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第一部:「士官候補生コリングウッド」
第二十六話
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宇宙暦四五一二年十月二十三日 標準時間一〇三〇。
クーロンベースの小型艇発進ベイでは、小型汎用艇の発進準備は完了していたが、敵スループ艦からの攻撃を受ける可能性があるため、未だ発進していなかった。
カオ・ルーリン司令がイライラとした表情でイスの肘掛を指で叩く音がベースの主制御室内に響いている。
その時、P-331から発進準備が完了したという報告が上がってきた。
「こちらP-331艦長代行グァン・フェンです。当艦の発進準備が完了しました」
「ご苦労、グァン艦長。発進のタイミングはこちらから指示する。こちらのオペレータと手順の再確認をしておいてくれ」
そう言ってカオ司令は何やら考え込むように目を瞑る。
「了解しました」とグァン・フェンは言い、通信が切れる。
カオ司令はP-331を発進させることに今更ながら躊躇いを覚えていた。
(P-331を出した時に沈められないか? ベースへの損害は問題ないレベルだろうか? 敵の主砲がP-331に直撃した場合、ドック内で誘爆することはないのだろうか?……)
そして通信を切ったばかりのグァン・フェンを再び呼び出した。
「艦長、ちょっといいかな。確認したいのだが……」と自分の懸念を伝えていく。
心配顔の司令に対し、グァン・フェンは彼の懸念の一つ一つに答えていく。
「もちろんP-331が損傷する可能性はあるでしょう。ですが、完全に破壊されるようなタイミングは当然外します。よって、ベースが誘爆により破壊されることはあり得ません。ベース自体の損傷ですが、当艦の出撃時にドックが損傷するかもしれませんが、敵が真正面にいない限り、奥まで届くことはないでしょう」
それで少し安心したのか、カオ司令は笑みを浮かべる。
「了解した、艦長。ではタイミングを見て、出撃してくれたまえ。戦果を期待しているよ」
グァン・フェンは「それでは失礼します」とだけ通信を切った。
そして、司令はMCR内に向けて、声を掛ける。
「敵スループを沈めれば、この作戦は成功したも同じだ。P-331への支援を頼むぞ」
先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わって明るく振舞っている。
MCRにいるオペレータたちはその変わりようを冷ややかに見ていた。
彼らのほとんどが“ワン艦長が最初に言っていたスループを二隻とも沈める案と同じじゃないか。こんな奴が総参謀部で作戦を練っていたのか……”と心の中で考え、自分たちの行く末と共に、祖国の行く末にも不安を感じていた。
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所では、新たに艦長に任命されたグァン・フェンがクーロンベースの主制御室との通信を終え、部下たちに指示を飛ばしていた。
「MCRからの指示があり次第、この穴蔵から出るぞ! ドックは少々壊しても構わん。最大加速で行く!」
部下たちからはやる気に満ちた“了解”の声が帰ってくる。
彼らもベースの中でブラスターの撃ち合いをするより、宇宙空間での艦同士の戦闘を望んでいたのだ。
グァン艦長代行がMCRのオペレータたちと調整したところ、ベースの防御スクリーンは三十秒間停止し、その間にP-331が出撃することとなった。
出撃の際には艦の防御スクリーンも使えないが、その時間は約二十秒。
この二十秒がP-331とクーロンベースの命運を握っているといっても過言ではない。彼の予想ではこの無防備の二十秒間に少なくとも二回攻撃を受ける。
百メートル級とは言え、軍艦として設計されたスループ艦の主砲は、商船として設計されたP-331の装甲を簡単に突き破ることができる。
防御スクリーンが万全ならスクリーンの能力で防ぐこともできるが、スクリーンが展開できない状況では不利であることは否めない。
しかし、彼は楽観していた。
敵の攻撃はここ四時間ほぼ一定のリズム、二十秒に一回のペースだ。
実際、フラワー級と呼ばれるスループ艦の主砲は連射性能に劣り、一発撃った後には十秒程度のチャージが必要という情報も得ている。
そうであるなら、撃たれた直後に出撃すれば、運が良く一発だけで済む可能性もある。更に敵の位置がこちらの主砲の射角内なら油断している相手に逆襲すらできる。
そして、宇宙に出てしまえば、防御力と攻撃力に勝るこちらが圧倒的に有利になると考えていた。
(ワン艦長ならこんな賭けには出ないんだろうな。意見を聞いてみたいが、まだ意識不明で聞くことはできない……とにかく宇宙に出てしまえば、こちらのもの……宇宙に出て死ねれば本望……)
彼は気づいていなかった。
敵の潜入部隊が脱出した今、彼らを回収したらそのまま撤退するということを。
ワン艦長が健在なら、そのことを指摘したのだろう。
しかし、グァン艦長代行は元来好戦的な性格で、視野がやや狭く、与えられた条件下での課題達成能力は高いものの、柔軟性に欠ける性格であった。そのことがこの事実に気づかせなかった。
彼もこのような状況ではなく、もう少し余裕のある状況なら気づいたかもしれない。
更に言うなら、本来、ベースの司令であるカオ・ルーリン准将が考えるべきことだが、彼は自分のキャリアだけを考え、あえて敵スループを沈めるという選択肢しか取るつもりはなかった。このため、グァン艦長代行を止めるものは誰もいなかった。
そして、運命の歯車は後戻りできないところまで進んでいた。
標準時間 一〇四〇。
クーロンベースの主制御室では小惑星上から発信される敵の通信を傍受していた。
暗号化されているため、内容はまだ判明しないが、H点検通路のすぐ外から本隊に報告を行っていると考えていた。
(これだけ時間が経ったのに近くにいるということは搭載艇を取りにいったんだろう。搭載艇を沈めないと敵に逃げられるな)
カオ司令はそう考え、そのことをグァン艦長代行に伝える。
「P-331のグァン・フェン艦長に連絡を入れろ! 敵潜入部隊は搭載艇を取りにいった。こちらで小型汎用艇のK-001と002を出すから、敵が反応したら即座に発進しろと!」
そうオペレータに命じた後、小型艇の発進の可否を確認する。
「K-001および002発進可能か」
「K-001は敵スループの攻撃範囲に入っています。出たところで撃ち落されるだけです。K-002のみ発進させることを提案します」
怒りをぶつけられると思いながらも、勇気を振り絞ったオペレータが沿う提案する。
カオ司令は鷹揚に頷くと、命令を発した。
「K-002のみ発進させろ。目標はH点検通路に向かう敵搭載艇だ。H点検通路出口付近で待ち伏せさせろ」
小型艇を囮にするつもりでいた。
(敵の搭載艇を破壊すればスループは味方を見捨てざるを得なくなる。ならば破壊されないようにこちらの小型艇を攻撃してくるはずだ。そのタイミングを狙えば、P-331を無傷で発進させられる。出てしまえばこちらの勝利は揺るがない……)
カオ司令は勝利を確信し、笑みを浮かべた。
クーロンベースの小型艇発進ベイでは、小型汎用艇の発進準備は完了していたが、敵スループ艦からの攻撃を受ける可能性があるため、未だ発進していなかった。
カオ・ルーリン司令がイライラとした表情でイスの肘掛を指で叩く音がベースの主制御室内に響いている。
その時、P-331から発進準備が完了したという報告が上がってきた。
「こちらP-331艦長代行グァン・フェンです。当艦の発進準備が完了しました」
「ご苦労、グァン艦長。発進のタイミングはこちらから指示する。こちらのオペレータと手順の再確認をしておいてくれ」
そう言ってカオ司令は何やら考え込むように目を瞑る。
「了解しました」とグァン・フェンは言い、通信が切れる。
カオ司令はP-331を発進させることに今更ながら躊躇いを覚えていた。
(P-331を出した時に沈められないか? ベースへの損害は問題ないレベルだろうか? 敵の主砲がP-331に直撃した場合、ドック内で誘爆することはないのだろうか?……)
そして通信を切ったばかりのグァン・フェンを再び呼び出した。
「艦長、ちょっといいかな。確認したいのだが……」と自分の懸念を伝えていく。
心配顔の司令に対し、グァン・フェンは彼の懸念の一つ一つに答えていく。
「もちろんP-331が損傷する可能性はあるでしょう。ですが、完全に破壊されるようなタイミングは当然外します。よって、ベースが誘爆により破壊されることはあり得ません。ベース自体の損傷ですが、当艦の出撃時にドックが損傷するかもしれませんが、敵が真正面にいない限り、奥まで届くことはないでしょう」
それで少し安心したのか、カオ司令は笑みを浮かべる。
「了解した、艦長。ではタイミングを見て、出撃してくれたまえ。戦果を期待しているよ」
グァン・フェンは「それでは失礼します」とだけ通信を切った。
そして、司令はMCR内に向けて、声を掛ける。
「敵スループを沈めれば、この作戦は成功したも同じだ。P-331への支援を頼むぞ」
先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わって明るく振舞っている。
MCRにいるオペレータたちはその変わりようを冷ややかに見ていた。
彼らのほとんどが“ワン艦長が最初に言っていたスループを二隻とも沈める案と同じじゃないか。こんな奴が総参謀部で作戦を練っていたのか……”と心の中で考え、自分たちの行く末と共に、祖国の行く末にも不安を感じていた。
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所では、新たに艦長に任命されたグァン・フェンがクーロンベースの主制御室との通信を終え、部下たちに指示を飛ばしていた。
「MCRからの指示があり次第、この穴蔵から出るぞ! ドックは少々壊しても構わん。最大加速で行く!」
部下たちからはやる気に満ちた“了解”の声が帰ってくる。
彼らもベースの中でブラスターの撃ち合いをするより、宇宙空間での艦同士の戦闘を望んでいたのだ。
グァン艦長代行がMCRのオペレータたちと調整したところ、ベースの防御スクリーンは三十秒間停止し、その間にP-331が出撃することとなった。
出撃の際には艦の防御スクリーンも使えないが、その時間は約二十秒。
この二十秒がP-331とクーロンベースの命運を握っているといっても過言ではない。彼の予想ではこの無防備の二十秒間に少なくとも二回攻撃を受ける。
百メートル級とは言え、軍艦として設計されたスループ艦の主砲は、商船として設計されたP-331の装甲を簡単に突き破ることができる。
防御スクリーンが万全ならスクリーンの能力で防ぐこともできるが、スクリーンが展開できない状況では不利であることは否めない。
しかし、彼は楽観していた。
敵の攻撃はここ四時間ほぼ一定のリズム、二十秒に一回のペースだ。
実際、フラワー級と呼ばれるスループ艦の主砲は連射性能に劣り、一発撃った後には十秒程度のチャージが必要という情報も得ている。
そうであるなら、撃たれた直後に出撃すれば、運が良く一発だけで済む可能性もある。更に敵の位置がこちらの主砲の射角内なら油断している相手に逆襲すらできる。
そして、宇宙に出てしまえば、防御力と攻撃力に勝るこちらが圧倒的に有利になると考えていた。
(ワン艦長ならこんな賭けには出ないんだろうな。意見を聞いてみたいが、まだ意識不明で聞くことはできない……とにかく宇宙に出てしまえば、こちらのもの……宇宙に出て死ねれば本望……)
彼は気づいていなかった。
敵の潜入部隊が脱出した今、彼らを回収したらそのまま撤退するということを。
ワン艦長が健在なら、そのことを指摘したのだろう。
しかし、グァン艦長代行は元来好戦的な性格で、視野がやや狭く、与えられた条件下での課題達成能力は高いものの、柔軟性に欠ける性格であった。そのことがこの事実に気づかせなかった。
彼もこのような状況ではなく、もう少し余裕のある状況なら気づいたかもしれない。
更に言うなら、本来、ベースの司令であるカオ・ルーリン准将が考えるべきことだが、彼は自分のキャリアだけを考え、あえて敵スループを沈めるという選択肢しか取るつもりはなかった。このため、グァン艦長代行を止めるものは誰もいなかった。
そして、運命の歯車は後戻りできないところまで進んでいた。
標準時間 一〇四〇。
クーロンベースの主制御室では小惑星上から発信される敵の通信を傍受していた。
暗号化されているため、内容はまだ判明しないが、H点検通路のすぐ外から本隊に報告を行っていると考えていた。
(これだけ時間が経ったのに近くにいるということは搭載艇を取りにいったんだろう。搭載艇を沈めないと敵に逃げられるな)
カオ司令はそう考え、そのことをグァン艦長代行に伝える。
「P-331のグァン・フェン艦長に連絡を入れろ! 敵潜入部隊は搭載艇を取りにいった。こちらで小型汎用艇のK-001と002を出すから、敵が反応したら即座に発進しろと!」
そうオペレータに命じた後、小型艇の発進の可否を確認する。
「K-001および002発進可能か」
「K-001は敵スループの攻撃範囲に入っています。出たところで撃ち落されるだけです。K-002のみ発進させることを提案します」
怒りをぶつけられると思いながらも、勇気を振り絞ったオペレータが沿う提案する。
カオ司令は鷹揚に頷くと、命令を発した。
「K-002のみ発進させろ。目標はH点検通路に向かう敵搭載艇だ。H点検通路出口付近で待ち伏せさせろ」
小型艇を囮にするつもりでいた。
(敵の搭載艇を破壊すればスループは味方を見捨てざるを得なくなる。ならば破壊されないようにこちらの小型艇を攻撃してくるはずだ。そのタイミングを狙えば、P-331を無傷で発進させられる。出てしまえばこちらの勝利は揺るがない……)
カオ司令は勝利を確信し、笑みを浮かべた。
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