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第三章「聖都攻略編」
第六十話「エピローグ」
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十二月五日。
ラント率いるグラント帝国軍は帝都フィンクランに凱旋した。
念のため、ノースロセス城に五千名の戦士を残し、ポートカダム盟約軍の監視を命じているが、盟約軍はバイアンリーの戦いの翌日に解散し、帰国の途についている。
事前に長距離通信システムによって連絡が入っており、帝都では多くの市民が戦士たちを出迎えた。
いつも通り宮殿前の広場に着陸した後、ラントはその場で演説を行った。
「忠勇なる帝国の戦士たちよ! 我らは人族に対し、完全なる勝利を得ることができた。これはすべて諸君らの奮闘の結果だ! 特に今回は未知の敵、古代遺物により召喚された炎の巨人という恐ろしい存在があった……」
その言葉で炎魔神との戦いで活躍できなかった地上軍の戦士たちはうなだれ、逆に奮闘した天翔兵団の戦士たちは胸を張る。
「炎の巨人との戦いで五百名近い同胞を失った。これはすべて人族を軽視した私の油断が招いたことだ! 亡くなった戦士たちの魂と遺族に謝罪したい!」
そう言ってラントは頭を下げた。
その行為に「陛下、おやめください」という声が多く出るが、ラントはそれを無視して頭を下げ続ける。十秒ほど経った頃、ゆっくりと顔を上げた。
「私は英霊たちに誓う! 今後、このような悲劇を繰り返さぬよう、決して油断はしないと! そして、彼らの死が無駄でなかったことを、示し続ける!」
そこでラントは会場を見回した。
「バイアンリーの戦いで古いトファース教の野望は潰えた。この機を活かし、私はこの大陸に平和をもたらす。そのために人族の国と不可侵条約を結んでいくつもりだ」
そこで再び言葉を切り、会場を見回していく。
「それだけに留めるつもりはない! 私は恒久的な平和を実現するため、相互理解の場を設けるつもりだ。この帝都にも多くの人族が訪れるだろう。そうなれば、ここも大きく変わるかもしれない。変化は煩わしいが、どうか私に協力してほしい! 以上だ!」
演説を終えると万雷の拍手が会場を覆う。
演台から降りたラントを聖獣王ダランと護樹女王エスク、匠神王モールが出迎える。
「無事にお帰りくださり、これに勝ることはございません。よくご無事で……」
涙を浮かべたエスクがラントの前で跪いている。
厳しい表情を浮かべるダランが苦言を呈した。
「今回の戦いでは自ら囮となったと伺った。陛下にはご自身が代替の利かぬ存在であることをご自覚いただきたい。万が一のことがあれば、帝国は以前の状態に戻ってしまうのですぞ」
ラントは自分でも無茶をしたと自覚しており、ダランの言葉に素直に謝罪する。
「その点については反省している。あの時、あの方法しか思いつかなかったが、軽率だった」
そこで頭を下げるが、すぐに顔を上げる。
「しかし、帝国の民を守るためなら、今後も同じことをするだろう。もちろん、このようなことが起きないように万全の体制で当たるつもりだが、人が行うことに絶対はない」
「しかし……」とダランが言いかけるが、ラントはそれを制して話を続ける。
「私も死にたくはない。だから可能な限り気を付けるから、今回はこれで許してくれ」
そう言って笑うと、ダランも諦めたのか、表情を緩めた。
「話は終わったようじゃな。では、儂からじゃ」とモールがラントに話しかける。
「祝勝会はどうするのじゃ? これで人族との戦争は終わるのじゃろう。ならば、盛大に行わねばならん」
爛々とした目で見つめられ、ラントは僅かに後ずさる。
「そ、そうだな。では、匠神王、いや、典酒官に一任しよう。祝勝会と言えば“酒”。まさに典酒官の仕事と言えるからな」
「そうじゃの。儂に任せておけ。帝国の歴史に残る祭にしてみせる」
そう言ってニヤリと笑うと、意気揚々と下がっていく。
「よろしかったのですか?」とエスクが不安そうな顔で聞く。
「仕方がないだろう。ドワーフが酒のことでやる気になっているんだ。止めようがない」
「神龍王や鬼神王を使いこなす陛下も典酒官殿だけは使い切れぬようですな。ハハハハハ」とダランが豪快に笑った。
それに釣られてラントとエスクも笑う。
二日後に始まった祝勝会はモールが宣言した通り、盛大なものとなった。
三日三晩にわたり、帝都中で乾杯の声が聞こえ、酒に強いはずの帝国の市民たちも酔い潰れる者が続出するほどだった。
ラントも何度も酔い潰れ、エスクたちに介抱されている。
「今後、祝宴をドワーフに任せることはやめよう。命に係わる……」
酔い潰れた翌日の朝、ラントは青白い顔をしながら騎龍であるローズにそう語り、受け取ったハイポーションを一気に呷った。
■■■
十二月二十五日。
カダム連合の首都ポートカダムに、ギリー連合王国軍とグラッサ王国軍を除くポートカダム盟約軍が帰還した。
ギリー連合王国軍とグラッサ王国軍はバイアンリーから陸路で北上する方が早いが、残りのエルギン共和国軍、マレイ連邦軍は海路を使った方が早く帰還できるためだ。
その中には旧神聖ロセス王国軍の旗もあった。
聖王マグダレーンは盟約軍の大敗北とその後の自らの逃走という負い目から、完全に覇気を失い、兵士たちの前に姿を見せることはなかった。
ポートカダムに帰還後、聖王はストウロセスから退避してきた枢機卿や大司教に一方的に退位を宣言すると、カダム連合が用意した屋敷に篭り姿を見せなくなった。
枢機卿たちは敗北の連絡は受けていたが、聖王がこれほどに憔悴しているとは思っていなかった。
聖王の側近である枢機卿のフェルディと大司教のレダイグは今後の方針を協議するが、聖王と共に戦場に向かった聖騎士たちが以前にも増して非協力的となっており、対応に苦慮する。
「聖王陛下が聖騎士たちを置いて逃げ出したことが原因のようだが、彼らがいなければ、王国と教団の再興は成せぬ。どうしたものか……」
フェルディがぼやくが、そこにカダム連合政府からの使者が現れた。
「トファース教の関係者の方々には今の屋敷から別の場所に移っていただきたい」
「どういうことですかな?」とレダイグが確認する。
「我が国はグラント帝国と不可侵条約を結ぶこととなりました。ついては帝国を敵視するトファース教関係者が首都におられると不都合なのです」
「我々に出ていけと……」とフェルディが呻くように確認する。
「我が国といたしましても、国外退去とまでは申しません。ですが、近い将来、魔帝ラント陛下がここポートカダムを訪問されます。その際にトファース教の関係者がいるといらぬ懸念を与えることになります」
「どこに行けとおっしゃるのか」とレダイグが睨みながら問う。
「西に二十マイル(約三十二キロメートル)ほど行ったところに別荘地がございます。そこに屋敷が用意してあります」
別荘地と聞き、フェルディとレダイグも僅かに表情を緩める。
「また、今後は我が国から貴殿らへの援助は打ち切らせていただきます。これは政府としての決定ですので」
「ど、どういうことだ!」
そこで使者は冷たい視線を二人に向ける。
「聖王陛下の命を受け、二十八万人を超える兵士が戦場に向かいました。幸い、我が国に戦死者はなく、義勇兵たちは無事に帰還しております。ですが、ギリー連合王国では五万を超える兵士が戦死し、聖王陛下に対して責任を問う声が上がっているそうです。我が国といたしましては、聖王陛下を庇うことでギリー連合王国から非難を受けることは避けたいと考えております」
それだけ言うと、使者は立ち去った。
フェルディたちは何度か政府に抗議にいったが、取り付く島もなく、諦めるしかなかった。
トファース教の関係者のうち、枢機卿ら聖職者たちは元聖王と共に“別荘地”に赴いた。しかし、現地に到着した彼らが見たものは古びた屋敷と急遽作られたような掘っ立て小屋だけで、とても別荘地には思えない漁村だった。
自分たちが間違えたと感じたレダイグは現地の漁師に確認する。
「別荘地と聞いたのだが?」
「別荘地? そういや、爺様が大昔に釣り好きの商人が時々来ておったと言っていたな。それのことじゃないか?」
レダイグは騙されたことに歯噛みする。
聖職者たちはそこで暮らし始めるが、贅沢に慣れ、生活能力がない彼らがまともに生活できたのは数ヶ月に過ぎなかった。
その後、この生活に絶望する者は自ら命を絶ち、少しでも足掻こうとする者はその地を去っていった。
フェルディとレダイグはそれぞれ別の町に行き、聖職者として新たな一歩を踏み出そうとした。しかし、聖職者としてかつての地位は何の意味もなさず、また、治癒魔法もまともに使えなくなった彼らには何もできなかった。
そのため、半ば呆けた元聖王の下に戻るしかなかった。
彼らは寒村で愚痴を言うだけの存在となり、そのまま忘れ去られていった。
聖騎士と天馬騎士はそのまま朽ち果てることを拒否し、各国に仕官しようと聖王たちと決別する。
しかし、どの国も帝国との関係を考慮し、彼らを採用するところはなかった。
一介の傭兵となることをよしとせず、帝国に対して反旗を翻そうとしたが、彼らに協力する者はおらず、テロリストとして捕らえられ、処刑される者が続出した。
■■■
年が明けた帝国暦五五〇二年一月十日。
ラントはポートカダムを訪問する。その際、エンシェントドラゴンや巨人族を含む、五千名の戦士を率いていた。
町の郊外に着陸すると、巨人族が人化を解く。また、鬼人族や魔獣族も本来の姿を見せ、その威容にポートカダムの市民は圧倒される。
連合の代表であるダムドは帝国と戦うことの愚かさを瞬時に悟り、ラントの求めに応じて条約を結んだ。
その条件は相互に領土を侵さないこと、すべての種族が平等であると宣言すること、そして、この後に開催する予定の会議に参加することだけだった。
「賠償金や領土の割譲はよろしいのでしょうか?」とダムドがラントに探るように確認する。
「不要です。私が望むことはただ一つ。平和だけですから」
ラントの言葉にダムドは“若いな”と思うが、商人らしく笑みを浮かべて大きく頷く。
「我々も同じ思いですな。なんといっても商売には平和が一番ですから」
ラントは他の国々にも同様に訪問し、同じ条件を提示した。
唯一グラッサ王国に対しては異なる条件を示した。
それは古代遺跡に関する情報の開示と魔導研究所による調査の許可だ。
これは魔導王オードが強く求めたためだが、ラントも炎魔神のような危険な存在を放置したくないと思い、条件に加えている。
この後、オードはグラッサ王国に滞在し、古代遺跡の調査を行っていった。彼が滞在した五十年間で多くの発見があった。また、人族の研究者と何のわだかまりもなく接し、当初は警戒していた人族も徐々に彼に心を開いていった。
ラントは研究自体の功績よりも“アンデッド”という存在が人族に受け入れられる切っ掛けとなったことを高く評価した。
この他にも匠神王モールがラントの命令を受け、鍛治や冶金に関する技術の支援を行うために各国を歴訪した。その際、酒の質の低さに憤慨し、大改革を断行した。
彼は帝都の酒造りの職人を各国に派遣し、技術支援を行うとともに、ラントから聞いた酒の品質に関する法律を制定する。
そして、典酒官の職務として継続的な監査が必要と言い、各国を巡り歩くようになった。
■■■
翌五五〇三年一月。
旧神聖ロセス王国の聖都ストウロセスに、グレン大陸にあるすべての国家の代表が集まった。
後にグレン大陸会議、あるいは単に大陸会議と呼ばれることになる国際会議が開かれた。
その会議の席でラントは演説を行った。
「……私はこの大陸に住む人々のため、恒久的な平和を望む。無論それが難しいことは理解している。争いの種はどこにでも転がっているし、私を含め人の欲望には限りがないからだ。しかし、私は楽観している。すべての国家の代表が集まり、話し合いが可能な場を作ることができたのだから……」
彼はこの会議を国際連合のような組織にするつもりでいた。しかし、それが完全なものとも思ってはいなかった。
「私は力によらず、法によって問題を解決できると信じている。もちろん、それが容易でないことは分かっている。しかし、我々が努力すれば必ずできると信じている。そのためにすべての人々が守るべき規範、グレン大陸憲章の制定を提案する……」
後にラントはグレン大陸憲章を制定し、力による紛争解決を否定し、対話による解決が定着するよう尽力する。
■■■
第一回大陸会議は帝国軍への恐怖によって滞りなく終了した。
そのことにラントは不満を持つが、まだ第一歩を踏み出したばかりだと思い直す。
大陸会議を終えたラントは宿舎として使っている屋敷の庭で寛いでいた。
彼はのんびりと赤ワインの入ったグラスを傾けている。
ローズが同じようにグラスを持ち、横に座っていた。
「これからどうなるのかしら?」と物憂げな感じでローズが聞く。
「平和になると思うけど、どうだろうな」
「そうなると暇になるわね」
「やることはいっぱいあるから、暇にはならないと思うんだけど?」
「平和になったら、私たち戦士は暇になるわ。それにあんたもいつかは暇になるわよ。ずっと面倒を見る気はないんでしょ」
「そうだな」
「ねぇ、いつか別の大陸を目指してみない?」
船乗りの間では数千マイル先に別の大陸があるという伝説がある。そのことをラントも聞いていた。
「それは面白そうだな。みんなで行ってみるか」
「馬鹿。ここは二人で行こうっていうところよ。ほんと気が利かないんだから」
そう言ってローズは拗ねる。
そんな彼女の顔を見て、ラントは微笑ましく思った。
完
ラント率いるグラント帝国軍は帝都フィンクランに凱旋した。
念のため、ノースロセス城に五千名の戦士を残し、ポートカダム盟約軍の監視を命じているが、盟約軍はバイアンリーの戦いの翌日に解散し、帰国の途についている。
事前に長距離通信システムによって連絡が入っており、帝都では多くの市民が戦士たちを出迎えた。
いつも通り宮殿前の広場に着陸した後、ラントはその場で演説を行った。
「忠勇なる帝国の戦士たちよ! 我らは人族に対し、完全なる勝利を得ることができた。これはすべて諸君らの奮闘の結果だ! 特に今回は未知の敵、古代遺物により召喚された炎の巨人という恐ろしい存在があった……」
その言葉で炎魔神との戦いで活躍できなかった地上軍の戦士たちはうなだれ、逆に奮闘した天翔兵団の戦士たちは胸を張る。
「炎の巨人との戦いで五百名近い同胞を失った。これはすべて人族を軽視した私の油断が招いたことだ! 亡くなった戦士たちの魂と遺族に謝罪したい!」
そう言ってラントは頭を下げた。
その行為に「陛下、おやめください」という声が多く出るが、ラントはそれを無視して頭を下げ続ける。十秒ほど経った頃、ゆっくりと顔を上げた。
「私は英霊たちに誓う! 今後、このような悲劇を繰り返さぬよう、決して油断はしないと! そして、彼らの死が無駄でなかったことを、示し続ける!」
そこでラントは会場を見回した。
「バイアンリーの戦いで古いトファース教の野望は潰えた。この機を活かし、私はこの大陸に平和をもたらす。そのために人族の国と不可侵条約を結んでいくつもりだ」
そこで再び言葉を切り、会場を見回していく。
「それだけに留めるつもりはない! 私は恒久的な平和を実現するため、相互理解の場を設けるつもりだ。この帝都にも多くの人族が訪れるだろう。そうなれば、ここも大きく変わるかもしれない。変化は煩わしいが、どうか私に協力してほしい! 以上だ!」
演説を終えると万雷の拍手が会場を覆う。
演台から降りたラントを聖獣王ダランと護樹女王エスク、匠神王モールが出迎える。
「無事にお帰りくださり、これに勝ることはございません。よくご無事で……」
涙を浮かべたエスクがラントの前で跪いている。
厳しい表情を浮かべるダランが苦言を呈した。
「今回の戦いでは自ら囮となったと伺った。陛下にはご自身が代替の利かぬ存在であることをご自覚いただきたい。万が一のことがあれば、帝国は以前の状態に戻ってしまうのですぞ」
ラントは自分でも無茶をしたと自覚しており、ダランの言葉に素直に謝罪する。
「その点については反省している。あの時、あの方法しか思いつかなかったが、軽率だった」
そこで頭を下げるが、すぐに顔を上げる。
「しかし、帝国の民を守るためなら、今後も同じことをするだろう。もちろん、このようなことが起きないように万全の体制で当たるつもりだが、人が行うことに絶対はない」
「しかし……」とダランが言いかけるが、ラントはそれを制して話を続ける。
「私も死にたくはない。だから可能な限り気を付けるから、今回はこれで許してくれ」
そう言って笑うと、ダランも諦めたのか、表情を緩めた。
「話は終わったようじゃな。では、儂からじゃ」とモールがラントに話しかける。
「祝勝会はどうするのじゃ? これで人族との戦争は終わるのじゃろう。ならば、盛大に行わねばならん」
爛々とした目で見つめられ、ラントは僅かに後ずさる。
「そ、そうだな。では、匠神王、いや、典酒官に一任しよう。祝勝会と言えば“酒”。まさに典酒官の仕事と言えるからな」
「そうじゃの。儂に任せておけ。帝国の歴史に残る祭にしてみせる」
そう言ってニヤリと笑うと、意気揚々と下がっていく。
「よろしかったのですか?」とエスクが不安そうな顔で聞く。
「仕方がないだろう。ドワーフが酒のことでやる気になっているんだ。止めようがない」
「神龍王や鬼神王を使いこなす陛下も典酒官殿だけは使い切れぬようですな。ハハハハハ」とダランが豪快に笑った。
それに釣られてラントとエスクも笑う。
二日後に始まった祝勝会はモールが宣言した通り、盛大なものとなった。
三日三晩にわたり、帝都中で乾杯の声が聞こえ、酒に強いはずの帝国の市民たちも酔い潰れる者が続出するほどだった。
ラントも何度も酔い潰れ、エスクたちに介抱されている。
「今後、祝宴をドワーフに任せることはやめよう。命に係わる……」
酔い潰れた翌日の朝、ラントは青白い顔をしながら騎龍であるローズにそう語り、受け取ったハイポーションを一気に呷った。
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十二月二十五日。
カダム連合の首都ポートカダムに、ギリー連合王国軍とグラッサ王国軍を除くポートカダム盟約軍が帰還した。
ギリー連合王国軍とグラッサ王国軍はバイアンリーから陸路で北上する方が早いが、残りのエルギン共和国軍、マレイ連邦軍は海路を使った方が早く帰還できるためだ。
その中には旧神聖ロセス王国軍の旗もあった。
聖王マグダレーンは盟約軍の大敗北とその後の自らの逃走という負い目から、完全に覇気を失い、兵士たちの前に姿を見せることはなかった。
ポートカダムに帰還後、聖王はストウロセスから退避してきた枢機卿や大司教に一方的に退位を宣言すると、カダム連合が用意した屋敷に篭り姿を見せなくなった。
枢機卿たちは敗北の連絡は受けていたが、聖王がこれほどに憔悴しているとは思っていなかった。
聖王の側近である枢機卿のフェルディと大司教のレダイグは今後の方針を協議するが、聖王と共に戦場に向かった聖騎士たちが以前にも増して非協力的となっており、対応に苦慮する。
「聖王陛下が聖騎士たちを置いて逃げ出したことが原因のようだが、彼らがいなければ、王国と教団の再興は成せぬ。どうしたものか……」
フェルディがぼやくが、そこにカダム連合政府からの使者が現れた。
「トファース教の関係者の方々には今の屋敷から別の場所に移っていただきたい」
「どういうことですかな?」とレダイグが確認する。
「我が国はグラント帝国と不可侵条約を結ぶこととなりました。ついては帝国を敵視するトファース教関係者が首都におられると不都合なのです」
「我々に出ていけと……」とフェルディが呻くように確認する。
「我が国といたしましても、国外退去とまでは申しません。ですが、近い将来、魔帝ラント陛下がここポートカダムを訪問されます。その際にトファース教の関係者がいるといらぬ懸念を与えることになります」
「どこに行けとおっしゃるのか」とレダイグが睨みながら問う。
「西に二十マイル(約三十二キロメートル)ほど行ったところに別荘地がございます。そこに屋敷が用意してあります」
別荘地と聞き、フェルディとレダイグも僅かに表情を緩める。
「また、今後は我が国から貴殿らへの援助は打ち切らせていただきます。これは政府としての決定ですので」
「ど、どういうことだ!」
そこで使者は冷たい視線を二人に向ける。
「聖王陛下の命を受け、二十八万人を超える兵士が戦場に向かいました。幸い、我が国に戦死者はなく、義勇兵たちは無事に帰還しております。ですが、ギリー連合王国では五万を超える兵士が戦死し、聖王陛下に対して責任を問う声が上がっているそうです。我が国といたしましては、聖王陛下を庇うことでギリー連合王国から非難を受けることは避けたいと考えております」
それだけ言うと、使者は立ち去った。
フェルディたちは何度か政府に抗議にいったが、取り付く島もなく、諦めるしかなかった。
トファース教の関係者のうち、枢機卿ら聖職者たちは元聖王と共に“別荘地”に赴いた。しかし、現地に到着した彼らが見たものは古びた屋敷と急遽作られたような掘っ立て小屋だけで、とても別荘地には思えない漁村だった。
自分たちが間違えたと感じたレダイグは現地の漁師に確認する。
「別荘地と聞いたのだが?」
「別荘地? そういや、爺様が大昔に釣り好きの商人が時々来ておったと言っていたな。それのことじゃないか?」
レダイグは騙されたことに歯噛みする。
聖職者たちはそこで暮らし始めるが、贅沢に慣れ、生活能力がない彼らがまともに生活できたのは数ヶ月に過ぎなかった。
その後、この生活に絶望する者は自ら命を絶ち、少しでも足掻こうとする者はその地を去っていった。
フェルディとレダイグはそれぞれ別の町に行き、聖職者として新たな一歩を踏み出そうとした。しかし、聖職者としてかつての地位は何の意味もなさず、また、治癒魔法もまともに使えなくなった彼らには何もできなかった。
そのため、半ば呆けた元聖王の下に戻るしかなかった。
彼らは寒村で愚痴を言うだけの存在となり、そのまま忘れ去られていった。
聖騎士と天馬騎士はそのまま朽ち果てることを拒否し、各国に仕官しようと聖王たちと決別する。
しかし、どの国も帝国との関係を考慮し、彼らを採用するところはなかった。
一介の傭兵となることをよしとせず、帝国に対して反旗を翻そうとしたが、彼らに協力する者はおらず、テロリストとして捕らえられ、処刑される者が続出した。
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年が明けた帝国暦五五〇二年一月十日。
ラントはポートカダムを訪問する。その際、エンシェントドラゴンや巨人族を含む、五千名の戦士を率いていた。
町の郊外に着陸すると、巨人族が人化を解く。また、鬼人族や魔獣族も本来の姿を見せ、その威容にポートカダムの市民は圧倒される。
連合の代表であるダムドは帝国と戦うことの愚かさを瞬時に悟り、ラントの求めに応じて条約を結んだ。
その条件は相互に領土を侵さないこと、すべての種族が平等であると宣言すること、そして、この後に開催する予定の会議に参加することだけだった。
「賠償金や領土の割譲はよろしいのでしょうか?」とダムドがラントに探るように確認する。
「不要です。私が望むことはただ一つ。平和だけですから」
ラントの言葉にダムドは“若いな”と思うが、商人らしく笑みを浮かべて大きく頷く。
「我々も同じ思いですな。なんといっても商売には平和が一番ですから」
ラントは他の国々にも同様に訪問し、同じ条件を提示した。
唯一グラッサ王国に対しては異なる条件を示した。
それは古代遺跡に関する情報の開示と魔導研究所による調査の許可だ。
これは魔導王オードが強く求めたためだが、ラントも炎魔神のような危険な存在を放置したくないと思い、条件に加えている。
この後、オードはグラッサ王国に滞在し、古代遺跡の調査を行っていった。彼が滞在した五十年間で多くの発見があった。また、人族の研究者と何のわだかまりもなく接し、当初は警戒していた人族も徐々に彼に心を開いていった。
ラントは研究自体の功績よりも“アンデッド”という存在が人族に受け入れられる切っ掛けとなったことを高く評価した。
この他にも匠神王モールがラントの命令を受け、鍛治や冶金に関する技術の支援を行うために各国を歴訪した。その際、酒の質の低さに憤慨し、大改革を断行した。
彼は帝都の酒造りの職人を各国に派遣し、技術支援を行うとともに、ラントから聞いた酒の品質に関する法律を制定する。
そして、典酒官の職務として継続的な監査が必要と言い、各国を巡り歩くようになった。
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翌五五〇三年一月。
旧神聖ロセス王国の聖都ストウロセスに、グレン大陸にあるすべての国家の代表が集まった。
後にグレン大陸会議、あるいは単に大陸会議と呼ばれることになる国際会議が開かれた。
その会議の席でラントは演説を行った。
「……私はこの大陸に住む人々のため、恒久的な平和を望む。無論それが難しいことは理解している。争いの種はどこにでも転がっているし、私を含め人の欲望には限りがないからだ。しかし、私は楽観している。すべての国家の代表が集まり、話し合いが可能な場を作ることができたのだから……」
彼はこの会議を国際連合のような組織にするつもりでいた。しかし、それが完全なものとも思ってはいなかった。
「私は力によらず、法によって問題を解決できると信じている。もちろん、それが容易でないことは分かっている。しかし、我々が努力すれば必ずできると信じている。そのためにすべての人々が守るべき規範、グレン大陸憲章の制定を提案する……」
後にラントはグレン大陸憲章を制定し、力による紛争解決を否定し、対話による解決が定着するよう尽力する。
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第一回大陸会議は帝国軍への恐怖によって滞りなく終了した。
そのことにラントは不満を持つが、まだ第一歩を踏み出したばかりだと思い直す。
大陸会議を終えたラントは宿舎として使っている屋敷の庭で寛いでいた。
彼はのんびりと赤ワインの入ったグラスを傾けている。
ローズが同じようにグラスを持ち、横に座っていた。
「これからどうなるのかしら?」と物憂げな感じでローズが聞く。
「平和になると思うけど、どうだろうな」
「そうなると暇になるわね」
「やることはいっぱいあるから、暇にはならないと思うんだけど?」
「平和になったら、私たち戦士は暇になるわ。それにあんたもいつかは暇になるわよ。ずっと面倒を見る気はないんでしょ」
「そうだな」
「ねぇ、いつか別の大陸を目指してみない?」
船乗りの間では数千マイル先に別の大陸があるという伝説がある。そのことをラントも聞いていた。
「それは面白そうだな。みんなで行ってみるか」
「馬鹿。ここは二人で行こうっていうところよ。ほんと気が利かないんだから」
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第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
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社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ
犬社護
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交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。
僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。
僕の夢……どこいった?
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