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第一部:「士官候補生コリングウッド」
第四話
しおりを挟むトリビューン星系はアルビオン王国の支配星系であるキャメロット星系と自由星系国家連合のヤシマとの航路上にある星系で、キャメロットからは十一パーセク(約三十六光年)の距離にある。
この星系の主星は、M3Ⅴ型赤色矮星であり、惑星は六個、うち一つが木星型のガスジャイアントだ。
M3Ⅴ型であるため、星系内は暗く、最も近い惑星ですら表面温度は非常に低い。このため、テラフォーミング化の候補にも挙がらず、完全な無人星系として長らく放置されていた。
アルビオン王国とヤシマが接触した時、両国政府はこの星系を中立宙域とすることで合意した。そのため、アルビオン及び自由星系国家連合の合意がなければ大型戦闘艦の通行は許可されない。
以前は緊急用の退避施設を両政府共同で建設しようという案もあったが、比較的近いジュンツェン星系に進出しているゾンファ共和国からの横槍で、実現することはなかった。
アルビオン側のスパルタン星系のジャンプポイントとヤシマ側のレインボー星系のJPを繋ぐ最短ラインに小惑星帯が存在し、通常は黄道面に対して上か下を通過することにより、経済ルートを決めている。
アルビオン-ヤシマ間の貿易は近年増加の傾向にあるが、それでも元々単一星系内で完結する経済システムを築いているため贅沢品が主流で、他には人員の輸送程度の需要しかなく、日に一隻程度の運行しかない。
クリフォード・C・コリングウッド候補生は、六日間の超空間航行を終え、通常空間に戻る瞬間を戦闘指揮所で迎えていた。
指揮官席にはエルマー・マイヤーズ艦長が座り、航法士席には航法長のブランドン・デンゼル大尉が、戦術士席には情報士のフィラーナ・クイン中尉が、操縦士席には操舵長のアメリア・アンヴィル兵曹長が座っている。
クリフォードは航法士補席に座り、航法長と戦術士のサポートを行うことになるが、実際には特にすることもなく、二人の仕事を眺めているだけだ。
ジャンプアウトと共に目の前にあるメインスクリーンに星系図と僚艦デイジー27号の情報が映し出され、その横ではパッシブセンサーによる索敵情報が刻一刻と変化していた。
彼は自分のコンソールで索敵情報を検索し、AIが添付する推定情報に異常がないかチェックしていく。
(平和そのものの星系なんだけど、三隻の商船、百二十人近い人が行方不明になっているんだ……)
直径五十億キロメートル、四・六光時の中から、たった三隻の船を見つけ出すことは不可能だと思えてくる。
超空間航行中のブリーフィングでは、小惑星帯を中心に捜索を行い、脱出用ポッドや船の残骸を探すとのことだった。
主星から小惑星帯までの距離は十五億キロメートル。全周は百億キロメートルにも達する。
軌道計算を行えば、範囲はかなり絞り込めるが、それでも相当広い範囲の捜索が必要だ。
また、士官だけで行われたミーティングでは遭難の可能性は低く、私掠船か通商破壊艦の可能性が高いという結論だった。そのことを聞いた際に気になったことがあった。
(三隻の商船が遭難した時期が二ヶ月くらいにわたっているのが気になる)
私掠船、通商破壊艦のいずれにしても、二ヶ月間もの長期間にわたり、単一の星系で行動することは考えにくい。唯一可能性があるのは補給体制が整っている場合だ。
(いくら日に一隻程度しか通過しないとは言え、〇・一光速で進めば、星系横断に二日程度掛かる。補給艦が行動すれば商船に発見されると思うんだけど……)
敵がいるとしても補給体制をどうしているのかが、気になっていた。
(補給船が定期的に来ることはない。商船から奪うという手もあるけど、それを気にしながら襲うことはかなり難しいと思うんだが……)
この点は士官たちも疑問に思ったところだった。
小惑星の中で公転周期の遅いものは千年近い周期を持つ。主星の質量が小さいため、全体に公転周期が長く、質量のある小惑星は必然的に長周期になるためだ。
この小惑星帯のどこかに補給船を隠すことができれば、更に言えば、補給船ごと拠点化してしまえば、長期にわたって作戦が行える体制になる。
士官たちの結論は仮に小惑星に拠点を作ったとして、今回のようにすぐに捜索の手が伸びれば、投資した分が無駄になり、数回使用するために拠点化することはコストの面から割に合わないだろうということだった。
そして、拠点ではなく、ステルス性の高い補給船を小惑星帯に隠し、定期的に通商破壊艦が交替していると考えるのが妥当だろうという結論に達した。
(数が多ければ隠れ、少なければ全滅させる。ありそうな気がするな……まあ、艦長たちも可能性をすべて否定したわけではないから、問題ないんだろうけど……)
彼が物思いに耽っていると、後ろの指揮官席から声が掛かった。
「ミスター・コリングウッド、考え事をしているところ済まないが、デイジー27に回線を繋いでもらえないかな。君の考え事が重要でないならな」
艦長からの一声で彼はすぐに我に返った。
「了解しました、艦長! 直ちにデイジー27との回線を開きます」
冷や汗混じりに復唱し、通信コンソールを操作し始めた。
「こちらHMS-L2502034、ブルーベル34。HMS-L2504027、デイジー27、マイヤーズ艦長が貴指揮官との通信を希望しております。こちら……」
すぐに回線は繋がり、デイジー27の艦長ジュディス・ホーカー少佐がメインスクリーンに現れる。
ホーカー艦長は三十歳を少し過ぎたくらいの女性士官で、鋭い目付きから“ホークアイ・ジュディ”という渾名がついている。
性格的にはファイタータイプの士官で積極果敢な行動により少佐に昇進し、スループ艦の艦長になった。
今回の任務でもマイヤーズより先任ということで全体の指揮を任されている。
「ジュディ、忙しいところ済まない。これからの行動方針を話し合っておこうと思ってね」
「構わないわ、エルマー。そちらの提案を先に聞くわよ」
マイヤーズ艦長は、捜索範囲の設定と自分たちの連携体制、緊急時の処置について、ホーカー艦長に提案していく。
連携体制については、ブルーベル34が小惑星帯に先行し、空間物質との相対速度を光速の千分の一にまで落として捜索を行う。デイジー27は速度を光速の十分の一程度に保ったまま小惑星帯の上方を通過し、捜索を実施するというものだった。
敵発見時は二隻で対処するものとし、不用意に攻撃は仕掛けない。更に敵の規模が判明したら、一隻はキャメロットに戻って通報。もう一隻が敵を牽制しつつ、増援が来る一ヶ月程度、敵を釘付けにするという作戦を提案した。
「妥当なところね。分かったわ。但し、小惑星帯に入るのはデイジーよ。上をタラタラ飛ぶのなんて性に合わないから」
マイヤーズ艦長はある程度こうなることは予想していたが、「君が指揮官なんだ。指揮官自らが飛び込んでどうする」と再考を促す。
しかし、ホーカー艦長は、好戦的な笑顔を向けた。
「駄目よ、エルマー。ごめんなさいね。正式な命令書を送っておくわ」
マイヤーズ艦長は首を横に振るが、指揮系統の混乱を防ぐため、特にそれ以上は何も言わず、
「了解しました。戦隊指揮官殿」と笑いながら、言って通信を切った。
コモドーは准将のことを指すが、戦隊司令という意味もあるので、厳密には間違いではない。しかし、この場合は戦隊指揮を任された佐官が調子に乗っていることを皮肉る言葉として、仲がいい者同士で使われるジョークに近い。
クリフォードは今のやりとりを聞き、自分は十年後にこんな孤独な星系で全責任を負うような地位につけるのだろうか、二隻合わせて百五十人近い人の命を預かれるのかと不安を感じていた。
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