魔帝戦記

愛山雄町

文字の大きさ
上 下
101 / 134
第三章「聖都攻略編」

第二十八話「聖都掌握:その一」

しおりを挟む
 六月五日の午後。
 ラントの下に次々と情報が入ってきていた。
 彼はカダム連合軍の降伏後、開かれた城門から多くの斥候を密かに放っていたのだ。

「大聖堂では聖王の不在で混乱に陥っております。枢機卿や大司教たちは次の指導者になることを躊躇い、何も決められずにおります」

「聖騎士隊は騎士団本部に篭っておりましたが、降伏することを決めたようです」

 その後、聖堂騎士団の連隊長、ディーン・ストーン伯爵が勇者バーンに殺害されたという情報が入ってきた。

 持ってきたのは諜報官、天魔女王アギーの部下のデーモンロードで、市民に紛れて聖騎士を見張っていた者だった。
 デーモンロードは慌てた様子で片膝を突くと、すぐに報告を始める。

「新たに勇者となったバーンなる者が聖堂騎士団の責任者、聖騎士であるストーン伯爵を殺害しました!」

「勇者が聖騎士を殺した? どういうことなのだ?」

「勇者は陛下を暗殺するために聖騎士隊に協力を求めましたが、ストーン伯がそれを拒否いたしました。それに逆上し、斬り殺したとのことです」

「陛下を暗殺するだと!」と一緒に報告を聞いていた鬼神王ゴインが咆える。

 アギーも美しい眉を吊り上げて怒りを見せる。

「その愚か者は処分しなくてはなりませんわ」

 他にも巨神王タレットやラントの側近たちも怒りを見せていた。
 そんな中、ラントだけは冷静に状況を確認していく。

「勇者はどうなった? 聖騎士たちの様子は?」

「勇者は聖騎士五名を更に斬り殺し、その混乱を突いて逃亡しました。現在、シャドウアサシンが尾行しております。聖騎士は混乱しておりましたが、クラガン司教なる人物が現れ、落ち着きを取り戻しております」

「よろしい。尾行の件はよくやった。勇者の位置は常に把握しておいてくれ。これは最優先事項だ」

 デーモンロードは大きく頭を下げると、命令を実行するため、下がっていく。

「勇者をどうするおつもりか」とタレットが重々しく聞いた。

「当面は泳がせておく。逆上して味方を殺すような愚かな者なら、生かしておいた方が役に立つからな」

「なるほど」

 その後、更に情報が集まってきた。

「聖王の後任者が決まったようです。司教であるクラガンが大聖堂で宣言いたしました」

 予想外の展開にラントは僅かに戸惑う。

「聖者クラガンか……民衆の反応はどうだ?」

「非常に好意的な印象でございました」

 ラントは一瞬表情を曇らせるが、すぐに次の命令を発した。

「なるほど……引き続き、クラガン司教と大聖堂の様子を探ってくれ」

 彼の表情が曇ったことに気づいたアギーがそのことを口にする。

「何かご懸念がございましたか? 一瞬表情が曇ったように感じられましたが」

「無能な枢機卿が指導者になってくれれば、トファース教の権威を落とせると思ったんだが、聖者と呼ばれる人物では逆に王国民の忠誠心が高まる可能性がある。戦略の見直しが必要になると思っただけだ」

 ラントは聖王をあえて逃がして権威を失墜させ、更に無能かつ強欲な人物が聖王の代理となることで混乱を助長させ、それをもってトファース教団を潰せると考えていた。

 しかし、市民の信頼が篤く、清廉な人物であるクラガンが指導者となったことから、トファース教に対するネガティブキャンペーンが行いにくくなった。

「暗殺いたしますか?」とアギーが冷たい声で確認する。

「いや、それはしない」とラントはきっぱりと否定した。

「なぜでしょうか? 障害となる者は取り除くべきだと思いますが?」

「万が一、そのことが発覚した場合、民衆の反発は大きなものになる。元々聖者と名高い人物が殉教者となれば、我が帝国への反抗の心の拠り所になってしまう。それならば、聖者の名声を利用する方がよほどいい」

「聖者の名声を利用でございますか? 具体的にはどのようなことをお考えなのでしょうか?」

「まだ私の中でも完全には固まっていないんだが、クラガンと協力体制を築き、緩やかに教団の改革を行ってはどうかと思っている」

「まどろっこしいな」とゴインが言うと、アギーが「陛下のお考えに不満があるのかしら」と言って睨む。

「前の話じゃ、サクッと教団を潰すみたいな感じだったからな。面倒だと思っただけだ。陛下に不満があるわけじゃない」

 ゴインが言い訳すると、ラントは笑顔で「気にするな」と言い、全員に向かって話していく。

「状況は刻一刻と変わる。大筋の方針は変えないが、細かな部分は都度変更しなくてはいけない。そのことを忘れないようにしてくれ。そうしないと最初の方針に引きずられて失敗することになるからな」

 ゴインを始め、全員がそれに頷く。

 それから二時間ほど経った午後五時頃、クラガンがラントに謁見を申し込み、すぐにそれは叶った。
 ラントは護衛の他に、ゴイン、タレット、アギーの三人もその場に同席させる。

「初めて御意を得ます。トファース教の司教、クラガンと申します。神聖ロセス王国の代表者としてまかり越しました」

 クラガンは三十代半ばで、質素な法衣を身に纏い、装飾品の類はほとんどなく、唯一トファース教の象徴である剣のような細いひし形で作られた十字架のペンダントを身に着けているだけだ。

(思ったより若いな。だが聖者と呼ばれるだけあって、威厳は充分にある。それに質素で、噂で聞くトファース教の聖職者とは大違いだ……)

 ラントは好意的な印象を持ったが、そのことは顔に出さずに名乗る。

「グラント帝国第九代魔帝、ラントだ。一つ尋ねたいが、トファース教には聖王の下に枢機卿と大司教という職位があったはずだ。その下の司教が代表者というのはどういうことなのだ?」

 ラントは知っているが、あえてクラガンの口から説明させることにした。事実と異なる説明をするかで、自分たちに対する誠実度を見ようとしたのだ。

「それにつきましては、飢餓に苦しむ民たちのため、早急に交渉に移るべく、民たちの状況に詳しい私が自ら名乗りを上げ、聖都にいるすべての枢機卿及び大司教も認めております。また、聖堂騎士団も私の指揮下に入ることに同意しておりますので、問題はございません」

 事実通りの説明にラントは内心で感心しているが、更に突っ込むことにした。

「教団についてはそれでもよいが、神聖ロセス王国としてはどうなのだ? 正規の手続きに則らない人物では交渉相手にもならんが」

 痛いところを突かれたのか、クラガンは一瞬顔を歪めるが、すぐに元の真面目な表情に戻す。

「我が国ではトファース教団の代表者が国の代表となることが不文律ではありますが、定まっております。故に教団の代表者である私が王国を代表して交渉することに何ら問題はございません」

「そういうことであれば認めよう。下々のことなど気にせぬ枢機卿が代表として来られてもこちらの方が面倒になるだけだからな」

 ラントはそう言って微笑むが、すぐに次の言葉を発した。

「では最初に告げておく。神聖ロセス王国は我がグラント帝国に無条件降伏した。その認識で間違いないな」

 いきなり直球を投げ込まれ、クラガンはたじろぐが、真っ直ぐにラントを見つめて頷く。

「そのご認識で問題ございません。我が国は陛下のお慈悲に縋るのみでございます」

「ではこの時点で、貴国は我が管理下に入った。王国及び教団の資産、資料についてはすべて我が国が管理する。我が国に許可なく、それらを持ち出した者は厳しく罰するので、その旨を周知徹底してくれたまえ」

「承りました」

「王国軍も同様だ。我が軍の指揮下に入る。私の命令に逆らう者は軍規に従い処罰する。市民たちも同様だ。私に逆らい騒動を起こすような者は厳しく罰する」

「心得ました」と神妙な顔でクラガンは答えた。

 ここまではクラガンの予想通りであったが、次の話に驚く。

「言っておくが、トファース教の教えを禁じるつもりはない。だから、神に祈りを捧げたからといって、私に逆らったことにはならない。その点は安心してほしい」

 クラガンは目を見開いて一瞬答えるのが遅れた。
 無条件降伏した以上、帝国との戦争の最大の理由であるトファース教を禁じると思っていたためだ。また、ラントがトファース教について調べていることも驚きの理由だった。

「もちろん、神敵である魔帝を倒すと公言する者は別だが。もっとも私の記憶では無条件に魔帝を倒せという教義ではなかったはずだ」

「陛下のおっしゃる通り、聖典には“神は暴虐なる魔帝を討つため、勇者を遣わした”という記載はございますが、積極的に戦争を仕掛けろとは書かれておりません。世界の平和のために尽くせというのが、我が神の命じられたことでございます」

「ならば、その通りにしてくれればいい。私が鮮血帝や嗜虐帝のように暴君となったのなら遠慮はいらない。だが、今のところ、貴国の聖王殿よりマシな政策を行っていると思っている」

 その言葉にラントの周囲から失笑が漏れるが、クラガンは答えられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

メイド侯爵令嬢

みこと
ファンタジー
侯爵令嬢であるローズ・シュナイダーには前世の記憶がある。 伝説のスーパーメイド、キャロル・ヴァネッサである。 そう、彼女は転生者なのである。 侯爵令嬢である彼女がなりたいもの。 もちろん「メイド」である。 しかし、侯爵令嬢というのは身分的にメイドというにはいささか高すぎる。 ローズはメイドを続けられるのか? その頃、周辺諸国では不穏な動きが...

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界で貧乏神を守護神に選ぶのは間違っているのだろうか?

石のやっさん
ファンタジー
異世界への転移、僕にはもう祝福を受けた女神様が居ます! 主人公の黒木翼はクラスでは浮いた存在だった。 黒木はある理由から人との関りを最小限に押さえ生活していた。 そんなある日の事、クラス全員が異世界召喚に巻き込まれる。 全員が女神からジョブやチートを貰うなか、黒木はあえて断り、何も貰わずに異世界に行く事にした。 その理由は、彼にはもう『貧乏神』の守護神が居たからだ。 この物語は、貧乏神に恋する少年と少年を愛する貧乏神が異世界で暮す物語。 貧乏神の解釈が独自解釈ですので、その辺りはお許し下さい。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

処理中です...