魔帝戦記

愛山雄町

文字の大きさ
上 下
87 / 134
第三章「聖都攻略編」

第十四話「アストレイの戦い:その二」

しおりを挟む
 神聖ロセス王国軍の聖堂騎士団テンプルナイツ団長代理、ウイリアム・アデルフィはアストレイの丘の頂上に構築されたトーチカのような防御施設の中にいた。この施設には銃眼のような細い開口部があり、外の様子が見えるようになっている。

(さすがは魔帝ラントだ。真っ直ぐ突っ込んでくることはないと思ったが、魔法で罠を焼き払うとはな……まあいい。あれは奴を油断させるためのものに過ぎんのだから……)

 アデルフィは草原に罠を仕掛けたものの、慎重なラント率いる帝国軍が引っかかるとは思っていなかった。それでも設置したのは、何もなければラントが不審に思い、より慎重になることを防ぐためだった。

 アデルフィは帝国軍を見ながら溜息を吐く。

(それにしても厄介だな。あの距離なら巨人たちの投石が十分に届く。簡単にはやられないと思うが、巨大な石、いや岩を絶えず投げつけられれば兵たちの士気がもたない。騎士団が到着するのはまだまだ先だ……)

 アデルフィが待っているのは、北の森を迂回して帝国軍の後方に送り込んだ聖堂騎士団の騎兵部隊だ。

 帝国軍襲来と共に狼煙を上げて連絡しているが、森の中を馬と共に移動するため、アデルフィは到着まで一時間近く掛かると見ている。

「龍たちが舞い上がりました」

 帝国軍を監視していた部下の一人が指摘する。
 アデルフィもそのことに気づいており、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

(騎士団が気づかれたのか? いや、あの魔帝のことだ。挟撃を予想しただろう。いずれにしても空から探索されれば、三千名の騎士団が見つかるのは時間の問題だ。やはり正攻法では魔帝ラントには勝てないか……)

 アデルフィは騎士団が見つからないことを祈りながらも、部下たちに最終確認を行っていく。

「作戦通り、敵が投石を開始したら掩蔽壕に退避の合図だ。第一塹壕に敵が取り付いたらすぐに後退の合図を出せ。我々の目的は敵の主力をこの丘に引き付けること……今のうちに各部隊の指揮官にも伝令で念を押しておいてくれ」

 アデルフィは指示を出し終えると、再び外に目を向ける。

(正攻法で無理なら、勝機は恐らく一度だけだ。義勇兵と騎士団がどれだけ敵を引き付けられるかが鍵になるな……)

 そんなことを考えながら伝令たちが走り回る姿を目で追っていた。

■■■

 塹壕では義勇兵たちが緊張した面持ちで待機していた。
 ここ第三塹壕では、三人の若い兵士が緊張した面持ちで地面に座り、土の壁に背中を預けていた。

「こんな溝で何となるのかな」と塹壕の壁を拳で叩きながらマークが呟く。

 マークは聖都ストウロセスの左官の息子で、現在十七歳。荒事は苦手だが、幼馴染の大工の息子アイザックと、建具屋の息子ウォルフに誘われて義勇兵に志願した。
 マークには土属性魔法の才能があり、この塹壕も彼が掘っている。

「団長代理殿が見せてくれただろ。相当運が悪くなけりゃ、直撃しないって」

 そう言ったのはアイザックだ。
 この塹壕を作る際、アデルフィは聖トマーティン兵団の兵士たちに塹壕の効果を実演していた。

 それは塹壕に見立てた十分の一サイズの溝に向けて、三十メートル先から石を投げたのだ。

「こうやって山なりに投げても命中させることは難しい」

 放物線を描くように石を投げるが、溝から一メートル以上離れたところに落ちる。何度かやってみるが、数十センチくらいまでは近づけることができたが、一度も溝に直撃しなかった。

 更に直前で転がるように投げるが、溝の前面の土手に当たって止まってしまう。

「転がしても同じだ。こうやって塹壕の縁で止まる。お前たちもやってみろ」

 そう言って兵士たちにやらせるが、ほとんど当たることはなかった。
 マークもそのことは覚えていたが、不安が消えず、更に別のことを言い出す。

「オーガたちを本当に倒せるのかな。迷宮でオークすらまともに倒せなかったんだけど……」

 それに対し、ウォルフが苛立ちを見せる。

「戦う前から気が滅入るようなことを言うな! それに団長代理殿が言っていただろ。相手は五千、こちらは三万なんだ。六人で一体倒せばいい計算だって。クロスボウで敵を減らして、抜けてきた奴は槍で突き刺す。それだけを考えればいいんだ!」

 アデルフィが義勇兵たちに命じたのは、ウォルフが言った通り、クロスボウでの遠距離攻撃と、塹壕に入ろうとした瞬間を狙った攻撃だった。

 これは練度が低い義勇兵たちに複雑な作戦を命令しても実行できないためだ。また、塹壕まで引き込み、敵の遠距離攻撃を無効化するために考えられた策だった。

 更にマークが何か言おうとしたが、「口を閉じろ! 私語は禁止だ!」と小隊長に言われ、口を噤む。
 アイザックが文句を言おうとした瞬間、帝国軍から声が聞こえてきた。

『約束の三十分が過ぎた! これより攻撃を開始する! 自分たちの判断が間違っていたことを後悔しながら死んでいくがいい!』

 その言葉にアイザックが「返り討ちにしてやる!」と叫び、ウォルフも持っている槍に力強く握りしめる。

 気の弱いマークは「どうしよう……」と目を泳がせるが、ウォルフが彼の肩をポンと叩いて励ました。

「俺と同じようにやればいい」

 その言葉でマークも落ち着きを取り戻す。
 しかし、その直後にドスンという重い音と数人の悲鳴が響く。

 横に視線を向けると、一抱えもありそうな大きな石が塹壕に飛び込んでおり、一人の兵士を押し潰していた。

「掩蔽壕に入れ!」

 その命令に三人は蛸壺のような小さな穴にそれぞれ入っていく。
 その直後、別の方向から悲鳴に近い声が聞こえてきた。

「魔法が来るぞ! 盾を構えて伏せろ!」

 三人は即座に反応し、立てかけてあった盾を頭の上にかざす。
 露出した肌を熱風が撫で、その直後に草が焦げる匂いを感じる。

 丘の上から連続的なラッパの音が鳴り響き、最前線の方から焦りを含んだ声が微かに聞こえてきた。

「第一塹壕放棄! 第二塹壕で迎え撃て!」

 その間にもドスンという大きな音を立てて石が降ってくる。

「第二塹壕放棄! 第三塹壕、戦闘準備! 掩蔽壕から出ろ!」

 アイザックは盾を捨てて立ち上がり、塹壕の壁面にへばりつくようにして槍を構える。
 ウォルフも同じように槍を持ち、アイザックの横で待機する。

 マークは恐ろしさのあまり動けなくなったが、「早くしろ!」というアイザックの声でノロノロと立ち上がった。

 その頃には投石が落ちる音は遠くになっており、逆にドンドンという大きな足音が近づいてくる。

 更に義勇兵たちの「助けてくれ!」という声と、「ぐあああ!」という断末魔の叫びが聞こえてきた。

「オーガが来るぞ! 迎え撃て!」

 塹壕から見上げていると黒い影が落ちる。
 そこには恐ろしい顔をした巨大な鬼、オーガが見下ろしていた。

「死ね!」と叫びながら、アイザックが槍を突き出す。

 それに合わせてウォルフも槍を突き出した。
 二人の槍は見事にオーガを捉えた。

「やった!……」とアイザックは叫ぼうとしたが、槍の穂先が硬い壁に当たったように跳ね返され、言葉を失う。

 次の瞬間、アイザックの身体が浮き上がった。
 オーガが彼の頭を掴み持ち上げたのだ。

「た、助けて……」とアイザックは弱々しく助けを求める。

「アイザックを放せ!」

 ウォルフがもう一度槍を突くが、一回目より僅かに刺さるが、オーガは気にも留めない。
 オーガはアイザックを掴んだまま、反対の手に持つ巨大な剣をウォルフに振り下ろす。
 ウォルフは避ける間もなく、革鎧ごと上半身を半ば両断されて動かなくなった。

「ウォルフ!」

 マークがウォルフに近づこうとしたが、オーガはアイザックを彼に向けて叩きつけた。
 ドン!という音と共にマークは大きく吹き飛ばされた。

「うわぁぁぁ!」とマークは悲鳴を上げる。

 彼が受け止めた形のアイザックは首が不自然に曲がり、目に光がなかったのだ。
 マークの意識はそこで途切れた。あまりに衝撃的な情景に気を失ったのだ。

 彼は個人用の掩蔽壕に半ば埋まっており、更にアイザックが上に圧し掛かる形になったことから戦死者にしか見えなかった。その幸運により小隊で唯一の生き残りとなる。

 マークが気絶している間にも、戦いは激しさを増していく。
 塹壕は死体で埋め尽くされていった。その多くが義勇兵の若者で、その躯の顔には恐怖と無念さが張り付いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

【完結】天候を操れる程度の能力を持った俺は、国を富ませる事が最優先!~何もかもゼロスタートでも挫けずめげず富ませます!!~

udonlevel2
ファンタジー
幼い頃から心臓の悪かった中村キョウスケは、親から「無駄金使い」とののしられながら病院生活を送っていた。 それでも勉強は好きで本を読んだりニュースを見たりするのも好きな勤勉家でもあった。 唯一の弟とはそれなりに仲が良く、色々な遊びを教えてくれた。 だが、二十歳までしか生きられないだろうと言われていたキョウスケだったが、医療の進歩で三十歳まで生きることができ、家での自宅治療に切り替わったその日――階段から降りようとして両親に突き飛ばされ命を落とす。 ――死んだ日は、土砂降りの様な雨だった。 しかし、次に目が覚めた時は褐色の肌に銀の髪をした5歳くらいの少年で。 自分が転生したことを悟り、砂漠の国シュノベザール王国の第一王子だと言う事を知る。 飢えに苦しむ国民、天候に恵まれないシュノベザール王国は常に飢えていた。だが幸いな事に第一王子として生まれたシュライは【天候を操る程度の能力】を持っていた。 その力は凄まじく、シュライは自国を豊かにするために、時に鬼となる事も持さない覚悟で成人と認められる15歳になると、頼れる弟と宰相と共に内政を始める事となる――。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中です。 無断朗読・無断使用・無断転載禁止。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...