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第一部:「士官候補生コリングウッド」
第十六話
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宇宙暦四五一二年十月二十三日 標準時間〇六二五。
ブルーベル34の潜入部隊は搭載艇アウル1に乗り、小惑星AZ-258877付近にあった。あと三十五分で小惑星表面に着陸する予定だ。
「ブルーベルからようやく情報が届きました」とナディア・ニコール中尉が笑顔で指揮官のブランドン・デンゼル大尉に報告する。
クリフォードもサミュエル・ラングフォード候補生と共に操縦室で待機しており、情報の到着を今か今かと待っていた。
送られてきた情報では、小惑星の反恒星側のみに防御スクリーンが展開され、側面にはほとんど人工的な設備は見られない。
ブルーベルの解析によると、センサー若しくは通信設備らしき人工物が確認できており、そこを第一目標地点Aとした。
小惑星表面はブルーベルの攻撃により微弱な重力によって表面に積もっていた塵芥が舞い上がっており、視界が制限される。
ブルーベルの攻撃開始から二時間後を目途に現場に行くため、船外活動防護服を貫通するようなデブリはほとんどなくなっていると予想されるが、電波が全く使えないため視界に頼ることになり、危険な移動であることに代わりはない。
標準時間〇七〇〇。
敵からの攻撃も妨害もなく、アウル1は小惑星の恒星側、ベース入口の反対側に到着した。
操縦士は巧みに小型艇を操り、直径百メートルほどのくぼ地に着陸させる。
デンゼル大尉は静かに「全員、準備はいいな。後部ハッチ開放後、隊列を整えて待機してくれ」と部下たちに命じた。
アウルの後部ハッチが静かに開き、兵たちは次々と飛び出していく。
AZ-258877は十二兆トンもの質量を持つとはいえ、重力はほとんどなく、体感的には完全な無重力と言っていい。
しかし、船外活動経験の少ない者、今回はクリフォードが最も経験が少なかったが、それでも二百時間以上の経験があり、行動に支障はなかった。
操縦士も含め全員が潜入任務に携わるため、アウル1は脱出までここに放置される。
全員が揃っていることを確認し、通信ケーブルを兼ねた命綱で各人を結んでいく。その間、誰一人口を開く者はなく、淡々と作業を行っていった。
準備が整ったことを確認したデンゼル大尉は指揮官用の回線を開いて前進を命じた。
「Aに向けて出発」
その命令に全員から「「了解しました、指揮官」」と応える。
潜入部隊は直線距離で約二十五キロメートル先の第一目標、Aを目指して出発した。
クリフォードは最後尾を進みながら、装甲で完全密閉されたバイザーの内側のスクリーンに映る光景に息を呑んでいた。
M3V型恒星の赤く弱い光が照らす小惑星の表面は、自転をしていないせいか、高さ数十メートルはあろうかというゴツゴツとした岩が深い渓谷を作っていた。
暗視装置により映し出される岩は、灰色の珪素系の岩石と黒い鉄系の岩石が層を成しており、神話に出てくる黄泉の世界を彼に思い起こさせた。
無重力であるため、上という感覚はないが、小惑星の上空には星空が広がっていた。データでは数多くの小惑星が存在していることは分かっているが、距離が遠すぎて肉眼では確認できない。
ハードシェルに循環する空気の匂いには微かなオゾン臭が混じり、無重力による不安定さと共にクリフォードの緊張を高めていく。
更に自分の呼吸する音と通信ケーブルから聞こえるデンゼル大尉の呼吸の音だけが聞こえるため、どこか別の世界に迷い込んだような不安な気持ちにさせていく。
ジェットパックによる移動を三十分ほど続けると、灰色の靄が掛かり始めた。
ブルーベルの攻撃により舞い上がった“ちり”だ。
ここまでは何事もなく、順調に進み、三十分で二十キロメートルほど進んだ。遥か前方で時々白い光が見える。それはブルーベルの攻撃の光だった。
時々、デンゼル大尉の「問題は無いか」という問い掛けが聞こえる他は、マイクをミュートにしている関係で誰の声も聞こえない。
更に進むと舞い上がっている塵芥の量が増えていく。
暗視モードで見るちりの中は、幻想的な夜明け前の霧のようだった。クリフォードは深い霧の中を飛ぶ鳥になったような錯覚を一瞬抱いた。
標準時間〇七五〇。
潜入部隊は目的地である地点Aに到着した。
舞い上がる塵芥に視界を奪われながらも金属反応などのセンサーを総動員して、ケーブル類を探す。
十分後、アンディ・アークライト一等技術兵の「発見しました」という声に全員が顔を上げる。
バイザーに表示されるアークライト技術兵の場所にデンゼル大尉とニコール中尉が向かっていくのが分かる。
クリフォードはハードシェルのバイザー内にアークライトのカメラの映像を映し出す。通信ケーブルが解れた糸のように飛び出している映像が彼の目に入ってきた。
すぐに掌砲手のヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹とセシル・バトラー二等技術兵が現れ、ケーブルの状況を確認し、端末を接続していく。
更に十五分が過ぎた頃、ジェンキンズがシステムへのアクセスが可能になったと報告する。
内部見取り図などの必要情報を急ぎダウンロードし、アクセスを解除した。
「今のアクセスで敵に気づかれた可能性は?」とデンゼル大尉がジェンキンズに確認する。
「メンテナンス情報に紛れさせたので、リスクは低いですが、ゾンファのシステム管理状況が分からないので、何とも言えません」
デンゼル大尉はニコール中尉とジェンキンズ兵曹、そして二人の士官候補生を交え、これからの作戦の再検討を始めた。
「この情報から敵ベースには百人くらいの人員がいると思われる。ほとんどが技術要員だろうが、こんなところの技術要員なら下手な保安要員より危険だと考えたほうがいい」
ジェンキンズ兵曹のダウンロードしたベース内の配置図を見ると、“ピーナッツ”の太い側の先にドックがある。ドックは直径200メートル奥行き1キロメートルのくり貫かれた穴に作られている。
ドックの最奥部の上方、この場合人工重力を基準にした上側だが、そこには主制御室があり、反対側の下側にはパワープラントが設置されていた。
防御スクリーンシステムはドックの最先端部にあり、ドック内を通過する必要がある。ドックを通過するリスクを考えると、ドックそのものを標的にした方が現実的と言える。
燃料タンクはドックの中央部付近に二ヶ所、最奥部の左右に二ヶ所の計四ヶ所あり、すべてを破壊するのは非常に困難だ。
潜入に使う予定の点検口は、ドックの下側、入口から約800メートル奥にあるため、MCRはドックを挟んだ反対側になる。
デンゼル大尉は四人を見回し、自らの考えを述べていく。
「目標だが、事前の候補では、ドック、パワープラント、制御室、防御スクリーンシステム、燃料タンクだったが、そこの点検口から侵入すると制御室と防御スクリーンシステムは遠すぎる。燃料タンクは四ヶ所あり、現実的ではない。そこで、第一目標をドックにしようと思うが、何か意見があれば言って欲しい」
ニコール中尉は「それで問題ないと思います」とだけ答えた。
「ドックは通商破壊艦の乗組員がすぐに応援に駆けつけるのではないでしょうか?」
ラングフォード候補生が質問した。
「そうだな。確かに通商破壊艦の乗組員は待機しているだろう。防御スクリーンの能力が高いから、艦に危険がない。すぐに艦を降りて迎撃にくる可能性は高いな……」
そこでラングフォードは提案を行った。
「パワープラントに目標を変更する方がいいのではないでしょうか? PPはドックから遠いですから、通商破壊艦の増援が来るにしても時間が掛かり、成功の可能性が高いと思います」
デンゼル大尉は悩み、「ミスター・コリングウッドはどう思う?」とクリフォードの意見を聞く。
「PPは侵入が難しい位置にあり、入り込むと脱出が困難になると考えます。ドックを第一目標にする方が成功の可能性が高いと思いますが、ミスター・ラングフォードの意見も的を射ていると思います」
クリフォードはここで言葉を切り、更に話を続ける。
「そこで、ドックに向かう班とPPに向かう班の二つに部隊を分けます……」とここまで言ったところで、ニコール中尉が口を挟んできた。
「戦力の分散は愚策よ。ただでさえ、ドックもPPも難しいのに人数を減らしたらやられるだけよ」と口調は穏やかだが、辛らつな言葉を吐いていく。
クリフォードは落ち着いた様子で、「はい、中尉」と答えた後、
「PP側は陽動です。ドックの破壊には技術兵数名で十分ですから、残りの兵でPP側に攻撃を掛ければ、陽動に引っかかる可能性は高いと思います」
デンゼル大尉は「そうだな……」と頷き、そして、決断した。
「隊を二つに分ける。ドックに向かう班をA隊とし、ジェンキンズ兵曹と五名の技術兵、私が指揮を執る。PPに陽動をかける班をB隊とし、兵は十五名、ニコール中尉が指揮を執る。ミスター・ラングフォードはブラボー隊の次席指揮官、ミスター・コリングウッドはアルファ隊の次席指揮官だ。ナディア、無理はしなくていいが、派手にやってくれ」
「了解しました、大尉」とニコール中尉が答えたあと、全員にブリーフィングを行っていった。
ブルーベル34の潜入部隊は搭載艇アウル1に乗り、小惑星AZ-258877付近にあった。あと三十五分で小惑星表面に着陸する予定だ。
「ブルーベルからようやく情報が届きました」とナディア・ニコール中尉が笑顔で指揮官のブランドン・デンゼル大尉に報告する。
クリフォードもサミュエル・ラングフォード候補生と共に操縦室で待機しており、情報の到着を今か今かと待っていた。
送られてきた情報では、小惑星の反恒星側のみに防御スクリーンが展開され、側面にはほとんど人工的な設備は見られない。
ブルーベルの解析によると、センサー若しくは通信設備らしき人工物が確認できており、そこを第一目標地点Aとした。
小惑星表面はブルーベルの攻撃により微弱な重力によって表面に積もっていた塵芥が舞い上がっており、視界が制限される。
ブルーベルの攻撃開始から二時間後を目途に現場に行くため、船外活動防護服を貫通するようなデブリはほとんどなくなっていると予想されるが、電波が全く使えないため視界に頼ることになり、危険な移動であることに代わりはない。
標準時間〇七〇〇。
敵からの攻撃も妨害もなく、アウル1は小惑星の恒星側、ベース入口の反対側に到着した。
操縦士は巧みに小型艇を操り、直径百メートルほどのくぼ地に着陸させる。
デンゼル大尉は静かに「全員、準備はいいな。後部ハッチ開放後、隊列を整えて待機してくれ」と部下たちに命じた。
アウルの後部ハッチが静かに開き、兵たちは次々と飛び出していく。
AZ-258877は十二兆トンもの質量を持つとはいえ、重力はほとんどなく、体感的には完全な無重力と言っていい。
しかし、船外活動経験の少ない者、今回はクリフォードが最も経験が少なかったが、それでも二百時間以上の経験があり、行動に支障はなかった。
操縦士も含め全員が潜入任務に携わるため、アウル1は脱出までここに放置される。
全員が揃っていることを確認し、通信ケーブルを兼ねた命綱で各人を結んでいく。その間、誰一人口を開く者はなく、淡々と作業を行っていった。
準備が整ったことを確認したデンゼル大尉は指揮官用の回線を開いて前進を命じた。
「Aに向けて出発」
その命令に全員から「「了解しました、指揮官」」と応える。
潜入部隊は直線距離で約二十五キロメートル先の第一目標、Aを目指して出発した。
クリフォードは最後尾を進みながら、装甲で完全密閉されたバイザーの内側のスクリーンに映る光景に息を呑んでいた。
M3V型恒星の赤く弱い光が照らす小惑星の表面は、自転をしていないせいか、高さ数十メートルはあろうかというゴツゴツとした岩が深い渓谷を作っていた。
暗視装置により映し出される岩は、灰色の珪素系の岩石と黒い鉄系の岩石が層を成しており、神話に出てくる黄泉の世界を彼に思い起こさせた。
無重力であるため、上という感覚はないが、小惑星の上空には星空が広がっていた。データでは数多くの小惑星が存在していることは分かっているが、距離が遠すぎて肉眼では確認できない。
ハードシェルに循環する空気の匂いには微かなオゾン臭が混じり、無重力による不安定さと共にクリフォードの緊張を高めていく。
更に自分の呼吸する音と通信ケーブルから聞こえるデンゼル大尉の呼吸の音だけが聞こえるため、どこか別の世界に迷い込んだような不安な気持ちにさせていく。
ジェットパックによる移動を三十分ほど続けると、灰色の靄が掛かり始めた。
ブルーベルの攻撃により舞い上がった“ちり”だ。
ここまでは何事もなく、順調に進み、三十分で二十キロメートルほど進んだ。遥か前方で時々白い光が見える。それはブルーベルの攻撃の光だった。
時々、デンゼル大尉の「問題は無いか」という問い掛けが聞こえる他は、マイクをミュートにしている関係で誰の声も聞こえない。
更に進むと舞い上がっている塵芥の量が増えていく。
暗視モードで見るちりの中は、幻想的な夜明け前の霧のようだった。クリフォードは深い霧の中を飛ぶ鳥になったような錯覚を一瞬抱いた。
標準時間〇七五〇。
潜入部隊は目的地である地点Aに到着した。
舞い上がる塵芥に視界を奪われながらも金属反応などのセンサーを総動員して、ケーブル類を探す。
十分後、アンディ・アークライト一等技術兵の「発見しました」という声に全員が顔を上げる。
バイザーに表示されるアークライト技術兵の場所にデンゼル大尉とニコール中尉が向かっていくのが分かる。
クリフォードはハードシェルのバイザー内にアークライトのカメラの映像を映し出す。通信ケーブルが解れた糸のように飛び出している映像が彼の目に入ってきた。
すぐに掌砲手のヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹とセシル・バトラー二等技術兵が現れ、ケーブルの状況を確認し、端末を接続していく。
更に十五分が過ぎた頃、ジェンキンズがシステムへのアクセスが可能になったと報告する。
内部見取り図などの必要情報を急ぎダウンロードし、アクセスを解除した。
「今のアクセスで敵に気づかれた可能性は?」とデンゼル大尉がジェンキンズに確認する。
「メンテナンス情報に紛れさせたので、リスクは低いですが、ゾンファのシステム管理状況が分からないので、何とも言えません」
デンゼル大尉はニコール中尉とジェンキンズ兵曹、そして二人の士官候補生を交え、これからの作戦の再検討を始めた。
「この情報から敵ベースには百人くらいの人員がいると思われる。ほとんどが技術要員だろうが、こんなところの技術要員なら下手な保安要員より危険だと考えたほうがいい」
ジェンキンズ兵曹のダウンロードしたベース内の配置図を見ると、“ピーナッツ”の太い側の先にドックがある。ドックは直径200メートル奥行き1キロメートルのくり貫かれた穴に作られている。
ドックの最奥部の上方、この場合人工重力を基準にした上側だが、そこには主制御室があり、反対側の下側にはパワープラントが設置されていた。
防御スクリーンシステムはドックの最先端部にあり、ドック内を通過する必要がある。ドックを通過するリスクを考えると、ドックそのものを標的にした方が現実的と言える。
燃料タンクはドックの中央部付近に二ヶ所、最奥部の左右に二ヶ所の計四ヶ所あり、すべてを破壊するのは非常に困難だ。
潜入に使う予定の点検口は、ドックの下側、入口から約800メートル奥にあるため、MCRはドックを挟んだ反対側になる。
デンゼル大尉は四人を見回し、自らの考えを述べていく。
「目標だが、事前の候補では、ドック、パワープラント、制御室、防御スクリーンシステム、燃料タンクだったが、そこの点検口から侵入すると制御室と防御スクリーンシステムは遠すぎる。燃料タンクは四ヶ所あり、現実的ではない。そこで、第一目標をドックにしようと思うが、何か意見があれば言って欲しい」
ニコール中尉は「それで問題ないと思います」とだけ答えた。
「ドックは通商破壊艦の乗組員がすぐに応援に駆けつけるのではないでしょうか?」
ラングフォード候補生が質問した。
「そうだな。確かに通商破壊艦の乗組員は待機しているだろう。防御スクリーンの能力が高いから、艦に危険がない。すぐに艦を降りて迎撃にくる可能性は高いな……」
そこでラングフォードは提案を行った。
「パワープラントに目標を変更する方がいいのではないでしょうか? PPはドックから遠いですから、通商破壊艦の増援が来るにしても時間が掛かり、成功の可能性が高いと思います」
デンゼル大尉は悩み、「ミスター・コリングウッドはどう思う?」とクリフォードの意見を聞く。
「PPは侵入が難しい位置にあり、入り込むと脱出が困難になると考えます。ドックを第一目標にする方が成功の可能性が高いと思いますが、ミスター・ラングフォードの意見も的を射ていると思います」
クリフォードはここで言葉を切り、更に話を続ける。
「そこで、ドックに向かう班とPPに向かう班の二つに部隊を分けます……」とここまで言ったところで、ニコール中尉が口を挟んできた。
「戦力の分散は愚策よ。ただでさえ、ドックもPPも難しいのに人数を減らしたらやられるだけよ」と口調は穏やかだが、辛らつな言葉を吐いていく。
クリフォードは落ち着いた様子で、「はい、中尉」と答えた後、
「PP側は陽動です。ドックの破壊には技術兵数名で十分ですから、残りの兵でPP側に攻撃を掛ければ、陽動に引っかかる可能性は高いと思います」
デンゼル大尉は「そうだな……」と頷き、そして、決断した。
「隊を二つに分ける。ドックに向かう班をA隊とし、ジェンキンズ兵曹と五名の技術兵、私が指揮を執る。PPに陽動をかける班をB隊とし、兵は十五名、ニコール中尉が指揮を執る。ミスター・ラングフォードはブラボー隊の次席指揮官、ミスター・コリングウッドはアルファ隊の次席指揮官だ。ナディア、無理はしなくていいが、派手にやってくれ」
「了解しました、大尉」とニコール中尉が答えたあと、全員にブリーフィングを行っていった。
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