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第三章「聖都攻略編」
第五十四話「決戦:その八」
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ラント率いるグラント帝国軍は危機に瀕していた。
ポートカダム盟約軍の主力、ギリー連合王国軍を撃退したものの、グラッサ王国軍が放った秘策、古代遺物である炎魔神が、地上軍である駆逐兵団と轟雷兵団に襲い掛かったのだ。
身長五十メートルほどの炎魔神は炎を撒き散らしており、危険を感じたラントは直ちに駆逐兵団と轟雷兵団に撤退を命じた。
その時、駆逐兵団はギリー連合王国のロングモーン騎兵と戦っており、撤退中に多くの負傷者を出してしまう。
炎魔神はロングモーン騎兵を吸収すると、ゆっくりとした動きに見えるが、その速度は時速五十キロメートルを超えており、負傷した戦士を庇いながら撤退する帝国軍はすぐにでも追いつかれそうな状況だった。
ラントはその光景を騎龍である蒼龍、ローズの背から見つめていた。
(まずいぞ。あのままじゃすぐに追いつかれてしまう……とりあえず、ロック鳥部隊に負傷者たちを救出させた方がいい。そうすれば、鬼人族たちも全力で走ることができる。多少は時間を稼げるはずだ……)
すぐにその命令を通信士であるデーモンロードに伝える。
「ロック鳥隊に鬼人族の負傷者の救出を命じるよう、神龍王に伝えてくれ。鬼神王にも同じ内容を伝えてくれ」
更に近くにいる魔導王オードと天魔女王アギーの二人に視線を向けた。
「あれを止めるにはどうしたらいいだろうか?」
アギーは悔しそうな表情を浮かべる。
「私にはあの存在に関する知識がございません。お役に立てず、無念でございます」
オードは僅かに考えた後、話し始めた。
「魔核のような弱点らしきものは見当たらない。よってすぐに対応する策は思いつかぬが、あれは膨大な魔力を撒き散らしている。仮定に過ぎぬが、それほど長い時間は活動できぬはず」
「つまり、時間切れを狙えばいいということか」
ラントの言葉にオードは「然り」と言って頷くが、すぐに懸念を口にする。
「しかし、問題が一つある」
「問題?」
「あれは人が持つ魔力を吸収している。可能な限り早急に距離を取らねば、更に強大になる可能性が高い」
「魔力を吸収……ということは魔法やブレスで攻撃しても吸収されるだけかもしれないということか?」
ラントの問いにオードは首を縦に振る。
「その可能性は否定できない。もっとも人が持つ魔力と現象に変換された魔法では質が全く違う。よって吸収されぬ可能性もある」
「そうか。魔法をぶつけるのは最後の手段だな……ところで炎の巨人が生み出された、あの箱を破壊したらどうなると思う?」
「魔力の繋がりは見当たらなかった。意味はないと思われる」
「それもダメか……打つ手がないな……」
ラントは悔しげな表情を浮かべて炎魔神を睨み付けた。
「陛下には天翔兵団と共に遠方に退避していただきたいですわ。あの程度の動きであれば、エンシェントドラゴンたちに追いつけませんから」
アギーが進言すると、ラントははっきりと拒絶する。
「不用意に近づく気はないが、戦士たちを置いて逃げ出すつもりはない。君たち八神王と我が軍の精鋭がいて対応できないとは思えないからだ」
「しかし……」とアギーは更に説得しようとしたが、オードがそれを止める。
「陛下にはあれが見える範囲にいていただきたい。陛下の持つ異界の知識の中に対応策があるかもしれぬので」
「分かった。考えてみる」とラントは答えると、通信士であるデーモンロードに命じた。
「神龍王にエンシェントドラゴン隊と共に私のところに来るよう連絡してくれ」
デーモンロードが了解すると、次は騎龍であるローズに命令を出した。
「奴の北側、五百メートルほど離れたところに向かってくれ」
『何をする気なの?』とローズが不安げな念話を送ってくる。
「魔導王の言葉で思いついた。奴が魔力を吸収しているなら、より強力な魔力の持ち主を狙うんじゃないかと。ならば、強い魔力を持つ龍が多数いれば、そちらに向かってくる可能性がある」
ラントは東に逃げる鬼人族から少しでも炎魔神を離すため、別の方向に誘導しようと考えた。西と南には人族の軍隊がいるため、ギリー連合王国軍がいた北に決める。
『分からないでもないけど、あんたが行く必要はないと思うわ』
「いや、どんな命令を受けているのか分からないんだ。もしかしたら魔帝に向かえという命令かもしれないからな」
『仕方がないわね。でも、いざとなったらあんたの命令を無視してでも撤退するわよ』
そう言い放つと、ローズは大きく羽ばたいた。
コバルトブルーの鱗が太陽の光を受けて美しく輝かせながら、空に舞い上がっていく。
すぐに炎魔神がはっきりと見える場所まで近づく。
炎魔神の三百メートルほど東では、ロック鳥たちが着陸しており、傷ついた鬼人族戦士たちを乗せ始めていた。
その数十メートルほどの位置に炎の塊が降り注ぎ、時間的余裕は全くないように見えた。
ローズの周囲にエンシェントドラゴンたちが集まってくる。
『我らは何をしたらよい!』と神龍王アルビンが念話を送ってきた。
「神龍王! 奴の北側に向かってくれ。距離は五百……いや、三百メートルの位置に。敵が攻撃してきたら、それを回避しつつ北に誘導する!」
ラントはあらん限りの大声でそう命じると、ローズは彼の命令通りに飛び始めた。
その後ろをエンシェントドラゴンたちが追従する。
炎魔神はエンシェントドラゴンの群れを視認したのか、ゆっくりと体の向きを北に向けていく。
ラントは作戦が成功すると確信した。
「通信士! 巨神王に連絡。地上軍の指揮を任せる」
『御意』と後ろを飛ぶデーモンロードは答えるが、更にラントは命令を伝える。
「それから、負傷者を収容したら、あれから全力で離れるよう伝えてくれ。距離は最低でも十キロだ」
ラントが命令を終えると、横に並んできたアルビンが飛びながら提案する。
『我らの方に向かってくるなら、敵がいる西に向かわせたらよいのではないか』
ラントはその提案を即座に否定した。
「いや、魔導王が言うには奴は人の持つ魔力を糧にしているらしい。だとすると、人族の軍に向かわせるということは餌を与えて強くすることと同じだ。奴の能力が分からない以上、魔力を与えることは危険すぎる」
『そうだな。だが、逃げ回るだけで何とかなるのか?』
「それは今から考える」
ラントはそれだけ言うと、遊弋しながら飛ぶローズの背から炎魔神を観察する。
(火を消すには水を掛けるのが手っ取り早いが、あの川じゃ無理そうだな……)
バイアンリーの町の東を流れるグーデレク川の流れにチラリと視線を送る。
グーデレク川は幅五十メートルほどの川だが、見た感じでは水深はあまりなく、炎魔神の炎を消すほどの水量があるようには見えなかった。
(魔法で作った水を掛けてもいいんだけど、何百メートルも飛ぶとは思えない。そうなると近づくか真上から落とすしかないけど、近づくのは危険だし、上空から落としても拡散していくだけだ。氷をぶつけるという方法もあるけど、消えるのかな……)
そこで消火器のことを思い出す。
(消火器の消火剤って何からできているんだっけ? 粉末とか泡とかあったけど……駄目だ。全く分からない……二酸化炭素で消す消火装置ってあった気がするな……そうか! 酸素を遮断すればいいのか!)
しかし、すぐにその考えは行き詰まる。
(だけど、どうやってやればいいんだ? 酸素を遮断するための物質なんて作れないし、あんなにデカい奴を覆うことなんてできるのか?……)
念のため、時空魔法で作った壁で覆えないか、オードとアギーに確認してみた。
『覆うだけでしたら、魔導王殿と私なら可能ですわ』
アギーの返答に一瞬喜ぶが、オードがそれを否定する。
『作ることは可能だが、あれだけの大きさとなると強度が足りぬ。恐らくあの炎の塊を受ければ、容易に破壊されるだろう』
「ダメか……」とラントは落胆する。
そして、炎魔神を睨みつけながら、必死に他に案がないか考えていく。
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その時、駆逐兵団はギリー連合王国のロングモーン騎兵と戦っており、撤退中に多くの負傷者を出してしまう。
炎魔神はロングモーン騎兵を吸収すると、ゆっくりとした動きに見えるが、その速度は時速五十キロメートルを超えており、負傷した戦士を庇いながら撤退する帝国軍はすぐにでも追いつかれそうな状況だった。
ラントはその光景を騎龍である蒼龍、ローズの背から見つめていた。
(まずいぞ。あのままじゃすぐに追いつかれてしまう……とりあえず、ロック鳥部隊に負傷者たちを救出させた方がいい。そうすれば、鬼人族たちも全力で走ることができる。多少は時間を稼げるはずだ……)
すぐにその命令を通信士であるデーモンロードに伝える。
「ロック鳥隊に鬼人族の負傷者の救出を命じるよう、神龍王に伝えてくれ。鬼神王にも同じ内容を伝えてくれ」
更に近くにいる魔導王オードと天魔女王アギーの二人に視線を向けた。
「あれを止めるにはどうしたらいいだろうか?」
アギーは悔しそうな表情を浮かべる。
「私にはあの存在に関する知識がございません。お役に立てず、無念でございます」
オードは僅かに考えた後、話し始めた。
「魔核のような弱点らしきものは見当たらない。よってすぐに対応する策は思いつかぬが、あれは膨大な魔力を撒き散らしている。仮定に過ぎぬが、それほど長い時間は活動できぬはず」
「つまり、時間切れを狙えばいいということか」
ラントの言葉にオードは「然り」と言って頷くが、すぐに懸念を口にする。
「しかし、問題が一つある」
「問題?」
「あれは人が持つ魔力を吸収している。可能な限り早急に距離を取らねば、更に強大になる可能性が高い」
「魔力を吸収……ということは魔法やブレスで攻撃しても吸収されるだけかもしれないということか?」
ラントの問いにオードは首を縦に振る。
「その可能性は否定できない。もっとも人が持つ魔力と現象に変換された魔法では質が全く違う。よって吸収されぬ可能性もある」
「そうか。魔法をぶつけるのは最後の手段だな……ところで炎の巨人が生み出された、あの箱を破壊したらどうなると思う?」
「魔力の繋がりは見当たらなかった。意味はないと思われる」
「それもダメか……打つ手がないな……」
ラントは悔しげな表情を浮かべて炎魔神を睨み付けた。
「陛下には天翔兵団と共に遠方に退避していただきたいですわ。あの程度の動きであれば、エンシェントドラゴンたちに追いつけませんから」
アギーが進言すると、ラントははっきりと拒絶する。
「不用意に近づく気はないが、戦士たちを置いて逃げ出すつもりはない。君たち八神王と我が軍の精鋭がいて対応できないとは思えないからだ」
「しかし……」とアギーは更に説得しようとしたが、オードがそれを止める。
「陛下にはあれが見える範囲にいていただきたい。陛下の持つ異界の知識の中に対応策があるかもしれぬので」
「分かった。考えてみる」とラントは答えると、通信士であるデーモンロードに命じた。
「神龍王にエンシェントドラゴン隊と共に私のところに来るよう連絡してくれ」
デーモンロードが了解すると、次は騎龍であるローズに命令を出した。
「奴の北側、五百メートルほど離れたところに向かってくれ」
『何をする気なの?』とローズが不安げな念話を送ってくる。
「魔導王の言葉で思いついた。奴が魔力を吸収しているなら、より強力な魔力の持ち主を狙うんじゃないかと。ならば、強い魔力を持つ龍が多数いれば、そちらに向かってくる可能性がある」
ラントは東に逃げる鬼人族から少しでも炎魔神を離すため、別の方向に誘導しようと考えた。西と南には人族の軍隊がいるため、ギリー連合王国軍がいた北に決める。
『分からないでもないけど、あんたが行く必要はないと思うわ』
「いや、どんな命令を受けているのか分からないんだ。もしかしたら魔帝に向かえという命令かもしれないからな」
『仕方がないわね。でも、いざとなったらあんたの命令を無視してでも撤退するわよ』
そう言い放つと、ローズは大きく羽ばたいた。
コバルトブルーの鱗が太陽の光を受けて美しく輝かせながら、空に舞い上がっていく。
すぐに炎魔神がはっきりと見える場所まで近づく。
炎魔神の三百メートルほど東では、ロック鳥たちが着陸しており、傷ついた鬼人族戦士たちを乗せ始めていた。
その数十メートルほどの位置に炎の塊が降り注ぎ、時間的余裕は全くないように見えた。
ローズの周囲にエンシェントドラゴンたちが集まってくる。
『我らは何をしたらよい!』と神龍王アルビンが念話を送ってきた。
「神龍王! 奴の北側に向かってくれ。距離は五百……いや、三百メートルの位置に。敵が攻撃してきたら、それを回避しつつ北に誘導する!」
ラントはあらん限りの大声でそう命じると、ローズは彼の命令通りに飛び始めた。
その後ろをエンシェントドラゴンたちが追従する。
炎魔神はエンシェントドラゴンの群れを視認したのか、ゆっくりと体の向きを北に向けていく。
ラントは作戦が成功すると確信した。
「通信士! 巨神王に連絡。地上軍の指揮を任せる」
『御意』と後ろを飛ぶデーモンロードは答えるが、更にラントは命令を伝える。
「それから、負傷者を収容したら、あれから全力で離れるよう伝えてくれ。距離は最低でも十キロだ」
ラントが命令を終えると、横に並んできたアルビンが飛びながら提案する。
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「いや、魔導王が言うには奴は人の持つ魔力を糧にしているらしい。だとすると、人族の軍に向かわせるということは餌を与えて強くすることと同じだ。奴の能力が分からない以上、魔力を与えることは危険すぎる」
『そうだな。だが、逃げ回るだけで何とかなるのか?』
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(だけど、どうやってやればいいんだ? 酸素を遮断するための物質なんて作れないし、あんなにデカい奴を覆うことなんてできるのか?……)
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