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第三章「聖都攻略編」
第二十七話「聖都陥落:後篇」
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六月五日の正午前。
聖堂騎士団の本部では聖騎士たちが今後の方針について話し合っていた。
「戦っても勝てる見込みはない。降伏するしかあるまい」
「降伏したとしても処刑されるだけだ。それならば、敵わずとも一戦交える方がよい」
「それでは無駄死にだ。陛下と同じように捲土重来を期して脱出すべきだ」
「どうやってあの巨人やオーガたちの包囲を突破するつもりなのだ? できるなら既にやっているのではないか?」
喧々囂々としているだけで結論は出ない。
そんな中、第一連隊長であるディーン・ストーン伯爵はその様子を遠目に見ていた。
(議論も何もないではないか。こうなっては降伏するしかあるまいに……あとはどうやって処刑されずに生き残るかを考えるべきであろう……)
騎士団長、副団長がいない現在、第一連隊長は聖堂騎士団の最高位である。三十代後半のストーンも将来は騎士団長に就任したいと思っていたが、この状況で騎士団の最上位者と言われても意味がないと考え、積極的に前には出ていない。
「ストーン伯のお考えをお聞かせいただきたい」
若い聖騎士がストーンに話を振ってきた。
「今は雌伏の時であろうな。打って出ても脱出を図っても無駄死にするだけだ」
「では、第一連隊長殿は魔族に降るとおっしゃるのか! 聖騎士としての矜持はどうされたのか!」
ベテランの大隊長がそう言って噛みつく。
「恥を忍んで生き延びる。そして、来たるべき反攻作戦の時にこの屈辱を晴らすしかあるまい」
「反攻作戦とは?」
「陛下も命が惜しくて脱出されたわけではあるまい。カダム連合かエルギン共和国辺りで各国の力を糾合し、ロセスの解放を目指されるはずだ。その時、精鋭である我らが一人でも多くそこに加わることが勝利につながるだろう」
「しかし、魔帝が我々を生かしておくでしょうか? それこそ無駄死にではありませんか?」
「どれほど屈辱的な扱いを受けようとも生き延びるために努力するのだ。これまで対応を見る限り、魔帝ラントは甘いところがある。特に武器を捨てた者に対しては。それにグラント帝国に対し、我らは何もしていない。処刑される理由はないということだ」
その言葉に聖騎士たちも降伏すべきという考えに傾いていった。
聖騎士たちは降伏を決め、聖堂騎士団本部を出たところで、勇者であるバーンが姿を見せる。
「聖騎士の皆様にお願いがあります」
そう言ってバーンは頭を下げた。
代表者となったストーンが対応する。
「どのようなことですかな、勇者殿」
「魔帝を討つため、共に戦ってほしいのです。僕はこれから市民に紛れて魔帝に奇襲を掛けようと思っています。皆様にはそのための混乱を作っていただきたいのです」
ストーンは驚きの声を上げる。
「混乱を作るとは攻撃を仕掛けろということですかな? 死にに行くようなものですぞ!」
「仕方がありません。魔帝を倒すのは勇者としての務めなのですから」
バーンは清々しい笑顔でそう言い切るが、ストーンには魔帝が倒せるとは到底思えなかった。
(この勇者の実力は今までの勇者と比べてもずいぶん低いと聞く。あのアデルフィが策を練り、勇者ユーリを使って奇襲を仕掛けたのに倒せなかった魔帝を、この若者が倒せるはずがない。そんな無謀な戦いに巻き込まれるのはごめんだ……)
そう考え、バーンに翻意を促す。
「魔帝ラントは強力なスキルを持つと聞いております。そのことはご存じか?」
「いえ……ですが、僕は勇者なのです。神の教えに従い、魔帝を倒さなくては……」
ストーンはバーンの言葉を「話になりませんな」と言って遮る。
「魔帝ラントは千里眼のスキルを持ち、更には勇者ユーリの渾身の一撃を防ぐ防御力を持っているそうです。そのような相手に無策で挑むのは自殺と変わりません。あなたは勇者として死ねて満足なのでしょうが、我らはそのような無謀な企てに付き合う気はありません」
「では、魔帝をどうやって倒すと言うんですか?」
「今は耐え忍ぶのみです。聖王陛下が人族の力を糾合し、魔帝と雌雄を決するその日まで」
「あなたは神に仕える聖騎士、人族を守る盾ではないのですか! 魔帝が虐殺を始めたらどうするんですか!」
感情的に喚くバーンにストーンはウンザリしていた。
「では勇者殿にお尋ねする。勇者殿の奇襲に対し、魔帝が報復する可能性はないのですかな? 魔帝ラントは歯向かう者に容赦しないと聞きます。勇者殿の行いが虐殺の引き金となる可能性をどうお考えなのか」
「そんなことは関係ない! 魔帝は倒さなくてはいけないんだ! 神が僕たちを助けてくれるはずだ!」
癇癪を起こしているバーンをストーンは冷ややかな目で見つめる。
「魔帝を倒さなくてはならないという点は同意しますが、それは今ではない。神は奇跡を起こしてくださいますが、それは最大限の努力をした者にのみ与えられることです。トファースの教えにもありますが、ご存じないか?」
その問いにバーンは答えられない。
ストーンはこれで終わったと思い、バーンを放置して歩き始める。
その直後、「連隊長殿!」という声が響く。
ストーンはその声に振り返ろうとしたが、背中に強い衝撃と鋭い痛みを感じ、動きを止める。
「ゴホッ」という音と共に口から大量の血を吐き出す。
そこで血塗られた剣が胸当てを突き抜けていることに気づいた。
「な、何が……」と言って首を回す。
彼の後ろには聖剣を握ったバーンがいた。
「聖騎士でありながら魔帝に加担したんだ! 許すことなんてできない!」
そう叫ぶと、剣を引き抜く。
「お、愚かな……」
ストーンはそう言いながらゆっくりと倒れていった。
「閣下!」
部下の聖騎士が駆け寄り、治癒魔法を掛ける。しかし、明らかに致命傷であり、ストーンの目から光は消えていた。
「勇者を捕らえろ!」
聖騎士たちがバーンを取り囲む。
その頃には騎士団本部の前に人だかりができており、勇者が聖騎士を殺害したところを多くの市民が見ていた。
「聖騎士たちが裏切った! 魔帝に魂を売ったんだ!」
バーンはそう叫ぶと、聖剣キルベガンに魔力を込めていく。
聖剣キルベガンは魔力によって眩い光を帯び始めた。
「下がれ! 斬撃を放ってくるぞ!」
聖剣の力を知る聖騎士が叫ぶ。聖騎士たちも危険を感じ取っており、離れようとした。しかし、その判断は僅かに遅かった。
「裏切り者に死を!」とバーンは叫び、取り囲む聖騎士に向けて剣を振るう。
聖剣から真っ白な光の斬撃が飛び、五人の聖騎士が斬り裂かれた。
聖騎士たちは仲間であるはずの勇者が本気で攻撃してきたことに混乱する。
バーンはその混乱を突き、市民たちをかき分けるようにしてその場から逃げ出した。
残された聖騎士たちはバーンを追うべきか迷うが、下手に追って反撃を受けると考え、放置することに決めた。
しばらくすると、聖者と呼ばれるクラガン司教がその場に現れた。
「何が起きたのですか?」
見ていた市民が簡単に説明する。
「勇者候補のバーン様が聖騎士様に襲い掛かったんです。連隊長と呼ばれた聖騎士様と他にも五人くらいが斬られました」
この時、バーンは勇者として公表されておらず、市民の多くは勇者候補だと思っていた。
「バーン殿が聖騎士を……何があったのだ? 昨日の暴動鎮圧が原因か?」
クラガンは前日に起きた大聖堂前の虐殺事件に対し、バーンが報復したのではないかと考えたが、すぐに聖騎士によって否定される。
「勇者バーンは我々が魔族軍に降伏することを良しとせず、魔帝に襲い掛かる隙を作れと言って、ストーン連隊長殿に魔族軍に攻撃を掛けるよう訴えたのだ。連隊長殿がそれを断ったら逆恨みで攻撃してきたのだ。それも魔族に向けるべき聖剣を使って」
「何と愚かな……」
クラガンはバーンの愚かさに目眩を覚えた。
(ここで魔族軍を攻撃したら、市民たちの安全が脅かされると考えなかったのか? それとも陛下に置いていかれたことで自暴自棄になったのか? いずれにせよ、あの勇者を放置することは危険だ。既に多くの市民が町の外で魔族軍に投降しているのだから……)
クラガンは大聖堂に向かい、残っていた枢機卿や大司教たちに対処するよう訴える。
「このままでは勇者バーンが魔帝に攻撃を行ってしまいます。魔帝は攻撃してくる者には容赦しません。このままではこの町にいる者はすべて勇者の仲間と思われて殺されるかもしれません。早急に対応を!」
それに対し、枢機卿たちの反応は鈍かった。
「そうは言っても、陛下から正式に命じられておらぬのだ」
一人の枢機卿がそう答えると、クラガンは緊急事態に何を言っているのかと呆れる。
「今は緊急時です! 序列に従って指揮命令系統を構築し、指示を出してください!」
その言葉にも枢機卿たちは顔を見合わせるだけだった。
彼らは教団の上層部には裁きを受けさせるという脅しに怯えており、誰一人聖王の代わりを務めようと手を上げなかった。
(逃げ出した聖王陛下もそうだが、完全に腐っている……このような時に自らの命のことしか考えられぬとは……)
クラガンは埒が明かないと考え、枢機卿や大司教たちを前に宣言する。
「私が代表して魔帝と交渉いたします! 異議のある方は申し出てください!」
誰一人声を上げる者はおらず、クラガンはその場でもう一度声を張り上げた。
「では、これより魔帝の下に向かいます! 勇者バーンを見かけた場合は直ちに私に連絡していただきたい! 勇者バーンを庇う行動を取った場合、その者の聖職者としての地位を剥奪します!」
それだけ言うと、クラガンは大聖堂を出ていった。
そして、騎士団本部に再び向かうと、聖騎士たちに命令を出した。
「私クラガンは枢機卿猊下たちの承認を得て、教団の代表に一時的に就任しました。よって、聖堂騎士団も我が命に従っていただく。よろしいですな」
聖騎士たちはそれまで格下であったクラガンに命じられ、反発しそうになったが、魔帝の心証をよくするためには従う方がよいと考え、素直に頷く。
クラガンは聖騎士たちを掌握すると、大聖堂に戻った。
大聖堂の前には降伏の決断ができずにいる敬虔な信者たちが集まっていており、クラガンは聖王が使っていたバルコニーから彼らに向かって話し始めた。
「聖王陛下がご不在であり、私クラガンが教団及び神聖ロセス王国の一時的な代表となる! 皆も不安だろうが、私と心を一つにして、この危機を乗り切ってほしい!」
信者たちは聖者と名高いクラガンが指揮してくれると聞き、表情を明るくする。
「クラガン様なら安心だ。これで何とかなる」
「俺は聖者様に力を貸すぞ! どんなことだったやってみせる!」
「聖王様よりよっぽどいい。一時的なんて言わずにずっと指導者として導いてほしいものだ」
信者たちはそのようなことを口にする。彼らは虐殺を命じた聖王や権力争いに興じ、危機に際して何もできなかった上層部に強い不信感を抱いていたのだ。
聖王の逃亡で始まった混乱は、聖者クラガンの登場で収まりつつあった。
聖堂騎士団の本部では聖騎士たちが今後の方針について話し合っていた。
「戦っても勝てる見込みはない。降伏するしかあるまい」
「降伏したとしても処刑されるだけだ。それならば、敵わずとも一戦交える方がよい」
「それでは無駄死にだ。陛下と同じように捲土重来を期して脱出すべきだ」
「どうやってあの巨人やオーガたちの包囲を突破するつもりなのだ? できるなら既にやっているのではないか?」
喧々囂々としているだけで結論は出ない。
そんな中、第一連隊長であるディーン・ストーン伯爵はその様子を遠目に見ていた。
(議論も何もないではないか。こうなっては降伏するしかあるまいに……あとはどうやって処刑されずに生き残るかを考えるべきであろう……)
騎士団長、副団長がいない現在、第一連隊長は聖堂騎士団の最高位である。三十代後半のストーンも将来は騎士団長に就任したいと思っていたが、この状況で騎士団の最上位者と言われても意味がないと考え、積極的に前には出ていない。
「ストーン伯のお考えをお聞かせいただきたい」
若い聖騎士がストーンに話を振ってきた。
「今は雌伏の時であろうな。打って出ても脱出を図っても無駄死にするだけだ」
「では、第一連隊長殿は魔族に降るとおっしゃるのか! 聖騎士としての矜持はどうされたのか!」
ベテランの大隊長がそう言って噛みつく。
「恥を忍んで生き延びる。そして、来たるべき反攻作戦の時にこの屈辱を晴らすしかあるまい」
「反攻作戦とは?」
「陛下も命が惜しくて脱出されたわけではあるまい。カダム連合かエルギン共和国辺りで各国の力を糾合し、ロセスの解放を目指されるはずだ。その時、精鋭である我らが一人でも多くそこに加わることが勝利につながるだろう」
「しかし、魔帝が我々を生かしておくでしょうか? それこそ無駄死にではありませんか?」
「どれほど屈辱的な扱いを受けようとも生き延びるために努力するのだ。これまで対応を見る限り、魔帝ラントは甘いところがある。特に武器を捨てた者に対しては。それにグラント帝国に対し、我らは何もしていない。処刑される理由はないということだ」
その言葉に聖騎士たちも降伏すべきという考えに傾いていった。
聖騎士たちは降伏を決め、聖堂騎士団本部を出たところで、勇者であるバーンが姿を見せる。
「聖騎士の皆様にお願いがあります」
そう言ってバーンは頭を下げた。
代表者となったストーンが対応する。
「どのようなことですかな、勇者殿」
「魔帝を討つため、共に戦ってほしいのです。僕はこれから市民に紛れて魔帝に奇襲を掛けようと思っています。皆様にはそのための混乱を作っていただきたいのです」
ストーンは驚きの声を上げる。
「混乱を作るとは攻撃を仕掛けろということですかな? 死にに行くようなものですぞ!」
「仕方がありません。魔帝を倒すのは勇者としての務めなのですから」
バーンは清々しい笑顔でそう言い切るが、ストーンには魔帝が倒せるとは到底思えなかった。
(この勇者の実力は今までの勇者と比べてもずいぶん低いと聞く。あのアデルフィが策を練り、勇者ユーリを使って奇襲を仕掛けたのに倒せなかった魔帝を、この若者が倒せるはずがない。そんな無謀な戦いに巻き込まれるのはごめんだ……)
そう考え、バーンに翻意を促す。
「魔帝ラントは強力なスキルを持つと聞いております。そのことはご存じか?」
「いえ……ですが、僕は勇者なのです。神の教えに従い、魔帝を倒さなくては……」
ストーンはバーンの言葉を「話になりませんな」と言って遮る。
「魔帝ラントは千里眼のスキルを持ち、更には勇者ユーリの渾身の一撃を防ぐ防御力を持っているそうです。そのような相手に無策で挑むのは自殺と変わりません。あなたは勇者として死ねて満足なのでしょうが、我らはそのような無謀な企てに付き合う気はありません」
「では、魔帝をどうやって倒すと言うんですか?」
「今は耐え忍ぶのみです。聖王陛下が人族の力を糾合し、魔帝と雌雄を決するその日まで」
「あなたは神に仕える聖騎士、人族を守る盾ではないのですか! 魔帝が虐殺を始めたらどうするんですか!」
感情的に喚くバーンにストーンはウンザリしていた。
「では勇者殿にお尋ねする。勇者殿の奇襲に対し、魔帝が報復する可能性はないのですかな? 魔帝ラントは歯向かう者に容赦しないと聞きます。勇者殿の行いが虐殺の引き金となる可能性をどうお考えなのか」
「そんなことは関係ない! 魔帝は倒さなくてはいけないんだ! 神が僕たちを助けてくれるはずだ!」
癇癪を起こしているバーンをストーンは冷ややかな目で見つめる。
「魔帝を倒さなくてはならないという点は同意しますが、それは今ではない。神は奇跡を起こしてくださいますが、それは最大限の努力をした者にのみ与えられることです。トファースの教えにもありますが、ご存じないか?」
その問いにバーンは答えられない。
ストーンはこれで終わったと思い、バーンを放置して歩き始める。
その直後、「連隊長殿!」という声が響く。
ストーンはその声に振り返ろうとしたが、背中に強い衝撃と鋭い痛みを感じ、動きを止める。
「ゴホッ」という音と共に口から大量の血を吐き出す。
そこで血塗られた剣が胸当てを突き抜けていることに気づいた。
「な、何が……」と言って首を回す。
彼の後ろには聖剣を握ったバーンがいた。
「聖騎士でありながら魔帝に加担したんだ! 許すことなんてできない!」
そう叫ぶと、剣を引き抜く。
「お、愚かな……」
ストーンはそう言いながらゆっくりと倒れていった。
「閣下!」
部下の聖騎士が駆け寄り、治癒魔法を掛ける。しかし、明らかに致命傷であり、ストーンの目から光は消えていた。
「勇者を捕らえろ!」
聖騎士たちがバーンを取り囲む。
その頃には騎士団本部の前に人だかりができており、勇者が聖騎士を殺害したところを多くの市民が見ていた。
「聖騎士たちが裏切った! 魔帝に魂を売ったんだ!」
バーンはそう叫ぶと、聖剣キルベガンに魔力を込めていく。
聖剣キルベガンは魔力によって眩い光を帯び始めた。
「下がれ! 斬撃を放ってくるぞ!」
聖剣の力を知る聖騎士が叫ぶ。聖騎士たちも危険を感じ取っており、離れようとした。しかし、その判断は僅かに遅かった。
「裏切り者に死を!」とバーンは叫び、取り囲む聖騎士に向けて剣を振るう。
聖剣から真っ白な光の斬撃が飛び、五人の聖騎士が斬り裂かれた。
聖騎士たちは仲間であるはずの勇者が本気で攻撃してきたことに混乱する。
バーンはその混乱を突き、市民たちをかき分けるようにしてその場から逃げ出した。
残された聖騎士たちはバーンを追うべきか迷うが、下手に追って反撃を受けると考え、放置することに決めた。
しばらくすると、聖者と呼ばれるクラガン司教がその場に現れた。
「何が起きたのですか?」
見ていた市民が簡単に説明する。
「勇者候補のバーン様が聖騎士様に襲い掛かったんです。連隊長と呼ばれた聖騎士様と他にも五人くらいが斬られました」
この時、バーンは勇者として公表されておらず、市民の多くは勇者候補だと思っていた。
「バーン殿が聖騎士を……何があったのだ? 昨日の暴動鎮圧が原因か?」
クラガンは前日に起きた大聖堂前の虐殺事件に対し、バーンが報復したのではないかと考えたが、すぐに聖騎士によって否定される。
「勇者バーンは我々が魔族軍に降伏することを良しとせず、魔帝に襲い掛かる隙を作れと言って、ストーン連隊長殿に魔族軍に攻撃を掛けるよう訴えたのだ。連隊長殿がそれを断ったら逆恨みで攻撃してきたのだ。それも魔族に向けるべき聖剣を使って」
「何と愚かな……」
クラガンはバーンの愚かさに目眩を覚えた。
(ここで魔族軍を攻撃したら、市民たちの安全が脅かされると考えなかったのか? それとも陛下に置いていかれたことで自暴自棄になったのか? いずれにせよ、あの勇者を放置することは危険だ。既に多くの市民が町の外で魔族軍に投降しているのだから……)
クラガンは大聖堂に向かい、残っていた枢機卿や大司教たちに対処するよう訴える。
「このままでは勇者バーンが魔帝に攻撃を行ってしまいます。魔帝は攻撃してくる者には容赦しません。このままではこの町にいる者はすべて勇者の仲間と思われて殺されるかもしれません。早急に対応を!」
それに対し、枢機卿たちの反応は鈍かった。
「そうは言っても、陛下から正式に命じられておらぬのだ」
一人の枢機卿がそう答えると、クラガンは緊急事態に何を言っているのかと呆れる。
「今は緊急時です! 序列に従って指揮命令系統を構築し、指示を出してください!」
その言葉にも枢機卿たちは顔を見合わせるだけだった。
彼らは教団の上層部には裁きを受けさせるという脅しに怯えており、誰一人聖王の代わりを務めようと手を上げなかった。
(逃げ出した聖王陛下もそうだが、完全に腐っている……このような時に自らの命のことしか考えられぬとは……)
クラガンは埒が明かないと考え、枢機卿や大司教たちを前に宣言する。
「私が代表して魔帝と交渉いたします! 異議のある方は申し出てください!」
誰一人声を上げる者はおらず、クラガンはその場でもう一度声を張り上げた。
「では、これより魔帝の下に向かいます! 勇者バーンを見かけた場合は直ちに私に連絡していただきたい! 勇者バーンを庇う行動を取った場合、その者の聖職者としての地位を剥奪します!」
それだけ言うと、クラガンは大聖堂を出ていった。
そして、騎士団本部に再び向かうと、聖騎士たちに命令を出した。
「私クラガンは枢機卿猊下たちの承認を得て、教団の代表に一時的に就任しました。よって、聖堂騎士団も我が命に従っていただく。よろしいですな」
聖騎士たちはそれまで格下であったクラガンに命じられ、反発しそうになったが、魔帝の心証をよくするためには従う方がよいと考え、素直に頷く。
クラガンは聖騎士たちを掌握すると、大聖堂に戻った。
大聖堂の前には降伏の決断ができずにいる敬虔な信者たちが集まっていており、クラガンは聖王が使っていたバルコニーから彼らに向かって話し始めた。
「聖王陛下がご不在であり、私クラガンが教団及び神聖ロセス王国の一時的な代表となる! 皆も不安だろうが、私と心を一つにして、この危機を乗り切ってほしい!」
信者たちは聖者と名高いクラガンが指揮してくれると聞き、表情を明るくする。
「クラガン様なら安心だ。これで何とかなる」
「俺は聖者様に力を貸すぞ! どんなことだったやってみせる!」
「聖王様よりよっぽどいい。一時的なんて言わずにずっと指導者として導いてほしいものだ」
信者たちはそのようなことを口にする。彼らは虐殺を命じた聖王や権力争いに興じ、危機に際して何もできなかった上層部に強い不信感を抱いていたのだ。
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