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第一部:「士官候補生コリングウッド」

第十九話

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 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間〇九一五。

 ゾンファ共和国軍の拠点、クーロンベースの主制御室MCRでは、敵の潜入部隊を殲滅できそうだという楽観的な空気に支配されつつあった。

 司令のカオ・ルーリン准将は、通商破壊艦P-331のワン・リー艦長の率いる部隊が施設の損害を無視していることが気になり、艦長を呼び出す。

「艦長、施設を壊さないように敵を倒すことができないのか。敵ではなく艦長にこのクーロンが落とされそうだよ」

 そう厭味を言った後、「艦長、施設に損害を与えることを禁ずる。これは命令だ」と言って、返事が戻ってくる前に通信を切った。

(何を考えているんだ! いくら重要機器が無いとはいえ、補給が難しい“外地”なんだぞ! これだから戦うだけしか能がない士官は困る……)

 彼の頭の中では敵の潜入部隊は既に殲滅できており、スループ艦の攻撃も実害がないことから考慮不要事項と分類していた。

 パワープラントPP行き通路で戦っているワン艦長は突然の通信に困惑し、回答する間もなく切られたことに苛立つ。

(施設を壊すなだと! 現場も見ずに椅子にふんぞり返って偉そうに言いやがって……)

 しかし、上官からの命令でもあり、無視するわけにもいかず、

「司令が施設を壊すなと言っている。大型レーザーは使うな」と渋々といった感じで指示を出した。


 MCRでは全員がPP行き通路での戦闘の状況と外からのスループ艦からの攻撃に気を取られていた。

 そんな中、オペレータの一人がドック行きのエアロックが手動で開放されたことに気づく。そして、作業担当者にドックに誰か向かったか確認している。
 そのやりとりを聞いたカオ司令は不機嫌そうに怒鳴った。

「何をコソコソ話をしているのか! 疑問点があればすぐに報告しろ!」

「ドック行きのエアロックが手動で開放されました。作業者の……」とオペレータが言ったところで、遠くでドーンという低い音が聞こえ、MCRの床が微かに振動した。

 誰もがPP行き通路の戦闘で新たな事態が起こったのかとスクリーンを確認するが、大きな変化は無かった。

 MCRに新たな警報音が鳴り響き、オペレータの一人が自らのコンソールを覗き込みながら焦りを含んだ声で叫ぶ。

「ドック内で爆発確認! 一号マニピュレータ損傷! 爆発は断続的に継続中!」

「状況を、もっと詳しい情報はないのか! さっさと判断できる情報を報告しないか!」とカオ司令の金切り声が響く。

 彼はPP行き通路で指揮を執っているワン艦長を呼び出す。

「ドック内に別働隊が侵入したようだ。そこはもういいから、ドックへ向かえ」

 ワン艦長が「了解」と答えたのを聞くと、すぐに通信を切った。

「まだ情報は集まらないのか! P-331の状況は! 設備の損傷状況、敵の人数、爆発物の種類……報告すべき事項は山ほどあるんだぞ! 早くしろ!」

 カオ司令は再び、わめき始める。MCR要員たちは命令を実行するため、目の前のコンソールに向かうが、彼に背を向けた瞬間に辟易した表情になる。

 彼らはカオ司令の指揮能力にも疑問を持ち、更にその高圧な態度に腹を立てていたが、自分たちが生き残るため、自らに与えられた仕事に没頭していった。


 PP行き通路でブラボー隊を追い詰めていくワン艦長にカオ司令から別働隊に対処せよとの命令が届いた。

 やはり別働隊がいたかと一瞬頭に浮かんだ後、追加情報を求めようと考えた。しかし、青筋を立て怒鳴り散らすだけの司令からまともな情報が与えられるとは思えず、短く了解とだけ伝えるに留める。

 司令が彼の言葉を最後まで聞かずに通信を切ると、彼の表情は苦々しいものに変わっていく。

(これだから前線での経験の無い“参謀”は始末に負えない。現地の状況を把握した上で戦力を動かさないと後でしっぺ返しが来ることすら分からないようだ……)

 彼はすぐに表情を元に戻し、部下たちにドックに戻ることを命じた。

「ドックに別働隊だ。ここの敵は先発の連中に任すぞ。最後に盛大に撃ち込んでおけ。ああ、大型レーザーもついでに撃ち込んでいい」

 彼の命令で敵が隠れている倉庫に大型レーザーが数回撃ち込まれ、他の部下たちからの激しい銃撃も加わっていく。

 倉庫の入口は元の形が分からないほど変形し、反撃は一切無くなった。
 それを確認したワン艦長は、最短距離にあるエアロックに向かって三十名の部下たちと走り始めた。

■■■

 標準時間〇九一五。

 アルビオン軍潜入部隊ブラボー隊はPP行きメイン通路から少し奥まったところにある倉庫で必死に防戦していた。

 既に7名が戦死、三名が負傷しているため、戦闘に耐えられるのは指揮官であるナディア・ニコール中尉を含め七名しかいない。

 幸い大型レーザーの使用が止み、狭い通路に入っての防戦であったため、この程度の損害で済んでいるが、ちょっとしたきっかけでも均衡が崩れる状態が続いている。

(兵たちの士気も最悪ね。元気なのはラングフォードくらい……大尉たちは脱出できるかしら?)

 彼女は既に自分たちが生還できるとは考えていなかった。敵の攻撃が激しく、アルファ隊の脱出を支援することしかやることがないためだ。
 その時、ブランドン・デンゼル大尉からの連絡が入った。

「ブラボーリーダー、こちらアルファリーダー。聞こえるか」とデンゼル大尉のやや早口な声が聞こえてきた。

「こちらブラボーリーダー。どうしま……」と、彼女が答えようとした時、デンゼル大尉の声が被ってきた。

「今からドックへの攻撃を行い、敵の主力を引き付ける……何とか脱出の機会を窺ってくれ」

 彼女が「了解」と短く答えるとすぐに通信が切れた。

「大尉が何かやってくれるそうよ。まだ望みはあるわ」と、惰性で攻撃している部下たちを励ます。

(ドックを攻撃するのは予定通りだけど、どうやって敵の主力を引き付けるのかしら?)

 彼女はデンゼル大尉の考えが理解できなかったが、議論している暇はないと考え、言われたとおりチャンスを窺うことにした。


 通信を終えた五分ほど後、ブラボー隊の逃げ込んだ倉庫の壁がビリビリと揺れて始めた。自分たちが撃っているグレネードの衝撃ではなく、もっと大きな爆発によりベース全体が揺さぶられている感じだった。

(アルファ隊の攻撃ね。これで敵の攻勢が弱くなってくれれば、まだ脱出の目はあるんだけど……)

 ニコール中尉はそう考えながら、

「アルファ隊がドックを爆破したわ。敵が混乱するかもしれないから移動の準備を。ミスター・ラングフォード、負傷者の移動は可能かしら?」

「ハードシェルの損傷は応急処置済みです。一名は補助なしで行動可能、二名は補助が必要です」

「分かったわ。移動の準備を頼んだわよ」

 彼女がそう言った瞬間、倉庫の入口が発光し、急速に熱せられた空気が爆発的に倉庫内を駆け巡る。
 通路側を見ると、入口横の壁が赤く溶け出し、敵の大型レーザーが再び使用され始めたようだ。

「全員、奥へ! 今の攻撃の損害を報告して!」とニコール中尉が叫ぶ。

「ランサムがやられました! もう駄目だ……!」と誰かが叫んでいる。

「リード二等兵、落ち着きなさい! すぐに後ろに下がって!」と声を張り上げる。

 十秒ほどその激しい攻撃が続いたかと思うと、突然攻撃が止んだ。
 彼女は全員に動かないよう手で合図し、入口に向けてブラスターを構える。

 五秒、十秒と時間が過ぎるが、次の攻撃はなかった。
 彼女は息を潜めながら、部下たちに再度動かないよう指示を出した。
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