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第三章「聖都攻略編」
第二十八話「聖都掌握:その一」
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六月五日の午後。
ラントの下に次々と情報が入ってきていた。
彼はカダム連合軍の降伏後、開かれた城門から多くの斥候を密かに放っていたのだ。
「大聖堂では聖王の不在で混乱に陥っております。枢機卿や大司教たちは次の指導者になることを躊躇い、何も決められずにおります」
「聖騎士隊は騎士団本部に篭っておりましたが、降伏することを決めたようです」
その後、聖堂騎士団の連隊長、ディーン・ストーン伯爵が勇者バーンに殺害されたという情報が入ってきた。
持ってきたのは諜報官、天魔女王アギーの部下のデーモンロードで、市民に紛れて聖騎士を見張っていた者だった。
デーモンロードは慌てた様子で片膝を突くと、すぐに報告を始める。
「新たに勇者となったバーンなる者が聖堂騎士団の責任者、聖騎士であるストーン伯爵を殺害しました!」
「勇者が聖騎士を殺した? どういうことなのだ?」
「勇者は陛下を暗殺するために聖騎士隊に協力を求めましたが、ストーン伯がそれを拒否いたしました。それに逆上し、斬り殺したとのことです」
「陛下を暗殺するだと!」と一緒に報告を聞いていた鬼神王ゴインが咆える。
アギーも美しい眉を吊り上げて怒りを見せる。
「その愚か者は処分しなくてはなりませんわ」
他にも巨神王タレットやラントの側近たちも怒りを見せていた。
そんな中、ラントだけは冷静に状況を確認していく。
「勇者はどうなった? 聖騎士たちの様子は?」
「勇者は聖騎士五名を更に斬り殺し、その混乱を突いて逃亡しました。現在、シャドウアサシンが尾行しております。聖騎士は混乱しておりましたが、クラガン司教なる人物が現れ、落ち着きを取り戻しております」
「よろしい。尾行の件はよくやった。勇者の位置は常に把握しておいてくれ。これは最優先事項だ」
デーモンロードは大きく頭を下げると、命令を実行するため、下がっていく。
「勇者をどうするおつもりか」とタレットが重々しく聞いた。
「当面は泳がせておく。逆上して味方を殺すような愚かな者なら、生かしておいた方が役に立つからな」
「なるほど」
その後、更に情報が集まってきた。
「聖王の後任者が決まったようです。司教であるクラガンが大聖堂で宣言いたしました」
予想外の展開にラントは僅かに戸惑う。
「聖者クラガンか……民衆の反応はどうだ?」
「非常に好意的な印象でございました」
ラントは一瞬表情を曇らせるが、すぐに次の命令を発した。
「なるほど……引き続き、クラガン司教と大聖堂の様子を探ってくれ」
彼の表情が曇ったことに気づいたアギーがそのことを口にする。
「何かご懸念がございましたか? 一瞬表情が曇ったように感じられましたが」
「無能な枢機卿が指導者になってくれれば、トファース教の権威を落とせると思ったんだが、聖者と呼ばれる人物では逆に王国民の忠誠心が高まる可能性がある。戦略の見直しが必要になると思っただけだ」
ラントは聖王をあえて逃がして権威を失墜させ、更に無能かつ強欲な人物が聖王の代理となることで混乱を助長させ、それをもってトファース教団を潰せると考えていた。
しかし、市民の信頼が篤く、清廉な人物であるクラガンが指導者となったことから、トファース教に対するネガティブキャンペーンが行いにくくなった。
「暗殺いたしますか?」とアギーが冷たい声で確認する。
「いや、それはしない」とラントはきっぱりと否定した。
「なぜでしょうか? 障害となる者は取り除くべきだと思いますが?」
「万が一、そのことが発覚した場合、民衆の反発は大きなものになる。元々聖者と名高い人物が殉教者となれば、我が帝国への反抗の心の拠り所になってしまう。それならば、聖者の名声を利用する方がよほどいい」
「聖者の名声を利用でございますか? 具体的にはどのようなことをお考えなのでしょうか?」
「まだ私の中でも完全には固まっていないんだが、クラガンと協力体制を築き、緩やかに教団の改革を行ってはどうかと思っている」
「まどろっこしいな」とゴインが言うと、アギーが「陛下のお考えに不満があるのかしら」と言って睨む。
「前の話じゃ、サクッと教団を潰すみたいな感じだったからな。面倒だと思っただけだ。陛下に不満があるわけじゃない」
ゴインが言い訳すると、ラントは笑顔で「気にするな」と言い、全員に向かって話していく。
「状況は刻一刻と変わる。大筋の方針は変えないが、細かな部分は都度変更しなくてはいけない。そのことを忘れないようにしてくれ。そうしないと最初の方針に引きずられて失敗することになるからな」
ゴインを始め、全員がそれに頷く。
それから二時間ほど経った午後五時頃、クラガンがラントに謁見を申し込み、すぐにそれは叶った。
ラントは護衛の他に、ゴイン、タレット、アギーの三人もその場に同席させる。
「初めて御意を得ます。トファース教の司教、クラガンと申します。神聖ロセス王国の代表者としてまかり越しました」
クラガンは三十代半ばで、質素な法衣を身に纏い、装飾品の類はほとんどなく、唯一トファース教の象徴である剣のような細いひし形で作られた十字架のペンダントを身に着けているだけだ。
(思ったより若いな。だが聖者と呼ばれるだけあって、威厳は充分にある。それに質素で、噂で聞くトファース教の聖職者とは大違いだ……)
ラントは好意的な印象を持ったが、そのことは顔に出さずに名乗る。
「グラント帝国第九代魔帝、ラントだ。一つ尋ねたいが、トファース教には聖王の下に枢機卿と大司教という職位があったはずだ。その下の司教が代表者というのはどういうことなのだ?」
ラントは知っているが、あえてクラガンの口から説明させることにした。事実と異なる説明をするかで、自分たちに対する誠実度を見ようとしたのだ。
「それにつきましては、飢餓に苦しむ民たちのため、早急に交渉に移るべく、民たちの状況に詳しい私が自ら名乗りを上げ、聖都にいるすべての枢機卿及び大司教も認めております。また、聖堂騎士団も私の指揮下に入ることに同意しておりますので、問題はございません」
事実通りの説明にラントは内心で感心しているが、更に突っ込むことにした。
「教団についてはそれでもよいが、神聖ロセス王国としてはどうなのだ? 正規の手続きに則らない人物では交渉相手にもならんが」
痛いところを突かれたのか、クラガンは一瞬顔を歪めるが、すぐに元の真面目な表情に戻す。
「我が国ではトファース教団の代表者が国の代表となることが不文律ではありますが、定まっております。故に教団の代表者である私が王国を代表して交渉することに何ら問題はございません」
「そういうことであれば認めよう。下々のことなど気にせぬ枢機卿が代表として来られてもこちらの方が面倒になるだけだからな」
ラントはそう言って微笑むが、すぐに次の言葉を発した。
「では最初に告げておく。神聖ロセス王国は我がグラント帝国に無条件降伏した。その認識で間違いないな」
いきなり直球を投げ込まれ、クラガンはたじろぐが、真っ直ぐにラントを見つめて頷く。
「そのご認識で問題ございません。我が国は陛下のお慈悲に縋るのみでございます」
「ではこの時点で、貴国は我が管理下に入った。王国及び教団の資産、資料についてはすべて我が国が管理する。我が国に許可なく、それらを持ち出した者は厳しく罰するので、その旨を周知徹底してくれたまえ」
「承りました」
「王国軍も同様だ。我が軍の指揮下に入る。私の命令に逆らう者は軍規に従い処罰する。市民たちも同様だ。私に逆らい騒動を起こすような者は厳しく罰する」
「心得ました」と神妙な顔でクラガンは答えた。
ここまではクラガンの予想通りであったが、次の話に驚く。
「言っておくが、トファース教の教えを禁じるつもりはない。だから、神に祈りを捧げたからといって、私に逆らったことにはならない。その点は安心してほしい」
クラガンは目を見開いて一瞬答えるのが遅れた。
無条件降伏した以上、帝国との戦争の最大の理由であるトファース教を禁じると思っていたためだ。また、ラントがトファース教について調べていることも驚きの理由だった。
「もちろん、神敵である魔帝を倒すと公言する者は別だが。もっとも私の記憶では無条件に魔帝を倒せという教義ではなかったはずだ」
「陛下のおっしゃる通り、聖典には“神は暴虐なる魔帝を討つため、勇者を遣わした”という記載はございますが、積極的に戦争を仕掛けろとは書かれておりません。世界の平和のために尽くせというのが、我が神の命じられたことでございます」
「ならば、その通りにしてくれればいい。私が鮮血帝や嗜虐帝のように暴君となったのなら遠慮はいらない。だが、今のところ、貴国の聖王殿よりマシな政策を行っていると思っている」
その言葉にラントの周囲から失笑が漏れるが、クラガンは答えられなかった。
ラントの下に次々と情報が入ってきていた。
彼はカダム連合軍の降伏後、開かれた城門から多くの斥候を密かに放っていたのだ。
「大聖堂では聖王の不在で混乱に陥っております。枢機卿や大司教たちは次の指導者になることを躊躇い、何も決められずにおります」
「聖騎士隊は騎士団本部に篭っておりましたが、降伏することを決めたようです」
その後、聖堂騎士団の連隊長、ディーン・ストーン伯爵が勇者バーンに殺害されたという情報が入ってきた。
持ってきたのは諜報官、天魔女王アギーの部下のデーモンロードで、市民に紛れて聖騎士を見張っていた者だった。
デーモンロードは慌てた様子で片膝を突くと、すぐに報告を始める。
「新たに勇者となったバーンなる者が聖堂騎士団の責任者、聖騎士であるストーン伯爵を殺害しました!」
「勇者が聖騎士を殺した? どういうことなのだ?」
「勇者は陛下を暗殺するために聖騎士隊に協力を求めましたが、ストーン伯がそれを拒否いたしました。それに逆上し、斬り殺したとのことです」
「陛下を暗殺するだと!」と一緒に報告を聞いていた鬼神王ゴインが咆える。
アギーも美しい眉を吊り上げて怒りを見せる。
「その愚か者は処分しなくてはなりませんわ」
他にも巨神王タレットやラントの側近たちも怒りを見せていた。
そんな中、ラントだけは冷静に状況を確認していく。
「勇者はどうなった? 聖騎士たちの様子は?」
「勇者は聖騎士五名を更に斬り殺し、その混乱を突いて逃亡しました。現在、シャドウアサシンが尾行しております。聖騎士は混乱しておりましたが、クラガン司教なる人物が現れ、落ち着きを取り戻しております」
「よろしい。尾行の件はよくやった。勇者の位置は常に把握しておいてくれ。これは最優先事項だ」
デーモンロードは大きく頭を下げると、命令を実行するため、下がっていく。
「勇者をどうするおつもりか」とタレットが重々しく聞いた。
「当面は泳がせておく。逆上して味方を殺すような愚かな者なら、生かしておいた方が役に立つからな」
「なるほど」
その後、更に情報が集まってきた。
「聖王の後任者が決まったようです。司教であるクラガンが大聖堂で宣言いたしました」
予想外の展開にラントは僅かに戸惑う。
「聖者クラガンか……民衆の反応はどうだ?」
「非常に好意的な印象でございました」
ラントは一瞬表情を曇らせるが、すぐに次の命令を発した。
「なるほど……引き続き、クラガン司教と大聖堂の様子を探ってくれ」
彼の表情が曇ったことに気づいたアギーがそのことを口にする。
「何かご懸念がございましたか? 一瞬表情が曇ったように感じられましたが」
「無能な枢機卿が指導者になってくれれば、トファース教の権威を落とせると思ったんだが、聖者と呼ばれる人物では逆に王国民の忠誠心が高まる可能性がある。戦略の見直しが必要になると思っただけだ」
ラントは聖王をあえて逃がして権威を失墜させ、更に無能かつ強欲な人物が聖王の代理となることで混乱を助長させ、それをもってトファース教団を潰せると考えていた。
しかし、市民の信頼が篤く、清廉な人物であるクラガンが指導者となったことから、トファース教に対するネガティブキャンペーンが行いにくくなった。
「暗殺いたしますか?」とアギーが冷たい声で確認する。
「いや、それはしない」とラントはきっぱりと否定した。
「なぜでしょうか? 障害となる者は取り除くべきだと思いますが?」
「万が一、そのことが発覚した場合、民衆の反発は大きなものになる。元々聖者と名高い人物が殉教者となれば、我が帝国への反抗の心の拠り所になってしまう。それならば、聖者の名声を利用する方がよほどいい」
「聖者の名声を利用でございますか? 具体的にはどのようなことをお考えなのでしょうか?」
「まだ私の中でも完全には固まっていないんだが、クラガンと協力体制を築き、緩やかに教団の改革を行ってはどうかと思っている」
「まどろっこしいな」とゴインが言うと、アギーが「陛下のお考えに不満があるのかしら」と言って睨む。
「前の話じゃ、サクッと教団を潰すみたいな感じだったからな。面倒だと思っただけだ。陛下に不満があるわけじゃない」
ゴインが言い訳すると、ラントは笑顔で「気にするな」と言い、全員に向かって話していく。
「状況は刻一刻と変わる。大筋の方針は変えないが、細かな部分は都度変更しなくてはいけない。そのことを忘れないようにしてくれ。そうしないと最初の方針に引きずられて失敗することになるからな」
ゴインを始め、全員がそれに頷く。
それから二時間ほど経った午後五時頃、クラガンがラントに謁見を申し込み、すぐにそれは叶った。
ラントは護衛の他に、ゴイン、タレット、アギーの三人もその場に同席させる。
「初めて御意を得ます。トファース教の司教、クラガンと申します。神聖ロセス王国の代表者としてまかり越しました」
クラガンは三十代半ばで、質素な法衣を身に纏い、装飾品の類はほとんどなく、唯一トファース教の象徴である剣のような細いひし形で作られた十字架のペンダントを身に着けているだけだ。
(思ったより若いな。だが聖者と呼ばれるだけあって、威厳は充分にある。それに質素で、噂で聞くトファース教の聖職者とは大違いだ……)
ラントは好意的な印象を持ったが、そのことは顔に出さずに名乗る。
「グラント帝国第九代魔帝、ラントだ。一つ尋ねたいが、トファース教には聖王の下に枢機卿と大司教という職位があったはずだ。その下の司教が代表者というのはどういうことなのだ?」
ラントは知っているが、あえてクラガンの口から説明させることにした。事実と異なる説明をするかで、自分たちに対する誠実度を見ようとしたのだ。
「それにつきましては、飢餓に苦しむ民たちのため、早急に交渉に移るべく、民たちの状況に詳しい私が自ら名乗りを上げ、聖都にいるすべての枢機卿及び大司教も認めております。また、聖堂騎士団も私の指揮下に入ることに同意しておりますので、問題はございません」
事実通りの説明にラントは内心で感心しているが、更に突っ込むことにした。
「教団についてはそれでもよいが、神聖ロセス王国としてはどうなのだ? 正規の手続きに則らない人物では交渉相手にもならんが」
痛いところを突かれたのか、クラガンは一瞬顔を歪めるが、すぐに元の真面目な表情に戻す。
「我が国ではトファース教団の代表者が国の代表となることが不文律ではありますが、定まっております。故に教団の代表者である私が王国を代表して交渉することに何ら問題はございません」
「そういうことであれば認めよう。下々のことなど気にせぬ枢機卿が代表として来られてもこちらの方が面倒になるだけだからな」
ラントはそう言って微笑むが、すぐに次の言葉を発した。
「では最初に告げておく。神聖ロセス王国は我がグラント帝国に無条件降伏した。その認識で間違いないな」
いきなり直球を投げ込まれ、クラガンはたじろぐが、真っ直ぐにラントを見つめて頷く。
「そのご認識で問題ございません。我が国は陛下のお慈悲に縋るのみでございます」
「ではこの時点で、貴国は我が管理下に入った。王国及び教団の資産、資料についてはすべて我が国が管理する。我が国に許可なく、それらを持ち出した者は厳しく罰するので、その旨を周知徹底してくれたまえ」
「承りました」
「王国軍も同様だ。我が軍の指揮下に入る。私の命令に逆らう者は軍規に従い処罰する。市民たちも同様だ。私に逆らい騒動を起こすような者は厳しく罰する」
「心得ました」と神妙な顔でクラガンは答えた。
ここまではクラガンの予想通りであったが、次の話に驚く。
「言っておくが、トファース教の教えを禁じるつもりはない。だから、神に祈りを捧げたからといって、私に逆らったことにはならない。その点は安心してほしい」
クラガンは目を見開いて一瞬答えるのが遅れた。
無条件降伏した以上、帝国との戦争の最大の理由であるトファース教を禁じると思っていたためだ。また、ラントがトファース教について調べていることも驚きの理由だった。
「もちろん、神敵である魔帝を倒すと公言する者は別だが。もっとも私の記憶では無条件に魔帝を倒せという教義ではなかったはずだ」
「陛下のおっしゃる通り、聖典には“神は暴虐なる魔帝を討つため、勇者を遣わした”という記載はございますが、積極的に戦争を仕掛けろとは書かれておりません。世界の平和のために尽くせというのが、我が神の命じられたことでございます」
「ならば、その通りにしてくれればいい。私が鮮血帝や嗜虐帝のように暴君となったのなら遠慮はいらない。だが、今のところ、貴国の聖王殿よりマシな政策を行っていると思っている」
その言葉にラントの周囲から失笑が漏れるが、クラガンは答えられなかった。
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