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第一部:「士官候補生コリングウッド」
第二十四話
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宇宙暦四五一二年十月二十三日 標準時間一〇〇〇。
クリフォードらアルビオン軍潜入部隊は点検通路の非常用エアロックを破壊し、地点Aと名付けた場所に戻っていた。
次席指揮官のナディア・ニコール中尉は、負傷し意識を失ったブランドン・デンゼル大尉に代わり、生き残った十四名の部下の指揮を執っている。
潜入部隊は当初の二十五名から十六名に減り、そのうち十名が負傷していた。
この小惑星AZ-258877の裏側に隠した搭載艇アウル1までは二十五キロメートル以上あり、負傷者を抱えて移動することは不可能に近い。
更に操縦士が死亡し、アウル1の操縦ができるものは自分と士官候補生二名という状況にも困惑していた。
彼女は十名の負傷者を六名で運ぶことに懸念を覚えていたが、アウル1をここに運ぶために候補生を送り出すことにもためらいを感じていた。
そして、全員で移動すると決断する。
「全員聞いて。船外活動防護服の酸素はまだ充分あるわ。ここから全員でアウルまで移動しても余裕よ。負傷者をロープに繋いで運ぶ。何か質問は?」
クリフォードが発言を求めた。
「全員で移動するのは非常に困難だと思います。ケガをしていないジェンキンズ三等兵曹もジェットパックが故障していますし、一人が操作を誤るだけでも宇宙に飛び出す危険があります」
ここで言葉を切り、サミュエル・ラングフォード候補生の方を見ながら、更に発言を続けた。
「ミスター・ラングフォードと私とでアウルを取りに行ってはどうでしょうか? ミスター・ラングフォードはアウルの操縦が得意ですし、二人で行けば何かあっても対応できます。デンゼル大尉を含め、早急に治療が必要な負傷者のためにも是非やらせてください」
ラングフォードも即座にその発言に賛同する。
「私もミスター・コリングウッドの意見に賛成です。時間をかけている余裕はありません」
ニコールは数秒間考えた後、決定を覆すことにした。
「分かったわ。ミスター・ラングフォード、先任の貴方が指揮を執りなさい。ミスター・コリングウッド、貴方は補佐を」
二人は声を合わせ、「「了解しました、中尉!」」と言って敬礼する。
ニコールは思い出したようにいつも通りの口調で付け加えた。
「間違ってもミスター・コリングウッドに操縦させないで頂戴ね。僅か二十五キロでも確実に迷子になるから」
その言葉に全員が笑う。
ラングフォードは真面目に、クリフォードは恥ずかしそうに「「了解しました、中尉!」」と答えて出発準備に取り掛かった。
(ニコール中尉も良く分かっている。僕たちが戻ってこなければ、ここで全滅することは皆も分かっている。だから少しでも士気を上げておこうと笑わせたんだろう……しかし僕の航法の下手さ加減は兵たちの間でも有名なんだな……)
クリフォードはニコールの考えには賛同できるものの、自分の情けなさが笑いのネタにされたことに少しだけ凹んでいた。
ニコール中尉はクリフォードが思っているほど余裕があるわけではなかった。
何といっても中尉に昇進したばかりの二十三歳。実戦経験もなく、当然このような戦闘は士官学校で習っただけだ。
デンゼル大尉が負傷したと聞いたときには胃を掴まれるような痛みを感じていた。
彼女は二人の候補生を見ながら、苦悩していた。
(この若い二人にここに残る十四人の命運を託すことになる。自分が直接携われないということがこんなに苦しいことだとは思わなかったわ。まして、この二人はこの中でも一番経験がない。そう私よりも……この二人を信頼しているという演技すら苦痛が伴う……これから先、艦を指揮することがあるのなら、この苦しさはずっと続くのね。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、艦長の、指揮官の苦しさが分かった気がするわ……)
彼女はこの作戦で少しだけ成長できたと思ったが、それも帰れなければ意味がないとも思っている。
そこで自分たちが生き残れなくても生き残った者たちのためにできることはないかと考えた。そして、再度クーロンベースのシステムに侵入することを思い付く。
「ジェンキンズ、バトラー、ちょっといいかしら」と二人を呼んだ後、
「もう一度、敵のシステムにアクセスして頂戴。今度は敵の持つ情報を手当たり次第にダウンロードして。できれば行方不明の商船の情報が欲しいけど、何でもいいわ」
彼女は候補生たちが戻ってくるまでの時間を利用し、混乱している敵から少しでも情報を入手することを思いついた。
そして、アウル1が戻ってきた時にその情報を送信し、ブルーベルに転送する。最悪の場合、効率は非常に悪いが、ブルーベルが拾ってくれることを期待して全方位に送信することも考えていた。
(私たちが全滅しても得た情報がブルーベルに渡れば、祖国の役に立つ。それに何もせずに候補生たちを待つのも嫌だし……)
二人の技術兵にシステムへの侵入を任すと、彼女は負傷者たちに声を掛けていった。
■■■
クリフォードとラングフォードはアウル1を回収するため、潜入地点Aを出発した。
できるだけ早く移動するため、行きとは異なり小惑星表面から高度を取って進んでいく。
ラングフォードはその移動中、頭の片隅でクリフォードのことを考えていた。
(こいつはなぜこんなに冷静でいられるんだろう。大尉が倒れたと聞いた時、アルファ隊は全滅するんだと思った……だが、アルファ隊は任務を完遂するだけでなく、曲がりなりにも全員生き残っている……それより、こいつがアルファ隊を逃がそうとした時だ。自分を犠牲にすることに一切迷わなかった。俺にそんなことができるのか? 俺はなぜこいつを目の敵にしていたんだろう……)
彼は自分の狭量さが我慢ならなかった。
今回の作戦中も優秀な士官と見えるよう頑張って演じていたが、死んでいく兵たちを前に壊れそうになる心を保つだけで精一杯だった。
パワープラント行き通路からの撤退時でも負傷者を捨てて自分だけ逃げたくなることが何度もあった。クリフォードがいなければそうしていたかもしれない。彼に対する対抗心だけが自分の精神を繋ぎ止めていたと気づいている。
しかし、その対抗心もクリフォードがただ一人通路に残り、アルファ隊を撤退させるという選択をした時に消えた。
自分は完全に負けたのだと思った。
そして、どうしたら彼のように振舞えるのか、そのことを考えた。生き残るということよりも、どうしたら自分は彼のように気高くなれるのかということを。
点検用通路に脱出する際、彼は心に決めたことがあった。
通路への突入の最後尾に自らを置き、負傷者たちの盾になる。そして、自分が無事に脱出できたら、クリフォードに謝罪しようと。
彼はその賭けに勝った。最後尾にいたにもかかわらず、背中から撃たれるビームは彼に掠りもしなかった。そして、無事、通路の奥に到着した。
(これは天啓だろうか? いや、何でもいい、まだやり直す時間があるということだ……)
彼は地点Aに到着した時、クリフォードに謝罪しようと思っていたが、状況がそれを許さなかった。
一度タイミングを失うとなかなか言い出せない。今も危険な作戦中であり、のんびりそんなことを言っている暇はない。
(そもそもこんなことを考えていること自体、間違っていることなんだが……)
彼は通信設定を命綱の有線側に切替え、クリフォードに話しかけた。
「ミスター・コリングウッド、いや、クリフォード。作戦中にすまないが少しだけ聞いてくれないか」
クリフォードはファーストネームで呼ばれたことに驚く。
彼の論理的な知性は“今はそのような時ではない”と警告してくるが、彼の心は“今は聞くべきだ”と訴えてくる。
彼は心の声に従い、周囲を警戒しながら、ラングフォードの話を聞くことにした。
彼はラングフォードが自分に劣等感を抱いていたということに驚くが、とにかく話を聞いていく。時々、自分のことを過大評価しているところがあり、気恥ずかしい思いをしながら彼の告白が終わるのを待っていた。
時間にすれば一、二分。
すべてを話し終えると、ラングフォードははにかむような感じで謝罪した。
「クリフォード、これからはサミュエルかサムと呼んでくれないか。それと今まですまなかった」
「了解、サム。だったら僕のこともクリフと呼んで欲しい」
「了解、クリフ。よし、作戦に集中しよう! と言っても俺が邪魔していただけなんだがな」
そう言って笑う。
クリフォードはブルーベルの艦内に初めて友を得た。
(何としても生き残って、サムの誤解を解かないと……僕はそんなに立派な人間じゃない。父に怯え、航法なんかの苦手科目で士官学校を落第しないかびくびくしていた小心者なんだ……)
彼自身、偉大な父親リチャード・コリングウッドに劣等感を抱いていた。
五年前の艦隊戦において戦艦一隻で最後まで戦線を維持し、味方の脱出を助けた上、沈んでいく艦から脱出する時も、部下たちの脱出を確認してからしか脱出ポッドに乗らなかった男。
戦闘指揮は火のような激しさで、“火の玉ディック”というあだ名まで付けられた男。
そんな男を父親に持つクリフォードは幼い頃からたまに帰ってくる父親が恐ろしかった。そして、父にどうしても認められたかった。
だから、射撃の腕を磨き、父と同じように指揮や戦術を極めようと必死に学んだ。
今回のことも父ならどうするだろうと考えただけだ。自分の意思で残ったわけではなかった。
彼はこのことを伝えたいと思っていたが、今は作戦が最優先であることも理解していた。
それでもようやくファーストネームで呼び合えることにうれしさを感じていた。そして、そんな自分を許せるとも思っていた。
そんな彼らの想いとは関係なく、二人は宇宙空間を飛んでいく。
行きよりもかなり速い速度で進んだため、出発から三十分でアウル1の近くに到着できた。
しかし、速度を上げすぎたため、減速のタイミングが難しい。失敗すれば小惑星を離れ、宇宙空間に飛び出してしまうためだ。
「タイミングを合わせて減速する。クリフ、俺の合図に合わせてくれ」
サミュエルがそう言うと、クリフォードはすぐに了解と伝える。
サミュエルとクリフォードは二人とも運動神経がよく、船外活動も得意であったため、息を合わせて向きを反転させ、同時にジェットパックを噴かして減速する。
ここで息が合わないと命綱で繋がれた二人に別々のベクトルに力が掛かり、複雑な回転を生んだり、命綱に絡まったりする恐れがあった。
わずか五分で減速すると二人はアウル1のすぐ横にきれいに着地した。
クリフォードらアルビオン軍潜入部隊は点検通路の非常用エアロックを破壊し、地点Aと名付けた場所に戻っていた。
次席指揮官のナディア・ニコール中尉は、負傷し意識を失ったブランドン・デンゼル大尉に代わり、生き残った十四名の部下の指揮を執っている。
潜入部隊は当初の二十五名から十六名に減り、そのうち十名が負傷していた。
この小惑星AZ-258877の裏側に隠した搭載艇アウル1までは二十五キロメートル以上あり、負傷者を抱えて移動することは不可能に近い。
更に操縦士が死亡し、アウル1の操縦ができるものは自分と士官候補生二名という状況にも困惑していた。
彼女は十名の負傷者を六名で運ぶことに懸念を覚えていたが、アウル1をここに運ぶために候補生を送り出すことにもためらいを感じていた。
そして、全員で移動すると決断する。
「全員聞いて。船外活動防護服の酸素はまだ充分あるわ。ここから全員でアウルまで移動しても余裕よ。負傷者をロープに繋いで運ぶ。何か質問は?」
クリフォードが発言を求めた。
「全員で移動するのは非常に困難だと思います。ケガをしていないジェンキンズ三等兵曹もジェットパックが故障していますし、一人が操作を誤るだけでも宇宙に飛び出す危険があります」
ここで言葉を切り、サミュエル・ラングフォード候補生の方を見ながら、更に発言を続けた。
「ミスター・ラングフォードと私とでアウルを取りに行ってはどうでしょうか? ミスター・ラングフォードはアウルの操縦が得意ですし、二人で行けば何かあっても対応できます。デンゼル大尉を含め、早急に治療が必要な負傷者のためにも是非やらせてください」
ラングフォードも即座にその発言に賛同する。
「私もミスター・コリングウッドの意見に賛成です。時間をかけている余裕はありません」
ニコールは数秒間考えた後、決定を覆すことにした。
「分かったわ。ミスター・ラングフォード、先任の貴方が指揮を執りなさい。ミスター・コリングウッド、貴方は補佐を」
二人は声を合わせ、「「了解しました、中尉!」」と言って敬礼する。
ニコールは思い出したようにいつも通りの口調で付け加えた。
「間違ってもミスター・コリングウッドに操縦させないで頂戴ね。僅か二十五キロでも確実に迷子になるから」
その言葉に全員が笑う。
ラングフォードは真面目に、クリフォードは恥ずかしそうに「「了解しました、中尉!」」と答えて出発準備に取り掛かった。
(ニコール中尉も良く分かっている。僕たちが戻ってこなければ、ここで全滅することは皆も分かっている。だから少しでも士気を上げておこうと笑わせたんだろう……しかし僕の航法の下手さ加減は兵たちの間でも有名なんだな……)
クリフォードはニコールの考えには賛同できるものの、自分の情けなさが笑いのネタにされたことに少しだけ凹んでいた。
ニコール中尉はクリフォードが思っているほど余裕があるわけではなかった。
何といっても中尉に昇進したばかりの二十三歳。実戦経験もなく、当然このような戦闘は士官学校で習っただけだ。
デンゼル大尉が負傷したと聞いたときには胃を掴まれるような痛みを感じていた。
彼女は二人の候補生を見ながら、苦悩していた。
(この若い二人にここに残る十四人の命運を託すことになる。自分が直接携われないということがこんなに苦しいことだとは思わなかったわ。まして、この二人はこの中でも一番経験がない。そう私よりも……この二人を信頼しているという演技すら苦痛が伴う……これから先、艦を指揮することがあるのなら、この苦しさはずっと続くのね。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、艦長の、指揮官の苦しさが分かった気がするわ……)
彼女はこの作戦で少しだけ成長できたと思ったが、それも帰れなければ意味がないとも思っている。
そこで自分たちが生き残れなくても生き残った者たちのためにできることはないかと考えた。そして、再度クーロンベースのシステムに侵入することを思い付く。
「ジェンキンズ、バトラー、ちょっといいかしら」と二人を呼んだ後、
「もう一度、敵のシステムにアクセスして頂戴。今度は敵の持つ情報を手当たり次第にダウンロードして。できれば行方不明の商船の情報が欲しいけど、何でもいいわ」
彼女は候補生たちが戻ってくるまでの時間を利用し、混乱している敵から少しでも情報を入手することを思いついた。
そして、アウル1が戻ってきた時にその情報を送信し、ブルーベルに転送する。最悪の場合、効率は非常に悪いが、ブルーベルが拾ってくれることを期待して全方位に送信することも考えていた。
(私たちが全滅しても得た情報がブルーベルに渡れば、祖国の役に立つ。それに何もせずに候補生たちを待つのも嫌だし……)
二人の技術兵にシステムへの侵入を任すと、彼女は負傷者たちに声を掛けていった。
■■■
クリフォードとラングフォードはアウル1を回収するため、潜入地点Aを出発した。
できるだけ早く移動するため、行きとは異なり小惑星表面から高度を取って進んでいく。
ラングフォードはその移動中、頭の片隅でクリフォードのことを考えていた。
(こいつはなぜこんなに冷静でいられるんだろう。大尉が倒れたと聞いた時、アルファ隊は全滅するんだと思った……だが、アルファ隊は任務を完遂するだけでなく、曲がりなりにも全員生き残っている……それより、こいつがアルファ隊を逃がそうとした時だ。自分を犠牲にすることに一切迷わなかった。俺にそんなことができるのか? 俺はなぜこいつを目の敵にしていたんだろう……)
彼は自分の狭量さが我慢ならなかった。
今回の作戦中も優秀な士官と見えるよう頑張って演じていたが、死んでいく兵たちを前に壊れそうになる心を保つだけで精一杯だった。
パワープラント行き通路からの撤退時でも負傷者を捨てて自分だけ逃げたくなることが何度もあった。クリフォードがいなければそうしていたかもしれない。彼に対する対抗心だけが自分の精神を繋ぎ止めていたと気づいている。
しかし、その対抗心もクリフォードがただ一人通路に残り、アルファ隊を撤退させるという選択をした時に消えた。
自分は完全に負けたのだと思った。
そして、どうしたら彼のように振舞えるのか、そのことを考えた。生き残るということよりも、どうしたら自分は彼のように気高くなれるのかということを。
点検用通路に脱出する際、彼は心に決めたことがあった。
通路への突入の最後尾に自らを置き、負傷者たちの盾になる。そして、自分が無事に脱出できたら、クリフォードに謝罪しようと。
彼はその賭けに勝った。最後尾にいたにもかかわらず、背中から撃たれるビームは彼に掠りもしなかった。そして、無事、通路の奥に到着した。
(これは天啓だろうか? いや、何でもいい、まだやり直す時間があるということだ……)
彼は地点Aに到着した時、クリフォードに謝罪しようと思っていたが、状況がそれを許さなかった。
一度タイミングを失うとなかなか言い出せない。今も危険な作戦中であり、のんびりそんなことを言っている暇はない。
(そもそもこんなことを考えていること自体、間違っていることなんだが……)
彼は通信設定を命綱の有線側に切替え、クリフォードに話しかけた。
「ミスター・コリングウッド、いや、クリフォード。作戦中にすまないが少しだけ聞いてくれないか」
クリフォードはファーストネームで呼ばれたことに驚く。
彼の論理的な知性は“今はそのような時ではない”と警告してくるが、彼の心は“今は聞くべきだ”と訴えてくる。
彼は心の声に従い、周囲を警戒しながら、ラングフォードの話を聞くことにした。
彼はラングフォードが自分に劣等感を抱いていたということに驚くが、とにかく話を聞いていく。時々、自分のことを過大評価しているところがあり、気恥ずかしい思いをしながら彼の告白が終わるのを待っていた。
時間にすれば一、二分。
すべてを話し終えると、ラングフォードははにかむような感じで謝罪した。
「クリフォード、これからはサミュエルかサムと呼んでくれないか。それと今まですまなかった」
「了解、サム。だったら僕のこともクリフと呼んで欲しい」
「了解、クリフ。よし、作戦に集中しよう! と言っても俺が邪魔していただけなんだがな」
そう言って笑う。
クリフォードはブルーベルの艦内に初めて友を得た。
(何としても生き残って、サムの誤解を解かないと……僕はそんなに立派な人間じゃない。父に怯え、航法なんかの苦手科目で士官学校を落第しないかびくびくしていた小心者なんだ……)
彼自身、偉大な父親リチャード・コリングウッドに劣等感を抱いていた。
五年前の艦隊戦において戦艦一隻で最後まで戦線を維持し、味方の脱出を助けた上、沈んでいく艦から脱出する時も、部下たちの脱出を確認してからしか脱出ポッドに乗らなかった男。
戦闘指揮は火のような激しさで、“火の玉ディック”というあだ名まで付けられた男。
そんな男を父親に持つクリフォードは幼い頃からたまに帰ってくる父親が恐ろしかった。そして、父にどうしても認められたかった。
だから、射撃の腕を磨き、父と同じように指揮や戦術を極めようと必死に学んだ。
今回のことも父ならどうするだろうと考えただけだ。自分の意思で残ったわけではなかった。
彼はこのことを伝えたいと思っていたが、今は作戦が最優先であることも理解していた。
それでもようやくファーストネームで呼び合えることにうれしさを感じていた。そして、そんな自分を許せるとも思っていた。
そんな彼らの想いとは関係なく、二人は宇宙空間を飛んでいく。
行きよりもかなり速い速度で進んだため、出発から三十分でアウル1の近くに到着できた。
しかし、速度を上げすぎたため、減速のタイミングが難しい。失敗すれば小惑星を離れ、宇宙空間に飛び出してしまうためだ。
「タイミングを合わせて減速する。クリフ、俺の合図に合わせてくれ」
サミュエルがそう言うと、クリフォードはすぐに了解と伝える。
サミュエルとクリフォードは二人とも運動神経がよく、船外活動も得意であったため、息を合わせて向きを反転させ、同時にジェットパックを噴かして減速する。
ここで息が合わないと命綱で繋がれた二人に別々のベクトルに力が掛かり、複雑な回転を生んだり、命綱に絡まったりする恐れがあった。
わずか五分で減速すると二人はアウル1のすぐ横にきれいに着地した。
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