囮に使う。相対速度が上がっているはずだから、散弾の威力も十分にある。敵に悟られないような上手い方法を考えてほしい」
ロートン大尉は目を輝かせて「了解しました、艦長!」と答え、すぐに自らのコンソールを操作し始めた。
■■■
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所のメインスクリーンには敵スループ艦が向かってくる様子が映し出されていた。
その姿を見ながら、艦長代行のグァン・フェンは敵への攻撃のタイミングを計っていた。
(主砲の集束率が落ちているのが痛いな。本来ならこの距離でも充分に沈められるんだが。今の状況だと幽霊ミサイルと合わせて攻撃するしかない。だが、敵は加速を緩めるつもりがあるのか? 俺なら少々危険でも加速を続けて突っ込む。それが一番生き残れるからだ。まあ、味方を拾うつもりが無ければだが……)
彼は敵の動きを読みきれていないでいた。
P-331を沈めるだけの武装は敵スループ艦にはない。クーロンに潜入した部隊を拾うなら減速する必要があるが、長時間の攻撃を受けるだけの防御力も敵艦にはない。
(狙いが分からんな。こちらを沈めるだけの武器はない。それに接近すれば今の出力の砲撃でも危険だと分かるはずだ……しかし、こういう“待ち”の作戦は性に合わんな……)
そこで彼は敵の搭載艇のことを思い出した。
「敵の搭載艇の様子はどうだ?」
「クーロンベース上空で停止中。味方を収容しているものと思われます」
索敵士の報告に了解するが、様子を見ることに留めた。
(逃がすのも癪だが、餌がなくなるのも困るな。もう少し様子を見るか)
しかし、グァンはここで小さなミスを犯した。彼はアウルにどう対応するか、具体的な指示を出さなかったのだ。
五分後、敵スループ艦が加速を停止する予想時刻になった。しかし、加速は依然続いている。
「敵スループ艦、最大加速を継続中。このペースで加速を続ければ六百秒後に最接近します」
戦術担当士官からの報告を受け、グァン・フェンは敵の意図がP-331の撃破にあると悟った。
(どうやら雌雄を決するつもりのようだな。なら、敵の搭載艇を破壊しても問題ないだろう)
そう考えた彼は、「敵搭載艇を攻撃する。艦尾迎撃砲で沈めてしまえ」と命じるが、戦術担当士官から予想外の答えが返ってくる。
「敵搭載艇ですが、クーロンベースの陰に入ったため、艦尾砲では攻撃できません」
彼は索敵士に対して、「何をしていた! 敵の位置が変わったのなら報告せんか!」と思わず怒鳴ってしまった。
索敵士は申し訳無さそうに謝罪する。
「申し訳ありません。加速して逃げたわけでもなかったので、報告しませんでした」
グァン・フェンは具体的な指示を出さなかった自分に非があると認め、怒鳴ったことを後悔した。彼は軽く手を挙げ、無理やり笑顔を作る。
「いや、いい。すまん。搭載艇が逃げ出したら報告してくれ」
そう言いながら気持ちを切り替えていく。
(どうも感情的になってしまったな。スループさえ沈めれば搭載艇など瑣末な話だった。ここは敵スループに集中すべきだ……)
グァンのミスによって、クリフォードらアルビオン軍の潜入部隊は命を長らえることができた。
もし、グァンがアウルを攻撃する意思を明確にしていたならば、小惑星の陰に逃げ込む前に艦尾迎撃砲で攻撃を受け、アウルは成すすべもなく破壊されただろう。
通商破壊艦の艦尾迎撃砲は通常の軍艦の艦尾砲より強力であることが多い。これは単独作戦で多数の敵に追撃されることが多いことと、商船に擬態した状態で無防備な艦尾を晒すことで、敵の油断を誘い、敵に攻撃を加える戦術を採ることがあるためだ。
そのため、近距離であれば六等級艦にダメージを与えられるほどで、防御力が皆無の大型艇なら跡形もなく消滅させることができる。
そんな状況だったが、運はクリフォードたちに味方した。
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号は敵通商破壊艦P-331からの攻撃を受け続けている。
敵の主砲の出力は想定される最大のものの四分の一以下とかなり低く、二百メートル級のコルベット並の出力しかない。このため、ブルーベルの防御スクリーンでも何とか対応できている状況だった。
戦闘指揮所では敵の攻撃が命中するたびに微かに床が振動し、人工知能の警告メッセージが流れていく。一方的に敵からの攻撃を受けるという状況に、ブルーベルの乗組員たちに徐々にストレスが溜まっていった。
その時、情報士のフィラーナ・クイン中尉の明るい声が響く。
「アウル1より通信が入りました。アウルは無事です! 候補生二人から、五分後に潜入部隊を回収すると連絡がありました!」
エルマー・マイヤーズ艦長は感情を表に出さず、
「了解、中尉。二人にご苦労だったと伝えてくれ」
「了解しました、艦長! アウルからデータが送信されてきました……敵ベースの情報のようです」
艦長は目を見開く。
「クイン中尉、君の部下にその情報を解析させてくれ……」
そして囁くような小さな声で、「よくやってくれた……」と呟く。
突然敵の攻撃が止み、CICに静けさが戻った。
その状況に疑問を感じた戦術士のオルガ・ロートン大尉は、誰に言うでもなく疑問を口にする。
「どういうことでしょうか? 敵の主砲が故障したのでしょうか?」
その言葉にマイヤーズ艦長が答えた。
「主砲は死んでいないはずだ。何らかのトラブルを抱えていることは間違いない。ただ、罠の可能性も否定できないといったところだろう……AZ-258877への最接近時間まであとどのくらいだ?」
艦長の言葉に航法担当下士官から、「約千三百秒です」と即座に報告が上がる。
最大加速で敵に艦首を向けつつ、相対速度を維持しながら機動するため、複雑な軌道を描いている。
最終接近速度は〇・一光速以上と小惑星帯を抜けるには非常に危険な速度だ。
通常、小惑星帯や天体の近くでは空間物質との相対速度を光速の〇・一パーセント以下にまで落とす。これは高い相対速度のまま、空間物質と衝突すると、防御スクリーンに大きな負荷がかかるからだ。
しかし、マイヤーズ艦長はその常識を無視して加速を行わせた。
(この加速を利用して敵を撃破できればアウルを拾いに戻れる。失敗してもブルーベルは脱出できる……あとは敵の出方次第か……)
加速を続ければ、百秒程度で敵の射程から抜け出せる。
敵の主砲が損傷していなければ、無防備な後方からの砲撃には耐えられなかったが、出力が低い現状なら逃げきれる可能性は高かった。
艦長はロートン大尉に命令を伝えた。
「オルガ、カロネードの発射パターンを検討しておいてくれ。カロネードで敵艦を沈める」
ロートン大尉はその指示に驚く。
常識的には、四百メートル級の通商破壊艦を二トン級の小型カロネードで破壊することは不可能なためだ。
「カロネードの散弾では敵のスクリーンは突破できませんが?……あっ、分かりました。敵のスクリーンの弱ったところに当てる。これですね」
艦長は頷き、意図を説明する。
「主砲は囮に使う。相対速度が上がっているはずだから、散弾の威力も十分にある。敵に悟られないような上手い方法を考えてほしい」
ロートン大尉は目を輝かせて「了解しました、艦長!」と答え、すぐに自らのコンソールを操作し始めた。
■■■
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所のメインスクリーンには敵スループ艦が向かってくる様子が映し出されていた。
その姿を見ながら、艦長代行のグァン・フェンは敵への攻撃のタイミングを計っていた。
(主砲の集束率が落ちているのが痛いな。本来ならこの距離でも充分に沈められるんだが。今の状況だと幽霊ミサイルと合わせて攻撃するしかない。だが、敵は加速を緩めるつもりがあるのか? 俺なら少々危険でも加速を続けて突っ込む。それが一番生き残れるからだ。まあ、味方を拾うつもりが無ければだが……)
彼は敵の動きを読みきれていないでいた。
P-331を沈めるだけの武装は敵スループ艦にはない。クーロンに潜入した部隊を拾うなら減速する必要があるが、長時間の攻撃を受けるだけの防御力も敵艦にはない。
(狙いが分からんな。こちらを沈めるだけの武器はない。それに接近すれば今の出力の砲撃でも危険だと分かるはずだ……しかし、こういう“待ち”の作戦は性に合わんな……)
そこで彼は敵の搭載艇のことを思い出した。
「敵の搭載艇の様子はどうだ?」
「クーロンベース上空で停止中。味方を収容しているものと思われます」
索敵士の報告に了解するが、様子を見ることに留めた。
(逃がすのも癪だが、餌がなくなるのも困るな。もう少し様子を見るか)
しかし、グァンはここで小さなミスを犯した。彼はアウルにどう対応するか、具体的な指示を出さなかったのだ。
五分後、敵スループ艦が加速を停止する予想時刻になった。しかし、加速は依然続いている。
「敵スループ艦、最大加速を継続中。このペースで加速を続ければ六百秒後に最接近します」
戦術担当士官からの報告を受け、グァン・フェンは敵の意図がP-331の撃破にあると悟った。
(どうやら雌雄を決するつもりのようだな。なら、敵の搭載艇を破壊しても問題ないだろう)
そう考えた彼は、「敵搭載艇を攻撃する。艦尾迎撃砲で沈めてしまえ」と命じるが、戦術担当士官から予想外の答えが返ってくる。
「敵搭載艇ですが、クーロンベースの陰に入ったため、艦尾砲では攻撃できません」
彼は索敵士に対して、「何をしていた! 敵の位置が変わったのなら報告せんか!」と思わず怒鳴ってしまった。
索敵士は申し訳無さそうに謝罪する。
「申し訳ありません。加速して逃げたわけでもなかったので、報告しませんでした」
グァン・フェンは具体的な指示を出さなかった自分に非があると認め、怒鳴ったことを後悔した。彼は軽く手を挙げ、無理やり笑顔を作る。
「いや、いい。すまん。搭載艇が逃げ出したら報告してくれ」
そう言いながら気持ちを切り替えていく。
(どうも感情的になってしまったな。スループさえ沈めれば搭載艇など瑣末な話だった。ここは敵スループに集中すべきだ……)
グァンのミスによって、クリフォードらアルビオン軍の潜入部隊は命を長らえることができた。
もし、グァンがアウルを攻撃する意思を明確にしていたならば、小惑星の陰に逃げ込む前に艦尾迎撃砲で攻撃を受け、アウルは成すすべもなく破壊されただろう。
通商破壊艦の艦尾迎撃砲は通常の軍艦の艦尾砲より強力であることが多い。これは単独作戦で多数の敵に追撃されることが多いことと、商船に擬態した状態で無防備な艦尾を晒すことで、敵の油断を誘い、敵に攻撃を加える戦術を採ることがあるためだ。
そのため、近距離であれば六等級艦にダメージを与えられるほどで、防御力が皆無の大型艇なら跡形もなく消滅させることができる。
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