魔帝戦記

愛山雄町

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第三章「聖都攻略編」

第四十三話「決戦に向けて」

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 十一月に入ると、ポートカダムで各国の代表が集まったという情報が帝都フィンクランに入ってきた。

「元聖王の権威は依然衰えていないようですわ」と天魔女王アギーが報告する。

「そのようだな」

「で、戦力はどの程度なのだ?」と神龍王アルビンが聞く。

「陽動も含めると、三十万に達すると聞いておりますわ」

「三十万か……」と剛毅なアルビンもその数に驚き、いつもの軽口を叩けない。

 これまでの帝国の長い歴史の中でも、三十万の敵と戦ったことはなかったためだ。

「どれだけいようが、しょせん烏合の衆に過ぎない。それよりそれだけの数を食わせていくことができるのかが気になるな」

 ラントは余裕の笑みを浮かべている。
 その笑みに合わせるようにアギーも微笑む。

「カダム連合が総力を挙げて食料の確保に奔走しておりますわ。ですが、カダム連合の担当者から得た情報では、予定通り年内に攻め込まないと輸送が追いつかずに兵糧が尽きてしまうそうです。それで撤退となったら首が飛ぶと焦っているそうですわ。フフフ」

「更に情報収集を頼む。特に敵の主力がどのような部隊なのか、何を得意としているのかを探ってくれ。他にも指揮官の人となりも分かるとありがたい」

「承りました」

 ラントはその報告を聞き、瞑想するように考え込む。

(今のところ順調だ。二十五万人いようが、神聖ロセス王国と同じような軍隊なら問題はない。ギリー連合王国の騎兵とグラッサ王国の魔法兵団の情報はある程度あるが、確認は必要だな……)

 そう考え、参謀であるウイリアム・アデルフィに確認する。

「ギリー連合王国の騎兵の特徴は分かるか?」

「ギリー連合王国の騎兵はロングモーン騎兵が有名です。魔法も使え、ロセスの聖騎士パラディンの軽装騎兵版と考えたらよいのではないかと。但し、数が圧倒的に違います。聖騎士は千名程度ですが、ロングモーン騎兵は五万とも六万とも言われております」

「精鋭が六万か。額面通りなら結構厄介だが……」とラントが呟く。

「数百年前のことだが、確かに騎兵は多かったな。だが、大したことはなかったぞ」

 アルビンがそう言って鼻で笑った。

「歴史書には約八百年前のブラックラ帝の時代に、ギリー連合王国は大きく力を落としたとあります。恐らく神龍王様の記憶はその時の物でしょう。ですが、人族にとっては遥か昔のこと。同じと考えるのはいささか危険かと」

 アデルフィはアルビンの嘲笑に怯むことなく、淡々と指摘する。

「俺たちが負けるというのか?」とアルビンが凄む。

「負けるとは思っておりません。ですが、今回指揮を執るのは第五王子であるケアン王子と思われます。彼は果敢な性格で、彼の国では英雄と呼ばれております。騎兵の特性をよく理解し、無策で挑んでくることはないでしょう。油断なされない方がよろしいかと」

「たかが騎兵であろう。天空を駆ける我らの敵ではないわ」

 そのアルビンの言葉にアデルフィは反論することなく、ラントを見た。
 ラントもアデルフィの懸念を理解しており、引き締めに掛かる。

「私も我が軍が敗れるとは思っていない。だが、アデルフィの言にも聞くところがある。特に敵の指揮官の性格を知ることは無駄な損害を出さないために重要だ」

 アルビンもラントの言いたいことを理解し、それ以上侮るような言葉は発しなかった。
 ラントはそれに満足すると、話題を変える。

「グラッサ王国で注意すべき部隊は?」

 その問いにもアデルフィが流れるように答えていく。

「魔法兵団に尽きます。あの国はエルフが多く、優秀な魔法兵が多くおります。優秀と申しましても帝国の魔術師ほどではありませんが、ロセスの聖職者たちとは比較になりません。その魔法兵団は約二万と公表されておりますが、実際には一万五千程度ではないかと。恐らくそのうちの一万ほどが派遣されると思われます」

「魔法兵が一万か……指揮官は確かモートラックと言ったな」

「その通りです。ジョナサン・モートラック団長はエルフ族で既に五十年以上にわたり、グラッサ王国の魔法兵団を指揮しております。ロセスとは離れており、面識はありませんが、沈着冷静な性格で、軍略も得意だと聞いております」

 そこでアギーが話に加わってきた。

「グラッサ王国の魔法兵団には古代文明のアーティファクトがございます。一つには魔力を使った遠距離兵器で、半マイル(約八百メートル)ほどの射程を持ち、巨人族にダメージを与えられるものでした。ブラックラ帝の御代に一度見たことがございます」

「魔導王はそのアーティファクトについて、どの程度知っているかな?」

 魔道具の専門家、魔導王オードにラントは話を振った。

「簡単に言えば、魔導の力によって発射する弩砲バリスタである。通常のバリスタに比べ、速射性が高いこと、射程及び威力が大きいこと、命中精度が高いことが特徴となる。以前はこの魔導式バリスタが二十基程度あったと記憶している」

「速射性はどの程度なのだろうか?」

「正確な数字は把握しておらぬが、おおよそ十秒に一回程度であったと記憶している」

「二十基だとすると、一分間に百二十発か……射程が八百メートルだとすると、結構厄介だが……何基持ち込まれるかが問題だな。天魔女王、最優先で調べてくれ」

「承りました。目立つものですし、移動を開始すればすぐに判明すると思いますわ」

「グラッサ王国にはもう一つアーティファクトがあったと記憶している」とオードがぼそりと言った。

「もう一つとは?」

「人族の呼び方は知らぬが、我らは“可搬型結界”と呼んでいたものである」

「可搬型結界? 移動式のバリアみたいなものか。どの程度の能力を持っているのだろうか?」

「直径百ヤード(約九十メートル)ほどで、強度はアークデーモンやリッチクラスの魔法に対し防護が可能という程度。但し、多重展開が可能であり、ごく狭い範囲であれば、神龍王殿のブレスですら防ぎ切っている。そうであったな、神龍王殿」

 その問いにアルビンは顔を歪める。

「その通りだ。俺の全力のブレスを防いだことがある。あの時はブラックラ帝が力技で破壊しているがな」

「つまり、その可搬型結界の発生装置は破壊されたということなのか?」

 ラントが質問するとアギーが答える。

「確認はできておりませんが、ほぼすべて破壊したはずです。但し、既に五百年以上前の話ですので、現在どの程度の数になっているかは不明でございます」

「これも調査が必要だな。グラッサ王国にアーティファクトがあるのは古代文明の遺跡があるからと聞いたが、詳細は分からないのか?」

 その言葉にアギーが申し訳なさそうに答える。

「今までは調査したことがございませんでした。陛下のご命令によって七月頃から調査を始めましたが、グラッサ王国のガードが思ったより硬く、場所の特定がようやくできたところでございます。申し訳ございません」

「いや、それは構わない。ただ、今回の戦いに何がどの程度用意されているのか、特に全く知らない物が出てくるのか、その辺りを早急に調べてくれ」

「承りました。我が名に賭けて、不意打ちを受けないよう、必ず暴き出してみせますわ」

 アギーが気合を入れて答えた。

「十二月には敵が集結するだろう。それに合わせてカダム連合北部の偵察を強化する。更にノースロセス城に駐留する駆逐兵団と轟雷兵団を増強する。敵の数がどの程度になるかは分からないが、我が軍の敵ではない! 皆の奮闘に期待する!」

 ラントがそう言って締めると、全員が「「御意!」」と応えた。
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