魔帝戦記

愛山雄町

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第二章「王国侵攻編」

第四十二話「後悔」

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 五月十七日。

 グラント帝国軍は降伏した神聖ロセス王国軍兵士の対応を行っていた。
 王国軍兵士は両手を上げながら、東門からトボトボと歩いてくる。その列は途切れることなく続いている。

 王国軍兵士の一部には心が折れたように放心している者もいるが、多くの者が帝国軍戦士を睨み付け、その敵愾心は消えていなかった。

 心を折られた者の多くは、昨日の戦闘を生き残った者たちで、仲間を無残に殺された上、水攻めによって溺れそうになり、完全に戦意を失っている。

 逆に敵意を剥き出しにしている者は、昨日戦闘に参加していない北地区と西地区に配置された者たちだった。

 彼らは仲間が多く殺されたという情報を受け、次は自分たちの出番だと思っていた。そんな状況で水攻めが行われ、戦意を挫かれる。更に人数が多かったため、下水道からの脱出に手間取り、多くの兵士が溺死していた。

 水攻め開始時にはテスジャーザの町に約一万二千名の兵士がいたが、水攻めによって約三千名が溺死していた。

 ネズミのように下水に潜んでいると自嘲していたところに、水攻めが行われ、“駆除”されたという思いがあり、そのやるせなさに憤っているのだ。

 それでも降伏したのは、兵団長であるペルノ・シーバスの命令があったこともあるが、下水道から脱出する際に装備だけでなく、食料なども失い、長期戦が不可能になったためだ。

 また、隊長クラスが自害したため、指揮を執る者がおらず、シーバスの命令に従うしかなかった。

 ラントはそんな兵士たちを見ながら、今後のことを考えていた。

(降伏した兵士たちをどうするかだな。帝国の戦士たちを殺した者たちだ。今までのように解放するわけにはいかない。でも、拘束するなら我が軍の負担は大きい。手っ取り早いのは全員処刑してしまうことなんだけど、降伏した兵を殺すことを命じられない……)

 方針が定まらないまま、武装解除された王国軍兵士たちは一ヶ所に集められていく。

 ラントは神龍王アルビンを呼び、捕虜の監視を命じた。

「雑事で悪いんだが、天翔兵団には捕虜の監視を頼みたい。それも人化を解いた形態で」

「確かに雑事だが、我らが引き受けよう。だが、なぜ人化を解かねばならんのだ? 武器も持たぬ人族など人化した状態でも我らの敵ではないが」

 アルビンの言う通り、エンシェントドラゴンはもちろん、魔獣族のグリフォンやフェニックスたちも、人化した状態でも戦闘力は高い。数千人の拘束されていない捕虜だが、人化を解かなくても制圧することは難しくなかった。

「威圧してもらいたいんだ。王国軍兵士のほとんどが戦意を失っていない。君たちエンシェントドラゴンの姿を見れば、戦いを挑むべき相手ではなかったと理解できるだろう」

「なるほど。間近で我らの姿を見せてやれということだな」

 そう言ってアルビンはにやりと笑う。

「では、我らからも戦士を出そう」と巨神王タレットが提案する。

 ラントはそれに笑顔で頷く。

「それはいい。龍に加えて巨人までいれば、自分たちがいかに無謀な戦いに挑もうとしていたか思い知るはずだ」

 魔導王オードにも命令を出している。

「下水の出口を解放し、排水を頼む。その際、遺体などが流れていかないように貯水池を作り、そこで水を受けた後、排水するようにしてほしい」

「承った」とオードはいい、魔術師たちに指示を出していった。

 ラントは更に天魔女王アギーにも指示を出した。

「偵察隊を出してもらいたい。見た限り、指揮官クラスが一人もいない。捕虜たちの話では自害した者が多いらしいが、司令官であるシーバスという人物については行方を知っている者がいなかった。これだけの作戦を考えられる人物を野放しにすることはできない」

「承りましたわ。油断しないようによく言い含めておきます」

 ラントは自分が言う前にアギーが注意点を付け加えたことに喜び、彼女を褒める。

「さすがは我が信頼篤き天魔女王だ」

 アギーがその言葉に満面の笑みを浮かべたところで話を続ける。

「もう一つ頼みたいことがある」

「どのようなことでございましょうか?」

「時空魔法の使い手に瓦礫と罠に使ったバリスタなどの撤去と遺体の回収を頼みたいと思っている。これは特に急いでいない」

「承知いたしました。偵察を優先し、回せる人材がおりましたら、撤去作業に向かわせます」

 指示を出し終えると、ラントは元傭兵隊長のダフ・ジェムソンを呼び出した。そして、王国側の総司令官であったペルノ・シーバスについて質問する。

「ペルノ・シーバスという人物を知っているか?」

「もちろんですよ。神聖ロセス王国で一番信用できる軍人ですから。確か聖堂騎士団テンプルナイツの副団長で、次期団長の最有力候補って言われていたはずです。王国もここでの戦いは本腰を入れてきたんだなと思いましたね」

 ダフの説明にラントは違和感を覚えた。

(聖堂騎士団の副団長と言えばエリートなんじゃないのか? それが地下に潜ってゲリラ戦……似合わない気がする……)

 そのことをダフに尋ねる。

「優秀な軍人のようだが、知将として名高い人物なのか?」

「常に冷静な指揮官という評判ですが、知将というイメージじゃないですね。シーバス卿と言えば、聖騎士パラディンを率いて、堂々とした戦いをする人物っていう印象ですかね」

「その割には恐ろしいまでに私のことを調べていたが……」とラントは呟く。

 その呟きにダフはあることを思い出した。

「ナイダハレルで指揮を執っていた奴が考えたのかもしれませんね。森の中では罠を使ってきましたし、地下通路を使った作戦も似ている気がします」

 そこでラントも腑に落ちた。

「確かにそうだ。あの指揮官がどうなったのか確認してくれ」

 ダフは情報官という地位にあり、諜報官アギーの配下であるヴァンパイアロードにラントの命令を伝えた。

 捕虜の中でも比較的地位の高い者を尋問した結果、ロセス神兵隊の隊長であったウイリアム・アデルフィがシーバスと長時間協議をしていたという情報を得る。

「アデルフィという者が今回の作戦を考えたのか……その者がどこにいたかは分かったか?」

「数日前から姿を見ていないという情報しかなかったですね。理由は分かりませんが」

 ダフの報告を聞き、ラントは猛然と考え始める。

(今回の作戦を考えた人物が最後まで見届けずに消えた……なぜだ? 自分の作戦の成否は知りたいはずだし、最後まで責任を持って対応したいと考えるのが普通だ。実際、ナイダハレルでは最後まで現地に残っていた……)

 ラントのアデルフィに対する印象は柔軟な思考の持ち主であり、責任感が強く、実行力のある人物というものだった。

(話を聞く限りではシーバスとアデルフィは良好な関係にあったらしい。つまり仲違いして去ったわけではないということだ……戦いが始まれば、無事に脱出できる可能性は低い。これほどの策を考えることができる人物を次の戦いのために脱出させたということか……)

 そこで後悔の念が湧き上がってきた。

(彼がナイダハレルから脱出する際に捕らえておけば、今回の罠はなかったかもしれない。三百名以上の犠牲者を出すこともなかった。それに次の戦いのこともある。厄介な人物を逃がしてしまったということか……)

 後悔と不安のため、ラントは強く拳を握る。

(アデルフィに自由に動かれては厄介だ。奴を封じる手を考えないと……)

 ラントは天幕の中で対策を考えたが、よい案は思い浮かばなかった。
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